174話.寒い雪の大地(5)
雪原をひた走り村を目指すカルとゴーレムのカルロスⅡ世。
ゴーレムのカルロスⅡ世の肩に乗り吹雪の雪原を滑る様に進むカル。
カルロスⅡ世は、雪原に降り積もった雪の上を氷の上を滑るかの様に進んで行く。
案内の村人達やライラ達は、大盾の中にあるダンジョンの安全地帯に退避していた。
龍人であるレリアとクレアの話では、ふたりですら勝てないスノーワームがいるという。
ふたりは、何とか逃げて来たがふたりの血の匂いを嗅ぎつけたスノーワームの群れがカルに襲いかかろうとしていた。
カルは、ゴーレムであるカルロスⅡ世の肩に乗り、大盾を正面に構えるとそこから金の糸を出して降り積もる雪の中に隠れているスノーワームを次々と切断していく。
雪原が赤い血で染まっていく中、カルロスⅡ世が雪の僅かな凹凸と微妙な動きからスノーワームが隠れている場所を探し出し、そこを回避していく。
するとカル達が向かっているはずの村から徐々に遠ざかっていく。
吹雪により目印にしていた山々も殆ど見えなくなり、次第に進む方向を見失っていく。
すると、目の前の雪原に血の跡とスノーワームの死骸が点々と現れた。
「えっ、もしかして同じところを周ってる」
カルの言葉をすぐに理解したカルロスは、あえてスノーワームの群れが隠れている雪原へと方向を変える。
それによりさらに数を増すスノーワーム。
カルは、大盾から出す金の糸では対処しきれないと判断すると大盾に話しかける。
「書の魔人さん。それに鎚の魔人さん。スノーワームの数が多すぎて僕じゃ手に負えない。悪いけど助けて欲しい」
すると大盾の上に魔術師の姿の小人と、鎧姿で小さな鎚を持った老人の小人が姿を現した。
「やっとわしらを呼んだのか。呼ぶならもっと早く呼ぶもんじゃぞ」
「そうよ。こんな状況になってから呼ばれてもらちが明かないわよ」
そんな不平不満を言いながらふたりの魔人は、魔法を放ち鎚を巨大化せて振り回し始めた。
書の魔人と鎚の魔人は、カルとカルロスⅡ世の体のあちこちをまるで地面の上を歩く様に駆け回る。まるで足がカルとカルロスⅡ世の体にくっついているかの様だ。
そして書の魔人の放つ火魔法は、雪原に降り積もる雪の下を徘徊するスノーワームをあぶり出すと次々と黒焦げにしていく。
鎚の魔人の振り回す巨大な鎚は、カルとカルロスⅡ世の背後から迫って来るスノーワームをこれでもかというくらいに肉片へと変えていく。
「しかし数が多い。これではきりがない」
「私の魔法だって数に限りがあるわよ」
それでも、ふたりの魔人の活躍によりスノーワームの群れが寸断され、カルロスⅡ世はそこから今までとは違う方向へと進路を変えていく。
「龍族のレリアとクレアでも勝てないっていうスノーワームがいるらしいんだ」
カルの言葉に魔法放ちながら考え込む書の魔人。
「おかしいわね。今まで倒したスノーワームにそんな強いのはいないわよ」
「儂も同感だ。そんな強いのはおらんぞ」
その時である。突然カルとカルロスⅡ世の目に前に大きなスノーワームが姿を現した。
そこに火魔法を連続で放つ書の魔人。
だが書の魔人が放った火魔法は、空を切るだけであった。
「噂をすればなんとやらよ。強敵出現ね」
書の魔人は、火魔法を追尾型に切り替えると大きなスノーワームへ火魔法を連続で放っていく。
だが、それをことごとく回避する大きなスノーワーム。
「ちょっ、なんであれを避けられるのよ」
「お前さんの魔法を避けよるとはな。あれでは儂の鎚なんぞかすりもせんぞ」
カルも大盾から金の糸を出して大きなワームを絡め取ろうとするも金の糸が届かない。
しかも動きが俊敏で雪原の上を滑る様に走るゴーレムのカルロスⅡ世よりも絶えず先行するのだ。
「あやつ。わしらと遊んどるぞ。何時でも儂らを倒せると見て、余裕の様じゃな」
鎚の魔人がそんな言葉を発する。
その時、カルロスが走っていた場所が雪原から山へと移っていた。生い茂る木々が徐々に増え、岩がゴロゴロと転がる荒地へと変化していく。
するとカルとカルロスⅡ世の先を進んでいた大きなスノーワームが忽然と姿を消してしまう。
「ほう、やつの体ではこの地形を不利と見たか」
「そうみたいね。でも岩が多い場所に雪がかなり降り積もっているから、雪の下に何があるか分からないわよ」
