171話.寒い雪の大地(2)
浮遊城の修理が終わるまで、暇つぶしに近くの村へ行ったカル達。
村長の屋敷に呼ばれたカル達は、土塀で囲まれた村の中を移動し村長の屋敷へと向かう。
「村長、彼らを連れて来ました」
カル達を呼びに来た村人と共に村長の屋敷へと入る。
「おおっ、先程渡された薬を娘に飲ませたら容態が回復しました」
村長が満面の笑みを浮かべている。
「それは良かったです。ですがあの薬は、あまり手持ちがありません」
「えっ、そうなんですか」
「御覧の通り荷物をそれ程持って来ていません。あの薬は、買えばかなりの金額がしますから」
「そんな高価な薬を・・・」
「僕達も村の家を借りるのですからそのお礼です」
「そう・・・ですか」
今度は、がっくりと項垂れる村長。
「あの薬が必要な事でもあるんですか」
「いえ、実は村には他にも同じ病の者が多数おります。彼らにも薬を飲ませてやりたいと思った次第でして・・・」
カルが腰にぶら下げた鞄の中には、樽に入った黄色いラピリア酒(薬)が大量にある。だが、それを人助けと思ってポンポン出すべきか悩んでいた。
そんな時、村長の屋敷に村人が駆け込んで来た。
「村長、例の商人が来ました。護衛の冒険者を伴っています」
「冒険者の数は?」
「恐らく4人です。村の近くでスノーワームの群れに襲われたとかで、慌てて村に逃げ込んで来ました」
「今は、どうしている」
「門のところで休んでいます」
「分かった。私が出迎える」
村長は、少し考え込んだ後に村の門へと向かった。
「商人が来たんですか?」
「ええ、この村ではスノーラビットの毛皮を売って生計を立てていますが、スノーワームが出る様になってから狩りもできずに困っています」
「もしかして薬もその商人から買っているんですか」
「はい。ですが商人に足元を見られて高額で買わされています」
カルは、村人の話を聞いてその商人に興味を覚えた。カルも城塞都市ラプラスの領主である以上、街の特産品を売るという使命を持っている。
「ちょっとその商人に興味があります。僕も行ってみます」
「何か面白そうですね。では、私が案内します」
村人は、カルに興味を覚えたのか案内を買ってでてくれた。
村の門へとやって来ると、村長と商人が何か言い争っている。
「なんだと。ここまで来てやったのにスノーラビットの毛皮が無いだと」
「ジャンさん。先程も申し上げましたがスノーワームのせいでスノーラビットが全くいないんです。我々も食べるのがやっとの状態です」
「ふん。そんな事わしの知った事ではない。とにかくこちらが発注したスノーラビットの毛皮100枚をすぐに出せ。でなければ違約金の金貨100枚をよこせ」
「金貨100枚ですか。そんな金は村には・・・」
「そうか、ならば仕方ない。今回は、お前達が欲しそうな薬を持って来たのだが、それも買えないという事だな」
商人は、同行している商人が背負っている荷物から黄色い液体の入った小瓶を取り出して見せた。
「この薬はな、最近出回っている薬でな。ポーションよりも効能があるのだ。その分、値段も高いがな」
「おや、その薬は・・・」
村長は、商人が取り出した薬に見覚えがあった。そうカルが村長の娘にと手渡した薬によく似ていた。
「この小瓶ひとつで金貨50枚だ。それでどんな病もケガも治るという優れものだ」
商人の言っている事に嘘はない。実際に村長の娘がその薬を飲んで病から回復している。
「とにかくだ。お前達は、この薬を買う前に私に違約金を支払うかスノーラビットの毛皮100枚を持って来い。期限は明日迄だ」
話が終わったと判断した商人は、荷物を背負い直すと村の中へと歩き出した。
「村長。いつもの家を借りるぞ」
「あっ、お待ちください。いつもの家は他の者に貸しておりますので、少しお待ちください」
村長のその言葉を聞いた商人の表情と顔色が途端に変わる。
「なんだと。わしが来る事を知っていながらあの家を他の者に貸したのか」
「ですが、ジャン様がいつ来るかなど我々は存じておりませんし、事前に連絡も受けておりません」
村長の顔を睨みつける商人。
「まあ良い。お前達、あの家にいる連中を追い出せ。あそこは、我々が住む家だからな」
