196話.バロックとエスト(2)
村の魔獣狩りを成功させたバロックとエスト。そして金を貰って村を出る・・・訳もなく。
村長の要請で近隣の村々を周り魔獣退治に明け暮れるバロックとエスト。
オークが群れで出現すれば、魔法剣で炎の柱を出現させ消し炭に変え雷撃で絶命させる。
その光景を見ていた村人達の驚きたるやすさまじく。
「頼む。俺をあんた達の弟子にしてくれ!」
「俺は、子供の頃から冒険者に憧れていたんだ」
畑仕事に明け暮れる村の若い男達は、こぞってバロックとエストに懇願する。だがバロックもエストもいい顔を見せない。
「悪いが俺達は、弟子を取るほど強くないんだ。それに歳も取ったからそろそろ引退を考えている」
そう切り出すとガックリと項垂れて帰っていく。
冒険者になりたいといいながら村でくすぶっている若い男達に同情などしない。行動を起こさない者は、村で畑を耕していた方がいい。
そもそも冒険者なんていつ命を落とすか分からない商売など人に勧められるはずがない。
バロックとエストは、数日をかけて村々で魔獣退治を終えると村へ戻った。
すると魔獣が出没しているので退治して欲しいと村長が懇願しても現れなかった領主の兵士達が村に来ていた。
バロックとエストが魔獣を退治した後に来たのかと嫌な顔をしながら村へ入ると、村人と兵士達が揉めている。
「ですからもっと早く魔獣退治をしていただければ、税を収める事ができたんです。冒険者様が魔獣を倒して安全になった頃に税の取り立てに来るなんてあんまりです」
「なんだと、いい気になって我らを批判するのか」
数人の兵士が腰にぶら下げた鞘から剣を抜き村人を囲う。
「まっ、待ってください。いきなり剣を抜いて脅すんですか。あなた方は、村を守るために来たのではなく我々を脅すために来たのですか」
ひとりの兵士は、村長の言葉に怒り剣を振り下ろした。
肩から胸にかけてぐっさりと傷を負い倒れ込む村長。
「父さん。父さん!」
若い娘が倒れた村長に駆け寄るも出血が酷く虫の息だ。
「村長になんて事をするんだ」
村人が兵士に向かって詰め寄るも剣で威嚇されて近寄る事もできない。
「ふん。村などいくらでもあるわ。お前達は、黙って税を払えばよいのだ」
そんな光景を遠巻に見ていたバロックとエスト。
「あらら。心に思っても言ってはいけない事を言うか・・・」
「あの兵士達どうする?」
「そうは言ってもなあ。俺達は、村に雇われて魔獣退治を行っただけだしな・・・」
村人を助けたいという気持ちはある。だが下手に首を突っ込むと自身の命が危ない事くらい知っているふたりは、事の経緯を黙って見守るしかない。
「おい。税を払えないならこいつを貰っていく」
剣を抜いた兵士は、そう言い出すと倒れている村長に寄り添う若い娘の腕をひっぱり始めた。
「なっ、何をするんだ」
娘の腕を掴む兵士に向かっていく村の若い男達。
「税が払えないなら娘を奴隷商に売るだけだ」
その言葉に村の若い男達の表情が明らかに変わった。
そして木の棒を手に取る者、安物の剣を家から持ち出す者。これから何が起きるかなど誰の目から見てもあきらかだ。
バロックとエストは、目の前で繰り広げられている光景に目を覆い隠した。だが、この期に及んで見て見ぬふりも出来ないと覚悟を決めた。
「エスト。俺は、村人に付くぞ」
「そうだな。俺もそう考えたところだ」
エストは、魔法剣を鞘から抜くと兵士達の後ろから弱い雷撃を放つ。
「「「「ぎゃ」」」
短い悲鳴の様な声を放つ兵士達。そしてそこに居た10人程の兵士が地面に倒れ込む。
バロックは、剣で切られた村長に近寄ると鞄から小さな小瓶を取り出し、その小瓶の液体を傷口にかけていく。
すると傷口があっという間に塞がっていく。
実は、エストが放った雷撃により兵士達とその周囲を囲っていた村人達もまきぞいを食らい地面に倒れている。
「おいおい。もう少し穏便に出来なかったのか」
「俺には無理だよ。でもこれからどうする」
「どうするも何も地方領主の兵士とやり合ったんだ。領主と戦争するしかないだろ」
「はあ。そうなるよな」
バロックとエストは、残った村人達に協力を求め倒れている兵士達を縛り上げると兵士達を作業小屋へと監禁した。
「ありがとうございます。父を助けてくださった上に村の人達を助けていただいて」
「いや。俺達は、村の方々を助けた訳じゃない。むしろ逆だ」
「・・・そうですよね」
「これから地方領主の兵士が押しかけて来る。それをどうするかだ」
結局のところ、戦える者がたったのふたりでは話にならない。バロックとエストと村人で考えたが良い答えなど浮かぶはずも無く。
「仕方ない。出たとこ勝負でいくか・・・」
バロックの言葉に村の若い男達が呼応する。
