192話.砂漠に架ける橋(2)
砂漠に散乱するミスリルと魔石を集めるべく冒険者達が奮闘します。
城塞都市ラプラスの領主に木の伐採を禁止された冒険者達。
彼らは、この段階になりようやく自分達だけではどうにもできない事に気が付いた。
そして商家に話を持ち込み彼らを巻き込むことにした。
商家の商談室に招かれた冒険者の代表達。
彼らは、茫漠の地に流れ着いた手のひら大のミスリルと魔石の塊を持ち込み、これよりもさらに大きな塊が無数に砂漠に存在する事を何度も商家に声高に訴えかける。
「これよりもさらに大きなミスリルと魔石の塊が砂漠の中にあると言うのですな」
「それを我々が取りに行きたいのだが、サンドワームが邪魔をして取りに行くことができないのです」
本来であれば、城塞都市ラプラスの商家にでも持ち込めばよい話を、わざわざ城塞都市アグニⅡにあるこの商家に持ち込んだのには、訳があった。
城塞都市ラプラスの商家に対して領主から冒険者達に協力しない様にと通達が出されたのだ。
冒険者達が危険を犯してまでミスリルと魔石を取りに行こうとしている事は、
彼らの行動を見れば一目瞭然である。
そんな真似を許す訳にはいかない・・・のだが、それを言い出すと反発してどんな行動に出るか分からないのが冒険者達だ。
だからカルは、領主命令で彼ら冒険者に協力しない様にと各方面に通達を行った。
「それで私に何をお望みですかな」
「我ら冒険者は、砂漠に橋を架ける事にした。足場が出来ればサンドワームに対処する事もできる。魔獣との戦いは、我らの本分だ」
「なるほど。で、そのミスリルと魔石があるという砂漠迄の距離はどれくらいですかな」
「我らの見立てでは、ざっと1kmといったところです」
「・・・1kmですか」
「橋と言っても丸太を並べて丸太同士に杭を打ち込んだものを並べるだけだ。これなら金もそこまでかからんだろう」
「そうですか丸太をですか・・・」
商人は、頭の中でその光景を思い浮かべながらかかる経費を算出し始めた。
馬車で運べる丸太の長さは、せいぜい5m程だ。
1000mの足場を組むとすると単純に200本の丸太が必要になる。さらに足場として5本の丸太を横に並べると仮定すると1000本の丸太が必要になる。
それを馬車で輸送するとして馬車と人件費、それに各所に丸太を保管する場所も考える必要がある。
「丸太1000本となると村をまるまるひとつ・・・いや、小さな街を作れる程の数か・・・」
そして商人は、ある結論に達した。
これは土台無理な話だと。
商人も多数の冒険者を知っている。
その者達にサンドワームがどれ程強い魔物かを聞いていた。
「サンドワームかあ。ありゃ強敵だ。例え足場がしっかりしているとしてもBランクの冒険者を10人。Cランクの冒険者を30人は揃えないと厳しいな」
「それだけおれば、サンドワームの群れと対峙できるのか」
冒険者の言葉に質問を投げかける商人。
「バカ言っちゃいけない。サンドワーム1体についてだよ。サンドワームの群れと戦うなんざバカのやる事だ」
商人は、最初からこの話に現実味がない事を知っていた。
だからといって危険を冒さないで美味い商売はできない。商人は、ここはひとつ試してみようと考えた。
「そうですな。私の試算では、単純に丸太を並べるだけでも1000本は必要ですな。しかも砂漠は、砂丘ですから真っすぐに丸太を並べる事も出来ないでしょう。しかも砂漠の様に見晴らしの良い所では、無防備となる事を考えると要所要所に小屋の様なものも必要でしょう」
商人は、少し考えてこう切り出した。
「いかがです。私も破産する気はありません。ですが金になりそうな話をみすみす逃がす気にもありません。ですのでまず100m程その足場というやつを組んでサンドワームと対峙できるか試してみては、いかがでしょうか」
「試す・・・のですか」
「そうです。丁度よい事に私の扱っている倉庫に建築用の丸太が100本ほどあります。それを使ってみてはいかがですかな」
「そうか。丸太は既にあるのだな。いや、ラプラスの領主に森の木を切る事を禁じられて困っていたのだ」
「そうでしたか。ただ、丸太もタダという訳ではありません。輸送費や保管に金がかかっております。その実費だけでもいただけませんと、新たに丸太を買い付ける資金を用意する事ができません」
