167話.暴れ猫
カル達が伯爵の屋敷で解呪を行っている頃・・・。
カル達が解呪を行い屋敷で昼食に招待されている頃、浮遊城では精霊神お猫サマと神獣なめくじ精霊がお留守番をしていた。
お猫サマは、浮遊城でまったりと過ごしたいと言い、浮遊城の城壁の上で昼寝を楽しんでいた。
神獣なめくじ精霊(通称なめちゃん)も城壁の上で妖精達と過ぎゆく時を楽しんでいる。
浮遊城が着陸した場所は、伯爵の城から少し離れた草原で伯爵の兵士100人程が周囲の警戒にあたっている。
昼寝といっても伯爵の城まで来る間もずっと城壁の上で寝ていたお猫サマ、昼寝もいい加減飽きて来た頃合いであった。
そんなお猫サマは、城壁の上に薪を組み火を付けると魚の干物を焚火であぶりはじめる。この干物は、セスタール湖で釣った魚を干したものだ。
日々、精霊界への扉を守るお猫サマであるが、どこぞの子供探偵の様に毎日事件が起きる訳でもなく、暇な時間をセスタール湖で釣りをして過ごす事が多かった。
お猫サマは、生前から魚釣りが得意で釣った魚を精霊界への扉の近くで干して保存食にするのを日課にしている。
ちなみにお猫サマは精霊神である。神であるお猫サマは食べなくても何の支障もない。
それは、神になる前の生前の習慣が未だに抜けないのだ。
干した魚を焚火で炙るお猫サマ。そしてその傍らには、黄色いラピリア酒(薬)の入った瓶が置かれ、程よく焼けた魚を肴にお酒を器に注ぎながらちびちびとあおる。
精霊神であるお猫サマは、お酒を飲んだからといって酔ったりはしない。本当に酔ったりしないはずなのだが、生前の習慣なのか記憶のせいなのかなぜかお酒を飲むと酔いが回るお猫サマ。
程よく頬が赤くなりいい気分になったお猫サマ。
焚火で炙った干し魚を切り分け、共に焚火を囲む妖精達にも食べさせていく。
いつしか神獣であるなめちゃんも焚火を囲い、お猫サマが焼いた干し魚を共に食べる様になっていた。
お猫サマは、以前はなめくじが大嫌いだった。
だが、日々精霊界への扉を共に守る様になり、妖精達に囲まれて過ごすなめちゃんと暮らす内にその毛嫌いも徐々に薄れていった。
今では、焼いた干し魚を共に食べ、酒を共に飲む間柄だ。
妖精達は、どこからか持ち込んだ極楽芋のパイを切り分けるとお猫サマやなめちゃんにも配り皆で焚火を囲い楽しいひと時を送る。
恐らく浮遊城のどこかにある扉から城塞都市ラプラスの売店へと向かい、そこでパイを買って来たのだろう。
妖精達の行動には意味はない。妖精達は、好きな事を好きな時間に好きなだけ行う種族である。
さて、焼いた干し魚を肴に酒を煽るお猫サマ。
だいぶ酔いが回った頃、浮遊城の周囲が騒がしくなった事に気が付いた。
「何にゃ、何かあったのかにゃ」
頬を赤くし千鳥足のお猫サマ。普段なら宙を浮きながら移動するお猫サマであるが、酔いが回ったせいか宙を浮く事を忘れているようだ。
「にゃ。兵士の数が増えてるにゃ。でも兵士が二重に見えるにゃ。凄い数にゃ」
お猫サマは、酔ったまま城壁の上から草原を見下ろしている。そこに集まった1000人以上の兵士の姿が二重に見えた事で、浮遊城を囲む大軍勢が現れたと勘違いした。
「まずいにゃ。まさかこの浮遊城を攻める気にゃ」
慌てたお猫サマは、千鳥足で床を駆ける。壁にぶつかり天井を駆け向かった先は、浮遊城の制御室である。
「妖精達、草原に兵士がいっぱいにゃ。浮遊城を攻める気にゃ」
ところがここで問題が発生していた。
お猫サマと共に焚火を囲い、焼いた干し魚を肴に共にお酒を酌み交わしていた妖精達は、浮遊城の制御室の当番であった。
寝息を立てている者、酔いが回り目がうつろな者、そんな妖精達ばかりで浮遊城の周囲を警戒する者は皆無である。
「まずいにゃ。まずいにゃ」
慌てるお猫サマ。
浮遊城の制御室には、浮遊城のあらゆる場所が大きな硝子の板に映し出されている。
その硝子の板に映し出されていたのは、浮遊城へ上る階段を駆け上がる多数の兵士の姿であった。
