191話.砂漠に架ける橋(1)
冒険者達は、砂漠の遥か先にあるミスリルと魔石を手に入れようと無い知恵を絞ります。
城塞都市ラプラスの隣りに広がる精霊の森。
その先には、茫漠が広がりさらにその先には広大な砂漠が広がる。
砂漠の一角には、ミスリルと魔石と化したサンドワームの骸が散乱し、砕けたミスリルと魔石の屑が渇いた砂漠の風に流され、砂丘を超えて茫漠の地へと流れつく。
それを拾い金に換える冒険者達。
だが、目を凝らせば砂漠の遥か先に広がる砂丘の上には、金貨で数十万枚以上とも言われる岩よりも大きなミスリルと魔石の塊がいくつも転がっていた。
あれを手にさえすれば、大金持ちになれる。その欲望が冒険者達を無謀な賭けへと突き動かす。
冒険者達は、ない知恵を絞り出しあのミスリルと魔石が散乱する砂丘まで行く算段を考えた。
だが、砂漠に1歩でも足を踏み入れ様ものならサンドワームの餌食となる。
それでも冒険者達の欲は、一向に収まる気配すらない。
そんな時、とある冒険者パーティが茫漠と砂漠の狭間にやって来た。
彼らは、ひとりの仲間に黄色いラピリア種(薬)の小瓶を大量に待たせた。
そして男は、ある魔法の呪文を詠唱する。すると体が宙を舞い砂漠の上をゆっくりと進んで行く。
茫漠の地でミスリルと魔石の屑を拾って小銭を稼いでいた冒険者達は、その光景を見て唖然とする。
「魔術師・・・浮遊魔法か!」
全ての冒険者パーティに魔術師がいる訳ではない。さらに魔術師でも浮遊魔法の使い手となるとさらに少ない。
元々、ダンジョンの罠を避ける目的で覚えた者、道なき道を進むために覚えた者など必要に迫られた者以外にあの様な地味な魔法を覚える者は殆どいなかったのだ。
魔術師は、砂漠をゆっくりと宙を浮遊しながら渡っていく。早く飛べる訳でもなく、高く飛べる訳でもない。
砂漠の砂丘の上を本当に体半分ほど宙に浮きゆっくりと移動しているだけだ。
それでも砂漠の砂の中に身を隠すサンドワームを欺く事は容易に出来た。
だが、浮遊魔法にも欠点はある。1回の魔法の発動で進める距離は、そんなに長くはないのだ。
徐々に減ってゆくMPを気にしながら魔術師は、いくつもの砂丘の上を進んでいく。
そしてMPが切れかかる直前になると鞄から小瓶に入った黄色いラピリア酒(薬)を取り出しそれを喉に流し込む。
MPが復活するのを確認しながら、浮遊魔法が切れない事をひたすら願いつつサンドワームが潜む砂丘の上を浮遊しながらゆっくりと進む。
そして魔術師は、ミスリルと魔石と化したサンドワームの骸が散乱する墓場へと到達した。
ゆっくりと魔石と化したサンドワームの骸の上に降り立つ魔術師。
まずは、小瓶に入った黄色いラピリア酒(薬)を飲み干す。既にここに来る迄に何本飲み干しただろうか。
決して安いものではない。仲間と金を出し合い数を揃えた貴重な薬だ。
そして全てを仲間の魔術師に託した冒険者。それは、賭けでしかない。だが、所詮冒険者など人生全てを賭けに費やす愚か者達だ。
魔術師は、周囲を見渡し抱えられそうな魔石を探す。
いくら浮遊魔法とはいえ、重さを無視できる訳ではない。結局のところミスリルであれ魔石であれ、それを持つのは人なのだ。
人が持てない重さを浮遊魔法でどうにかできるはずもない。
魔石と化したサンドワームの骸の上を歩きながら周囲に砕けた持てる大きさの魔石を探す魔術師。
だが、魔石と化したサンドワームの骸の上を歩くと、その度に振動が砂丘へと伝わりサンドワームが集まって来る。
魔術師は、ゆっくりと歩いているつもりでも、獲物を探すサンドワームがその振動を見逃すはずもない。
魔術師が立つサンドワームの骸の周囲には、徐々にサンドワームが群れを成していく。
砂の中から大きな口を開けて待つもの。砂の中で巨体を滑らせながら移動するもの。
魔術師は、抜き足差し足で周囲を見渡し、持てそうな魔石の塊を探す。
すると目の前の砂上に手頃な魔石の塊が転がっていた。
その魔石を取ろうと手を伸ばす魔術師。だがギリギリのところで魔石に手が届かない。
仕方なく浮遊魔法を発動しようと詠唱を始めた瞬間。足が滑り体が砂丘の上へと転げ落ちてしまう。
あせる魔術師。そしてサンドワームが姿を現し大きな口を開けた。
ところがサンドワームが大きな口を開けたのは、魔術師のすぐ横であった。
何と幸運なことか。
慌てた魔術師は、浮遊魔法の呪文を詠唱し直しながら横に転がる魔石を手に取り浮遊を始めた。
