201話.賭け
何気ない領主としての日常を生きるカル。
その何気ない日常を誰かが演出しているとしたら・・・。
城塞都市ラプラスの領主であるカル。15歳の誕生日を迎えたのだが領主の仕事が多忙なため誕生日である事を本人が忘れていた。
さらにカルの誕生は、本人しか知らないためカルの周囲の人々も知らず、何のお祝い事もなく寂しく楽しく仕事に忙殺されていた。
領主の館の自身の執務室で書類に目を通してペンで署名をしていく。
つまらない仕事だが領主の大切な仕事である。文句を言ってはいけないがつまらない。
カルの机の前には、秘書官アリッサの机と椅子が対面で並ぶ。そこに座り共に仕事に精を出す。
秘書官アリッサは、カルが仕事を放り出して逃げない様にとの見張りも兼ねている。いや、見張りが本業だと本人は豪語するかもしれない。
仕事の合間に窓の外を眺めながら遠くの景色を眺めるカル。
”コンコン”。
執務室の扉を叩き入って来る領主の館の職員。
「ラドリア王国の国王様からの親書が届いております。ダンデの迷宮のスタンピード討伐へのご助力感謝するとの謝辞の手紙でございます」
職員は、さらに別の手紙を取り出すとそれを要約して領主であるカルへと伝える。
「ラドリア王国の総務担当官からマンドラゴラのラピリア漬けの注文が来ております。国賓への晩餐会で使用するので期限厳守との事です。数は、2箱です」
それを聞いたカルの腕がピクッと動く。
「ラドリア王国からの注文ですね。早速用意します」
するとカルの向いの机に座っている秘書官アリッサがカルの顔を睨みつける。
「アリッサさん。これは、城塞都市ラプラスとラドリア王国の外交に関する大切な事案です。すぐに準備して送り届ける必要があります」
「はい。ですが荷物を届けるのは、専門の運送業者と護衛の警備隊が行います。領主様がわざわざ荷物を送り届ける必要はございません」
「・・・確かに。なら、マンドラゴラのラピリア酒漬けを妖精国に取りに行ってきます」
「それは、領主様でなければお出来にならない事ですのでお願いします」
カルは、残った書類をアリッサに託すとゴーレムのカルロスを呼び共に執務室の端に置いてある小さな扉をくぐり姿を消した。
秘書官アリッサは、さっきまでカルが座っていた椅子に腰かける。椅子には、まだカルのぬくもりが残りほんのり温かい。
そして自身の机の上にあったカップを持ちお茶を注ぎそれで喉を潤す。
「はあ。私も行きたい・・・行きたい行きたい。なんで一緒に行こうって言ってくれないの!」
カルの机の上に両足を乗せ乱暴に足を上下にバタバタと動かした。本音がだだ漏れの秘書官アリッサ。
「えーと・・・」
いつ間にか執務室に書類を持った職員が入っていてアリッサの子供みたいな行動を遠巻きに見ていた。
「こほん。はっ、はいなんでしょうか」
職員と目が合い思わず顔が真っ赤になりながら机から足を下ろし、短いタイトスカートを直していく。
「書類に署名をお願いします」
「分かりました。そこに置いておいてください。後で確認します」
執務室から出ていく職員の後ろ姿は震えている。誰がどう見ても笑っている様にしか見えなかった。
顔を真っ赤にした秘書官アリッサは、机の上に溜まった書類に次々と走り書きの署名をしていく。もう書類の不備など見る気もない。
種類の不備を確認しないのは、全てカルの責任である。そう悪いのは、全て領主のカルである。そう言わんばかりであった。
妖精の国にやって来たカルは、ゴーレムのカルロスと共に妖精の国の片隅にあるマンドラゴラの畑へと向かう。
ダンジョンから持ち出したマンドラゴラであったが、ダンジョンの外に持ち出して畑で栽培しても特に問題なく育っていた。
カルは、ときたまこの畑に来ては株分けして数を増やしているのだが、この畑のマンドラゴラは、自身で土の中から抜け出して畑から勝手に出歩く株が多い。
そのため、畑以外の場所や道端に自身で穴を掘り勝手に自生していた。
さらに冒険心が強い株もいるらしく、どうやってそこまで移動したのか分からないが、妖精の国の城壁を越えて近くの山に自生する株も出始めていた。