「敵が攻めて来た時は・・・そうにゃ、浮遊城を浮き上がらせるにゃ」
お猫サマは、メリルとライラの手解きにより浮遊城の魔石への魔力の注ぎ方、操作の仕方は覚えていた。
そして何かあった時のためにとカルからミスリルと魔石で作られた短剣を渡されていた。だが、浮遊城をひとりで操作するのは、未だにやった事はない。
「魔石に魔力を送るにゃ、にゃ、にゃ」
だが浮遊城は、うんともすんともいわない。
「なんでにゃ、なんで浮上しないにゃ」
そう、お猫サマは、カルから贈られた短剣を城壁の焚火の横に置き忘れていた。
カルから贈られたミスリルと魔石で出来た短剣で焼いた干し魚を切り分けていたのだ。
それを思い出したお猫サマは、慌てて天井を駆って城壁へと短剣を取りに戻ると、千鳥足ながらまたまた天井を駆って制御室へと戻る。
そしてお猫サマは、魔石に魔力を注ぎ込む。
「魔力、全開にゃ~~~」
そう言い放った瞬間。浮遊城は空高く舞う・・・事はなく、伯爵の城めがけて真横に向かって全速力で飛び出した。
あまりの速さに、制御室にいる妖精達もお猫サマまでもが壁にうちつけられ身動きできない。
そして轟音と共に城に激突する浮遊城。
強固に作られた城も浮遊城の直撃を受け、全壊に近い状態で瓦礫の山と化していく。
崩壊していく城とは裏腹に浮遊城は全く破損していなかった。
この時、浮遊城に物理防壁を張った者がいた。それは、なめちゃんである。
巨大ななめくじである神獣なめくじ精霊は、”精霊”とあるが異世界からやって来た生物であり精霊界に文明をもたらした存在である。
万の時を生きる彼は、新しい種族の育成を行うためにカルの住む世界へとやって来た。
いや、言葉に多少の語弊がある。なめちゃんをこの世界に呼び出してしまったのは、精霊神お猫サマである。
それは、偶然を装い行われた必然の行為の結果である。
そしてなめちゃんが選んだ次の種族は”妖精”であった。
そしてカルは、その妖精達が生まれる精霊の森を育てる事に力を注いでいる。
この世界は、カルや精霊神お猫サマやなめちゃんにより他の世界とは少しばかり異なる世界へと進化?していた。
さて、話を戻に戻す。
伯爵の城に激突し、伯爵の城を瓦礫の山と化した浮遊城。それを酔った勢いで操作したお猫サマ。
浮遊城は、なめちゃんの物理防壁により無傷ではあった。だが浮遊城に乗っている者が皆無傷であったかというと話は別である。
浮遊城へと上る階段を駆け上がっていた兵士達は、突然の浮遊城の高速移動により大半が振り落とされ草原へと落ちて行った。
さらに浮遊城が伯爵の城に激突した衝撃で残りの兵士も伯爵の城瓦礫の山へと落ちていった。
偶然が起こした奇跡なのだが、これで事が済むはずがない。
酔ったお猫サマは、浮遊城の制御室で壁に頭を打ち付け、自身が何をしていたのかすらも分からなくなっていた。
相変わらずお酒で酔いが回ったお猫サマは、制御室の魔石の元へと千鳥足でやって来ると、魔石の上に手を充て魔力を注ぎ込む。
それも全開で。
壁に打ち付けた頭と酔いで何が何だか分からず、魔石にただひたすらに魔力を送り込んでいく。
崩れた城の瓦礫に半分程埋まった浮遊城は、お猫サマの魔力により再び動き始める。
だが、浮遊城が空へと浮く事はなく、先程と同じ様に真横に向かって進み始めた。
波を作る様に瓦礫の山を蹴散らし、残った城や屋敷を次々と破壊しながら浮遊城は、城の城壁へと向かいそのまま城壁に激突するも城よりも頑丈に作られら城壁は簡単には崩れない。
とはいえ、浮遊城の激突により半壊する城壁。
その衝撃により、さらに何も考えられなくなったお猫サマは、ただただ魔石に魔力を送る事だけを繰り返す。
浮遊城は、城壁に進路を遮られ前進することができない。そして浮遊城は、進む方向を前方ではなく城壁の横へと進路を変える事となる。
城壁により進路を阻まれた浮遊城は、まるで城壁をレールの様にして城壁の横を前進する。
