173話.寒い雪の大地(4)
カルは、精霊の宿る森で精霊と出会います。
目的は、ただひとつ。あれですね。
精霊の宿る森の前に建つ石組みの作業小屋で夜を明かしたカル達。
早朝から村人の案内で精霊の宿る森へと入り、村人が精霊とよく出会うという場所に案内された。
「ここによく精霊様がおいでになります」
村長にそう案内されたカル。だが、それに違和感を感じていた。
「うーん、ここではないです」
「えっ、ここではないとは?」
カルの言葉の意図するところが分からない村長。
「ここに精霊の木はありません。精霊の木は、あっちにあります」
そう言うと雪深い森の木々の中をすたすたと歩いていくカル。
頭を傾げながらカルの後を追う村人達。
「ラプラスの隣りに精霊の木を植えてから精霊の木が放つ気配みたいなものが分かる様になったから、それと同じ気配のする場所となると・・・ここだと思う」
カルが立ち止まった目線の先に少し開けた場所があり、その中央にいつも目にする精霊の木があった。
「正解です。あの木が精霊の木です」
精霊樹の精霊であるエレノアが目の前に立つ木が精霊の木であると教えてくれた。
「恐らくだけど精霊は、精霊の本体である精霊の木の場所を知って欲しくなかったんだと思う」
カルの言葉に頷く精霊エレノア。
「私が呼びかければ姿を現すはずですが・・・」
「ちょっと待って。こういう時は、手順というものがあると思うんだ」
カルの言葉に首を傾げる精霊エレノア。
「手順ですか・・・」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から小さな折り畳み式のテーブルを出し、それを精霊の木の前に置く。
さらにテーブルの上に白い布を敷き、小さな杯をひとつ置くと黄色いラピリア酒(薬)を注ぐ。
そして精霊の木の周囲を1周しながら根元に黄色いラピリア酒(薬)を撒いていく。
「これでいいかな」
カルは、テーブルの前に立ち頭をたれるとこう言った。
「精霊の宿る森の精霊様。私は、カル・ヒューイと申します。精霊様にお願いがございます。この森で採れるラムの実を少し分けて欲しいのです」
だが、カルの言葉に精霊は姿を現さない。
「もし、ラムの実を分けていただけるのであれば、このラピリア酒(薬)を定期的に奉納いたします」
まだ、精霊は姿を現さない。
ならばとカルは、鞄から奥の手である大きな瓶を出してテーブルの上に置いた。
「これは、僕の街の特産品であるマンドラゴラのラピリア酒(薬)漬けです。こちらも奉納いたします」
すると木々の陰から見ていた妖精達が我慢できなくなったのか、精霊の木の前に置かれたテーブルに集まって来た。
妖精達は、杯に注がれた黄色いラピリア酒(薬)の匂いを嗅ぎ小さな指をそっと杯に入れると指先を口の中へと入れる。
すると妖精達の表情が途端に和らぎ杯に顔を突っ込み黄色いラピリア酒(薬)を飲み始めた。
それを見ていた他の妖精達も我先にと小さな杯に群がり杯の中の黄色いラピリア酒(薬)は、あっという間に空となった。
妖精達は、空になった杯の中をじっと見つめ、さらに振り返るとカルの顔を潤んだ目で見つめる。
「妖精さん。お酒が欲しいのかな」
”ブンブンブン”。
カルの問いかけに妖精達は、頭を縦に何度も振る。
指をくわえてカルの顔をじっと見つめる妖精達に答える様にカルは、杯に黄色いラピリア酒(薬)を注ぎ始める。
すると・・・。
「待つの!」
その言葉に杯に黄色いラピリア酒(薬)を注ぐ手を止めるカル。
「違うの。そのお酒を注ぐ手を止めてはダメだなの。待つのは妖精達なの。そのお酒は、私に奉納されたものなの。お前達のものではないの」
カルは、一瞬顔がにやけてしまう。だが、直に表情を引き締め精霊に一礼をする。
「精霊様。私の声に耳を傾けていただきありがとうございます」
精霊は、精霊の木の後ろに体を隠し、頭だけを木の陰から出している。
「そのお酒、私にくれるの」
「はい」
精霊の木の陰から出て来た精霊は、城塞都市ラプラスや他の城塞都市の精霊の森の精霊とはまた違った美しい顔立ちをしていた。
肌は透き通る様な純白で、雪の結晶の様な形をしたフワフワのドレスを纏っている。
精霊は、カルがテーブルに置いた黄色いラピリア酒(薬)が注がれた杯を手に取ると、杯に注がれた酒を一気に口の中へと注ぎ入れる。
「ん~ん。美味しい」
「僕の街の隣りにも精霊の宿る森があります。その森の精霊もそのお酒が大好きです」
「あなたの街にも精霊がいるの?」
「はい、他に4つの精霊の森があり、その精霊達ともお付き合いさせていただいております」
だが森の精霊は、カルの言葉など聞いてはいない。飲み干して空になった杯をただみつめている。
