165話.口の悪い精霊
浮遊城の中で女の戦いが始まってしまいました。
浮遊城の中庭に植えられた精霊樹から生まれた精霊は、カルを羽交い絞めにしてメリルとライラからカルを奪う腹積もりでいた。
カルの両手を引っ張るメリルとライラもカルを奪われまいと必死だ。
「こうなったら石化してでもカル様を奪うまで」
メリルの身の毛が無数の蛇へと変化する。
「バッカじゃねーの。精霊にメデューサの石化なんて通じるとでも思ってんかよ」
「なっ、なんだと」
メリルの目が赤く光りまさに精霊を石化しようとしたその時。
「やめるにゃ。カルが気を失ってるにゃ」
「「「あっ」」」
気が付けば、精霊に羽交い絞めにされたカルは気を失っていた。しかも3人が同時にカルを手放したため、意識がないまま床に倒れ込んでしまった。
慌てて起こそうとする3人。だがまたしても精霊とメリルとライラのカル争奪戦が始まる。
「蛇女。その手を放しなさい」
「木の分際でカル様に手を出すなんて許せない」
「私の精霊治癒魔法で成長できたんですから、もう少し自重してください」
女の醜い戦いを見ていた精霊神お猫サマは、3人の醜態ぶりにあきれ返ってしまう。仕方なく争っている3人の頭の上にシッポの先端をちょんと乗せいく。
すると精霊もメリルもライラも一瞬で気を失い床に倒れ込んでしまう。
「3人には、少し言って聞かせないとだめにゃ」
その後、目覚めた3人に精霊神お猫サマからきついお小言を貰う羽目となった。
気を失いベットに寝かされたカル。ベットの横でカルに精霊治癒魔法をかけて体力の回復を図るライラ。
部屋の扉の前にはメリルが陣取り、精霊からカルを守ろうと必死の構えを見せる。
精霊神お猫サマからお小言を頂戴した3人であったが、その程度でめげる3人ではない。
精霊はというと、カルが寝ている部屋のふたつ隣りの部屋に陣取ると手から魔法蔦を出し、扉の隙間から廊下を通りカルの部屋の扉の隙間から部屋へと侵入を果たしていた。
手から伸ばした魔法蔦からは、部屋の何処にカルがいるのかが手に取る様に分かる。
少しづつ伸びて行く魔法蔦。だが、それに気付かないメリルとライラではない。
魔法蔦に石化の魔法を放つメリル。だが、精霊が言った様にメリルの石化魔法は、魔法蔦に全く効果がない。
逆にメリルは、精霊の魔法蔦に巻き付かれて身動きができなくなる。
「本当に魔法蔦が石化できないのか」
悔しがるメリル。
対してライラは、ある程度の攻撃魔法は使えるようになっていたが、強力な攻撃魔法は使えない。
精霊に勝てる魔法を持ち合わせていないライラは、服のポケットから以前入手した小瓶を取り出すと、その小瓶の蓋を開け白い液体を魔法蔦にかけてみる。
するとカルが寝ているふたつ隣りの部屋から悲鳴が響き渡り魔法蔦がみるみる枯れていく。
「なっ、なんなのこれ。まっ、まさか毒。精霊である私を毒で殺す気!」
部屋の中で暴れまわる精霊。
ライラは、極楽芋の白い液体を水で希釈したものを精霊の魔法蔦にかけたのだ。その毒は、元々が植物から構成されている精霊にとっては劇薬であった。
「よくもやってくれたわね。カル様の仲間だと思って手加減していればつけあがりやがって!」
苦痛の表情を浮かべながら部屋を出た精霊は、カルが寝ている部屋に入ろうとする。
だがその瞬間、お猫サマのシッポが精霊の頭をちょんと小突くと精霊は、先程と同じく床に崩れ落ちる。
「お前達、お猫サマの言いつけが守れないにゃ」
魔法蔦で縛られ身動きできないメリル。魔法蔦に白い液体をかけ枯れた魔法蔦を見て大笑いするライラ。そして廊下で気を失っている精霊。
全てがグタグタである。
