169話.黒龍との対話、そして逃げる
黒龍の力により浮遊する事ができない浮遊城。
そして黒龍との対話に臨むカルですが・・・。
黒龍と多数の飛竜の群れに取り囲まれた浮遊城は、草原へと着陸した。
メリルとライラが魔石に魔力を送り込めば、ゆっくり浮遊する事は可能である。だが、それでは黒龍のいい標的になってしまう。
カルは、黒龍の出方を伺う。
もし、最初から問答無用で攻撃する気があれば、既に戦いになっているはずである。
草原に着陸した浮遊城の前に降り立つ黒龍。
カル達は、浮遊城の城壁の上に立つと黒龍の出方を待つ。
「お前達、なぜ我の邪魔をする」
草原に図太い声が響き渡る。
「邪魔?もしかして呪いが封じ込められた魔石の事を言っているの」
「そうだ。あれは、この大陸で争いごとを起させないための策なのだ。それを勝手に解呪なんぞしおって」
「でも、呪いで苦しんでいる人を助けたいと思ったから解呪しただけだ」
「身内が呪いから解放されれば、あの人族の貴族共はこの大陸で戦争を始めるのだぞ。我は、それを止めるためにあの様な事を行ったのだ」
「でっ、でも、あのままでは体に魔石を埋め込まれた人達は、死んでしまう」
「それがどうしたとうのだ。あの貴族共が戦争を始めれば、数千、数万の人族の命が失われるのだぞ。お前は、目の前に居ない数万の命より目の前にいるひとりの命の方が大切と抜かすか」
「そっ、それは・・・」
黒龍の言葉に何も言い返せないカル。
「だが、お前があの貴族の城と都市を破壊したおかげで、戦争の始まる時期は伸びた。ほんの僅かだがな」
「・・・・・・」
「我らは、我らのためにこの大陸に安寧を求めておる。我らには我らのやり方がある。それが人族の望まぬものであろが知った事ではない」
「また、あの呪いを込めた魔石を使うつもり」
「必要があればな。だがあの魔石は、お前がいては使えない。我の言いたい事が分かるか」
「僕が邪魔だと・・・」
「分かっているではないか」
その時、黒龍の頬が少し膨らみ口の脇から黒い炎が漏れ出す。
「カル様。黒龍がブレスを吐こうとしています」
メリルが黒龍の次の行動を察する。
カルは、頭の中で黒龍の姿を思い浮かべる。するとカルの頭の上に小さな黒龍が姿を現した。
体の大きな黒龍は、カル達のいる浮遊城めがけて黒い炎のブレスを噴き出した。
それに相対する様にカルの頭の上に現れた小さな黒龍も同じ黒い炎のブレスを噴き出す。
2体の黒龍が噴き出す黒い炎のブレスは、双方のブレスを蹴散らすと草原を黒い炎で焼き尽くしていく。
「なっ、なんだと。我の同族を従えているというのか。成るほど、それで我の呪いを解呪できたのだな」
体の大きな黒龍は、思わず天に向かって黒い炎のブレスを何度も噴き出した。
「面白い。この異世界に黒龍が2体も現れるとはな。我を退屈させないために奴らが差し向けたのだとしたら、あの連中は実に面白い余興を用意してくれたという訳だな」
カルは、目の前で天に向かって黒い炎のブレスを噴き出す黒龍が、誰に対して何を言っているのか理解できない。
だが、カルの周りにも剣爺や精霊や精霊神がいる。もしかしたら目の前の黒龍にもそんな存在が取り巻いているのかもしれないと。
「カル様。浮遊城を押さえている重力異常が弱まったと妖精達が言っています。飛び立つなら今しかありません」
「分かった。全速力でこの場から逃げよう」
体の大きな黒龍が天に向かって黒い炎のブレスを吐いている隙に、カル達の浮遊城は一気に天高く舞い上がる。
「ほう、我から逃げられると思っておるのか。面白い、実に面白い、我の前でもっと踊ってみせろ」
一気に雲の中へと消える浮遊城を追い黒龍も大きな翼を広げると空へと舞い上がる。
浮遊城は、空への急上昇の真っ最中である。
あまりの急上昇に城壁から制御室へと向かう廊下で身動きができなくなるカル達。
「うえっ、気持ち悪い。それに体が動かない」
今、カル達の体には、通常の4倍の重力がかかっていた。
