187話.星を渡る舟(2)
精霊界の廃墟となった都市の地下で眠る星を渡る舟が動き出しました。
ですが、数百年も放置された舟がまともに動くはずもなく・・・。
精霊界から星を渡る舟に乗り込んだのは、精霊界の再生担当であるドロス大臣と技術担当官であるテネロのだけであった。
やはり数百年もの間放置された星を渡る舟に乗り込む場面となった時、尻込みをして姿をくらます精霊が殆どであった。
ちなみに技術担当官テネロは、ドロス大臣とは全く面識はなかった。
精霊女王の捜索の手から逃れる傍ら、過去の技術に精通した精霊という事で、たまたまその場に居合わせただけであった。
そして星を渡る舟は、漆黒の闇の世界に出て13回目のハイパージャンプを終えたが、精霊界から進んだ距離は、たったの100光年程であった。
「これはいったいどうしたというのだ」
ドロス大臣が口から唾を飛ばしながら技術担当官のテネロに食ってかかる。
「それがシステムは正常なのですが、反応炉から動力が伝達されて来ないようです」
「分かる様に説明しろ」
「つまり目の前に飯があるのに両手を縛られて飯が食えないという事です」
「随分とかみ砕いた説明だな」
「恐れ入ります」
「では、その反応炉とやらを修理すればよかろう」
「それはできません」
「なぜだ」
「交換する部品がありません」
「なければその部品とやらを作ればよかろう」
「我らには、知識はあっても技術がありません」
「そんなはずはない。知識があれば作れるであろう」
そう言い放ったドロス大臣の顔カを怪訝そうに見つめる技術担当官テネロ。
星を渡る舟を操作するテネロは、分かり易く説明するために小さなネジをひとつ取り出した。
「この小さなネジですが、これと同じものを我々は作る事が出来ません」
目の前に出された小さなネジ、それをじっと見つめるドロス大臣。
「このネジは、特殊な合金で作られています。精度は3/10000mmで3000度の高温でも膨張すらしません」
説明を聞くドロス大臣が目を見張る。
「このネジを作る知識はあります。ですがこのネジを作る機械も素材もありません。そもそもこの金属の元になる鉱石がどこで入手できるかすら分かりません。そして恐らく機械と素材があったとしても、このネジを作る技術がありません」
何か言いたそうなドロス大臣だが口を挟む余地が無い。そして技術担当官テネロが続ける。
「技術とは蓄積され伝承されていくものです。設計図があれば出来る訳でもなく、製造方法をデータベースに残したからといって、それを見れば誰でもできるというものでもありません。それを製造していた者がいなくなってしまうと二度と作る事ができません」
「この小さなネジひとつがそれ程難しいものなのか」
「話がそれました。この船の動力を発生させている反応炉ですが炉心内温度は、1億度を超えます。我々は近づく事すらできません」
「1億度だと。なぜそんなものが動くのだ」
「それにもうひとつ、仮に炉心に近づけたとしても被ばくして即死します」
「即死・・・」
「ですから我々の祖先である精霊は、偉大だったのです」
技術担当官テネロの言っている事をなんとなく理解したドロス大臣。
「とにかくだ。なんとかしてその反応炉とやらをどうにかしろ。でなければ我々は、この暗闇の世界で野垂れ死ぬぞ」
「やってみます」
技術担当官テネロが舟の制御室でシステムと格闘している時、時を同じくして妖精達は、反応炉の修理に取り掛かっていた。
炉心温度1億度超の反応炉など本来であれば近づく事すらできない。だが、この炉心を専門に修理するゴーレムというものが存在した。
それを使えば問題なく修理できてしまうのだが、技術担当官テネロはそれを知らない。
実は、反応炉の修理部品も妖精達の手により他の舟から拝借済みであった。
にこいち万歳。
しばらくすると反応炉から動力が贈られる様になり、ハイパージャンプの準備が整う。
なぜ反応炉の修理が出来たのが疑問だけが残る技術担当官テネロであったが、うるさいドロス大臣のもと、何事も無かった様にハイパージャンプに突入する。