仕方なく精霊神お猫サマは、メリル、ライラ、精霊に呪いをかけた。呪いといってもカルにちょっかいを出さないようにする簡単な呪いである。
呪いとは、カルに愛情という感情をぶつけようとすると、なぜかその愛情がうすれていくというもの。ただし、この呪いはカルの近くでないと発動しない。
「いいにゃ。カルに普通に接する限り呪いは発動しないにゃ。それにカルはまだ14歳にゃ。鬼人族のルルもカルが16歳になるまで手を出さないと約束してるにゃ、お前達もその約束を一緒に守るにゃ」
「「はい」」
メリルとライラは、精霊神お猫サマの忠告を素直に受け入れた。
「精霊には、あとでお猫サマからよく言ってきかせるにゃ」
そう言ってメリルとライラを納得させた精霊神お猫サマ。だが、精霊は気を失ったふりをしているだけであった。精霊神お猫サマの話を聞きながらそっとつぶやく。
”私がそんな話を素直に聞く訳ないじゃん”。
だが、精霊であれど精霊神を無視する事はできない。ここは、一旦引いて従順な振り見せて機会を伺う事にした。
その後、気がついたカルは、メリルとライラと共に街の市場へ買い物に出かけた。
精霊はというと素直に浮遊城に残る訳もなく、だだを捏ねてカル達の後を勝手について行く事にした。
浮遊城の階段を下りていくカル、メリル、ライラの3人。そして地面に足を降ろしたその瞬間。
「止まれ。そこから一歩も動くな!」
茂みや木の陰から見知らぬ者達がカル達に向かって弓を射かけようとしていた。
さらに盾を持ち剣を抜いた者達が茂みから出て来るとカル達を囲い始める。
「我らはこの街の守備隊である。お前達には”街おさ”様のご息女様への如何わしい行為を行った罪により処刑せよとの命が下されている。抵抗すれば即刻殺す。抵抗しなければ楽に処刑してやる」
その言葉を聞いたカル達は、お互いの顔を見合いながら何を言っているのか理解できずにいた。
「つまり、早かれ遅かれ僕達を殺すという事でしょうか」
「そうだ。察しがいいな」
カルは、自身が営む城塞都市ラプラスの事を考えていた。ラプラスでは、いきなり殺すとか処刑するとかいった事は行っていない。
どんな犯罪者であっても相手の言い分を聞く事を兵士達に徹底させていた。
だがこの街では”街おさ”自らが即刻処刑という暴挙を行おうとしている。
「分かりました。なら僕達もみすみす殺されたくはないので抵抗・・・」
「ちょと待った!」
カルの話が終わらないうちに誰かが大きな声を上げて会話に割り込んで来る。
空から白いドレスの女性が降って来ると、カル達とカル達を囲う兵士の間に割り込む様に着地する。
「ちょっと待った!カル様を殺すとか処刑するとか聞き捨てならないわね。カル様の守り神であるこの精霊に一言の理もなくカル様の生死を決めるなんて言語道断・・・」
その時、兵士の誰かが精霊の胸に向かって矢を放った。その矢は、精霊の胸に深く突き刺さる。
「・・・誰だよ、人が楽しく口上を述べてるっていうのに邪魔しやがって」
精霊が胸に刺さった矢を痛がる素振りもなく抜いていく。
それを見た兵士達は、一斉に矢を放つ。
そして精霊の体全体に数十本もの矢が襲い掛かり、全ての矢が精霊の体に命中した。
その光景を見ていたカル達。思わず悲鳴すら上げられずにいた。
「そっ、そんな。精霊さん弓矢でハチの巣なんてあんまりだ」
カルのそんな言葉に笑顔を見せる精霊。
「カル様。私、精霊ですからこんな矢なんて平気ですよ」
だが、数十本の矢が刺さった体は見るに耐えない。
そこに追い打ちをかける様に剣を持った兵士達が一斉に襲いかかると精霊の体に剣を突き刺していく。
普通なら既に絶命しているはずである。だが精霊は、笑顔を絶やさずにそこに立ち尽くしている。