訓練など受けていないカル達が、その様な環境下で体を動かせるはずもなく、ただその場で耐えるしかない。
雲を突き抜け太陽が見える晴天の空へと浮上した浮遊城。
だが、そのすぐ下には体の大きな黒龍が浮遊城を追って来ている。
徐々に浮上する速度が遅くなり、体の自由を取り戻したカル達。
廊下を這いながらなんとか制御室へとたどり着く。そこでは、ライラが必死に魔石に魔力を送り続け、妖精達が何かを必死に操作している。
黒龍は、浮遊城に向かって黒い炎のブレスを何度も放って来る。
対して浮遊城には、これといった攻撃武器を持ち合わせてはいない。防戦一方となるばかりである。
ただ、唯一の救いは、神獣なめくじ精霊のなめちゃんが浮遊城に張っている物理防壁と魔法防壁である。
これがなければ、黒龍の放つ黒い炎のブレスにより浮遊城は、既に焼き尽くされてたでろう。
だが、それも限界に近づきつつあった。
「カル様。このままでは浮遊城が持ちません」
魔石に魔力を送るライラの表情がかなり険しい。さらに制御室で気忙しく動く妖精達の表情も然りだ。
カルにはどうする事もできない。先程の様に再び黒龍を出し黒い炎のブレスを放ったとしても体の大きな黒龍が放つ黒い炎のブレスに当てられるとは思えない。
追って来る黒龍から逃げる方法はないかとあれこれ思案するも、これといった策が思い浮かばない。
すると制御室の扉を勢いよく開け放つ者がいた。
「ちょっとまつにゃ。酔ったお猫サマを隣りの部屋に放り込んだ事は目を瞑るにゃ。この緊急事態を中級精霊神お猫サマが救うにゃ」
そう、酔い潰れたお猫サマは、邪魔なので制御室の隣りの部屋へと放り込まれていたのだ。
「お猫サマは、ただ伯爵の城と城壁を破壊した訳じゃないにゃ。あれで浮遊城の操作を完全に覚えたにゃ。お猫サマの凄腕を良くみるにゃ」
そう言うとライラから浮遊城の操作を引き継ぐと魔石に自慢のシッポを絡ませた。
「えっ、シッポ?シッポで浮遊城を操作するんですか」
「そうにゃ。お猫サマは、シッポの方が華麗な操作ができるにゃ」
カルの言葉にそう答えるお猫サマ。
「いくにゃ。黒龍の動きをよく見せるにゃ」
その言葉に妖精達は、お猫サマが見やすい場所に配置された硝子の板に黒龍の姿を映し出した。
お猫サマは、魔石にからめたしっぽを小刻みに動かしながら浮遊城を操作する。
すると右に左に上に下にとメリルやライラですらやった事のない機敏な動きを行って見せる。
ただ、そんな動きをすれば浮遊城に乗っている者達がどうなるか自ずと想像できる。
お猫サマの操作により右に左に上に下に動く度にカル達の体も右に左に上に下にと転げまわる。
「おっ、お猫サマ。無茶しすぎです」
「にゃ?こうしないと黒龍のブレスが浮遊城に当たるにゃ」
カルの言葉に浮遊城をシッポで操作しながら答えるお猫サマ。
「でも、そろそろ次の一手が欲しいにゃ・・・そうにゃ、お猫サマを応援して欲しいにゃ」
「応援?」
「いくにゃ。お猫サマダンサーズの出番にゃ」
そう言うとお猫サマは、自身の力を何十倍にも高めてくれるお猫サマダンサーズを召喚した。
しかもそれを召喚したのは、浮遊城の制御室である。
制御室は、それほど広い部屋ではない。そこに現れた獣人のお猫サマダンサーズの皆さん。
その数ざっと100体以上。
「「「「「にゃ。にゃ。にゃ。狭いにゃ。にゃ。狭いにゃ。にゃ。狭いにゃ。狭いにゃ」」」」」
浮遊城の制御室に徐々に増えていくお猫サマダンサーズにより、制御室にいる皆の身動きがとれなくなっていく。
「お猫サマ。狭い。狭いです。これ以上増えたら僕達、息が出来ません」
「狭いにゃ。狭いにゃ。でもこれで体が固定できるにゃ。さあ、みんな。お猫サマを応援する歌を歌うにゃ」
するとお猫サマダンサーズが勢いのある歌を大合唱する。
浮遊城の狭い制御室で始まる大合唱。その歌声が部屋中に響くと悲鳴にもにた声で意識がもうろうとするカル。
