19話.魔法アイテム屋ふたたび
魔法が使えないカルでも魔法が使えるアイテムを売る例のお店に向かうカルです。
魔石筒って呪文を詠唱しなくても投げつけて割れれば魔法が発動する優れものです。
カルは、ふたたび城塞都市ラプラスの路地裏にある魔法アイテム屋へと向かった。
魔法アイテム屋で買った魔石筒は、村への視察の時に出現したオークの集団に抜群の効果を発揮してくれた。後半の村では、魔法スライムさんの活躍により出番はなかったけど。
「お兄さん。久しぶり!」
カルが勢いよく魔法アイテム屋の扉を開け放った。
いつもの調子でカウンター内の椅子に座って足を放り出していた店主のお兄さんは、カルの顔を見たとたん、元気よく椅子から立ち上がった。
「おう。魔法筒の調子はどうだった」
「ものすごく役に立ちました」
「それはよかった」
「何か面白いアイテムはないですか」
カルの注文にお兄さんは、しばし考え込む。魔石筒を使う場面で役に立つ魔法アイテムとなると・・・、あれでもなく、これでもなく・・・、狭い店の棚を見て周りながら、身振り手振りを用いながら魔獣との戦いの場面を想像する。
1手、2手、3手と頭の中で冒険者と魔獣の攻防が繰り返される。そしてその場面で使うとしたらこれか。
「そうだな。これなんかどうだ。煙玉だ」
「煙玉?」
「こいつは”がんばれ煙玉”って叫んだ瞬間に四散して煙になる魔法アイテムだ。だから迷宮の通路に転がしておいて魔獣が来たら”がんばれ煙玉”って叫んで使うっていうこともできるぞ」
「さらに、この煙には魔法のリフレクションと同じ働きをする。つまり、この煙に魔法を放つと魔法を放ったやつに魔法が跳ね返るんだ。どうだ、すごいだろ!」
魔石筒に次ぐ自信作の”煙玉”を勧めてみた。これは、ダンジョンで魔法を放つ魔獣に遭遇した時や、魔獣から逃げる時を想定して作った自信作なんだが、カルの表情は・・・冴えないか。
「・・・・・・」
「だめか」
「すごい。すごいです。じゃあ、それを20個ください」
「おいおい、いきなりな数だな。また、試してみなくていいのか」
「お兄さんが作ったものなら信用します」
「そっ、そうか。なんかわりーな」
お兄さん、妙に照れてる。褒めたつもりじゃなくてお世辞を言っただけなんだけど。
「それでですね。また魔石筒を買いたいのですが」
「おう、そう言ってくれると思ってな。多めに作っておいたぞ」
「何個あります?」
「全部で60個だ」
「・・・・・・」
「どうした坊主。ちと多すぎたか」
「いえ、その魔石筒って1日にどれくらい作れるんですか?」
「そうだな。1日に多くて10個程度だな。炎、氷、雷毎にだ。だから1日当り30個がせいぜいだな」
「魔石に封印する魔法毎に魔術師を雇う必要があるからな。急いで作る時は、なかなか魔術師がそろわなくて冒険者ギルドに魔術師の斡旋を頼むんだよ」
「それなら大丈夫かな」
カルは、店のお兄さんの前に居直ると、姿勢を正して話を始めた。
「ここからは、真面目な話です。炎と氷の魔石筒を各300個。雷の魔石筒を600個注文します」
「納品は、100個単位毎でお願いします。今回に関しては、金額は前回と同じでお願いしますが、次回よりもう少し安くできないかと資材部の人から言われています。多く買うので安くしていただけると助かります」
「坊主。何言ってんだよ。俺はあまり頭の回転が良くないんだよ。俺にも分かるように言ってくれ」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から1枚の紙を取り出すと店主のお兄さんの前に差し出した。
「えーとですね。ここに納品して欲しいんです」
城塞都市ラプラス 都市運営資材管理部 警備資材課。
店主のお兄さんの前に出された紙にはそう書かれていた。
