159話.ここは何処?
何処とも分からない場所で途方に暮れるカル。
さてどうしたものか・・・。
火龍が去った岬の突端にある洞窟の前で途方に暮れるカル。
目の前には、遥か先まで広がる大海原。そして振り返ると火龍が家だと言っていた洞窟の入り口がぽっかりと口を開けている。
「とりあえず今日は、ここで夜を明かすしかないか」
日はまだ高い。だがここがどこなのかすら分からない以上、動くのは明日からという事にした。
まずは、火龍の家だという洞窟に入り内部を見て周る事にしたカル。
腰にぶら下げた鞄から魔法ランタンを取り出し灯りを灯してみると、火龍の家だと言うだけの事はある大きな洞窟だ。
洞窟の奥に入っていくと精霊界にあった洞窟と同じ様に小さな泉があり、どこからか水が湧いている。
精霊界の洞窟の泉で汲んだ水が入った瓶には、紐で縛って目印を付けた。
もしかしたらこの泉の水も何かの効能があるかもと考えたカルは、泉の水を瓶に汲んでおくことにした。
そして背負っていた鞄を下ろして地龍の幼体を洞窟に放す。するとちょろちょろと洞窟内を歩き回る地龍達。
そんな地龍達の姿を見ていたカルは、ある事に気が付いた。それは、地龍達の足の速さである。カルは、領主の館から精霊の森へ地龍の幼体とよく散歩に出かけていた。
その時は、地龍達の足が速いと感じた事はなく、少しすばしっこいという程度の認識であった。
それが、いつの間にか追いつけない程の足の速さを披露され困惑するカル。
「地龍ってあんなに足が速いんだ。大きくならない種族だっていってたけど、龍族だからいずれ強くなるのかな」
カルのそんな言葉が聞こえたのか地龍達は、カルの肩に乗るとカルの頬を舐め始める。
「僕の言葉が分かるのかな。今は、ひとりだから話相手になってくれると嬉しいな」
「「ピィ、ピィ、ピィ」」
地龍達は、カルに何かを話しかけている様子だが、カルに地龍達の言葉は分からない。
「こんな時に妖精さんがいてくれたら地龍達の言葉が分かるんだろうなあ」
地龍達の頭を撫でながらそんな独り言を話す。
洞窟の外は、徐々に日が陰り夕闇へと変わっていく。
カルは、洞窟の外で薪になりそうな枝を広い、それに火を付けて暖を取る。
食べ物は、鞄の中の保存食がある。それに瓶に汲んだ泉の水がある。地龍達には、鞄の中からミスリルと魔石を取り出して与える。それを美味しそうに食べる地龍達。
暗い洞窟の中で焚火の小さな炎がカルとカルの膝の上で寝る地龍達をゆらゆらと照らす。
焚火の炎の心地よい暖かさによりうとうとと寝入ってしまうカル。
そんな時、地龍達の家となっている大きな背負い鞄の中で何かが動き出した。そして鞄の口からそっと顔を出したのは、妖精であった。
妖精達は、地龍の住処になっている背負い鞄の中に移動に使うあの小さな扉を仕込んでいたのだ。
妖精達は、カルがどこにいるのかをずっと観察していた。そしてカルの居場所は、妖精と黒龍の家となっている浮遊城の制御室の硝子板に絶えず映し出されていた。
だがその事を知っているのは、妖精と神獣なめくじ精霊の”なめちゃん”だけである。
その事を知らないメリルもライラもカルの事を探すあらゆる手段を模索していた。
カルが寝入った深夜。
カルの大盾に住む魔人達は、大盾の陰でこっそりと会議を開いていた。
「我らが言っていた例の火龍の住処だが・・・」
「なぜかカルは、そこで暖を取りすやすやと寝ているではないか」
「しかも例の泉が精霊界にもあったという衝撃の事実」
「さらにその泉の水を飲み赤いラピリア酒(薬)を飲み・・・」
「まさか魔力があれ程増大するとは思わなかったわ」
「それでカルの魔力は、どうなっとる」
「どうもこうもないわよ。既に巨人を生み出す事も維持する事も簡単にできるわよ」
「そこまで魔力が増えたのか」
「あと数回、あの泉の水と赤いラピリア酒(薬)を飲んだらとんでもない事になるわよ」
「じゃが、我らの巨人がよりによって龍に化けるとはな・・・」
「しかも全ての龍に変化する龍じゃったな」
「水龍、氷龍、黒龍に化けたわね」
「あれは、恐らくカルが出会った龍達じゃな」
「つまり、あと風龍と地龍にもなれるって事ね」
「我らの思いとは、真逆の方向に進んだという訳じゃな」
「つまり我らの願いである世界を破壊するのではなく、龍族の力で世界を統べるとでも言えばよいのか」
「それなんだけど・・・ホワイトローズ様は、納得されないでしょうね」
「「「・・・・・・・・・」」」
その言葉に誰も反論できず、ただ黙るしかない魔人達。
「もう少し様子を見るというのはどう?」
「そうじゃな。あと数回は、泉の水と赤いラピリア酒(薬)を飲んで魔力を増やして貰わねばな、どのみち我らの野望に近づけない事も事実じゃかな」
魔人達は、うなずくと静かにカルの大盾の中へと戻っていく。
カルの行動は、誰かが意図したものなのか、それともただの偶然なのか。
魔人達がカルの大盾の中に姿を消した頃、カルと毛布にくるまって寝ていた地龍達が起き出した。
