178話.秘書官アリッサの初めてのダンジョン(2)
中級ダンジョンで魔獣狩りをするカル達。
初めてのダンジョンで魔獣狩りをする秘書官アリッサとカル達。
ダンジョンのシステムの不具合で低層にケルベロスが出現するも、それを簡単に倒したアリッサ。
その後、10層まで進み点々と木々が生い茂る草原エリアで夜を明かす事になった。
当初は、もう少し低層にある魔獣が出ない安全地帯で夜を明かすつもりでいたが、アリッサの魔法がことの外優れていたせいもあり、10層まで来ていた。
木の根元で交代で見張りをしながら焚火を灯し、お茶を飲みながら肉を焼いて食べる。
ダンジョン内で肉を焼くと匂いに誘われて魔獣が現れるので本来ならやらないのだが、低層という事もあり少し気が緩んでいたのかもしれない。
遠くに魔獣が現れるとメリルが目を赤く光らせ石像に変え、ゴーレムのカルロスⅡ世も見回りと称してダンジョン内を走り周り、魔獣を次々と狩っていく。
「本来なら野営をするときって魔獣に襲われるっていう緊張感を持つんだけど、僕のパーティのメンバが強いから・・・」
「それは、皆さんの行動を見て理解できました。ただ、領主様が精霊や妖精や龍族とお友達なのは、少々理解できかねます」
「ははは・・・」
アリッサの言葉に笑ってごまかすカル。
「明日は、今日来た階層を戻るだけだから特に危険もないと思う」
「次に来る時も、領主様のパーティに加えてください。私みたいな初心者が相応の装備で来たら10層なんて絶対に来れなかったと思います」
「そうだね。恐らく3層辺りが限界かも」
「試しに初心者用の魔法杖で魔法を放ってみましたが、草が燃える程度でした。それが私の本来の能力なんですよね」
「過信や無理をして帰って来ない冒険者も多いらしいから、自身の能力を知っておくって大切だよね」
そんなカル達の野営地の近くには、いつしか他の冒険者達も野営をしていた。
本来ならこんな場所で野営などしないのだが、カル達の戦いぶりを見たせいか何かあれば守ってもらえると思っているのもしれない。
「近くに他のパーティも野営をされているようですが、これって私が身に着けている武具のせいでしょうか」
「そうかもね。城塞都市ラプラスの特別警備隊って言ったら強い兵士から選抜して編成してるからね」
「この武具は、ダンジョンを出たらお返しします」
「まあ、帰すのはいつでもいいよ。どうせ僕の鞄の中で埃を被るだけだから」
「そう言っていただけるなら、もう少しお借りしておきます」
ダンジョンの中なのに星と月明りに照らされ暗くは感じない。ただ。少し気温が下がってきたせいか寒く感じる。
木の根本で焚火に薪をくべながらお茶を飲むカル達。
見張りは、ゴーレムのカルロスⅡ世とカル。メリル、ライラ、アリッサは毛布にくるまり寝息を立てている。
精霊エレノアは、ダンジョンの管理者と話があるとかで、少し離れた場所で精霊の力を使い会話をしている。
静かに時が流れ深夜になった頃、異変が発生した。
「カル様。魔獣が近づいてきます。それもかなり大型の魔獣です」
見張りを交代して毛布にくるまり寝ていたカル。それをライラがそっと起こしにかかる。
「方角は、あっちかな」
「はい。カルロスさんが偵察に行っています」
皆は、既に起きていて武具を装備し戦いの準備は済んでいた。
ただ、近くで野営しているいくつかのパーティは、まだ寝ている冒険者も多く、カル達の行動を見て慌てて仲間を起し始めていた。
しばらくするとゴーレムのカルロスⅡ世が戻り、身振り手振りで魔獣の種類を伝える。
「カルロスは、サイロプスが3体だって言ってる」
そのやり取りを見ていたアリッサ。
「あの、今の身振り手振りなんですが、どうしてサイクロプスが3体だって分かるんでしょうか」
「えっ、何でかな。僕も考えた事もないや」
首を傾げるカル。
言葉を発しないゴーレムのカルロスⅡ世だが、メリルやライラとも普通に意思の疎通が出来ていた。
アリッサは、その光景を領主の館にいる時からずっと疑問に思っていた。
”ズン、ズン、ズン”。
ダンジョンの草原に重い足音が響き渡る。
さすがに周囲で野営していたいくつかのパーティの冒険者達も全員が起きて戦闘準備に入っている。
サイクロプスとの距離は、かなりあるが10mを超える巨体を揺らしながら近づいて来るサイクロプスは、やはり巨大だ。
「こんな低層でサイクロプスが出るのか。しかも同時に3体ってどういう事だよ」
「俺達みたいな中級パーティじゃ倒せないぞ」
そんな言葉が周囲から漏れ聞こえて来る。
そしてカル達のパーティをちらちらと見る目線を何度も感じるカル。
「なんだか僕達、期待されているみたい」
