161話.新たな地で冒険者となったカル
カルを泥棒呼ばわりする冒険者ギルドの受付嬢。
それに応える様に冒険者達は、剣を抜いてゆきます。
「冒険者達。あの泥棒を捕まえて!」
冒険者ギルドの職員の声に答える様に冒険者達は、次々と剣を抜いていく。
冒険者達の行動に思わず眉をしかめるカル。
「本当に僕がミスリルを盗んだ泥棒だという証拠があるんですか」
「子供がミスリルを持っている時点で全てが怪しいのよ。そもそもこの地域にミスリル鉱山なんてないんだからミスリルを持っている時点でそれは盗品なのよ!」
カルは、頭を抱え込んでしまう。もうこの冒険者ギルドの受付嬢に何を言っても聞く耳を持ってはくれいとそう確信した。
「レリア、クレア。冒険者達は、剣と魔法を使います。狼とは違いますから注意して・・・」
カルがそう言いかけた時、既にレリアとクレアの拳が冒険者達の腹にのめり込んでいた。それも既に10人以上に。
レリアとクレアの足の速さは、人族には真似ができない。冒険者の前にレりアとクレアが現れた瞬間には既に拳が腹にのめり込んでいる。
しかも軽鎧を着込んでいるにも関わらずだ。
軽鎧には、レリアとクレアの拳の形でぼっこりと凹んでいる。どれだけの力で拳を放ったというのか。
程なく冒険者ギルドのフロアに居た50人以上の冒険者達は、意識もなく床に転がっていた。
「えっ、えっ、よっ、よくもやってくれたわね」
冒険者ギルドの受付嬢は、気を失って床に転がっている冒険者が握る剣を手に取ると、カルに向かって走り出した。
「あー。やめた方がいいですよ。僕と戦ってもいい事なんてないですよー」
カルの気の抜けた声が冒険者ギルドのフロアに響く。だが、そんなカルの声など聞こえるはずもない冒険者ギルドの受付嬢は、剣をおもいっきり振り上げる。
カルは、いつもの様に大盾の裏側をノックする。すると盾の魔人が現れると大盾の表面に大きな赤い口が現れた。
それを見た冒険者ギルドの受付嬢は、思わず走り出した勢いを殺す事もできずに魔人の口へと一直線に突っ込んで来る。
そして大盾の赤く長い舌に巻き取られ魔人の口の中へと飲み込まれていった。
”ゴックン、マズイ・・・”。
さらに盾の魔人は、倒れている冒険者達を次々と飲み込んで行く。
そして冒険者ギルドのフロアには、倒れていたはずの冒険者達の姿が消えてしまった。
「たっ、食べちゃった。冒険者達を食べちゃった」
カウンターの奥で戦いの行方を傍観していたギルドの職員達が、机の上に頭だけ出してそんな言葉を発する。
「大丈夫ですよ。そのうち戻ってきます。それより僕に冒険者達を焚きつけたギルド職員は、いったい何なんですか」
カルの質問にベテランの女性ギルド職員が答える。
「あの娘は、この街の”街おさ”の娘なんです。そのつてで冒険者ギルドの職員になったんですが、ああやって自分勝手な行動をとる事があるんです」
「そうですか。でもあじゃいろいろ大変でしょ」
「申し訳ありません。教育はしているのですがちっとも聞く耳を持ってくれなくて」
「そうですか・・・」
暫くすると盾の魔人の口から飲み込まれた冒険者達が次々に吐き出られて来る。
しかもいつもの様に全員が裸で剣も防具服もパンツすら穿いていない。しかも体中にドロドロの粘液まみれで全員が気を失ったままだ。
その光景を見てギルドの他の職員達は、悲鳴を上げたまま奥の事務所へと逃げてしまった。
カルは、ギルドのフロアに裸で倒れている冒険者達をまたぎながら壁の貼ってあるクエストの張紙依を見る事にした。
壁の中央には、すすけた依頼書が何枚か貼ってあり、その内容はこんなものであった。
”Sランク・火龍討伐”。
”Aランク・呪いの解呪”。
”Bランク・洞窟の泉の水採取”。
「火龍って、火龍さんの事だよね。洞窟の泉の水は、空き瓶に汲んだ水の事かな」
カルが気になったのは、呪いの解呪のクエストであった。
その張り紙を詳しく読んでみると・・・。
とある貴族のご子息にかけられた呪いを解呪するクエストです。今まで幾人もの術者が挑みましたが全て失敗・・・」
カルがクエストの張り紙を熱心に読んでいるとレリアとクレアもカルの横に並び、カルの目線を追ってみる。
「「カル。このクエストが気になるの」」
「そうなんだけど、魔法が使えない僕じゃ呪いなんて解く事できないから」
「カルが呪いを解呪できなくても黒龍なら解けるよ」
「黒龍?黒龍と呪いって何か関係あるの?」
「あれっ、カルは黒龍と城塞都市ラプラスで戦ってるよね。それに妖精の国で何度も会ってるよね」
「うん。そうだけどラプラスで戦った時は、呪いなんてかけられた事なんて無かった様な・・・」