魔石を抱えて砂丘の上を宙に浮きながら進む。足元には、無数のサンドワームが俳諧する。
しかし、魔石を抱える魔術師に大きな誤算があった。
魔石が思ったよりも大きく重かったのだ。砂の上に見えていた魔石よりも砂の下に埋まっていた部分の方が大きく、とてもひとりで持てる様な重さではなかった。
だが、別の魔石を選んでいる時間など無い。さらに残っている黄色いラピリア酒(薬)も残り僅かだ。
魔術師は、必死に魔石の塊を抱えながら砂漠の砂丘をいくつも渡って行く。魔術師は、必死だった。
あまりに必死すぎてMPの残量の事などすっかり忘れていた。
徐々にMPを消費し浮遊する高さが低くくなる。そして気が付けば砂丘の上に足が付いていた。
全身から冷や汗を滝の様に流す魔術師。そしてその周囲には、砂の中を徘徊するサンドワームの姿が無数にあった。
魔術師は、とてもひとりでは持てない魔石をかかえながら、最後の黄色いラピリア酒(薬)の入った小瓶を取り出しそれを喉に流し込んだ。
そして浮遊魔法の呪文を詠唱すると体が静かに砂の上から浮遊した。
その瞬間、今迄足が付いていた砂が渦を撒いて落ちていく。そこには、サンドワームの大きな口が広がっていた。
のこぎりの様な歯が無数に覗くその大きな口に、自身が食われていたかと思うと冷や汗が止まらない。サンドワームへの恐怖で体の震えが止まらない。
魔術師の冷や汗は、体を伝わり砂丘の上へと落ちていく。
砂の上に落ちた汗が発する小さな振動は、サンドワームにも伝わり獲物が何処にいるのかを正確に知らせる目印となっていた。
魔石の塊を持つ手は、しびれて動かない。汗に濡れた手は、滑り何度も魔石を落としそうになった。
足元には、何体ものサンドワームが俳諧し大きな口を開けて待ち構える。
もう魔術師は、限界に達しようとしていた。
「たのむ。あと少しだ。あともう・・・少し」
かたずを飲んで魔術師の動きをじっと見つめる仲間の冒険者。
そしてMPが切れた魔術師は、とうとう砂漠の砂の上へと倒れ込んでしまう。
だがそこは、既に茫漠の地と目の鼻の先であった。砂もそれほど深くはなかった。
砂が深くなければ体の大きなサンドワームもやって来ることはないのだ。冒険者達は、走り出すと倒れている仲間の魔術師の元へと駆け寄る。
魔術師の周りには、小さなサンドワームが無数に群がり小さな口で魔術師の体に食らい付く。
それを仲間の冒険者達が剣で薙ぎ払い倒れている魔術をかかえて一目散に走り出した。
その光景をずっと見守っていた他の冒険者達から歓声が沸き上がる。
誰も考えなかった方法で魔石を回収した冒険者。
「俺達が最初にやったんだ」
「上等な酒を浴びるほど飲もう!」
茫漠の地に寝かされた魔術師は、体中を小さなサンドワームに喰われ傷だらけであったが、持ち返った魔石を見て思わず笑顔を浮かべ、仲間達と抱き合った。
大きな魔石を足元に置き、それを見つめながら金の事など気にせずに暮らせる。そして嫁をもらい子供を育て畑でも耕そう。魔石を手にした冒険者達は、そんな夢を抱いた。
だが、事はそう簡単にはいかなかった。彼らに女神は、微笑まなかった。
彼らの周りに集まった冒険者は、なぜか目をギラギラと血走らせた。そして表情は硬くその手には、剣を握り締めている。
「その魔石をよこせ」
誰かがそう言った。その瞬間、皆が剣を抜き振り上げ誰彼構わず切りかかる。
そして乱戦に告ぐ乱戦となり魔石を持ち帰った魔術師は、腹や背中にいくつもの剣を生やし血の雨を降らせた。
その光景を目の当たりにした冒険者達は、魔石を守ろうと必死に剣を抜き振り回した。
だが、それも空しく振り下ろされた剣によりあっけなく短い人生に幕を下ろした。
無数の冒険者が剣による乱闘で命を落とした。それは、目の前に転がる魔石の塊を欲するがためである。
目の前に広がる地獄の様な光景に恐怖を感じたある冒険者は、城塞都市ラプラスの警備隊の詰め所へと駆け込んだ。
そして警備隊が現場に駆け付けた時には、無残にも切り殺された者達で溢れかえる惨劇の場と化していた。
その惨劇の真ん中には、人がやっと抱えられる程の大きさの魔石が真っ赤な血を浴びて転がっていた。
砂漠を徘徊する無数のサンドワームよりも恐ろしい人の業がこの惨劇を引き起こしたのだ。
そんな事件があってから数日後。
冒険者達は、話し合いの場を設けた。あの様な惨劇を起こさない事を約束し協定を結んだ。
砂漠の先にあるミスリルと魔石を回収するため、皆で協力するというのだ。