地龍達は、焚火に照らされた洞窟から外の景色を眺めていた。そしてカルの言っていたあの言葉を思い出す。
”僕の言葉が分かるのかな。今は、ひとりだから話相手になってくれるといいんだけど”。
カルのその言葉にひとつだけ答える方法を地龍達は知っていた。知っていたというよりも、それが頭の中に浮かんで来たのだ。
それには、泉の水とカルの鞄の中にある赤いラピリア酒薬)が必要であった。
そして地龍達の前には、その赤いラピリア酒(薬)の入った瓶が置かれている。いや、さっきまで無かったはずの瓶がどこから湧いて来たのか分からない。だが目の前にそれが置いてあるのだ。
首を傾げながらも地龍達は、その赤いラピリア酒(薬)の入った瓶の栓を器用に開けると、長い舌を使って器用に飲み始める。
そして洞窟の泉の水を飲んだ地龍達。
しばらくすると地龍達の体が光り出し徐々に体に変化が起き始め・・・やがて。
”ポン”。
そんな音と共に地龍達の体は、人族の少女の姿へと変わっていた。ただ、何かが違っていた。それは、頭に生えた角であった。
ルルやリオやレオは、鬼人族であり頭に小さな2本の角が生えている。
だが少女の姿へと変化した地龍達の頭には、4本の角が生えている。それ以外といえば得に人族と変わらない姿である。
人族の少女の姿になった地龍達は、お互いの体を物珍しそうに見合っていたが、服も着ていない彼女達は、寒いという感覚を覚えるとカルがくるまる毛布の中へと入っていく。
ひとつの毛布に3人でくるまると、少し窮屈ではあるがカルの温かさに心地よさを感じた少女達は、カルに抱きつきながら静かに寝息を立て始めた。
焚火の火が消えかける頃、洞窟の外は徐々に明るくなり夜明けを迎える。
洞窟内に入る朝日でふと目を覚ましたカル。
焚火の火は、既に消えていた。
洞窟に火龍の姿はなく、自力でこの場所が何処なのかを探すしかないと悟ったカル。
一瞬だけこの場所の事を剣爺や精霊ホワイトローズに聞いてみようと考えた。だが、それを直に捨ててしまう。
もしかしたら今回の件は、何かの前振りなのではないかと。今までも、何かが何かと繋がっているなどという事は、いくらでもあった。
ならば、逆に今この環境を楽しんでみるのも”有り”なのではないかと。
剣爺や精霊ホワイトローズに聞くのは、最後の最後にしようと、そう覚悟を決めたカル。
そして覚悟を決めたカルに抱きつくある存在に気が付く。それは、頭に角を生やした裸の少女である。
それもふたり。
「だっ、誰。いつから僕と寝てるの」
驚きの余り飛び起きるカル。
「うーん。カルおはよう」
「カル。起きたの」
目をこすりながら起き上がるふたりの少女。
「だっ、誰ですか。いつから僕と寝ていたんですか。それになんで裸なんですか」
相変わらず動揺しっぱなしのカル。
ふたりの少女は、カルの動揺した姿を見てにんまりと笑い、そのままカルに抱きついた。
「カル。カル。私達、カルの願いを聞いたの。だからカルとお話ができる様に人の姿になったの」
「カル。カル。私達、地龍から人の姿になったの。カルといつでも話が出来る様になったの」
女性に免疫の無いカルであったが、その言葉に思い当たる節があった。
「えっ、まさか僕が昨日言った言葉を気にして人の姿になったの」
「そう、話相手が欲しいって言ってたから」
「そなの。これからいっぱいお話するの」
「でっ、でも裸じゃだめだよ」
「えっ、そうなの」
「何でなの」
少女の姿になった地龍達は、立ち上がるとお互いの体を見合いながらカルの言っている事が理解できずにいた。
「とっ、とにかく僕の着換えがあるからそれを着てよ」
「うん。そうする」
「カルがそう言うなら」
カルの服を着た地龍達。カルの見立てでは、人族の12才程度の少女の背格好でカルより頭ひとつ分くらい背が低くい。
カルは、少女達の体に会わせて服の袖とズボンの裾を折っていく。
足は、カルよりも小さいため靴が合わなかったが、紐で調節して何とか歩ける様にした。
「そうだカル。僕達の名前を決めてよ」
「そうだよ。僕達の名前!」
火龍の洞窟を出て近くの村か街を探そうと考えていた矢先、カルにそうせがむ地龍達。
思わず考え込むカル。
「名前かあ・・・そうだね。じゃあレリアとクレアってどう」
「どっちがレリア」
「どっちがクレア」
ぱっと見てどちらも同じ髪の色で同じ顔である。体つきも全く同じ。強いて言えば、頭に生えている角の長さが若干異なっているくらいだ。
カルは、頭の角の長さからレリアとクレアを見分ける事にした。
「じゃあ、こっちがレリア。こっちがクレア」
するとふたりはカルの周りをグルグルを周り始める。
「「はい。どっちがレリア。どっちがクレア」」
カルは、少し考える振りをしながらふたりの頭の角の長さを比較する。
「こっちがレりアでこっちがクレア」
「「カル凄い、凄い」」
ふたりを識別しているのが角の長さだとは、絶対に言えないと心に決めたカルであった。
地龍達が少女に変身しました。
※このお話。予定になかったんですが、急に思いついて書いてしまいました。