畑の近くには、小さな小屋が建っている。その扉の開けるといくつもある棚が並んでいる。
その棚の上には、小さな瓶が並べられていてその中には、ラピリア酒に漬けられたマンドラゴラが入れられていた。
このマンドラゴラのラピリア酒漬けは、複数の国の王家や貴族から珍重されていてよく注文が入る。
とはいえ数もそれほど作れるものではないので、わざと法外な値をつけて売ってみたのだが、思いのほか注文する者がいてカルも驚いていた。
カルは、マンドラゴラのラピリア酒漬けの入った小瓶を箱につめ、それを腰にぶらさげた鞄の中にしまい込んでいく。
この小瓶がひとつ金貨数百枚で取引される。中には、それを転売する者もいて、滅多に市場に出回る事のない珍品という事もあり、市場では金貨1000枚を超える額で取引されているという噂もカルの耳に入っている。
カルが小屋から出て来ると何体かのマンドラゴラが小屋の前で待ち構えていて、カルの足を小さな体でしきりに蹴り始めた。
これは、畑に来るとマンドラゴラがいつもカルに対して行う行動であった。
腰にぶら下げた鞄から平たい大きな皿を取り出すと畑の端にそれを置く。そして鞄から取り出したラピリア酒(薬)の入った大瓶を取り出し皿に注いでいく。
するとマンドラゴラ達は、大きな皿に注がれたラピリア酒の中に体を沈めていく。
マンドラゴラに顔があるかと言われると帰す言葉がないのだが、それでも顔に近い模様?の様なものがあり、ラピリア酒(薬)に浸かると、その辺りが赤くなるのだ。
まるで人が温泉に入ったかの様な姿で気持ち良さそうにラピリア酒(薬)を浴びるマンドラゴラ達。
気が付けば畑に植えられているマンドラゴラの殆どが大皿に集まりラピリア酒(薬)の公衆浴場に入っている。
通常マンドラゴラの採取は、かなり危険を伴う。土から引き抜く際、マンドラゴラが放つ悲鳴により絶命すると言われている。
ところがここの畑のマンドラゴラ達は、ラピリア酒(薬)欲しさに自らが土の中から這い出てくるので命を奪われずに採取する事ができた。
ただ自ら歩いている彼らを手掴みしようものなら悲鳴を放たれて絶命するおそれがある。
そこで彼らの大好物であるラピリア酒(薬)を大皿に注いで振舞うのだ。
こうすると酒に酔って動けなくなったマンドラゴラを瓶に詰め、そこに並々とラピリア酒(薬)を注げば、マンドラゴラのラピリア酒漬けが完成となる。
それと、この世界でマンドラゴラの悲鳴を聞いても命を奪われない者がいる。それは、妖精ある。
彼らは、ときたま畑に来てはマンドラゴラを抜いて食べている。その時に強引に土から引き抜くので必ず悲鳴を発するのだが、それを耳にしても妖精達は、けろっとしている。妖精とは、実に不思議な生き物である。
カルは、妖精の国の城に戻るとここに来た時とは、別の扉をくぐる。
扉の先に広がっているのは、城塞都市ラプラス近くに広がる精霊の森である。
砂漠にスノーワームが湧いた際、なぜか精霊の森へ入る事を嫌がったスノーワームの群れ。それにより城塞都市ラプラスへの侵入を阻止する事が出来た。
その理由は定かではないが精霊の森は、城塞都市ラプラスへ魔獣が侵入する事を防ぐ防波堤の役割を担っている様だ。
精霊の森の精霊にいつもの様に樽に入ったラピリア酒(薬)を置いていく。いつも城塞都市ラプラスを守ってもらっているのと、ラピリアの木を育んでくれる精霊の森への感謝の気持ちである。
精霊の森を後にして城塞都市ラプラスへと向かう道をゴーレムのカルロスと進む。
道の両脇に精霊の森が広がりその先に作業小屋と樽詰めされたラピリア酒を運ぶ馬車がいる。
そして樽を積み込む作業者が忙しそうに働いている。
カルは、ねぎらいの意味を込めて鞄からラピリア酒(薬)の入った大瓶をひとつ取り出し樽の運搬を行っている作業者に手渡す。
「いつもすみません」
「ラピリア酒(薬)は、この城塞都市の唯一の産業みたいなものですから。皆さんの働きがあってこそ街の発展がありますから」
さらにカルは、鞄から紙袋に入ったクッキーを取り出すと樽が積み込まれていく馬車の御者席にすわる御者の子供達に手渡した。
ひとりは人族の子供でもうひとりは、獣人の子供だ。
「領主のおにいちゃん。いつもありがとう」