浮遊城が城壁の横を進む度に城壁と城壁の近くに建つ建物を半壊させながら進んでいく。
浮遊城は、なめちゃんの物理防壁により無傷であるがゆえに、城壁の横をひたすら城壁と街の建物を破壊しながら進み続けた。
やがて、伯爵の城と城塞都市の建物と城壁を破壊しつくした時、浮遊城の動きは停まった。
浮遊城の制御室では、酔いと衝撃により口から虹色の液体を戻す精霊神お猫サマ。
そして破壊されつくした伯爵の城と城塞都市。
白煙と黒煙と炎をまき上げる城塞都市。まるで戦場にでもなった有り様である。
少し時間をさかのぼる。
痺れ薬を盛られた料理を美味しくいただき伯爵の野望を知ったカル達は、短剣を構える執事とメイドに囲まれていた。
彼ら執事達の予定では、痺れ薬により身動きができなくなった冒険者達を拘束し、部屋に突入して来た兵士達に身柄を引き渡し終わるはずであった。
だが、目の前の冒険者達は、痺れ薬の入った料理を美味そうに食べている。しかも体が痺れる様子など全く見せない。
さらに部屋への出入り口である扉が石化され、誰も部屋へ出入りできずにいた。
「開けろ、扉を早く開けるんだ」
廊下では、多数の兵士達が扉を叩き部屋へと入ろうとする。
「どうした。扉を開けろ」
執事長の言葉に若い執事が扉のノブを必死に回そうとする。
「ダメです。ノブが石と化しています」
「ええい、何をしている」
執事長が若い執事を押しのけて扉のノブに手をかけようとする。
「その扉は、開きませんよ。私が扉ごと石化したんですから」
執事長の前には、髪を無数の蛇へと変化させたメリルが立っていた。
「ひっ、ゴッ、ゴルゴーン」
執事長は、手に持つ短剣を構えるも頭に無数の蛇を従えたゴルゴーンを見て恐怖に体の震えが止まらない。
「あら、私達を拘束するじゃないの。出来るのならやってごらんなさい」
メリルが落ち着いた表情と言葉で執事長に話しかける。
だがその言葉は、執事長には届かない。執事長は、既に全身が石へと変化していた。
その光景を見て怯える執事とメイド達。
「貴方だけに活躍されるのは不愉快です。私にも活躍させなさい」
メデューサとなったメリルの後ろに控えていた精霊は、体から種を飛ばすと短剣を構える執事とメイド達を次々とトレントへと変化させていく。
「トレント達、廊下にいる兵士達を皆殺しにしなさい」
精霊の命令を受けたトレントは、石化した扉を破壊すると多数の兵士が待つ廊下へとなだれ込む。
「ひっ、トレント。どこから現れた!」
石化された扉を破壊して屋敷の廊下へとなだれ込んだトレントは、兵士を次々と倒していく。
倒れた兵士達の側へとやって来た精霊は、倒れている兵士の顔に種を受け付けると新たなトレントを生み出し己の兵士へと変えていく。
「ふん、私だって負けませんよ」
メデューサと化したメリルは、廊下で剣を構える兵士を次々に石化していく。
さらに廊下の先から飛んで来る矢や魔法を避けながら、息の合った攻撃を行うメリルと精霊。
「あんたの石化も役に立つわね」
そうつぶやく精霊。
「あなたのトレントも強いわよ」
メデューサと化したメリルもそう返す。
メリルと精霊は、いつしか戦いの中でお互いを認め合っていた。
その光景を見ているカルの目にとんでもない光景が飛び込んで来た。
屋敷の長い廊下の先で兵士達が、カル達の進路を阻もうと大盾を並べた時、その場所が轟音と共に崩壊し、瓦礫ごと屋敷の外へと吹き飛ばされていく兵士達。
そこを見慣れた巨大な物体が轟音と煙を噴き上げながら横切って行く。
「えーーーーーー。まさか浮遊城!」
崩壊した屋敷から顔を出して外を見渡すカル。
その目には、今まさに城塞都市の城壁と街を破壊しながら地上を全速力で進む浮遊城が見えていた。
「いっ、いったい何がどうなっているの?」
ただ目を丸くするカル。
お酒を飲んだ精霊神お猫サマは、暴れ猫と化していた。
精霊神お猫サマは、今日もやらかす神様でした。