02話.初めての戦い(1)
カルは、初めて戦場へと足を踏み入れました。
村の名前はペルム村という400人ほどが住む小さな村で、カルの家はその村から少し離れた山間部の森の中にあった。
鬱蒼と巨木が生い茂る森の奥深くにひとつだけぽつんと立つ家。今にも壊れそな古ぼけた家だ。
そんな村々が城塞都市の庇護下にあった。
この辺りにはそんな城塞都市が数多あり、その城塞都市の領主は全て鬼人族が担っていた。
城塞都市には、人族、獣人族など多彩な人種が住んでいる。
城塞都市を統べる鬼人族は、隣接する城塞都市の覇権の取り合いをするのが常であり、それ以外には全く興味を示さなかった。
畑の収穫が終わる頃になると、隣接する城塞都市に攻め込み、己が統べる城塞都市を増やしていく。
城塞都市に住む住人とその庇護下にある村々からは、戦いの度に人々が駆り出され”にわか兵士”が誕生する。
戦いで使う武具は殆どの場合、自身で調達をしなければならない。
”にわか兵士”のために武具など誰も用意はしてくれない。お金がなければ一番安い皮鎧でさえ買えず、それどころか剣や盾すら買えない者も少なくない。それが全てではないが、お金が身を守ってくれる世界でもあった。
カルはというと、継ぎ接ぎの多いみすぼらしい服を着、腰には、お爺さんが愛用していた古ぼけたショートソードと木箱から見つけた短剣を装備していた。
それとは相反して左腕には真新しい小盾、胸には鎧を身に着けていた。
カルの家には小盾や鎧など無かったが、畑の岩の下から掘り起こした木箱から見つけた短剣に封印された”自称神様”がカルのためにと作ってくれた。小盾は、箱の中にあった小さな玩具の様な盾を農機具の金属を使って大きくしたものだ。
”自称神様”は、金物、いや金属系統を統べる神様ということで、金属であればどんな物でも簡単に形を変え、あらゆる物に作り替えることができると自慢していた。
それどころか、金属が含まれる鉱石からも精錬せずに金属を集めることができるとも。まあ、どこまで本当なのかは分からない。
”自称神様”は、本当の”神様”なのかもしれないし、そうでないかもしれない。
”自称神様”は、カルの家にあった金属製のあらゆる物を集め短剣に吸収してしまい、台所にあった包丁ですら短剣に吸収してしまった。
それらを材料にして出来たのが小盾であり、カルが身に着けている金属製の鎧だった。
金属を集め吸収するさまは、すごい光景だった。お爺さんに話してもらった英雄譚にも似たお話があった。鎧は、一見皮鎧に見えたが、触ると金属製と分かる代物だ。
小盾の表面には、何か分からない模様が施されていた。”自称神様”が言うには、魔法陣という代物らしい。
そいえば”自称神様”から”自称神様”という言い方はいやだと苦情を言われてしまった。
「そうさな、”剣爺”とでも呼んでくれ。お前の爺さんにもそう呼ばれていたからの」
カルは、”自称神様”から”剣爺”へと呼び名を改めた。
「剣爺、剣技も盾技も練習できなかったけど、いきなり戦いに出て大丈夫なの?」
「ダメに決まっておるじゃろ」
「カルの剣の練習は、毎回の様に見ていたが、カルには剣の才能が全くと言っていいほどない!これは断言できるぞい」
「・・・・・・そうなんだ、僕には剣の才能ないんだ」
その言葉に思わず膝を折り両手を地面につけてうなだれてしまった。
「変わりにと言ってはなんだが、おぬしには盾技の才能がある・・・・・かもしれんのじゃ」
「ほんと?」
「嘘じゃ」
「まあ、盾の使い方をこの戦いで教えるからの。それにわしも守ってやる。死ぬでないぞ」
カルには、剣爺が言った”死ぬでないぞ”という言葉が心に深く突き刺さった。
そうだよね、戦うんだから戦場で死ぬこともあるんだよね。カルは少し怖くなったが、話し相手がいると思うだけで少し気が楽になっていた。
「あそこにいるガキ、ひとりで何かブツブツ言っているぞ」
「ああ、心が病んでるやつがよく言うんだよ」
「戦う前から心を病んでるのか、子供なのに可哀そうなやつだな」
近くで戦いに備えていた男達に剣爺の声は聞こえない。だからカルがひとりで話をしているようにしか見えないので、カルがおかしな子供だと思われていた。
城塞都市から少し離れた場所にある小さな砦でカル達は、戦いに備えていた。
小さな、本当に小さな砦の城壁の上で敵が来るのをじっと待つのは、肉体的にも精神的にも苦痛を感じる。
小さな砦の中には、同じ苦痛を感じている街や村から急遽集められた200人の”にわか兵士”がひしめいていた。
少し前に城塞都市を統べる鬼人族から訓示があった。