「・・・・・・」
「おい、これは何の冗談だ。これは、都市の警備隊が使う資材の納入窓口じゃねえか」
「お兄さん。よく知ってますね」
「あたぼうよ。ここに資材を納入できれば、多少安くたたかれても食うに困らないって所だ」
「で、なんでお前さんの魔法筒の納入先がこの部署になってるんだ」
カルは、一瞬どきりとした。ここで直に”領主だから”と口走ってもよいのだが、どうせ信じてもらえないはずだから嘘ではないし間違ってもいない言い方をしてみた。
「そっ、それは、そこが僕の働き先でもあるからです」
「まじか!」
「まじです」
お兄さんは、カウンターの中から体を乗り出してきた。カルもされにつられる様に体を前にせり出してみる。ふたりの顔は、今にもキスができるほど接近していた。
「村に行ったのは、そこの仕事で行ったんですよ。おかげでオークを30体以上も捕獲できました」
「オークを30体。すげえな・・・いや、まてまて。今、捕獲って言ったか。倒したんだよな。捕獲って言ったら生きたまま捕まえるんだぞ」
まっ、また突っ込まれてしまった。素直に盾の魔人さんが30体以上のオークを飲み込んだなんて言ったら、これも信じてもらえないと思う。だからあえて言えないと嘘を付くしかないか。
「えーと、そこは突っ込んで欲しくないんです。仕事の内容は守秘義務で言えないから」
「そっ、そうか。すまん」
「材料の仕入れとかにもお金かかるから前金で払った方がいいですよね」
「そうしてくれると助かる」
「では、前金でお支払いします」
「炎魔法の魔石筒300個、金貨20枚」
「氷魔法の魔石筒300個、金貨20枚」
「雷魔法の魔石筒600個、金貨40枚」
「魔石筒合計1200個。金貨80枚です。間違えがないか数えてください。金貨の数が合っていれば、この契約書と領収書にサインをお願いします」
「80枚の金貨なんて生まれて初めて見たぜ。お前さんガキのくせにいいところで働いてるんだな」
店のお兄さんは、80枚の金貨を目の前にして目が泳いでいる。
「お酒飲んだり女性と遊んで使い込まないでくださいね。そんなことされたら僕が職場から首になってしまいますから」
「バッ、バカ言え。こんな大口の仕事を潰す様な下手な真似はしねえよ」
「僕の名前は、カルと言います。都市の資材部の納品窓口で名前を言えばわかります」
「おう、俺の名前は”ゼクト”だ」
「確かに金貨80枚受け取った。俺の店で初めての大口受注だぜ」
「これで借金を返すあてもできたし、大将のところで材料の仕入れもできる。食うに困ることもないぜ」
ゼクトは、店のカウンターの内側で立ったまま少し考えてから話し始めた。
「カル。ちょっと聞いていいか。この魔石筒の話って今後も続きそうか?」
「うーん。それはどうだろう。多分だけど警備隊の人が魔獣退治で使う数が多ければどんどん補充するし、使うことがなければあまり補充しないかな。ただ、山間部の村にオークが集団で出るから、村の警備用にかなり使うと思います」
「それにオーク狩りにギルドから冒険者も雇う予定なので、もしかしたら冒険者からも引き合いがあるかも」
「あっ、これ他の人には言わないでくださいね。情報漏洩とかっていろいろ五月蠅いんですよ」
「おっ、おう。守秘義務ってやつだな」
「はい!」
「じゃあ、魔石筒ができたら納品お願いしますね」
そう言い残してカルは、下町の魔法アイテム屋を元気に後にした。
数日後。
魔法アイテム屋のお兄さんことゼクトは、城塞都市ラプラスの都市運営資材管理部警備資材課という部署の資材納入窓口に来ていた。
「すんません。ご注文の魔石筒の納品に来ました」
資材部の受付の女性は、机に向かって事務仕事をしていたがゼクトの言葉に反応して注文書の束から瞬時に注文票を探し出すと受付にやって来た。