「今日は、これから出発?」
「うん。夕方にサラブ村に到着するからあっちで泊まって明日帰って来る」
「気をつけて行ってきてね」
「うん」
ラピリア酒(薬)をラドリア王国へ輸出するためサラブ村へ馬車で樽を送り届けるのは、馬車の御者席に座っている子供達だ。
彼らは、精霊神お猫サマが面倒を見ている孤児達で、この城塞都市ラプラスで荷物の運搬業を商っている。
孤児が操る馬車といっても今では、馬50頭と荷馬車30台を扱うこの城塞都市ラプラスで最大規模を誇っていて、ラピリア酒(薬)の運搬の半分以上を担っていた。
子供達と別れて作業場から城塞都市ラプラスへと向かう道の先に城壁が見え始めると道の両側の景色が一変する。
道の両脇には、そこそこ高い城壁が立ち並び、その城壁には魔法蔦が絡む。そしてもう一方の城壁には、極楽芋の蔦が絡み合っている。
ここは、道を挟んで他方は魔法蔦の精霊、他方は極楽芋の精霊の勢力圏である。
以前は、お互いが反発しあい魔法蔦と極楽芋による戦争?を行っていた。それを面白がった妖精達がさらに戦いを煽る様に道を挟んで城壁を築いたのだ。
その戦いを阻止したカルは、ときたまこうやって顔を出して魔法蔦の精霊と極楽芋の精霊の様子を伺いに来ていた。
魔法蔦は、城塞都市ラプラスの城壁をぐるっと囲い魔獣の侵入を防ぐという役目がある。
対して極楽芋は、食料の確保という事で貧しい生活を送っている人達に配られていた。
ただ極楽芋は、調理に気を遣わないと地獄の様な腹痛に見舞われ、用を足しながら極楽が見られるという恐ろしい芋でもあった。
魔法蔦と極楽芋の精霊に別れを告げ、街道をゴーレムのカルロスと共に歩いていくと、街道警備の小隊とすれ違う。
警備隊の兵士は、カルの顔を見ると敬礼を行う。それに対してカルも手を振り挨拶を交わす。
街道警備の小隊の後には、2体のラピリアトレントと妖精達が行動を共にしている。
ラピリアトレントは、この城塞都市の警備を行う警備隊の隊員となっていて、盗賊の取り締まりや魔獣退治に活躍している。
ラピリアトレントは、森にいる魔獣のトレントとは異なり人語を理解し妖精とも意思の疎通が出来る頭の良い種族だ。
しかも警備隊の小隊が一斉に攻撃しても全く敵わないくらい強い。そのため警備隊にとっても大切な戦力となっている。
警備隊とすれ違った後、城門から城塞都市へと入ろうとすると城壁の上から精霊の森へと飛び去るふたつの姿がカルの目に飛び込んで来た。
龍人族の姿になったレリアとクレアである。
共に肩に小さな地龍の幼体を乗せて精霊の森へ散歩に出かけた模様だ。
レリアとクレアは、地龍の弟と妹が出来てからというもの毎日の様に精霊の森へと連れて行き、精霊の森で姉妹と共に遊んでいる。
カルとゴーレムのカルロスは、城壁内へと入り街中をゆっくりと歩き、倉庫街へと足を運んだ。そして立ち並ぶ倉庫の前で足を止める。
とある倉庫の扉の鍵を開けるとそっと扉を開け倉庫中へと入っていく。
倉庫の中には、無数の木箱が積み重ねられているが、警備の者など誰ひとりとしていない。音も無く静まり返る倉庫内。
さらにその奥へと足を進めると吐く息が白くなり周囲には氷とも雪とも知れない白い冷たいものが積もっていた。
そしてミスリルと魔石と化したスノーワームの骸が横たわり、その奥には生きている数体のスノーワームが大きな躯体を静かに躍らせていた。
カルは、スノーワームに近づくとそののこぎりの様な歯が並ぶ口の上へと手を差し伸べる。
スノーワームは、まるで猫がじゃれるかの様にカルが差し出した手に触れ、喜びを体で表す様な動きを見せた。
当初、スノーワームを生み出す魔石は、カルにもその仲間達にも手に負えるものではなかった。
だが無力化したスノーワームを生み出す魔石を精霊ホワイトローズに見せたところ、それに興味を持ち魔石の持ち主に対してのみ敵意を向けないスノーワームを生み出す魔石に作り変えてしまった。
以前の様に魔石は、スノーワームの群れを生む事はできなくなったが魔石の持ち主に対して従順なスノーワームを生み出してくれる。