書の魔人と鎚の魔人は、相変わらず追って来るスノーワームに火魔法を放ち、鎚で肉片へと変えていく。
その時、突然吹雪の中からスノーワームが姿を現した。
一瞬の出来事によりカルロスⅡ世が姿勢を崩す。それにより肩に乗っていたカルが雪原に投げ出された。
かなりの速度で雪原を移動しているとはいえ、降り積もった雪の上に投げ出されたカルは、何とか受け身の体勢を取る。
だが運が悪かった。カルの目の前には、岩が無数に転がりその上に雪が降り積もっていたのだ。
何かに頭を強打した様な感覚に襲われ目の前が全く見えないカル。
自身で起き上がる事もできずに雪が覆いかぶさった岩の上で倒れていると、近くに無数の何かがうごめく音が響き渡る。
「スノーワームだ。早く・・・大盾を構え・・・ないと」
意識がもうろうとする中、手元にあったはずの大盾をまさぐる。
「大盾・・・大盾はどこ・・・」
カルの言葉も空しく大盾は、カルの手元から遥か先に飛ばされ雪の中に埋まっていた。
カルの大盾には、魔人が宿る。大盾がカルの手から離れると大盾は、勝手に歩いてカルの元へと戻って来る・・・はずであった。
だがここは、雪深い雪原である。大盾がいくらもがいても降り積もった雪の中から這い出る事はできない。
「まずいわ。盾が雪に埋まって動けないわよ」
「わしらもだ。しかもカルの意識が遠のいていくぞ」
「カルが寝ている時ならわしらも動けるが、意識が無くなったら・・・」
書の魔人と鎚の魔人が雪の中に埋まってしまった盾の上でカルの状況を察し、盾の魔人が大きな口から長い舌を出して必死にカルの元へ移動を試みる。
カルの切れた額から流れる血の匂いを嗅ぎつけたスノーワームがカルの周囲に集まる。
それを書の魔人が必死に火魔法を放って撃退していく。
「もうっ、数が多くて手に負えない」
書の魔人が泣き言を言いながら必死に魔法を放つ。
「雪さえなければもっと戦えるのじゃが、この雪のでは儂も思う様に動けん」
鎚の魔人は、雪に埋もれた大盾の上で必死に巨大な鎚を振り回し、大盾の周囲に集まるスノーワームを肉片へと変えていく。
ふいに大盾が動き出した。
そこには、ゴーレムのカルロスⅡ世が片方の手にカルを抱きかかえる姿があった。そしてもう片方の手で大盾を拾上げるとスノーワームの群れの中を縫う様に進んでいく。
「おおっ、遅いぞカルロス」
鎚の魔人が声を張り上げる。だがカルロスも魔人達の声に応える余裕はない。
「すまんがカルの意識が遠のいていく。我ら魔人は、一旦盾の中に引っ込むぞ。後はおまえさん次第だ」
「カルロス、何とか逃げ切って。こんな雪原に放り出されるのは嫌よ」
書の魔人と鎚の魔人がそう言いながら盾の中に姿を消していく。
カルロスが大盾を背中に背負い、カルを両手で抱きかかえる。
カルの意識が途切れる直前、血で赤くなったカルの目には吹雪の中をひた走るカルロスの姿が映っていた。
ワームの群れに翻弄されるカルとカルロスⅡ世。
さらに吹雪により視界が遮られ、行く手を阻むスノーワームに向かっていたはずの村とは違う方向へと進む。
精霊の宿る森へ向かう時には、通る事の無かった谷へと迷い込んだカルとカルロスⅡ世。
スノーワームは、さらに数を増し谷の底を進む事もできなくなり、カルロスⅡ世が谷の絶壁を飛ぶ様に進む。
ただ、さすがに谷の絶壁を上って来るスノーワームはいないのが救いであった。
意識を取り戻したカルは、岩に頭を強打し割れた額に黄色いラピリア酒(薬)をかけ、残りを喉に流し込む。
まだ頭をぶつけた時の衝撃で頭は痛くめまいが続く。
さすがにゴーレムのカルロスでもカルを肩に乗せたまま谷の底から絶壁をよじ登り、さらに雪深い山を越える事は無理に思えた。
相変わらずカルロスは、谷の絶壁の岩から岩へと飛びながら進んで行く。
岩の上には、雪が降り積もりそこが岩なのか雪の塊なのかさえ分からない。
だが、そこを必死に進むカルロスⅡ世。
不意に吹雪がやみ濃い霧の立ち込める場所へと足を踏み入れたカルとカルロスⅡ世。
そして足場に出来そうな岩場も途切れ、いよいよ岩を伝って進む事もできなくなり、仕方なく谷の底へと降りていく。
「まだあのスノーワームは、追って来てるかな」
カルの言葉に首を縦に振るカルロスⅡ世。