「「「「はい」」」」
商人を守る様に歩いていた冒険者4人は、腰にぶら下げた剣に手をかけ魔法杖を構える。それは、威嚇をする体勢である。
「えっ、ちょっと待ってください。村の中での争い事は困ります。それにあの家にいる方達は、スノーワームを狩ってくれる冒険者の方達です」
「なっ、何だと」
商人は、村長の話を聞くと一瞬立ち止まると護衛の冒険者達に合図を送る。
護衛の冒険者達は、商人が送った合図を見た瞬間に動きが変わる。背負っていた小盾を構えると鞘から剣を抜き、威嚇から即時戦闘体勢へと移った。
冒険者達は、借りるはずの家の前に来ると、2人の剣士が扉の両側に立たつ。魔術師と治癒士らしき者は、別の家の物陰に潜む。そして魔術師らしき者が魔法の詠唱を始める。
ひとりの剣士が窓から家の中をゆっくりと覗き込む。すると・・・。
「「何をしている。人が借りた家を覗き込むなんて除きか」」
そこには、同じ顔で同じ背格好の少女がふたり立っており、しかも頭には4本の角を生やしている。
家を覗き込んでいた冒険者は、声をかけられた方へと振り返ると剣を構え直す。
「りゅ、龍族だと」
剣士は、人化した龍族を見た事があるらしく、一目でレりアとクレアがどんな種族なのかを見極めた。
剣士は、剣を構えたまま徐々に後ずさりを始める。
「ガレン。人化した龍族と戦った経験はあるか」
扉の反対側で剣を構えていた冒険者は、慌ててレりアとクレアと対峙する冒険者の横に並ぶ。
「ああ、例え子供の姿をしていても絶対に気を抜くな。龍族は、どんな者でもAランク以上と思え」
「つまり、俺達よりも強いって事か」
そう言うとひとりの剣士が構えた剣を鞘に戻し、鞘ごと剣を地面に投げ捨てた。
「俺達で敵う相手じゃない。例え相手が獲物を持っていなくても龍族に剣は通じない」
「そっ、そうなのか」
「ああ、俺の仲間は、人化した龍族に皆殺しにされたからな」
「まじか・・・」
その言葉を聞いたもうひとりの冒険者も剣を地面に投げ捨てると、雪の積もる地面に両膝を付いた。
「すまない。我々は、龍族と戦う意志はない」
「「そうなの。ちょっと残念。戦ったら面白かったのに」」
頭から4本の角を生やし、同じ顔で同じ背格好のレりアとクレアは、実に残念そうな顔をしている。
その光景を見ていた魔術師と治癒士と思しきふたりも慌てて魔法杖を投げ出すと、両膝を付くふたりの剣士の横に並んだ。
「ちょっと、相手が龍族だなんて聞いてないよ。危うく死ぬところだったじゃない」
「おい、龍族の前でそんな口の利き方をするな。彼らの逆鱗に触れたら一瞬で首が飛ぶぞ」
「えっ、そっ、そうなの」
魔術師とおぼしき女性は、慌てて両膝を雪の上につき頭を垂れる。
「「いいの。カルが殺していいって言わなきゃ。私達は、あんた達を殺したりしないから」」
レりアとクレアの表情は、笑っている。だが、その目は笑ってはいない。
「おっ、おいお前達。わしの命令を無視して膝を付くとはどういう事だ。やつらを痛めつけろ」
だが商人の護衛であるはずの冒険者は、両膝を雪の上に付いたまま動こうとしない。
「ジャンさん。悪いがこの件は無しだ。俺達は、相手が龍族だなんて聞いてない。彼らと戦うならSランクの冒険者を連れて来てくれ」
「なっ、なんだと・・・」
「「戦う気がないならもう両膝を付かなくてもいいの。あなた達を信用するの」」
「ありがとうございます。話の分かる方で助かりました」
「「剣も杖も持っていて構わない。そんな獲物を持っていてもいつでも殺せるから」」
レりアとクレアの言葉に、雪が舞う寒さの中で冷や汗を流す冒険者。
「くそ。お前達は、解雇だ!こんな使えない冒険者だとは思わなかった。何がBランクだ」
商人は、癇癪を起しながら連れの商人と共に別の空き家へ入っていく。
「お見苦しいところをお見せしました」
村長は、商人の行動を後ろから見ながらカルにそう謝罪した。
「お連れの方は、人族の方ではないのですね」
「龍族です。僕なんかより遥かに強いですよ」
村長から見れば、カルは大盾を背負ってはいるものの、人族の普通の子供にしか見えない。この歳で戦うと言っても大した実戦経験がある様にも思えない。