「そうか。確かにそうだな。ならばこの魔石の塊を前金として置いていく」
「おお、それでしたらこちらも丸太の買い付けが速やかに進められるというものです」
「このミスリルと魔石の塊を取りに行くために魔術師がふたりも命を落としたのだ。大切に使って欲しい」
「分かりました」
「ちなみに丸太の設置は、誰がおやりになるので」
「俺達でやる。冒険者でなければサンドワームに太刀打ちできんだろう」
商人は、せいぜい稼がせてもらうさと腹黒い顔を心の奥底に引っ込め、笑顔で冒険者を見送った。
茫漠の地にいくつもの馬車で丸太が運ばれ、いくつかの丸太の山ができた。
冒険者達は、まず丸太を並べそれに杭を打ち込み足場を作る。そして魔術師により重量低減の魔法をかけさせると、何十人もの冒険者が足場を担いで砂漠に並べていく。
足場の上を歩くだけで小さなサンドワーム達が砂の上に顔を出し、足場の上で作業をする冒険者を襲う。
それを剣で薙ぎ払いながら次の足場を運びまた足場の先に並べていく。
少しずつ砂漠に丸太の橋がかかり、足場の周囲に現れるサンドワームも徐々に体の大きなサンドワームへと変わっていく。
丁度10個目の足場を配置した頃、大きな体のサンドワームが足場のすぐ横に現れた。そのサンドワームと剣と矢と魔法で応戦する冒険者達。
灼熱の太陽の陽を浴びながら必死にサンドワームと戦う冒険者。
「くそ。狩っても狩っても出て来やがる。こいつらいったい何を食ったらこんなにでかくなるんだ」
冒険者達は、愚痴をこぼしながら戦い続ける。
そして事件は、起こった。足場が100m程完成した時であった。
途中の足場の真下からサンドワーム現れ、冒険者を足場ごと砂漠の上に放り出したのだ。
「くそ。サンドワームを狩れ!」
「誰か砂漠に落ちた仲間を助けろ」
だが、砂漠に落ちた数人の冒険者は、下半身をサンドワームに飲み込まれ砂の中へ引きずり込まれていく。
「ジョン。今助ける」
仲間がそう言った時であった。その冒険者は、口から大量の血を噴き出しながら砂の中に消えて行った。
「くそ。何人殺られた」
「3人だ」
「まだ100mしか進んでいないんだぞ」
「全体のたった1割か」
そして冒険者達は、周囲を見渡し足場が途中で無くなっている事にようやくと気が付いた。
「まずい。途中で足場が無くなっちまった」
「どうやって陸地に戻るんだ」
サンドワームに壊された足場は4つ。距離にしてたった20m程だ。だが、その距離の遠いこと。
筏の様な足場の上に50人程の冒険者が取り残された。
「待っていろ。今すぐ新しい足場を運んで来る」
茫漠に近い足場に残った冒険者達が慌てて丸太を取りに走る。
そして、足場の上を走る冒険者の振動を聞きつけたサンドワームがさらに牙をむく。
丸太を取りに戻る冒険者達の足場の真下からサンドワームが巨体を利用して足場を持ち上げると一気にひっくり返した。
それにより砂の上に投げ出される冒険者達。
「まっ、まずい。早く足場に戻れ!」
足場の上で叫ぶ冒険者達。そんな声をあざ笑うかの様にサンドワームが現れると次々と足場が破壊されていく。
茫漠側に設置した足場の殆どが破壊され茫漠に戻る事すらできない冒険者達。
さらに困った事に作業をしていた冒険者の殆どが砂漠側の足場の上にいたのだ。
砂の上に投げ出された冒険者達は、次々と砂に中に引きずり込まれていく。
助けに行きたくても足場すらない。そして彼らは理解した。
今、この場に残った冒険者は、茫漠から50mも先に作られた足場の上にいるたったの50人だけだ。
ほんの数秒間のサンドワームの襲撃により150人の冒険者が命を落としてしまった。
静まり返る砂漠。
そして足場の周りに群がるサンドワーム。
「落ち着け。とにかく足音を立てるな。そして騒ぐな。それを皆に伝えろ」
足場に残った冒険者達は、静かにそれを隣りの者へと伝えていく。
ギラギラと照りつける太陽の陽により皮膚がジリジリと焼かれ唇が干からびていく。
「熱い。みっ、水をくれ」
ひとりの冒険者がおもむろに立ち上がり足場の上を歩き出した。
「バッ、バカ。そんなドシドシ歩くな!」