さて、どうやって魔石を回収するかを無い知恵を絞り考えに考え、そして冒険者達は、ある方法を思いつく。
それは、砂漠に橋を架けるというものであった。
橋と言っても川に架ける様な立派な橋ではない。丸太を組んで並べただけの筏というか足場の様なものだ。
それを砂漠に並べてミスリルと魔石が広がる砂丘まで行こうという発想である。
砂に足を取られは、サンドワームとまともに戦う事すらできない。まして砂の下からサンドワームに襲われるなど考える事すら恐ろしい。
冒険者達は、橋の材料になる丸太を調達すべくある場所へと向かった。そう、茫漠の先に広がる精霊の森である。
冒険者達は、精霊の森に入ると橋に使えそうな木を探し切り倒す算段を始める。そして、木を切るために斧を調達すべく街へと繰り出す冒険者達。
その光景を見ていた精霊の森の住人である妖精達は、慌てた。ラピリアトレントを呼び寄せ城塞都市ラプラスの領主であるカルの元へと駆け込んだ。
慌てる妖精達から事情を聴き警備隊に出動を命じたカル。
「まさか精霊の森の木を切る人がいるなんて・・・」
精霊の森は、領主の命により立ち入り禁止としていた。それを知っている城塞都市ラプラスとその近隣の村々の住民は、絶対に精霊の森へ入る事はない。
精霊の森へ駆け付けた警備隊とカル。そこでは、既に妖精達が呼び寄せたラピリアトレント族と冒険者達が乱闘を繰り広げていた。
ラピリアトレント族は、カルが精霊の森に植えた魔獣である。だが、魔獣でありながら警備隊の一翼を担う警備隊員でもあるのだ。
「お前ら何をしているか。ここは、城塞都市ラプラス領主の直轄地である。誰が木を切って良いと許可した!」
警備隊隊長が声を張り上げる。その言葉に動揺する冒険者達。
警備隊の隊員がその場に居合わせた冒険者達全員を連行して事情聴取を行った。だが冒険者達は、全く悪びれる様子も無い。
「木を切るくらいいいだろう」
「俺達より森の方が大切なのか!」
そんな事を平然とのたまう冒険者達。仕方なく精霊の森が誕生した経緯、そして城塞都市ラプラスを守ってくれる精霊と妖精達が住む森の大切さ。
さらに城塞都市ラプラスの大切な収入源であるラピリア酒(薬)の実を成すラピリアの木を育成する精霊の森の大切さを切々と説明する。
それでも欲に目が眩んだ冒険者達は、一向に耳を貸そうとしない。
仕方なくカルは、冒険者と冒険者ギルドにお触れを発した。
”いかなる理由をもってしても精霊の森の木々を切る事を禁止ずる。これを破る者は、重罪とする”。
開放された冒険者達は、仕方なく精霊の森の木々を切る事を諦めた。
だが、それで一獲千金の夢を諦める冒険者達ではない。今度は、精霊の森のさらに奥へと進み、村々が村が点在する林や森に入り木々を切り始めた。
その光景を見た近隣の村の住民は、慌てて警備隊を呼んだ。そして精霊の森で起きた事をまた繰り返す事になった。
その場に居合わせた冒険者達を捕らえた警備隊は、再び冒険者を連行して彼らに何をしていたのかを問いただした。
「俺達は、精霊の森の木を切った訳じゃねえ」
「法を守ったのに逮捕される理由が分からん」
警備隊の隊員は、再び冒険者達に言って聞かせる。
「村の近くにある林や森は、全て村の住民のためにあるのだ。その木で村の家を建て修復したり、川に架ける橋の材料にしているのだ。年にどれくらいの木を切るかも既に決まっている。それをお前達が勝手に切り倒したら、村の住民の生活が立ち行かなるではないか」
不満そうな表情を浮かべる冒険者達。
仕方なく領主であるカルは、冒険者と冒険者ギルドに通達を発した。
”いかなる理由をもってしても城塞都市ラプラス領地内の木々を管理者の許可なく切る事を禁ずる。それを破る者は、重罪とする”。
当然、生活の糧として木を利用する村の住民には、木々の伐採を許可する。元々村の住民達は、村のために木を伐採した後には、必ず苗木を植え木々を育てていた。
そうやって資源が枯渇しない様にと手を加えているのだ。
だが冒険者達は、森の木々を切ったところで苗木を植えたりはしない。森の木々は、勝手に生えて来るものだと勘違いしていた。
城塞都市ラプラスの領主であるカルは、後先考えずに行動する冒険者達の行動に頭を悩ませていた。
砂漠に丸太で橋を作りミスリルと魔石を取る算段をした冒険者達。
そんな冒険者達といたちごっこを繰り広げるカル。
さて、冒険者達は、次に何をしでかすやら・・・。