「俺達も剣を持って戦う」
そう言い出した村の若者達は、兵士が持っていた剣を振って威勢の良いところを見せようとする。
だがバロックとエストは、剣を振りまわす村の若い男達を窘める。
「お前ら剣で戦った事あるか。魔獣相手じゃない、人との対人戦だ」
「いやない。だが魔獣とならあるぞ。魔獣も人も大して変わらないだろ」
バロックもエストも何も分かっていない村の若い男達に向かって木の棒を放り投げた。
「それを持って俺に向かってこい」
そう言うバロックに村の若い男達は、木の棒を手に持つと恐る恐るバロックに向かっていく。
「いいのか。俺達は、戦った事がないから手加減できないぞ」
「ああ、構わないから早くかかって来い」
バロックの言葉に少しむっとした村の若い男達は、木の棒を振りかざしバロックに向かっていく。
そしてバロックに木の棒を取り上げられコテンパンに伸されていた。
「いいか。兵士の中には、俺よりも強いやつがいくらでもいる。お前達が剣を持ったところで殺されるだけだ」
バロックは、村人達こう続けた。
「だから戦わない。村に見張りを置き、兵士が来たら森に逃げる。森にある作業小屋があっただろう。あそこを避難場所にするから食料と水を集めて置いてくれ」
そしてバロックとエストは、逃げる時に村人を守るために魔法剣を託せる者を探した。
魔法剣は、全部で4振りある。2本は、バロックとエストが使うもの。もう2振りは、バロックとエストが予備に使おうと作った短剣の形をした魔法剣である。
そして協力してくれるという村の若者にその短剣が使えるか試してみたところ、使えそうな者がふたりだけいた。
ひとりは、村長の娘でアイスという名前でもうひとりは、村で簡単な治癒魔法を使っていた若い娘でレインという名前だ。
若い男達はというと、血気盛んすぎて何度注意しても魔法剣に送り込む魔力を絞ろうともしない。魔力量は、そこそこあっても制御できないのでは、実際の戦いの場で繊細な魔法を使う事は難しい。
結局、魔力の制御が出来る村の若い娘2人に短剣を託す事になった。
捕らえた兵士を帰していつでも村から逃げられる算段をし、森の中の作業小屋に食料と水も用意した。
そして1日が過ぎ、2日が過ぎた。領主の兵を捕らえたのだ。黙って見逃すはずもない。ところが領主のところから兵士が一向にやって来ない。
そしてようやくと3日後に兵士がやって来た。それもたったひとりだけ。
不思議に思ったバロックとエスト。そして村長が兵士の前へ赴く。
「領主様は、この村で起こった出来事に対してとてもお怒りである。だが、それよりももっと大変な事が起きた。今回は、村から10人の兵を出す事で不問とする」
兵士は、馬上で領主からの命令書を読み上げる。
「数日前、ダンデの迷宮にて110年ぶりにスタンピード、魔獣爆発が発生した。それを抑えるため国中から兵を集めている。近隣の村へも通達済みである。出立は、明後日。もしこの戦いに兵を出さない場合は、この国が亡ぶと覚悟せよ!」
兵士は、村長に集合場所と行先を記した紙きれを渡すと慌てた様子で馬を走らせ村から出ていった。
「よりによってスタンピードとはな・・・」
バロックとエストが顔を見合いながらどうするかと考えこんでいる。だが村長を含め村人は、スタンピードがそもそも何なのかすら全く分からない。
「あの、スタンぴーどとは何なのですか」
考え込むバロックとエストなら知っているのではと話を持ちかける。
「迷宮から魔獣が溢れ出る現象だ。数千、或いは数万の魔獣が溢れだすので、魔獣を抑え込めないとその国が亡ぶと言われている」
「魔獣が・・・溢れだす?」
「ああ、しかも溢れ出す魔獣の強さは桁外れだ。とてもじゃないがそこら辺の兵士が束になっても敵わないと思った方がいい」
「・・・まさか、そこに我々が駆り出されると」
「そうだな。どのみちスタンピードで迷宮から溢れた魔獣がいずれこの村にも来るだろう。そうなったら冒険者を何人雇うが村を守る事はできない」
村長との話を遠巻きに聞いていた村人達がざわつき始める。だが、領主命令である以上10人の村人を兵として出さなければならない。
村では、誰を兵として出すかを議論し始めた。当然の様に年寄りと女子供は出さないと決まった。
そして血気盛んな若い男達が手を上げる。武具は、兵士から奪った物がある。それだけでも他の村と比べればかなり有利だという。
だが、村の若い男達だけで行かせたら恐らく全滅するのが目に見えている。バロックとエストは、そう考えた。
仕方なく村の若い男達に戦い方の初歩を教えるという名目でバロックとエストが付いて行くと言い出した。
「今回、村にやって来た兵士に手を出したのは俺達だ。最後まで面倒を見るさ」