まるで飼い犬の様に大人しくなったスノーワーム。ならばとスノーワームを倉庫で飼う事にしたカル。そしてスノーワームに倉庫の番人としての役割を与えた。
倉庫にうず高く積まれた木箱は、全てミスリルと魔石と化したスノーワームの骸である。
これらは、全てカルの個人資産ではあるが、これがあるからこそ産業の乏しい城塞都市ラプラスの住民達を食べさせていく事が出来た。
それを守る重要な番犬がスノーワームであった。
カルは、スノーワームへの挨拶を終えると倉庫の扉に鍵をかけ倉庫街を後にする。
倉庫の周囲を警戒する警備隊もこの倉庫の中へは絶対に入らない。
カル以外の者がこの倉庫の中に入れば、以前の盗賊団の様に帰らぬ人になるのだ。
ときたま倉庫の扉の隙間から冷気が漏れて来る。暑い季節でも冷たい白い氷の粒を纏った風が倉庫の周囲を駆け巡る。
その光景と冷気を感じた警備隊は、足早にその場を後にする。
欲に目が眩んだ盗賊団の様にならない様に、倉庫の中に例え金目の物がうず高く積まれていると分かっていても、自身の仕事を全うする。
領主の立ち去る姿を目で追いながら今日も普段と変わらない警備に明け暮れる警備隊の兵士達がそこにいた。
カルは、城塞都市ラプラスの商店街をゴーレムのカルロスと共に歩いていく。ときたま店の店主に声をかけられ他愛無い世間話をしていく。
そして領主の館の前と到着すると領主の館を守る警備隊に挨拶をして中に入る。
すると玄関で精霊エレノアと鉢合わせした。相変わらず体のあちこちが見えそうなレースのドレスを身に纏っている。そのため周囲の男性の目線が痛いくらい向けられ、カルの方が恥ずかしいといつも思っていた。
「カル様。デルタ鉱山の精霊の森ですが、妖精を無事精霊へと進化させる事が出来ました。精霊の森もライラさんの協力により問題なく広がっています」
「ありがとう。そういえば、龍族の方々が国を作ったのでそこにも精霊の森が欲しそうです」
「その話は、伺っております」
カルが精霊エレノアと会話を終えてその場所から執務室へと向かおうとすると、精霊エレノアがおもむろにカルの頬に手をあてるとそっと唇を重ねて来た。
「ありがとうで終わりですか。淡泊すぎます。もう少し女性の扱いを覚えてください」
「えっ、あっ、はい」
カルが顔を赤くしてしどろもどろになっていると背後から女性の怒りに満ちた声が聞こえて来る。
「トレント女。お前は、公衆の面前で何をしている」
そこに立っていたのは、頭の髪の毛を無数の蛇の姿に変化させたメリルであった。
「あら蛇女ですか。私は、カル様に大人の女性の扱い方について助言をさしあげていたのです。カル様はまだ子供ですから、大人の女性が手解きをして差し上げるのが常識と考えております」
「物は言い様だな。カル様に相手にされないからっていきなり唇を奪ったりして必死もいいところだな」
「あーーー、あんだって。蛇女のくせに図に乗るなよ!」
「んだとトレント女!」
すると周囲に集まっていた領主の館の職員達は、潮が引く様に姿を消していく。
メリルと精霊エレノアの喧嘩は、いつもの事だが巻き込まれるとえらい目に合うのだ。
メリルは、元々魔人メデジューサである。見たものを石へと変える事ができるため、喧嘩に巻き込まれると石像にされてしまう。
対して精霊エレノアは、精霊樹の精霊であり人や魔獣を木へと変える事が出来る。
こちらも喧嘩に巻き込まれれば、問答無用でトレントにされてしまう。
だからふたりの喧嘩には、誰も口を挟まない。唯一喧嘩の仲裁を行えるのは、カル自身であった。
ふたりの喧嘩をなだめた頃には、既に夕刻となり周囲には、魔法ランタンの灯りが灯り始める。
そして遅くまで働く職員達と帰宅前に食事をしてから帰る職員達は、領主の館の食堂へと集まる。
カルは、自身の執務室へと戻り秘書官アリッサから引き継ぎを受ける。
その後、アリッサは帰宅しカルは食堂へと向かう。
領主の館の食堂は、夜の間だけお酒を出していて安くラピリア酒(薬)を飲めるとあって職員達に人気があった。
今日もいつもの様に空いている席が僅かという盛況ぶりである。
「カル様。こちらに席が空いています」