お猫サマダンザースの大合唱により力を得たお猫サマは、浮遊城を超加速させる。
浮遊城を追っていたはずの黒龍の姿は、どんどん遠のき遥か後方に消えて行く。
カルは、追って来る黒龍から逃げきれたと安堵した。だが、それで終わるお猫サマではない。
「いくにゃ。反撃はここからにゃ」
制御室に設置された大きな硝子の板には、氷で閉ざされた大陸が映し出されていた。
カル達の浮遊城は、この惑星の極地帯の遥か上空に来ていた。
そこから見える空の色は、上半分が黒く下半分が青と白である。
ここは、この惑星の大気圏の堺である。浮遊城は、そんな高高度まで飛んで来ていた。
浮遊城を操作するお猫サマは、浮遊城を反転させると追って来ている黒龍に向かって浮遊城を前進させる。
「おっ、お猫サマ。何をする気ですか!」
「速度は、こっちが上にゃ。今ならあの黒龍を落とせるにゃ。これは精霊神の意地にゃ」
「えっ、まさか黒龍に浮遊城をぶつける気じゃ・・・」
「そうにゃ。今晩のおかずは黒龍のお肉にゃ」
「まっ、待って、待ってお猫サマ・・・」
カルの叫び声もお猫サマには届かない。
中級精霊神お猫サマが操作する浮遊城は、高高度を飛ぶ黒龍めがけて正面から突き進む。
黒龍は、それを察したのか一瞬身をかわす。
浮遊城と黒龍は、なんとか正面衝突という最悪の状態は回避した。
だが、超高速で飛来する浮遊城に力負けした黒龍は、この惑星の氷で閉ざされた極地大陸へと落下していった。
「ちっ、逃がしたにゃ。今晩のおかずを逃がしたにゃ」
舌打ちをしながら黒龍を仕留められなかった事を悔やむお猫サマ。
そのお猫サマの姿を見て唖然とするカル達。
やがてお猫サマダンサーズの姿も消え閑散とする浮遊城の制御室。
お猫サマから浮遊城を操作を引き継いだメリルが魔石に魔力を送り込む。
浮遊城は、ゆっくりとした速度で雲の上を飛行する。
「なんとか黒龍から逃げきれたみたいです」
「でも、あれで黒龍が死んだとは思えません。龍族は、丈夫ですから」
「だよね。僕達の住む大陸にも龍族はいるけどなんとか仲良くできているから」
「何か黒龍への対策を考えないといけないですね」
ライラの言葉に頷くカル。
”カタカタカタ・・・”。
その時、浮遊城が小刻みな振動を始めた。
そして戦いが終わり安土した表情を見せる妖精達がまた慌ただしく動き出す。
「妖精さん。浮遊城に何かあったの」
カルの言葉にメモ書きを見せる妖精。
”お城を破壊して城壁を破壊して、今度は黒龍と戦ったから浮遊城がおかしくなった”。
「カル様。魔石が、魔石が黒く変色して割れていきます。いくら魔力を送り込んでも地上へ落ちていきます」
メリルの悲痛な叫びが制御室に響き渡る。
そして浮遊城は、この惑星の氷で閉ざされた極地大陸へと墜落した。
「焼いた干し魚が旨いにゃ」
「寒いですね」
「寒いね」
お猫サマは、焚火で干した魚を焼いて皆に切り分けている。
カルは、浮遊城の城壁の上で焚火に薪をくべる。パチパチと爆ぜる音を聞きながら干し魚の焼ける匂いに心を躍らせていた。
メリル、ライラ、レりア、クレアは、温めた黄色いラピリア酒(薬)を入れた器から立ち上る湯気と焚火の炎を見てまったりと過ごしている。
精霊は、寒いのは嫌いだといい部屋に閉じこもってしまい妖精達は、壊れた魔法回路の修理に必死だ。
浮遊城は、雪山の中腹に墜落した。だが雪深い雪山のおかげで全員がケガもなく無事だ。
だが、雪山に墜落した浮遊城は、雪に半分ほど埋まったまま動かなくなっていた。
皆、毛布にくるまり城壁の上で雪山と吹雪を見ながら焚火を囲んで談笑し、砂漠の近くに位置する城塞都市ラプラスでは見る事のできない雪景色を楽しんでいた。
もう誰も現実を見る気力が無くなっていた。
神様は、カル達をすんなり故郷の城塞都市ラプラスへは帰してくれないらしい。
黒龍から逃げきれたと思ったカル達。
今度は、極地大陸に落ちてしまいました。もう現実を見る気力も無い様です。