「そうか。逃げきれなかったか・・・」
少し残念な表情をしながらカルロスの肩に乗ったまま谷底に降りていく。
そして濃い霧の立ち込める谷の底の少し開けた場所にに降りたったカルとカルロスⅡ世。
そには、あまり雪が積もっておらずスノーワームの姿も無い。
「ここで、僕の龍を出してみる。あの動きの速いスノーワームと戦えるか分からないけど」
カルロスも、両手を剣の様な姿へと変え戦いの準備を整える。
だが、あれだけ群れを成してしたはずのスノーワームが、この谷底に降りてから姿を見ていない。
「スノーワームが襲って来ない。どうしたんだろう」
カルの言葉に周囲を見渡すカルロスⅡ世。
谷底の開けた場所を歩いてみると、なぜか足元の雪が円形に無くなっていた。
雪が降り積もる先を見ると、そこには無数のスノーワームの姿がうごめいていた。
「うわっ、カッ、カルロス。スノーワームが沢山いる」
カルの前に立ちはだかりスノーワームから守ろうとする。だが、円形に雪が降り積もっていない場所には、スノーワームは入って来ない。
「あれ、何か様子が変だ」
カルとカルロスⅡ世は、雪が降り積もっていない場所をゆっくりと歩いてみる。すると、濃い霧の中にカルの腰ほどの高さの岩があり、その岩の上に小さな黒い魔石が3つ置いてあった。
その黒い魔石からは、黒い靄の様なものが湧きだしていて、その魔石が置かれたところから5m四方には、殆ど雪が降り積もっておらずスノーワームも入って来ない。
「これって魔石だよね」
カルロスⅡ世に問うてみてもただ首を傾げるだけ。
「そうだ、なら皆に聞いてみよう」
カルは、スノーワームが近寄って来ない事を確認しつつ、大盾の裏にある扉を開けると扉の中に声をかける。
「ライラさん、精霊エレノアさん。ちょっと見て欲しいものがあるんです」
すると盾のダンジョンの安全地帯からライラと精霊エレノアが姿を現す。
「カルさん。スノーワームから逃げきれたんですか。あっ、額が切れてます」
ライラが、カルの切れた額に持っているハンカチを当てようとする。
「だっ、大丈夫。それよりこの岩の上にある魔石を鑑定して欲しいんだ」
「鑑定ですか・・・」
「うん、鑑定魔法が使えない僕じゃ何だか分からないから」
カルの言葉にライラが岩の上の黒い魔石に鑑定魔法をかけてみる。だが、分かった事は闇属性の魔石という事ぐらいであった。
「すみません。私の鑑定魔法では、それくらいしか分かりません」
岩の上に置かれた魔石を遠巻きにする面々。
「それは、魔獣を生み出す魔石です」
そう言ったのは、精霊エレノアだった。
「魔獣を生み出す魔石?」
「はい。闇属性の魔法にそういった魔獣を生み出す魔石を作る魔法があります。私は、闇属性の魔法は詳しくありませんので、そこまでしか知りません」
「もしかしてスノーワームを生み出しているのがこの魔石って事はある?」
「分かりませんが、そうかも知れません」
だが精霊エレノアの表情がやけに険しい。
「エレノア、他に何か知ってるんじゃない」
「えっ、いえ、実は、・・・精霊にも闇属性の魔法を使う者がいると聞いたことがあります。私は、会った事はありませんが」
「もしかして、この魔石を作ったのがその闇属性の魔法を使う精霊だって思ったの?」
「わかりません。ですがその魔石から精霊が放つ特有の気配がします」
「精霊の気配・・・」
「ただ、私はその魔石に触れる事ができません。知っている事もこれが全てです。ごめんなさい」
「もしかしてエレノアは、この魔石を触ると何か影響を受ける可能性がある?」
「・・・恐らく」
カルは、少し考えこむと皆に今の状況を説明した。
ここが向かった村からかなり離れた場所だということ。
濃い霧が立ち込めているが、その先にはスノーワームが群れでうごめいている事。
「つまり状況は、かなり悪いという事ですね」
「うん」
「もし、この魔石からスノーワームが生まれるならこの魔石を破壊したい」
カルの言葉に精霊エレノアが言葉を返す。
「お言葉ですがカル様。その魔石は破壊できません」
「破壊できない?」
「その魔石には、闇精霊の加護が付与されています」
「闇精霊の加護?」
