156話.精霊界へ(1)
さて、カルの元に精霊達がやってきます。ですが例の如く問題発生です。
めずらしく城塞都市ラプラスに雨が降っている。
山脈に囲われその中央に砂漠と茫漠が広がる地の片隅に点在する城塞都市。
しかも気功的には熱いはずの地なのだが、雨のせいか少し肌寒く感じる。
カルは、領主の館の自身の事務室で秘書官と職員を交えて打ち合わせをしていた。
殆どは、職員が書類と別紙の資料を作成し、それにカルが目を通してサインをするだけであるが、視察や事前に知っておきたい情報などは、職員と頻繁に会い話をしている。
”コンコン”。
領主の事務室の扉をノックする音がする。打ち合わせは、既に終わっていて職員との雑談に花を咲かせていた領主のカル。
「はい、どうぞ」
カルがそう答えるとひとりの職員が扉を開け少し嫌そうな表情を浮かべてカルと秘書官の耳元へそっと要件を伝える。
「打ち合わせ中申し訳ありません。精霊界から来た精霊だと名乗る方々がおいでです。ですが・・・そのかなり態度が横柄で」
「あっ、では我々は、失礼します」
入って来た職員が何か困った様な態度を取ったため、先程まで打ち合わせをしていた職員達は、気を使って部屋を退席していく。
「その精霊界から来たという精霊は、今どちらに」
「はい、玄関で待ってもらっています。事前に連絡も入れてなかったようですので、お断りしたのですが会わせろの一点張りで」
「そうですか。これから打ち合わせもありませんから会いますよ」
「申し訳ありません。玄関には、護衛の方々も待機させてます。メリルさんとライラさんにも声をかけてあります」
カルは、職員と共に領主の部屋を後にすると、部屋の扉の横に護衛として立っているゴーレムのカルロスⅡ世と共に領主の館の玄関へと向かう。
「おい、我ら精霊をいつまで待たせるのだ」
「ですから、元々お約束もされていないのですから、急に来たからといってお会いできるものでは・・・」
「黙れ原住民。我ら精霊が手を下せばこの様な原始的な世界など一瞬で破壊できるのだぞ」
「そもそも原住民の領主など、我ら精霊に会わずにいったいどんな仕事があるというのだ」
「今すぐ会わせないなら実力行使をする迄だ」
領主の館の玄関先で職員達に詰め寄る精霊達。
その職員達の後ろには、職員の制服を着た数人の男女が並ぶ。だが、その者達の手には、魔法杖や剣が握られている。
彼らは、警備隊の服を着てはいないが領主の館を守るための護衛部隊に所属する兵士である。
もし領主の館に無理やりにでも入ろうとすれば、直にでも剣と抜き魔法を放つ準備をしていた。
「お待たせしました。僕がこの城塞都市ラプラスの領主であるカル・ヒューイです」
そこに現れたカル。そしてカルの背後には、メリル、ライラ、そしてゴーレムのカルロスⅡ世が並ぶ。
さらにカルの肩には、2体の地龍が乗り小さな口を開けて精霊達を威嚇している。
今まで態度が横柄だった精霊だが、例え幼体とはいえ龍族である地龍を従えたカルの姿を見た途端、言葉を詰まらせ職員への罵声を放つのを止めてしまう。
原住民に対しては、横柄な態度を取る精霊達。それは、彼らの精霊達の文明がカル達よりも数千年も進んでいるという自負があるからだ。
そんな精霊達であっても一目置く存在というか種族が唯一存在する。それが龍族である。
龍族は、精霊界のさらに上位に位置する精霊神界の神々と相互強力の関係を結んでいた。
精霊にとって上位の存在である精霊神と協力関係にある龍族には、さすがに彼ら精霊であっても横柄な態度を取る事は許されない。
例えそれが幼体であったとしても、その地龍が原住民と一緒にいるというだけで、彼ら精霊にとっては脅威でありある意味敬う対象でもあるのだ。
カルにより領主の館の会議室へと案内される精霊達。
彼らは、精霊界の女王の命によりこの異世界にやって来たという。
そして彼らは、会議室に入りカルが要件を聞こうと口を開いた途端こう宣った。
「精霊界の女王様のご命令である。謹んでお受けする様に」
精霊のひとりがそんな言葉を発した。
「なによいきなり、そもそもなんで精霊の女王の命令なんて聞く必要があるのよ。精霊界の事なら精霊がやればいい話でしょう」
精霊の横柄な物言いにカルの後ろに控えていたメリルが心の言葉を思わず漏らしてしまう。
「なっ、なんだと貴様!」
応接椅子に座る精霊達が一斉に立ち上がると何かの魔法陣がいくつもカル達に向かって展開される。
メリルもそれに応戦するかの様に髪の毛が無数の蛇へと姿を変え目が赤く光り出す。
「メリルさん謹んでください。それに精霊の方々もです。僕達は、あなた方精霊界と繋がったとはいえ、国も人種も立場も違うんです。それを最初から見下す様な態度をされては、呑気な僕でも協力する気にはなれません」
カルの言葉に怒り心頭となり顔を真っ赤にする精霊達。