この件により技術担当官テネロは、この船に他に誰か乗っていると確信した。そうでなければ度々故障する度に修理できてしまう理由の説明ができない。
だが、船内システムで舟の隅々を調べても誰かがいる痕跡が全く見当たらない。
そして技術担当官テネロは、意を決して舟の内部に誰かいるのかを自らの足で捜索することにした。
小さな街ひとつ分にも相当する広大な星を渡る舟の中には、いったい誰がいるのか。
漆黒の闇の中をただひたすらハイパージャンプを繰り返す星を渡る舟。
この船に乗り込んだ精霊は、たったのふたりのはずであった。
ドロス大臣は、扉で繋がった異世界の原住民を精霊界に招き入れる事に最後まで反対であった。
精霊界の再生は、精霊自らが行うべきとの主張を繰り返した。
そして部下に原住民を処分する様に命じた。それによりカルは、精霊界の何処とも知れぬ荒地へと放り出されてしまった。
対して技術担当官テネロは、ドロス大臣の命令により行動を共にしているだけであり、精霊界が異世界の原住民により再生される事については、特段に問題意識を持っていなかった。
様は、誰であれ精霊界を再生できる知識や技術を持った者が行えばよいという認識でいた。
精霊界では、数百年間もの間にあらゆる方法を用いて精霊界の再生を試みた。だが、そのことごとくが失敗に終わり現在に至るのである。
この期に及んで自力での再生などできるはずもない。
技術担当官テネロは、精霊界の再生がどれほど難しいかをドロス大臣よりも知っていた。
ところが異世界の原住民がそれをやってのけたという。
実際にその現場を見た訳ではないが、精霊界の命の源である精霊樹の森を異世界の原住民が再生したという話を精霊女王から聞かされたのだ。
ならば、その異世界の原住民に精霊界の再生を託せばよいだけの話ではないのか。
なぜそれをドロス大臣が邪魔するのか。それが不思議でならなかった。
やはり大臣ともなれば、自身の功績とならないものに協力などできないのか。目の前にいるドロス大臣の考えがいまひとつ理解できない。
そのドロス大臣に手を貸す自分の行動は、本当に正しいのか。考えれば考える程、自身の行動に疑問を持ってしまう技術担当官テネロであった。
ハイパージャンプを繰り返す星を渡る舟。
その船内を捜索する技術担当官テネロ。小さな街ほどもある広大な広さを誇る星を渡る舟。
どこを歩いてみても誰かがいる気配など全くない。それどころか数百年も放置されていたはずの船内に塵ひとつ落ちていない。
それがこの船に誰かがいる証拠ではないかと疑っていた。
そして足を踏み入れた事のない通路を歩いていると、なぜか半分だけ開いた扉を見つけた。
気になった技術担当官テネロは、その扉の中へ音を立てずに入っていく。
そこには、普段ならログインできないはずの修理用の作業卓が開かれ、何かの文字が表示されている。
それを見た精霊は驚いた。
この船の不具合の一覧、修理箇所、修理の優先順位、交換部品の一覧、修理の工程表、修理の進捗状況、修理用ゴーレムの稼働状況、修理完了後の試験結果などが記されている。
「これを一体誰が・・・」
その時、誰かの話声が聞こえた。
技術担当官テネロは、とっさに物陰に隠れれるとその声の主の姿を探す。
すると現れたのは、複数の妖精であった。
彼は、見てしまった。妖精達が作業卓の修理箇所の一覧を見ながら議論をしているところを。
技術担当官テネロは、静かに開いている扉から通路に出ると足音を忍ばせながら舟の制御室へと向かう。
そして作業卓に表示してあった情報を元に先程の情報を探し出した。
「そうか。この船の修理をしていたのは妖精達だったのか」
精霊は、思わず椅子に座ったまま制御室の天井を仰ぎ見ながら考え込む。
今の自分では、この船の動作原理すら分からない。まして舟の修理などさっぱりであった。
技術担当官テネロは、ただ舟の制御システムが示す通りに舟を操作しているに過ぎない。
だが妖精達は、技術担当官テネロが理解できない舟のシステムから部品の交換おも行っていた。
修理の工程表を盗み見ると、かなり前から修理を行っていた事が見てとれた。
「少なくとも妖精達の方が俺より知識も能力も上ってことか・・・」