「ですが私達が貴方達にお願いしたのは、村を襲う魔獣退治です。貴方達に払うお金はこの村にはありません」
「分かっている。だから村の男達が逃げられる様に逃げ方を教えてやる」
「逃げるの・・・ですか」
「ああ、冒険者が魔獣に勝つまで戦うとでも思ったか。冒険者は、勝てないと分かればとにかく逃げる。その逃げ足を覚える事が命を繋ぐ事になるんだよ」
バロックとエストは、自身で言い放った言葉に赤面していた。負けて逃げると堂々と宣言しているのだから、いかに自分達が弱いかを人に晒している様なものだ。
するとその会話の中に割り込んで来る者がいた。
「私達も一緒に行きます」
村長の娘であるアイスと治癒魔法が使えるレインである。
私達にあの短剣を使わせてください。そうすれば、バロック様とエスト様のお手伝いが出来ると思います。
その言葉に村長がおろおろするばかり。自身の娘が戦場に行くと言い出せば、どんな親でもそうなるのが普通だ。
「行ったら帰ってこれないかもしれんぞ」
「でも逃げる方法を教えていただけるのでしょう。ならば問題ありません」
その夜村人達は、2台の馬車に食料と水を積み込み兵士から奪った武具を積み込んだ。
バロックとエストは、若い男達に現場に行ったら単独行動を絶対にしない。無理に魔獣を倒そうとしない。近くに兵士がいたら兵士の助けを借りる。
そして兵士として訓練を受けていない者。さらに冒険者として魔獣と戦った事もない者は、魔獣と出くわしたら恐らく一撃で殺られる事を何度も何度も口が酸っぱくなるまで説明した。
それでも恐らくこの村から行く男達の殆どは、帰ってこれないだろう。バロックとエストは、その事を村長に伝えた。
肩をがっくりと落とす村長。だが領主命令であれば仕方がない。
次の日の朝早く2台の馬車は、若者を乗せて村を出た。道すがら近隣の見知った者達の乗る馬車が徐々に合流していく。その数ざっと20台に上る。
途中、夜を迎えたため馬車を停め野営の準備に取り掛かる。村の若い男達は、兵士から奪った武具を装備して剣を振るう真似事を始めるもバロックとエストが教えた戦い方をまるで理解していない。
いくら教えても勝手し放題である。
逆にアイスとレインは、バロックとエストが教えた通りに魔法を使い。たった数日で見違える様な魔術師としての頭角を現していた。
アイスは、氷魔法が得意。レインは、水魔法が得意であった。このふたりの凄い所は、レインの水魔法で出現させた水の塊をアイスの氷魔法で凍らせる連携が簡単に出来ていた事だろう。
レインが魔獣を水の塊の中で溺れさせ、アイスがその水の塊を凍らせる。魔獣を倒す必要もない。
氷の塊の中に閉じ込められた魔獣は、息が出来ずに窒息するか氷により凍死する。この氷の塊の中で生きていられる魔獣など殆どいない。
バロックとエストは、思わぬ拾い物をしたと内心大いに喜んだ。もしアイスとレインに冒険者としての戦い方を1年をかけて覚え込ませれば、自分達を超える逸材に育てる事が出来る思ったのだ。
だが明日には、スタンピードが起きている迷宮に到着する。明日の1日で村人がどれくらい残るか、その次の日は、そして自分達も含めて3日後には、恐らく誰も生きてはいまいと。
バロックとエストは、馬車にもたれかかりながら空に煌めく星々を眺めていた。明日もこの星々を見る事ができるのだろうかと。
次の日。
村人を乗せた馬車の列に領主と兵士達を乗せた馬車が合流した。馬車の数は、40台を越える大所帯となっていた。
馬車から見える山々の向こう側にダンデの迷宮があるという。既に山の向こう側からは、いくつもの煙が立ち上っているのが見える。
そして山から下りて来る馬車には、無数の怪我人を乗せていた。
本来なら治癒魔法使いがいて治療を行っているはずである。それが間に合わずに怪我人を移動させているという事は、治癒魔法が使える者すら不足しているという事だ。
その後に続く馬車には、死体が山の様に詰まれていた。あまりの死体び数とその異臭に目を背ける村人達。
恐らく迷宮は、地獄と化しているはずだ。そしてバロックとエストは、山の峠を越えたところで本当に地獄を見る事になる。
眼下に広がる草原に溢れる魔獣の群れ。そして迷宮の手前に築かれた砦からは、炎と煙が上がり魔獣が砦から溢れていた。
「砦が落ちたんだ・・・」
そして面前に広がる戦場で戦っているであろう兵士が全く見えない。そんな場所で戦いを強要される村人達。
村人達は、果たして生きて帰れるのだろうか。
スタンピードが発生したダンデの迷宮。訓練すら受けていない村人達が目にしたものは、まさしく地獄そのもの。
※歯茎が腫れてまる2日ご飯が食べられません。今は、ロキソニンでなんとか痛みを押さえています。歳を取ると体がガタガタで悪くなるばかりです。