「大丈夫です。まず私が魔法を放ちます。それが効かない様ならサポートをお願いします」
カルの言葉にアリッサが答える。
アリッサは、魔法杖を構えると少しの間だけ瞼を閉じる。そして瞼を開いた瞬間、サイクロプスに向かって魔法を放つ。
半透明で輝く壁の様なものがサイクロプスに向かって飛翔する。だが、10mを超えるサイクロプス全体を囲い込める程の大きさではない。
光の壁は、1体のサイクロプスの体を通過していったが、何事も無かった様に歩き続けるサイクロプス。
「やはりケルベロスの時の様にはいかなかったようです」
項垂れるアリッサ。
「そうでもないみたい」
カルの言葉に顔を上げるアリッサ。すると、1体のサイクロプスの体が達磨落としの様に腹の部分だけが抜け落ちて草原へと落ちていく。
そしてサイクロプスの体が草原へと崩れていく。
「えっ、あっ、あれは・・・」
「恐らくだけど、アリッサさんの魔法って物理防壁を飛ばす事ができるんだよね。それでサイクロプスの胴体、お腹の部分だけを切断して押し出した感じかな」
「では、他のサイクロプスにも魔法を放ってみます」
アリッサの魔法は、残った2体のサイクロプスの体をいとも簡単に切断して倒して見せた。
あっという間に3体のサイクロプスを倒したアリッサ。
その光景を見ていた他のパーティからどよめきと拍手が沸き上がる。
「やっぱり特別警備隊は凄いな」
「私もいつかあんな魔術師になってみたい」
そんな言葉が耳に入り思わず赤面してしまうアリッサ。
3体のサイクロプスが倒され、ダンジョンの平原にまた平穏が戻って来た。
夜が開け、撤収の準備に入るカル達。
「また、ダンジョンに来たいです」
アリッサの言葉にカルがこう答える。
「アリッサさんに魔術師の素質があると分かったので、秘書官の仕事と城塞都市ラプラスの警備隊の仕事を交代でやってもらおうと思います」
「えっ、えっ、えーーー」
「だって、あんな魔法使えるなら、特別警備隊の魔術師よりも強いと思うよ」
「でっ、でも・・・」
「特別警備隊の訓練にたまに顔を出してもらえばいいよ。城塞都市ラプラスを守る強い仲間が増えたなんて感動だよ。アリッサさんは、僕の秘書官だから階級も特別なやつにしようかな」
カルは、そんな事を言いながら野営地を後にする。
そんなカルの言葉に思わず茫然とする秘書官アリッサ。
「まっ、待ってください。そんな急に言われても」
その後、城塞都市ラプラスに戻ったアリッサは、冒険者ギルドで初戦でケルベロスと3体のサイクロプスを倒したという事でFランクからDランクへとランクアッした。
そして期待の新人として注目を集める存在となっていく。
カル達は、ダンジョンの1層から地上へと戻った。
いつもの暑い日差しを期待していたカル達。ところがそれはいつもとは違っていた。
「なんだか寒いです」
「本当です。しかも白いものがちらちらと舞っています」
「これって雪?」
中級ダンジョンがある城塞都市アグニⅡは、砂漠の淵に存在する。しかも年間を通して暑い地域で雪など数十年に1度降るかどうかという場所だ。
「カル様、寒いです」
精霊エレノアは、カルに抱きついていく。
「エレノアさん。スノーラビットの毛皮を着ていて寒い訳ないですよね」
「エレノアは、カル様のぬくもりが欲しいのです」
するとエレノアの両手を引っ張るメリルとライラ。
「そうやってカル様とべたべたしない」
「そうですよ。精霊なんですから寒さとか暑さとかあまり感じないはずです」
「なんだって。私がまるで不感症みたいな言い方しやがって」
「違うんですか」
メリルとライラとにらみ合う精霊エレノア。
そんな光景を他所に降る雪が徐々に強くなっていく。
「とにかく浮遊城に戻ろう」
言い合う3人をなだめながら森の中で待っている浮遊城へと向かうカル達。
浮遊城に戻るとレリアとクレアがカル達を出迎える。
「「カル、カル。妖精達が話があるって」」
既に雪が積もり始めている浮遊城。その制御室に入り妖精達のメモ書きを見ると。
”砂漠を中心に雪雲が発生していて周囲に雪が降ってる”。
”しかも自然に発生した雪雲じゃない”。
「えっ、どういう・・・」
妖精達のメモ書きを見るカルの横で精霊エレノアが口を開く。
「極地大陸で見た魔石の気配と同じ感覚があります」
「それって・・・まさかスノーワームが湧くって事。だったら城塞都市が危ない!」
ライラが浮遊城の魔石に魔力を送り込む。そして雪の降る空へと舞い上がる浮遊城。
あの極致大陸で起きた事がこの地でも再現されてしまうのか。
砂漠が広がる地に雪が降り始めました。
カル達がダンジョンに入っている間に何かが起きていたようです。
※今日も遅くなってしまいました。相変わらず体調が悪いです。