「黒龍は、龍族の中でも呪いや呪いの解呪に秀でた種族なの。ただ、元々魔界に住む種族だから滅多に会える種族じゃないんだ」
「へえ、もしかして僕が黒龍を出せば」
「「レリアとクレアが黒龍と話をつけるよ」」
「・・・何だかいろいろ出来過ぎてる気がするけど」
「カルは、いろいろ考えすぎ。世の中適当に生きていくくらいが悩まなくて丁度いいよ」
「そうか・・・そうだね」
カル達は、壁に貼られたクエストの依頼書を剥がすと、フロアに倒れている裸の冒険者達の上をまたいでカウンターへ依頼書と共に冒険者証を提出する。
奥の事務所からベテランの女性ギルド職員が恐る恐るカンターへとやって来ると、カルがカウンター置いた依頼書を確認する。
「この依頼を受けようと思います」
「えっ、でもこの依頼はAランクのクエストです。カル様は、Fランクなので受けられません」
「そうなの?どうすれば受けられる?」
「クエストを完了させて冒険者ランクをBランクまで上げてください」
「Bランクに上げればいいの?」
「はい」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から瓶をひとつ取り出すと、それを受付嬢の前に置いた。
「この瓶の水は、火龍の洞窟の泉の水です。これで泉の水の採取クエストが完了してBランクになるはずです」
「少々お待ちください」
受付嬢は、瓶を手に持つと急いで鑑定能力を持つ職員の元へと向かう。そして暫くして慌てた様子でカウンターに戻って来た。
「遅くなりました。確かに鑑定の結果は、泉の水でした。これでクエストは完了です。さらにカル様は、Bランク昇格ですので、呪いの解呪クエストの依頼を受ける事に何の問題もございません」
笑顔で応対する受付嬢。だが口角が引きつり顔中から冷や汗を流している。
「では、呪いの解呪ができたらまた来ますね」
「はっ、はい。クエストの成功をお祈りしております」
「あっ、忘れてました。森で狼を狩ったのでそれも換金したいんですけど」
そう言うとカウンターに狼の死骸を次々と積み上げていく。
「狼を倒したのは、レリアとクレアです。僕は、狼の存在すら分からなくって」
狼の死体の山の横で笑顔を浮かべるカル。レリアとクレアもニンマリと笑う。
その光景に恐怖すら感じるギルドの職員達。
お金を受け取りカル達が冒険者ギルドを出ていった後、気を失っていた冒険者達が次々と起き出す。そして自身に起きた惨状を思い出して唖然とするばかり。
「くそ。まさか大盾にダンジョンなんぞ仕込みやがって」
「あのガキ、魔人使いだったのか」
「あいつを殺さねえと気が済まねえ」
「おいみんな。再戦だ!」
「「「「「おーーー!」」」」」
冒険者達は、パンツも穿いておらず、剣すら持っていない状態でカル達を負うために冒険者ギルドを飛び出して行く。
彼ら裸の冒険者達は、街中を裸で走り周り住民達に指輪を刺され大声で笑われた事で、初めて一切の装備を奪われた事を知ったのだ。
冒険者達は、はらわたが煮えくり返り怒りが収まらない。この怒りをどこにぶつければいいのか分からずその夜は街中で大暴れをして憂さを晴らす始末。
その頃、カル達はというと・・・。
古着屋でレリアとクレアの服を買い、小さな市場で肉や野菜や果物を買い込むと、馬車を借りて街を出ていた。
向かう先は、呪いの解呪クエストが待つ子爵の屋敷だ。この街から馬車で半日も行けばば到着する。
だが、既に日が傾き夕暮れとなる時刻。カル達は、どこかで野宿をする事になる。
「お父様。私、今まで生きていて初めて辱めを受けました。どうかお父様のお力でやつを・・・カルとかいう盗賊一味を捕まえて殺してください」
「おおっ、可愛いロッタよ。いったい何があったというのだ。頼れる”街おさ”でありお前の父親であるこの私に話してみなさい」
そして”街おさ”は、娘の話を聞き怒りに打ち震えカル達を討伐すべくクエストを冒険者ギルドに発注した。
冒険者ギルドは、このクエストを受ける事をかなり渋った。元々、カル達を泥棒呼ばわりをしたのは”街おさ”の娘であるロッタである。
ところが”街おさ”の権限だと言って冒険者ギルドにクエストをごり押して発注したのだ。しかもこのクエストを冒険者ギルドが受領しなかった場合、冒険者ギルドをこの街で営業できなくすると脅したのだ。
仕方なくクエストを受領した冒険者ギルド。ただ、冒険者ギルドも今回の件に賭けていた。カル達は、間違いなくBランク以上の腕を持つ冒険者であると。
現にCランク以上でないと狩れないはずの狼の群れを狩って来ている。そして冒険者ギルドのフロアにいた50人以上の冒険者達をいとも簡単に身ぐるみはいで倒している。
彼らならこの街の”街おさ”をどうにかしてくれるのではないかと。