カルを呼んだのは、精霊エレノア、メリル、ライラである。さっきまで喧嘩をしていたメリルと精霊エレノアであるが、そんな雰囲気すらどこにもない。これもいつもの風景である。
精霊エレノアは、精霊樹の精霊であるため森や畑の作物の専門家として呼ばれる事が多くなった。
ライラは、精霊治癒魔法を得意とする治癒士であり、精霊の森が広がるこの辺りでは、精霊の森や木々に対し有効な治癒魔法を使えるのでとても重要な存在である。
そしてメリルは、その石化魔法のみならず各種魔法を会得する様になり、城塞都市ラプラスの警備隊と共に魔獣退治に赴く事が多くなった。
それぞれがそれぞれの得意分野を生かし、この城塞都市ラプラスに役に立つ存在になっていた。
いつもの様に皆で会話を弾ませながら食事を終えると各自の部屋に戻り、しばしの休憩のあと就寝となる。
カルは、ベットに入るとすぐに眠気に襲われ深い寝息をたて始めた。
ベットに入ってからどれくらいの時が過ぎたのか。ふと気が付くとそこは、龍の国に建てられた半球場の評議会場であった。
「あれ、さっき寝たはずじゃなかったのかな」
全く柱の無い白く広い評議会場を見回すと、そこに見慣れた老人が立っていた。だがいつもの見慣れた老人は、小人の姿をしていた。
その老人とは、剣爺である。
「カルよ。よく来た。皆が待っておる」
「皆?」
周囲を見渡すとカルの周りには、剣爺、精霊神お猫サマ、精霊界で出会った年配の女性、そして見た事のない龍がいた。
さらに剣爺の後ろには、やはり見た事のない女性が立っている。
「カル。我らは、この世界である賭けをしたのだ。そしてその賭けで見事に勝つ事が出来た」
唐突に剣爺が話始める。だがいつもの剣爺らしい話方ではない。
「この世界で多種族が共に生きる世界を築く事が出来るかという賭けだ」
「それを成し遂げる者がいるか。もしいるとすればそれは誰なのか」
「神、龍神、精霊神。神と名のつく者達が集まり賭けを行った。それを成す事が出来そうな者を神々は選んだ・・・、だがことごとくが失敗に終わり殆どの神々が賭けに負けた。そして最も賭けの対象にならなかった者が、なぜかそれを成したのだ」
「それって・・・」
「カル。お前だ」
「えっ、僕が?」
「まだ道半ばという感じではあるが、賭けの対象となった者達は、ことごとくが失敗に終わり、唯一の成功者であるカルに賭けた者達がこの賭けの勝者に選ばれた
」
「だがこの賭けは、始まったばかりだ。ここで手を緩めずにいろいろな種族が共存共栄できる世界をさらに目指して欲しいのだ」
「はっ、はあ・・・」
カルは、唐突に始まった賭けの話がいまいち飲み込めずにいた。しかも賭けを行ったのが神だというのだ。
さっきまで寝ていたはずのカル。それが神々が賭けをして勝ったの負けたのという話を始めたのだ。理解できなくて当たり前である。
「カルよ。これからもよろしくたのむのじゃ」
剣爺の姿がいつもの小人となりいつもの口調で話し始めると周囲の景色がぼやけていく。
ふと目が覚めたカル。ベットから上半身を起こして周囲を見渡すと窓の外は暗く星が瞬いている。
そこは、見慣れたカルの自室だった。そしてなぜかベットには、精霊エレノアが共に寝ていた。
よく分からないが眠気に襲われたカルは、そのままベットに入りまた深い寝息を立て始める。
そして次の日の朝に目覚めた時、寝ている時に見たあの夢の様な出来事を全く覚えてはいなかった。
普段通りに起き領主の館の食堂に行き朝食を取ると、いつもの様に自身の執務室へと向かう。
「おはようございます」
秘書官アリッサは、既にカルの執務室の入り仕事の準備を終えていた。
「今日のご予定を申し上げます」
いつもの日常が始まる。つまらない日常だが民をかかえる領主であるカル。それを投げ捨ててどこかに行く事は出来ない。
そして少しだけ変わった事件がたびたび起こる城塞都市ラプラスの日常が今日も始まる。
ふと何かが気になったカル。
「僕のこの日常って誰かが仕組んだ日常・・・じゃない・・・よね」
何気にそんな思いがカルの頭をよぎって行くのだった。
いつの間にか神々の賭けの対象にされていたカル。
カルがなぜ多種多用な種族を引き寄せていたのか。自身もそれを知らずにいました。