「皆の者、今年も隣りの都市から戦いを挑まれた。だが、我らは負け知らずだ。お前たちが敵から奪った物は全てお前たちのものだ。敵から剣を盾を鎧を奪い、金目のものは全て奪い取れ。それらは全てお前たちのものだ」
「功績のあった者には褒賞もたんまりとくれてやる。死んだ者達の家族には見舞金も出そう。だから我らのために心おきなく戦ってくれ」
つまり、全て自分でどうにかしろと言っているのだとカルは理解した。
戦った事がないカルに褒賞があてにできる戦いなどできるはずもない。家族もいないのに、死んだら誰が報奨金を手にするんだろう。
ときより砦が大きく揺れ、大きな音とともに土煙が立ち込める。
「おい、こりゃどんな攻撃だ」
「鬼人族の大槍だ。槍に魔法を込めてあるんだよ。城壁に大槍が当たると魔法が発動して爆発するんだ」
「それじゃあ、こんな砦の城壁なんざあっという間に粉々だな」
そんな会話が近くの”にわか兵士”達から漏れ聞こえてくる。
カルは、手に持つ小さな盾に力を込めた。こんなところで死にたくない。カルの心にそんな祈りのような思いがよぎる。
「おい、皆立つんだ。砦の外で戦うぞ」
「さあ、立て、立て、立て!」
「砦から出ろ!ぐずぐずするな!」
誰かが大声で怒鳴りたてる。おそらく”にわか兵士”達の隊長役の男の声だ。
城壁の崩れた砦から出て隊列を組んだ。形だけの隊列。ほとんどバラバラに並んでいるだけで、これから自分達が何をするのかさえも分かっていない”にわか兵士”達。
「さあ、おまえら!敵が攻めてくるぞ。敵の兵士は弱い。お前たちの方が100倍強い。さあ戦え!」
”にわか兵士”達の隊長とおぼしき男がそんなことを大声で叫んだ。
だが次の瞬間、隊長の首に矢さ刺さり男はあっけなく地面に倒れた。
「あっ、人が死んだ。人って簡単に死ぬんだ」
カルは、目の前で倒れて動かなくなった男を、ただ見つめるしかなかった。
空からは次々と矢が降りそそぐ。
カルの左手に装備した小さな盾では、防ぎきれないほどの数の矢だ。小さな盾を空に向かって構え、しゃがんで矢の雨がやむのを待つ。
でも、なぜかカルの体には1本の矢も当たらなかった。小さな盾に矢が当たる音さえしない。
カルの周りにいた”にわか兵士達”には矢が当たり、次々に倒れていく。辺りを見渡すと、他に立っている”にわか兵士”は、カル以外にいなかった。
「ええっ、僕だけ!生き残ったのって僕だけなの!」
そんな声を上げたカルだが、もう敵の兵士は目の前まで迫っていた。
「剣爺!敵!敵!敵!」
「分かっておる。まずは、その盾で敵の剣を防ぐのじゃ」
「うっ、うん、やってみる」
しかし、小さな盾を構えたカルに向かって剣を振るう者などいない。敵の兵士達は、カルに目もくれずに先へと歩いていった。
剣すら構えず盾のみを構えた子供など、相手にしている時間はないのだ。倒れている”にわか兵士達”もたいして金になるような装備はしていない。
ならば”相手の城塞都市に攻め込んで、金目の物を奪う”と敵の兵士達は、それしか考えていなかった。
カルの目の前を通り過ぎた敵の兵士達の後ろ姿を見つめていると。
「カルよ。好機じゃ」
「倒れている者達の剣を集めるのじゃ」
「えっ、剣を集める?」
「そうじゃ、死んだ者の装備は誰のものでもない。拾った者が自由にしてよいのじゃ。どんどん集めるのじゃ。剣に盾を近づければ、盾は剣を吸収するのじゃ。さすれば、わしの力が1.5倍増量のつゆだくじゃ」
そういえば、カルの家で剣爺が農具や包丁を吸収して盾と鎧を作ってくれた事を思い出した。
こんな戦場のまんなかで、ひとりだけ生き残ったのだ。もう剣爺の言うことに従う以外に助かる方法はないとカルは腹をくくった。
「うん、やってみる」
倒れている”にわか兵士達”がにぎる剣や鉈に盾を近づけてみる。剣も鉈も次々と盾の中に吸い込まれていく。しかも、剣や鉈を盾が吸い込む度に盾がだんだん大きくなっていった。
「剣爺、盾がどんどん大きくなってるけど」
「そうじゃ、わしは金属系統の神じゃからの。扱う金属の量が増えれば力が10倍にも100倍にも増すのじゃ。特盛ましましじゃ」
「さあ、どんどん剣を集めるのじゃ」
カルが装備している盾は、いつしか大盾といえる形にまで成長し、カルの体を隠でるまでになっていた。
「剣爺、この盾、大きいのに重くない。すごく軽い」
「そうじゃろ。そうじゃろ。わし特製の盾じゃからの」
「ふむ、そろそろあれが使えるころかの」
「あれって?」
剣爺は、少し考え込むように黙り込んでしまった。
カルも剣爺の次の言葉を待つことにした。
カルが持つ盾の能力がひとつ解放されました。
今日は、もう1話投稿予定です。