「お前達、人の話が終わるまで黙っていられねーのかよ」
そう言い放った精霊の顔は、先程とは打って変わり、憎しみの感情を露わにした表情を浮かべていた。
「ばっ、化け物」
兵士がそう言った瞬間。別の兵士が精霊の首めがけて剣を横に振るう。
”コロン”。
何かが地面に落ちる音がした。そこには、精霊の切断された頭部が転がっていた。
悲鳴を上げそうになるメリルとライラ。そして怒りに打ち震えるカル。
「よくも僕の仲間を!」
そう言い放つと背中に背負っていた大盾を構えるカル。
「メリルさん、ライラさんあの兵士達と戦います。精霊さんの弔い合戦です」
「やりましょう。あまり好きな人・・・いえ、好きな精霊ではありませんでしたが、仲間を殺されて黙っていられる程のお人好しではありません」
そう言い放ったメリルの髪は、無数の蛇へと変化していた。
「精霊治癒魔法ならいつえも発動できます。気兼ねなく戦ってください」
ライラも準備万端である。
「カル様。”精霊さん”なんて固い呼び方をしないでください。”愛する妻を殺された夫の恨みを思い知れ!”くらい言っても罰は当たらないですよ」
誰かがおかしな言葉を発した。
メリルもライラも誰が放った言葉なのか分からず思わず周囲を見渡してみる。カルもメリルとライラの声ではない事を認識している。
では、誰が今の言葉を放ったのか。
「私ですよ。私。精霊は、首を斬られたくらいでは死なないんですよ。しかもカル様とまだ一度もまぐ会ってないんんですから死ぬに死にきれません」
さっきからおかしな事を言い放っていたのは、切り落とされ地面に転がる精霊の首であった。
数十本の弓矢を射られ、さらに剣で突き刺され、首を切断されたはずの精霊は、地面に落ちた自らの首を手で拾い上げると、切断された首を元の場所に置いてみせる。
その光景に呆気に取られる兵士達。
切り落とされた首を左右に数回振った精霊は、切り落とされた首が落ちない事を確認すると、カルに向かってこう言い放つ。
「カル様。少しは驚かれましたか。私の事を妻だと思っていただければ、もっと凄い事をお見せできるんですよ。それに夫婦の夜の営みだってあんな事やこんな事もやりたい放題です」
その言葉に思わず頬を赤くするカル。
「さてお前ら。精霊である私に向かって矢を射かけ、剣を突き刺し、さらに首を切落とすなどという暴挙を許す訳にはいかんぞ。全員纏めてあの世行きだ!」
その言い放った精霊は、体から何かの種を兵士に向かって一斉に放つ。
種を放たれた兵士達は、途端に蔦で体の自由を奪われ体から葉を生い茂らせた。
兵士達は、悲鳴すら上げる事もできないまま歩く木の魔獣であるトレントと化してしまう。
あまりの一瞬の出来事に思わず声も上げられないカル達。
「ふう。精霊である私を攻撃するなど決して許される行為ではありません。ねえカル様」
笑顔で振り返る精霊。美人でほっそりとした体形。それでいて豊満な胸で男心を魅了する。
”ドスン”。
「あっ、首もげた!」
慌てて地面に落ちた自身の首を拾い上げ元の位置に乗せる精霊。
精霊の本当(恐怖)の姿が垣間見れた一瞬であった。
「こっ、怖い。精霊さん怖い」
そうつぶやいたカル。
「ふう。カル様をムラムラさせようと気合を入れて作ったスケスケドレスなのにちっとも褒めてくれないし、しかもこんなボロボロになってしまってがっかり」
多数の矢を射られ剣を突き刺されて穴だらけにされたお気に入りのドレスを見てため息をつく精霊。
その光景を見ていた精霊神お猫サマ。
「やっぱりとんでもないのが来たにゃ」
精霊審お猫サマのその言葉が全てを物語っていた。
頭のおかしな精霊がカルの仲間になりました。