「はい。闇精霊の加護を解除しなければ、その魔石を破壊する事は出来ません。もしその魔石を破壊するなら、相反する強力な精霊の加護が必要です。ですが私には、そこまでの精霊力はありません」
そう話すと悲し気な表情を浮かべる精霊エレノア。
「精霊の加護・・・」
カルは、精霊エレノアの言葉に何かを忘れている気がしていた。
「エレノア。精霊の加護って、精霊が持っているものだよね」
「はい。それってどんな形でもいいの」
「形・・・といいますと」
「例えば、精霊の加護が宿る水とか薬とか」
「はい。ですがそんな都合の良いものなどあるんでしょうか。精霊界とは違いこの世界には、精霊の加護の宿る物は殆どないはずです」
精霊エレノアの言葉にカルの表情がにやける。
「ふふん、それがあるんだな」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から小瓶に入った黄色いラピリア酒(薬)を取り出した。
「これは、僕の城塞都市ラプラスで作ってる黄色いラピリア酒(薬)だよ!」
「そういえば、そんな物をお持ちでしたね」
カルが手に取り天高く掲げた小瓶を見ても、あまり良い反応を見せない精霊エレノア。
「これであの魔石を無力化できないかな」
カルの言葉に少し考え込む精霊エレノア。
「それでは、少々役不足の様に感じます」
「これじゃダメ?」
「はい」
「なら、これならどうかな!」
カルは、さらに鞄から赤いラピリア酒(薬)の入った小瓶を手にとるとそれを天高く掲げてみた。
だが精霊エレノアの表情は、いまいちであった。
「惜しいです。もう少し強い精霊の加護がああればいけそうです」
「もう少し強い・・・か」
カルは、鞄の中をまさぐると手の中にいくつかの小瓶が入って来た。
「だったら、これと混ぜてみようかな」
カルは、水の入った小瓶を取り出してみた。
「おっ、おお。それは精霊洞窟の泉の水。しかも2種類も・・・どこでそれを」
「ひとつは、精霊界で火龍さんが寝床にしていた洞窟で。もうひとつは、この世界で火龍さんが寝床にしていた洞窟で」
その話を聞いた瞬間。精霊エレノアがわなわなと震えだす。
「はっ、ははっ、ははは。あの火龍ですか。あいつの巣穴にその泉があったんですか」
その時、カルの大盾から龍族であるレリアとクレアが出て来た。
「レリア、クレア。もう大丈夫なの」
「「はい。ライラさんの精霊治癒魔法で治してもらいました」」
「無理は、しないで」
「「いえ、こんな事態です。私達も戦います」」
レリアとクレアは、カルに背を向けると濃い霧の先で微かに姿を見せるスノーワームと対峙する。
「これからあの黒い魔石を破壊する。恐らくあの魔石がスノーワームを作り出していると思うんだけど、僕の勘違いだったらゴメン」
ライラと精霊エレノアが静かに頷く。
「もし、あの魔石を破壊できなかったら、龍を呼び出して飛んで逃げる事にする」
「それが最終手段ですね」
「そうなったら、この辺りの村々もスノーワームに襲われて全滅するかも知れない」
「でも、それをカル様が責任に感じるのは変です」
「そうかな」
「だってカル様が、この黒い魔石を作った訳でもないし、あの村の領主でもないんです。そこまで責任を持たれたり責任を感じる必要はありませんよ」
精霊エレノアの言葉が、カルの気持ちを少しだけ和らげる。
「そっ、そうかな。なら、存分にやらせてもらう」
カルは、鞄から大きな杯を取り出すと、そこに黄色いラピリア酒(薬)、赤いラピリア酒(薬)、精霊界の火龍の洞窟の水、この世界の火龍の洞窟の水を入れると手でかき回した。
かなり大雑把な仕事だ。だがカルはそんな細かい事は気にしないのだ。
すると大きな杯の中で4種類の液体が混ざり合うと、虹色に輝き出した。
実は、この杯には、ある仕掛けがあった。
この杯で精霊の宿る森にいる妖精達が黄色いラピリア酒(薬)を大量に飲んでいた。カルは、その杯を鞄の中にしまい込む時に布で簡単に吹いただけであった。
実は、この杯に付着した妖精達の唾液が重要であった。
杯の中で虹色に輝く液体。
カルは、それを黒い霧を吹き出す黒い魔石の上からかけていく。
すると・・・。
いろいろ都合がよすぎるとか、そういった突っ込みは置いといて。
さて、虹色に輝き出した液体をかけた黒い魔石は、どうなってしまうのか。