「杯が・・・空なの」
カルは、表情が一瞬にやけそうになったが必死にこらえる。目の前にいる精霊は、カルの思った通りの行動をしてくれているからだ。
「はいはい、只今お注ぎいたします」
カルは、精霊が手に持つ杯に黄色いラピリア酒(薬)を注ぎ込み、それを次々と喉に流し込んでいく。
そのやり取りを指をくわえてじっと見つめる精霊達。
「妖精達がかわしそうなので、妖精達にも飲ませますね」
カルは、鞄から特大の杯を取り出すと、その杯に並々と黄色いラピリア酒(薬)を注ぎ入れる。
するとその特大の杯に一斉に群がる妖精達。
精霊は、純白の肌を赤らめ、目が虚ろになっていた。
それをカルの後ろで黙って見ていた精霊エレノアは、ワナワナと震えていた。
「杯が・・・空なの」
「いまお注ぎいたします」
カルがそう言った時であった。精霊エレノアの顔が般若の面の様な表情へと変わる。
そしてカルを押しのけるとテーブルの前で酒を飲む精霊に向かって大声で言い放つ。
「私よりも下位の存在でありながら、私の主であるあるカル様にぞんざいな言葉を放ち、さらに酌を要求するなど言語道断。成敗してくれる!」
エレノアの両手から魔法蔦が姿を現し精霊の木の精霊に魔法蔦を絡ませる。
「まっ、待ってエレノア」
「待てぬ!」
だが、精霊エレノアの姿を見た森の精霊の反応は想像してものとは違った。
「あなた、だ~れ?」
森の精霊は、精霊樹の精霊であるエレノアを見ても、それが誰なのか全く理解していなかった。
「おい、お前は私を見て誰なのか分からないのか」
「むふふ、あなただ~れ?」
「こいつ、酔っていやがる。上位種である精霊樹の精霊を目の前に何たる不届き者」
カルも目の前にいる森の精霊が波間に漂う小舟の様にフラフラとしている事に気が付いた。
さらに、大きな杯に注がれた黄色いラピリア酒もいつの間にか空になり、テーブルの周囲には、酔いつぶれた多数の妖精達が赤い顔をして雪が積もる地面に転がっていた。
”パタ”。
ふいにそんな音がした。その音が鳴った方へと目線を向けると、そこにいたはずの森の精霊が妖精達と同じく雪の降り積もる地面の上に倒れていた。
「もっ、もしかして精霊も酔って寝ちゃった?」
カルは、森の精霊をお酒を使って懐柔しようとしていた。だが、懐柔する前に酒に酔い潰れてしまい話をする事もできなかった。
降り積もる雪の上で寝息を立てて寝ている森の精霊を前に、ワナワナと震える精霊樹の精霊エレノア。
この森の精霊は、思った以上に黄色いラピリア酒(薬)に弱かった。
カルは、精霊樹の精霊エレノアをなだめすかしながらライラに声をかける。
「ライラさん。精霊治癒魔法を精霊の宿る森の精霊にかけてもらっていいかな。酔いを醒ましてあげないとね」
「カル様。ちょっと残念な結果になってしまいましたね」
ライラの精霊治癒魔法により酔いから醒めた精霊は、目の前に立つ精霊樹の精霊であるエレノアの存在に気付くと、雪の上に膝を付き何度も謝罪の言葉を口にした。
それから小一時間ほど精霊樹の精霊エレノアは、この森の精霊に小姑の様に小言を言い続けた。
この森の精霊は、しゅんとした顔でエレノアの小言を聞いている様に見えた。だが恐らく話の半分も聞いていないだろう。
「エレノアさん。もういいじゃないですか。お酒に酔っていたんですから」
「カル様。”エレノアさん”ではなく”エレノア”です」
「エッ、エレノア。もうそれくらいにして。僕達も村に戻らないといけないから」
「ふう、分かりました。では、また説教をしに来るとしましょう」
精霊樹の精霊がそう言い放った瞬間、森の精霊の表情が一瞬だけげんなりとした表情に変わる。
「なっ、なんだ今の表情は。反省してねーな!」
「いっ、いえ別に・・・」
そう言いながらそっぽを向く森の精霊。
「てめえ、なめてんじゃねーぞこの野郎!」
思わず地が出てしまう精霊エレノア。
「きゃっ、怖い」
精霊の宿る森の精霊は、可愛い悲鳴を上げながらカルの後ろに隠れる。
「なにカル様の背中に隠れてんだよ。それでカル様に守ってもらったつもりか」
「まあ、まってよエレノア」
「ですが・・・」
カルの前には、冬だというのに白いレムの実がうず高く積まれていた。
「精霊さん。レムの実をこんなに沢山ありがとうございます。またお酒を持って伺います」
「待ってるの。それにマンドラゴラ酒も待ってるの」
森の精霊は、カルの両手を握り締めてカルの目を見つめる。
まるで恋人同士が別れを惜しむかのように。
そのふたりの前でワナワナと震える精霊エレノア。
「カル様。私にも・・・限界というものがあります」
すると森の精霊の手を放したカルは、今度は精霊エレノアの両手を優しく握り、エレノアの美しい顔を目を見つめる。