「はい。ご功労さま。えーと魔石筒100個ですね。ここの受領書にサインをお願いいします」
「すんません。この魔石筒を注文したカルってガキがここで働いているって聞いたんすけど」
「ああ、カル様ですね」
「えーと、カル様は、領主の館で副領主のルル様と会議中じゃなかったかしら」
「もしかして、カルって偉いのか?」
「あれ?ご存知ないのですか。カル様は、城塞都市ラプラスの領主様ですよ」
「はあっ、ちょっと待ってくれ。あのガキ、俺の店に気軽に来てはいろいろ買っていくぜ。あれが領主なのか。領主っていやあよ。偉くて踏ん反り返って、下っ端に命令しているやつだろ」
女性は、思わず笑みをこぼしながらにこやかな顔で言った。
「カル様は、領主様には珍しくご自身で動かれる方です。年齢も若いというかまだ子供ですから動きたいのでしょう」
「そうなのか」
「はい」
「この魔石筒は、領主であるカル様の”肝いり”で購入することになりました。今後、この魔石筒は、都市を守る警備隊の装備品になります。不良品には厳しいのでご注意ください」
「では、次回の納品もよろしくお願いします」
「はあ」
木箱に詰め込んだ魔石筒は、受付をしてくれた女性が事務所の奥にある倉庫へと軽々と運んでいった。
資材部への初めての納品は、あっけなく終わったが、また魔石筒が100個完成したらここに納品に来るのだ。
資材部の建物から出たゼクトは、空を見上げた。青い空には白い雲が点々と浮いていた。
ゼクトは、カルのことを思い出していた。
「俺は、今まで何を見ていたんだ。目の前にいたガキが領主だってよ。はははっ」
笑ってみたが、そのあとの言葉がなぜか出ない。
「・・・・・・」
「本当にあんなガキがこの都市の領主なのか。俺はてっきり領主っていえば鬼人族の・・・額に角があってよお。力が強くて人族じゃまるっきり歯が立たないやつがやるもんだと思ってたぜ」
「まあ、あれだ。あのガキ・・・あいつが領主だっていうなら信じるしかないわな」
「それにだ、俺の作った魔石筒をえらく気に入ってくれたし、警備隊のそのなんだ、装備品に選んでくれたのは嬉しかったぜ。魔石筒、苦労して作ったもんな。あれが売れなかったら・・・店・・・たたもうって決めてたもんな」
「あのカルってガキに礼を言わなくちゃな。ガキって言っちゃいけないよな。あれでも領主なんだよな」
「硝子、大将のところに大量注文しなくちゃな。魔石もだ。量が多すぎてドワーフの大将に怒られるな。俺、前金もらってんだよな。期待されてるのか。俺が?・・・笑っちまうぜ」
「まいったな。おれ、どうしたらいいんだよ。空は晴れてるのに俺にだけ雨が降ってら。ちきしょう。嬉しくて涙が出てきちまったぜ」
冒険者として魔術師をやっていた頃は、あまり報われなかった。だから必死に小銭を貯めた。
35歳を過ぎた頃になると、魔法の威力が弱くなったのを自覚した。足が上がらずにダンジョンの石につまづいて何度も転んだ。もうダンジョンを走り周る歳じゃないってわかったが食うために辞められなかった。
でも、仲間が次々と冒険者を辞めていった。俺もそれにならった。もう限界なんだって。
必死に貯めた小銭で路地裏に小さな魔法アイテム屋を開いたが、客なんて来るわけはねえ。中堅魔術師なんて名前も知られていないやつの店に誰がくるんだよ。
必死に貯めた小銭は、あっという間に底をついた。今度は、借金がどんどん膨らんでいった。
もう、こんな店たたもうと考えていたら、あのガキが現れておれの魔石筒を買ってくれた。
それが、今じゃ都市の警備隊の装備品を作ってる。
なぜか、今までの人生が走馬灯の様にゼクトの頭の中を駆け巡った。
「人生ってわかんねえな」
思わず服の袖で涙と鼻水を拭きながら青い空に浮かぶ白い雲を見つめるゼクトであった。
魔法アイテム屋のお兄さんにも運が向いてきたようです。