だからこのクエストには、ある条件が付けられた。
それは、この街限定のクエストであるということ。
そして”街おさ”が倒された段階でクエストは破棄されるというもの。
さらに冒険者ギルドは、対象者を死体で受け取る事を拒否する。つまり生きたまま連れて来いという事。
冒険者ギルドも子供相手に大人げないクエストを受領したため、それなりの対策を講じたのだ。
”街おさ”は、冒険者達に服と装備一式を配り追手となるチームを編成した。彼らは、この街でも最も強いとされる冒険者達である。
彼らは、暗くなる前に街を出るとカル達を追った。
果たしてこのバカ騒ぎはどうなっていくのやら。
日が落ち辺りが暗くなった頃、カル達は街道脇に点在する野営地に馬車をとめると、夕食の支度を始めた。
馬に水をやり飼葉を与え、お肉を焼きスープを作り市場で買ったパンにスープを付けて食べながら談笑するカル達。
レリアとクレアは、街で買った服に着替えており、少し女性っぽい身なりへと変わっている。
カルは、馬車での旅は国境の森へ行った時依頼である。少しのわくわく感を楽しみながら毛布にくるまり夜空を見上げる。
「カル、カル。あいつら追って来るかな」
「あいつら凄く弱かったの」
凄く楽しそうに話すレリアとクレア。だが、カルは、ふたりを窘める様にこう言った。
「レリア、クレア。なるべく彼らを殺さらないでください。彼らにも家族がいます。彼らが死んだら彼らの家族が悲しみます。
「「殺しちゃだめなの」」
「殺していいのは、最悪の時だけです。僕からのお願いです」
「「カルがそう言うなら」」
カルとレリアとクレアは、毛布にくるまり肩を寄せ合いながら夜空の星を見て静かな夜を過ごした。
次の日。
日が差し出す前に馬車を走らせ目的地の子爵領へと入ったカル達。
馬車の御者席で馬の手綱を握るカル。そして荷台に座り雲が点在する青い空を眺めながら小さなあくびを同時にするレリアとクレア。
ギシギシと音を鳴らしながら走る馬車の荷台で暇を持て余したレリアが、カルに向かってこんな事を言い出す。
「カル、カル。魔力は大丈夫?」
「魔力?そういえば、この前から頭の片隅に大きな水亀があって、ほんの少しだけ水が溜まっている感じがするんだ」
「それっていつから」
「火龍の洞窟で寝ている時かな。いきなり水亀が頭の片隅に浮かんで来たんだ」
「ふーん。その水亀がカルの魔力量かも」
「えっ、そうなの」
「カルを見ていると魔力の量が変わった感じがする」
「へえ、僕は何も感じないけど」
その時クレアは、ある事を思いついた。
「洞窟で汲んできた泉の水と赤いラピリア酒(薬)を飲んだら魔力量が増えるかな。カルは、精霊界で火龍と戦った時に両方飲んで龍を呼び出す事が出来たんだよね」
「そうなのかな・・・。なら少し飲んで見ようかな」
カルは、手綱をレリアに預けると腰にぶら下げた鞄からふたつの瓶を取り出すと、少しだけ口の中へと流し込む。
すると頭の片隅ににある水亀の中に数滴の雫が落ちていく。
「水亀に何かの雫が落ちていく感じがした。でも水亀の水の量は、殆ど変わらないみたい」
「そう、ならその瓶の水と赤いラピリア酒を全部飲んでみたらどうなるの」
「やってみる」
カルは、ふたつの瓶を飲み干してみる。すると・・・。
「あっ、水亀の水が半分くらい溜まった。それと水亀も少し大きくなったみたい」
「泉の水と赤いラピリア酒(薬)を飲むと魔力量が増えるみたい。あと、普通に生活していれば魔力は回復するはずなんだけど」
「僕は、元々魔力が殆どないから魔力なんて増えないのかも・・・」
そんな会話をしながら馬車は、子爵の屋敷前に到着した。
屋敷の前に立つ兵士に冒険者ギルドが発行したクエストの依頼書と冒険者を見せるカル。
だがカル達は子供である。しかも3人とも。これで呪いの解呪をしに来たと言って信じる者がいるであろうか。
「お前達は、ここで待て」
「おいおい、子供に呪いが解呪できるのか」
「こんな子供にクエストを許可する冒険者ギルドなど世も末だな」
カル達を胡散臭そうに睨みつける兵士達。
すると屋敷から正装に身を包んだ初老の執事が現れる。
「その者が冒険者ギルドから来た者達か」
「はい。ですが3人ともまだ子供です。既にご子息様の呪いの解呪には、10人以上の者達が来ておりますが、まだ誰も成功した者はおりません」
「分かっている。それでもベント様は、呪いを解呪できる者を必要としておるのだ。お前達、ベント様のご子息に合わせる。ついて来い」
カル達は、執事に連れられ子爵の屋敷へと入っていく。
果たして黒龍による呪いの解呪は成功するのか。
呪いの解呪のクエストを発注した子爵の屋敷へと入るカル達。
さて、すんなり呪いを解呪でるのでしょうか。