「ごめんねエレノア」
「カルさまっ」
思わずカルの顔を見つめてうっとりする精霊エレノア。そしてカルの唇にエレノアの唇が重なりかけた時。
「さあ、そろそろ帰ろうか。早く出発しないと日が暮れるよ」
カルは、さっと顔を逸らすと皆に指示を出す。
「もう、つれないお方・・・」
精霊エレノアのほんのりと頬を赤らめた顔をよそにカルは、ラムの実を鞄に放り込んでいく。
森の精霊と妖精達に分かれを告げ、精霊の宿る森を後にしたカル達。
昨日歩いた雪原の上に残る足跡は、降り積もった雪で覆われ殆ど分からなくなっていた。
そこをレリアとクレアが元気に走っていく。
時より雪雲の切れ間から陽がさす時もあったが、しだいに雪が降り始める。
降る雪は、だんだんと強くなり吹雪となってカル達を襲い始める。こうなると道案内をしてくれる村人だけが頼りである。
「カル様。寒いです。寒いです」
カルに肩車をされ自身の足では全く歩かない精霊エレノアがわがままを言いたい放題である。
しかもカル達の中で精霊エレノアが一番暖かいスノーラビットの毛皮を着ている。
そんな時、ライラがカルに話しかけて来た。
「カルさん。レリアとクレアが帰ってきません。まさかこの吹雪で道に迷ったんでしょうか」
「あっ、本当だ」
昨日は、何度も先行してはスノーワームを狩り持ち帰って来ていたが、今日にっ限っては全く帰って来る様子もない。
「もうすぐ森にさしかかるから、そこで少し待つ事にしよう」
カルは、皆に事情を説明して途中の森の中でレリアとクレアを待つ事にした。
相変わらず吹雪はやむ気配もなく、さっきまでの足跡があっという間に降る雪で消えてしまう。
「カル殿。このままここで待つと、我々も寒さで動けなくなります。おふたりには悪いのですが、一端村に戻ってから探しに行くべきだと思います」
カルは、一瞬悩んだ。ただレリアもクレアも龍族である。人族に比べたら体力も精神力も桁違いに強い。
「分かりました。村に戻りましょう」
カルがそう言った時、吹雪の中を歩く人影が見えた。
「カルさん、レリアとクレアが戻って来ました」
ライラの言葉に安堵するカル達。だがレリアとクレアの様子が何かおかしい。
慌ててレリアとクレアの元へと駆け寄ると、レリアがクレアを抱きかかえていた。しかもふたりとも雪まみれで、その雪に多量の血が付いていた。
「どっ、どうしたの」
「スノーワームに強いのがいた。ふたりでも勝てなかった」
体に降り積もった雪に自らの血を滲ませながらなんとか立っているレリア。
「レリアとクレアでも倒せないスノーワームって・・・」
雪原に倒れそうになるレリアとクレアを抱きかかえるカルとライラ。
「この雪の中でレリアとクレアの助けが無い状態でスノーワームの群れと戦ったら・・・」
だが、カルの不安は現実のものとなる。
「カル様。悪いお知らせです。スノーワームの群れが近くにいます。その群れがふたりの血の匂いを鍵つけこちらに向かって来ています」
精霊エレノアが精霊の力で周囲にいる魔獣の位置を把握する。そして精霊エレノアの言葉に考え込むカル。
カルは、大盾の裏にある小さな裏扉を開け放つとライラにこう言った。
「ライラさん。皆を迷宮の安全地帯に誘導してください」
「カルさんは?」
「僕は、カルロスの肩に乗って村に向かいます。このまま吹雪の中を歩いていたら皆を守れる自信がありません」
いつになく真剣なカルの表情を見て何かを察するライラ。
「分かりました」
「精霊エレノア。悪いけど君も大盾の中で待機していてください」
「私に大盾の中で待っていろと言うのですか」
「そうです。こんな寒い吹雪の中で精霊樹の精霊であるエレノアは、思った様に動けないんじゃない」
「・・・・・・」
カルの言葉に何も言い返せない精霊エレノア。
「僕とカルロスのふたりだけならスノーワームから逃げながら村まで戻れると思う」
「でも道案内がいません」
「大丈夫。僕の大盾には、魔人が住んでいるから。とにかく逃げる事だけを考えるから」
「分かりました。ご武運を!」
ライラが道案内をしてくれている村人を大盾の裏扉へと誘導し、全員が大盾の中へ避難していく。
「カルロス。僕を肩に乗せて村まで連れて行って」
カルの言葉に黙って頷くカルロスⅡ世。
カルとカルロスⅡ世は、スノーワームの群れがうごめく吹雪の中を進む事となった。
果たして龍族のレリアとクレアでも倒せないスノーワームとどう対峙するのか。
龍族のレリアとクレアが勝てなかったスノーワームが出現しました。
さて、カルの大盾や魔人達。或いは龍達で勝てるのか。
ちなみにカルの龍達は、短時間のみ出現可能です。
※相変わらず体調が悪いです。爺にこの温度変化は辛いです。