だが遅かった。足場から伝わる振動を頼りにサンドワームが足場の下から足場ごと突き上げると10人程の冒険者を砂の上に頬り投げた。
砂の上に投げ出された冒険者達は、我先にと足場に向かって走り出し、砂漠にぽっかりと開いたサンドワームの口の中へと落ちていく。
そしてまた砂漠に静かな時が訪れる。
残ったのは、40人。そして足場が3つ。15mの足場の上に40人もの冒険者が乗っているのだ。
足を付く場所すらない状態だ。
「嫌だ。俺は、サンドワームになんか食われたくない!」
そう叫んだひとりの冒険者が足場から砂漠へと足を踏み入れる。砂に足を取られながら必死に走り出す。
それを見た他の冒険者達も一斉に砂漠に足を踏み入れ走り出す。
「バカやめろ!」
足場に残った冒険者がそう叫ぶ。
そして砂漠に足を下ろし走り去った20人の冒険者達の姿は、程なくして姿が見えなくなった。
砂漠の上に15mの足場。そこに20人の冒険者達。
手持ちの水も食料も殆どが茫漠の作業場所に置いて来ていた。
熱風が吹き砂が風に舞う。静かにゆっくりと時が流れる。
冒険者達は、何か助かる方法はないかと必死に考える。
浮遊魔法が使える冒険者は、既にいない。助けを呼べに行ける者は、皆無だ。
ふと目線を仲間の冒険者へと向ける。
するとさっきまでいたはずの仲間の姿がどこにもない。
思わず周囲を見回す。すると別の冒険者の頭に向かってサンドワームが飛び掛かる瞬間が目に入る。
思わず剣を抜こうとするが既に冒険者は、サンドワームに飲まれて砂の中へと消えていた。
サンドワームに襲われ足場を破壊されてからどれくらい経っただろうか、見渡せば冒険者は、たった5人にまで減っていた。
最初からこんな無謀な事などしなければよかった。200人もいた冒険者が今ではたったの5人しかいない。
欲を出さなければこんな事にならなかったはずだ。欲を出したばかりに200人近い冒険者が命を落とす結果になった。
いくら悔やんでも悔い止みきれない。だが、渇ききったさばくの上で涙すら枯れてしまった冒険者。
太陽が傾き始め陰が長くなっていく。だが足場の周りには、いまだにサンドワームが砂の中を徘徊している。
乾ききった口の中でなんとか唾をためて飲み込む。
いっその事、砂漠に足を踏み入れて楽になろうか。そう考えて思わず足が砂漠の砂の上に降りかけた時だった。
「「おじさん。こんなところで何をしているの」」
不意に足場の上で座り込んでいた冒険者達の前にふたりの少女が姿を現した。
冒険者は、口を開いて何かを言おうとした。だが乾いた口では、言葉を発する事もできない。
「「おじさん達。もしかして困ってる?だったら助けてあげる」」
思わず首を縦に振る冒険者。
するとふたりの少女は、空に向かって両手を振り始める。
いったい何の合図なのかと空を仰ぐ冒険者達。
そこには、太陽の陽を遮る様に巨大な大岩が宙に浮いていた。
それが城塞都市ラプラスの領主が乗る宙に浮く城だと理解する迄にかなりの時間を要した。
徐々に砂漠に近づく大岩。その大岩の壁に沿って上り階段が現れ、階段の上から少年が手を差し伸べる。
その手を握り振るえる足で階段を上る生き残った5人の冒険者達。
冒険者達に手を差し伸べたのは、城塞都市ラプラスの領主であるカルであった。
冒険者達が砂漠に橋を架けようとしていたのは、城塞都市ラプラス近くの砂漠ではなく、城塞都市アグニⅡ近くの砂漠であった。
浮遊城は、徐々に空に向かっていく。その浮遊城が砂漠に作る陰の中を走るふたりの少女。
サンドワームが砂の中から姿を現すとふたりは、サンドワームの体にそっと手を触れるとさっと走り去る。
それによりサンドワームの体は、ミスリルと魔石へと変化して砂漠の砂丘の上に骸を晒す。
冒険者に声をかけたレリアとクレアは、砂漠をひた走り精霊の森へと向かう。
くしくも砂漠に取り残された冒険者達の事をカルに教えたのは、精霊の森に住む妖精達であった。
冒険者達は、精霊の森の木を切り倒そうとしたにも関わらず妖精達は、その冒険者を助けた。
だが、その事を冒険者達は知らない。
200人近い犠牲を出した砂漠に架ける橋は、こうやってひっそりと幕を降ろしたのであった。
冒険者達は、何も得ないまま命を落としてしまいました。
これならダンジョンで魔獣を狩っていた方が安全だったろうに。