カルは、村長の屋敷でスノーワームの輪切りを見せたから信用された様なもので、カルの歳では駆け出しの冒険者にしか見えなかったはずだ。
村長は、そんな少年がなぜ龍族と行動を共にいるのか不思議でならなかった。
カルは、レリアとクレアの横に立つ冒険者に近づくと、警戒心も見せずに気さくに話しかける。
「商人から解雇されたら仕事がないよね。なら、この村をスノーワームから守るという仕事を受けてみませんか。まあ、かなり安い依頼料みたいだけど」
「そうですか。では、村長に聞いてみます」
冒険者達は、さっそく村長との商談を始めた。こんな田舎で仕事もなく手ぶらで帰るより、遥かにましな状況だとカルは考えていた。
カル達は、雪が降り積もった村を囲む様に作られた土塀の上に立つと、周囲にスノーワームの姿がないか探してみた。
大盾を構え金の糸を出して雪の中を探ってみるも、それらしい姿を見つける事はできない。
「「カル。何をしているの」」
レリアとクレアが不思議そうな顔でカルの顔を覗き込む。
「スノーワームが村の近くにいないかと思って探してみたんだけどいないみたい」
するとレリアとクレアが四方を見渡しながらスノーワームを探し始める。
「「スノーワーム、スノーワーム。あそこにいる。それとあっちにもいる」」
「えっ、どこ?」
「「えっとね。ずっと向こう。かなり遠いと思う」」
「そうか。それだと僕の金の糸だと遠くて狩れないね」
「「そうなの。ならちょっと行って来る」」
レリアとクレアは、雪の降り積もった土塀の上から雪原に飛び降りると、まるで雪原の上を滑る様に走り始め、あっと言う間に姿が見えなくなった。
「ふたりともあっと言う間に見えなくなちゃった」
カルは、レリアとクレアを必死に探してみるも、雪が舞う草原を走るふたりの姿を見つけるのは容易ではない。
すると雪の降り積もった土塀の上に冒険者達がやって来た。
「先程の件ですが、この村をスノーワームから守る依頼を受ける事にしました。まあ、依頼報酬は安いですが」
「それは良かったです」
「そういえば、君も冒険者なのかい」
「はい、駆け出しの冒険者です」
そう言ってカルは、2つの冒険者証を見せた。
そのうちのひとつには、Bランクに取り消し線が引いてありDランクと書き直してある。
それを見た4人は、何かを察した。人族の14歳という年齢で1度でもBランクに上がるなどありえないのだ。カルの冒険者証を見てお互いの顔を見合う冒険者達。
「「カル。スノーワームを連れて来たよ」」
レリアとクレアが雪原を凄まじい速さで走って来る。レリアとクレアの後ろには、巻き上げられた雪が雪煙となってなびいている。
するとあっという間に雪が降り積もった土塀の上へとあがりカルの横へと並んだ。
「「カル、カル。もうすぐスノーワームが来るよ」」
レリアとクレアの手には、何処かで狩ったと思われるスノーワームの肉片が握られていて雪原には、点々とスノーワームの血が落ちている。
カルは、大盾を正面に構えると金の糸を出して雪原の中へと忍ばせる。
「来た!」
カルがそう言った瞬間。雪原の中からもだえ苦しむスノーワームが姿を現した。
「スノーワーム!」
冒険者達は、慌てて鞘から剣を抜き魔法杖を構える。
だが、冒険者達の前に現れたスノーワームは、雪原の上でただ暴れるだけで村を囲む土塀へと向かっては来ない。
「えい!」
カルが少し間抜けな掛け声をかけた瞬間、もだえ苦しむスノーワームの体が綺麗に輪切りとなり雪原に転がり落ちる。
「スノーワームの肉って美味しいよね。冒険者の皆さんも後で一緒に食べましょう」
冒険者の彼らには、カルが構える大盾から伸びる金の糸は全く見えない。彼ら冒険者からは、スノーワームの輪切りが宙を移動している様に見えた。
その見えない金の糸により集められるスノーワームの輪切り肉が、雪の降り積もる土塀の上にうず高く積まれていく。
その光景を見て冒険者達は、カルの姿を茫然と見つめる。そして、カルが冒険者証以上の能力を持った者だと理解した。
カルの大盾の能力ならスノーワームくらい大した敵ではないですね。