「なっ、なんだと。我々がいつ横柄な態度を取ったというのだ」
「今、その言葉が横柄だと言っています。僕は、この世界で精霊の森の精霊や、裁定の木の精霊と仲良くやっています。それに精霊神様やなめちゃん・・・いえ、神獣なめくじ精霊様ともです。皆さん、出来た方々ばかりでそんな発言をされた事など一度もありません」
「うっ」
精霊達は、カルの言葉に二の句が出ない。精霊神、神獣精霊、裁定の木の精霊まで持ち出されては、彼らも黙るしかない。
「わっ、分かった。我らの態度については、いささか横柄であったと認めよう。だが、我らも精霊界を救いたいのだ。それを理解していただきたい」
「分かりました。では、我々が何をすればよいのかお話ください」
精霊達は、謝罪の言葉を口にした。だが、応接椅子に座り直した精霊の膝の上に乗せられた手は、握りこぶしを作りその拳は力いっぱい握られていた。
精霊の話では、精霊界は瀕死の状態にあるという。そこであらゆる異世界に手を伸ばし、精霊界を救える技術や薬を探しているという。
だがどの異世界にもそんな技術も薬もなく、精霊界の状態は増々悪化しているというのだ。
そんな時、精霊界と繋がったこの異世界において元気な精霊の森が存在する事を知り、それを調査するため研究員を送り出した。
ところが研究員達は、どうしてこの異世界の精霊の森が元気なのか原因を突き止める事ができなかったという。
ただ分かった事は、この異世界で精霊の森を育てたのは、原住民の領主であるカルと精霊治癒魔法を操るライラであると。
ならば、そのふたりに協力を仰ぐべきと精霊女王が英断を下したという訳だ。
精霊の説明を聞き精霊界が危険な状態である事を知ったカルは、明日以降の仕事を全て秘書官であるアリッサを臨時の副領主に任命して任せる事にした。
以前も副領主に任命された事のあるアリッサは、それを聞いて一瞬だけ喜んだ。
だが、また何か問題が発生したらと考えると気が気ではなく、思わず胃がキリキリと痛み出し胃の部分を手で押さえる仕草を始めてしまう。
彼女は、臨時の副領主になった事で胃炎を患うようになっていた。
次の日。
精霊界に繋がる扉の前に集合した精霊達とカル、メリル、ライラ、それにゴーレムのカルロスⅡ世、それと2体の地龍。
地龍は、カルが背負う鞄の中から顔だけを出して周囲を警戒している。
「では、精霊界に行くにあたり注意事項がある。それは何があっても守る様に」
精霊の言葉相変わらずだが、そこに腹を立てる事はせず大人な対応をするカル達。
そして精霊の注意事項の中に本当に危ない話があった。それは、精霊界に入るために必要だと渡された首飾りである。
この首飾りがないとカル達は、5分も生きていけないという。
首飾りには、いくつかの赤い魔石が配置されており、その魔石がカル達を守ってくれる期限は48時間である。そして予備にともうひとつの首飾りを渡される。
その首飾りを首にかけ準備が整った時、ある者が声をかけて来た。
「にゃ。カルが精霊界へ行くのかにゃ」
「はい。精霊界を救いに行ってきます」
「ほほぉ、それは凄いにゃ。頑張ってくるにゃ」
カルは、精霊界に繋がる扉の上で扉を守る精霊神お猫サマとそんな会話をする傍ら、扉の横で複数の妖精達とまったりと過ごしている神獣なめくじ精霊「なめちゃん」と挨拶を交わす。
「では、行ってきます」
精霊神お猫サマと神獣なめくじ精霊、それに妖精達に手を振りながら精霊界へと繋がる扉の向こう側に姿を消すカル。
その姿を見送る精霊神お猫サマ。
「うーん。精霊達は、ちょっと面倒な連中が多いから凄く心配にゃ」
すると妖精が精霊神お猫サマの元へとやって来て何やら耳打ちを始める。
「にゃ。にゃ~るほどにゃ。それなら安心にゃ」
妖精達は、精霊界へと向かったカルに対して何かをしていた。それを聞いた精霊神お猫サマは、心配する事なく精霊界へと繋がる扉の上で昼寝を始めた。
いくつもの扉をくぐり何処をどう通ったかも分からなくなった頃、案内をする精霊達の足が止まる。
「ここが精霊樹の森だ。この森の精霊樹が精霊界の力と生命の源なのだ」
カル達は、その精霊樹の森へと足を踏み入れる。
だが、この精霊樹の森に足を踏み入れた異世界人は、カル達が最初であった。それ程、この精霊樹の森は精霊にとって大切な場所であった。
彼ら精霊達からしてみれば、文明の遥かに遅れた異世界の原住民をこの精霊樹の森に足を踏み入れさせるだけでも屈辱であり侮辱でもあった。
精霊達の手は、拳となり力いっぱい握られている。そう、彼ら精霊は、今にもカル達をこの精霊樹の森から追い出したかったのだ。
「メリルさん。まずは、精霊治癒魔法をかけてみようか」
「はい。では、始めます」