工程表の終わりを見ていくとそこには、ドロス大臣が目指すあの星の座標が記されていた。
「妖精達は、最初からあの星を目指していたのか」
そして技術担当官テネロは、その工程表を最後まで見て驚いてしまう。舟の修理が終わる予定は・・・2年も先になっていたのだ。
「嘘だろ・・・、この舟はどうやって飛んでいるんだ」
つまり自分達が何も知らずに妖精達が必死に修理していた舟を勝手に動かしてしまったのだという事を。
さらに修理中の舟が1万光年もの彼方にある星に絶対にたどりつけない事を。
それなのに妖精達は、必死に修理を行っていた。それは、工程表を見ればすぐに分かった。
技術担当官テネロが見ている運航システムの画面には、全く問題が無いと表示されている。だがその画面には、嘘の情報が表示してあった。
実際の運航システムの画面を表示してみると、そこには真っ赤な文字で埋め尽くされていた。
数百年もの長きに渡り放置されていた星を渡る舟。それは、今にも漆黒の闇の中でいつ塵になってもおかしくない状況であった。
技術担当官テネロは、椅子に座り制御室の天井を仰ぎ見ながらしばし考え込む。
彼ら妖精達は、なぜこの舟を修理しているのか。なぜあの星に向かおうとしていたのか。
技術担当官テネロには、その答えは見いだせなかった。
だが、妖精達が数百年も前に放棄された舟を必死に修理している。
技術担当官テネロは、意を決して操作卓に文字を入力しそれを送る。
”この舟を星まで無事に届けたい。何でも協力する。何をすればいい”。
暫くすると返事が返って来た。
”何でも?”。
技術担当官テネロは、それに返す。
”ああ。ここまで舟を修理したんだ。君達と共にあの星まで行こう!”。
それから精霊は、急かす大臣を言葉巧みに説得すると舟を目的の航路から離れ、とある星の衛星周回軌道に乗せる。
その星の衛星軌道上には、遥か昔に精霊達が建造した星を渡る舟のための修理ドックが周回していた。
数百年間もの長い年月を星の軌道上を周回していたドックに星を渡る舟を入れると長い長い修理へと入る。
いつ終わるとも知れない舟の修理だが精霊界の廃墟の都市の地下に比べれば遥かに整った修理環境が残っていた。
その修理の間に技術担当官テネロは、精霊界とそこに扉で繋がった異世界で何があったのかを調べ始める。
技術担当官テネロは、大臣から一方的で断片的な事柄しか知らされていない。それが妖精達の目線で異世界側で起きた事柄と照らし合わせる。
すると大臣の説明に矛盾が生じてしまう。最初は、妖精の目線から見た世界を信じる事ができなかった。
だが立場が違えば全てが異なって見える。
技術担当官テネロは、精霊という目線ではなく妖精の目線で物事を見て感じる事に心がけた。
そして精霊は、ある事に気付いた。
妖精達は、精霊界とは違う世界で生きていこうとしている事を。そしてそれを手助けしているのが異世界から精霊界へと招き入れたあの原住民の子供である事を。
妖精達が精霊界から脱しようとしている。もしドロス大臣が感情の赴くままに異世界と呼んでいるあの星を焦土と化したとしたら、妖精達はどうなってしまうのか。
技術担当官テネロは、星を渡る舟の制御室の椅子に座りいつもの様に天井を仰ぎ見ながら考え込む。
既に技術担当官テネロの答えは出ていた。
星を渡る舟の窓から見える惑星は、青く白い雲が浮かんでいる。
広大な海、そして大陸には茶色い大地と点々と緑の森が広がる。
精霊界が衰退を始めた時、この漆黒の闇の世界に散らばる無数の星々に向けて幾千もの精霊が羽ばたいていった。
だが、その精霊達が戻って来ることは無かった。精霊界から羽ばたいて行った精霊達は、今はどうなっているのか。
もしかしたら眼下の星に広がる森のどこかにも精霊の森があり、精霊と妖精が住んでいるのかもしれない。
技術担当官テネロは、数百年いや千年以上も前にこの漆黒の闇の世界へと羽ばたいていった祖先となる精霊や妖精達の住む世界に思いをはせる。
いつか、この星を渡る舟で祖先が向かった星々に行って精霊に会ってみたい。テネロの夢が膨らんでいく。
予定では星を渡る舟のお話は、2話で終わる予定でしたが長くなってしまいました。