ライラは、暫く瞼を閉じると心を落ち着かせ静かに呪文の詠唱を始める。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
ライラの精霊治癒魔法は、問題なく発動した。だが精霊樹には何の変化も表れない。
「ライラさん。何か精霊治癒魔法を阻害する様なものでもあった?」
「はい。何かこの精霊樹に呪いの様なものがかかっている様に感じました」
カルは、ライラの言葉を聞くと腰にぶら下げた鞄の中から黄色いラピリア酒(薬)の入った瓶を取り出すと、それを精霊樹の根本にかけてみる。
一瞬だけ精霊樹の根本が淡く光ったが、それもすぐに消えてしまった。
「その薬なら我らも何度も試したが効果はないぞ」
カル達を後ろから見守る精霊がそう言葉を発する。
今度は、鞄の中から赤いラピリア酒(薬)の入った瓶を取り出すと、精霊樹の根本にかけていくカル。
すると精霊樹の根本が光り出し、それは精霊樹全体へと広がっていく。
「おおっ、なんという事だ。精霊樹が反応したぞ」
精霊達は、思わず驚きの声を上げる。
「ライラさん。もう一度、精霊治癒魔法をかけてもらえますか」
「はい」
ライラは、暫くの沈黙の後に精霊治癒魔法の呪文を詠唱する。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
すると精霊樹が七色に光を放ち枯れ枝から葉が芽吹き始める。
精霊樹は、徐々に若返ると幹も太く成長を始め徐々に大きくなっていく。
「どういう事だ。我々がどんな方法を用いても治療できなかった精霊樹が蘇っていくではないか。それにその赤い絵液体は何だ!」
カル達の後方に居並ぶ精霊達の声を聴きながら、さらに別の精霊樹に同じ治療を施すカルとライラ。
カルとライラにより精霊樹の森の精霊樹30本余りが元気な姿を取り戻していた。
「凄い、これは凄い。いったい何をどうすればこんな事が可能なんだ」
精霊達は、精霊樹に向かって何かを必死になってやっている。だが、それが何をしているのか皆目見当もつかないカル。
「データは取れたか。それに液体のサンプルの採取と分析を早急に行え!」
精霊達は、慌てふためきながら何かを必死に行っている。だがカル達への感謝の言葉は、一度も発せられる事はなかった。
何か釈然としないカル達であったが、今日はここまでという精霊の言葉に従い精霊樹の森を後にした。
精霊の森に残り慌ただしく作業を続ける精霊達。
「どうだ。あの赤い液体の分析は出来たか」
「それが、以前の黄色い液体と同じで不明な物質がいくつかある事が分かるくらいです」
「くそ。また以前と同じか」
「とにかく。あの赤い液体の分析を最優先させろ。それと原住民が使った精霊治癒魔法もだ。あの魔法は、我らが使う精霊魔法ではなく古代魔法に近い。女王様にデータベースの使用許可をとれ」
精霊樹の森の精霊樹は、元気を取り戻したかに見えた。だが、精霊樹は、この精霊界に無数に存在する精霊樹と地下茎で繋がっていた。
つまり、この精霊界の全ての精霊樹を治療するためには、数十万とも数百万ともなる数の精霊樹を全て治療しなくてはならないのだ。
それは、途方もない時間と労力を有する作業であった。
カル達は、精霊に案内されるがまま巨木の前に並ぶひとつの扉を開け、その中へと入っていく。
扉は、窓のない建物の廊下へと繋がっていて、その廊下にはいくつもの扉が並んでいた。
カル達には、番号が振られた小さく透明な板を渡され、その番号が記された扉を開けて中へと入る。
扉の中は、カル達の住む世界にある様な宿泊施設と大して変わらなかった。そしてカルはある事をずっと我慢していた。それはトイレである。
カルは、その部屋にある説明書を必死に読み解きトイレの使い方をなんとか理解すると、トイレの扉を開け、その中へと入って行く。
部屋の案内については、カル達が分かる様に翻訳した説明文が用意されてた。ただ、文明が違いすぎるため、理解できない事や物が多すぎるのだ。
カルがトイレの扉を開き入った先には、なぜか強風吹き荒れる荒地が広がっていた。
思わず強風に煽られて倒れそうになる体を必死に堪えるカル。
そしてトイレの扉が静かに閉じられていく。
「我ら精霊に対する侮辱的な発言を後悔しろバカな原住民め!」
カルの背後からそんな言葉が投げかけられ”パタン”と扉の閉まる音がする。
ふり返るカル。だがそこにトイレの扉はなく、強風が吹き荒れる荒廃した荒地がただ広がるばかりである。
カルの背中には、背負ったままの鞄と2体の地龍がいた。地龍は、強風吹き荒れる中、カルの頬をペロペロと舐めている。
それは、不安な気持ちを察した地龍達の優しさだったのかもしれない。
精霊界へと向かったカル。ですが精霊の態度があんまりでした。
そして何処とも知れぬ場所に地龍と共に放り出されたカル。
この先、どうなってしまうのでしょうか。