153話.魔王(4)
魔王城へ向かう前に城塞都市ガンドロワへ立ち寄るカル達。
ルルの父親であるガハに会い相談事を持ちかけます。
砂漠から少し離れた地に佇む城塞都市に朝霧が立ち込める。風が吹く度に霧が徐々にはれていくが視界は悪く先が見渡せない。
ここは、ルルの父親であるガハが領主を務める城塞都市ガンドロワ。
城塞都市デルタをも超え魔王国内の城塞都市では最大規模となる都市。
そんな城塞都市の上空に立ち込める霧の中を巨大な岩の塊がゆっくりと城塞都市へと進む。
一列に並んだ巨大な岩の塊は、霧の中から姿を現すと城塞都市の手前に築かれた城壁の前へと着陸する。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
最初に着陸したのは、ルル、リオ、レオが乗る浮遊城。その浮遊城の塔の上にはルルのホムンクルスである鵂が羽を休め、さらに浮遊城の池の中では、レオのホムンクルスである空飛ぶ鯰が気持ちよさげに寝ている。
その次に着陸したのがカル、メリル、ライラ、それとゴーレムのカルロスⅡ世が乗る浮遊城。
その次に着陸したのが妖精達と黒龍が乗る浮遊城。
3つの浮遊城は、城門の前に横一列に並ぶ。
城門を守る兵士達は、その浮遊城の姿を見て驚きを隠せずにはいられない。ただ、慌てふためきながらも警備隊の兵士達を城門へと移動させるところは、日頃の訓練の賜物である。
城塞都市ガンドロワにもルルの父親であるガハが操る浮遊城がある。だが、それが3つ同時に城塞都市の前へ姿を現したのだ。
慌ただしく領主の館へ伝令を走らせる警備隊の兵士達。
浮遊城からは、城塞都市ガンドロワの領主の娘であるルルや副領主の娘であるリオやレオが姿を現した。すると警備隊の兵士達が城門の前に歓迎の隊列を一瞬の間に作る。
「ルル様。今日は、どの様な用向きでしょうか」
警備隊の隊長が隊列を作る警備隊の最前列に並び、用向きの確認を行う。例え領主の娘といえども許可のない者は、城壁内への立ち入りを易々と許可する訳にはいかないのだ。
「父上に早急にお目道理願いたい。”魔王国の国王である魔王様の件で”と言えば分かると思う」
「はっ、しばしのお待ちを」
伝令が領主の館へと走る。その伝令が戻りガハの許可が出る迄は、ルル達は客人ではない。
暫く静粛な時が流れる。3つの巨大な浮遊城が城門の前に並ぶ姿は、とても精悍である。
そこに護衛の兵を引きつれた領主のガハがやって来た。
「おう、朝から騒々しいな。・・・浮遊城が増えてるじゃねえか。こりゃいったいどうした」
相変わらずルルの足元には、子供と化した魔王ががっしりとしがみついて離れない。
「詳しい話をいたしますので、ますは領主の館へまいりましょう」
「そうだな。それと各浮遊城に護衛の兵士を配置しろ。浮遊城には、誰も入れるなよ」
「「「はっ」」」
警備隊の隊長は、ガハの命令を兵士達に伝えると兵士達が浮遊城の周囲を囲う様に配置に付く。
物々しい警備体制が敷かれた城門と浮遊城。
城塞都市ガンドロワの領主であるガハと護衛達のあとにルル達が続き領主の館へと向かう。
厳戒態勢が敷かれた城塞都市ガンドロワには、今もガハ率いる魔王国第3軍の正規兵が数多く駐留していた。
「ほお。その子供が魔王様だというのか」
「はい。先程のお話で説明した通りですが、なんとか宰相の精神干渉魔法の呪いを解く事ができました。ただその副産物というか魔王様は、子供の姿へと変わられてしまいました」
領主の館のとある客室に迎え入れられたルル達。そしてルルの膝の上で出されたクッキーを美味しそうに頬張る子供となった魔王様。
さらにリオの頭の上には、黒龍が乗っていた。
その光景を不思議そうに見つめるガハ。
「しかしお前達、浮遊城は増えるわ。黒龍が仲間になるわ。俺の第3軍の全部隊と戦ってもお前達に敵わないだろうな」
「ははは。父上ご謙遜を」
「いや本気だ。俺の第3軍と魔王様が戦ったとしたら第3軍は全滅する。だが、お前達は、魔王様を仮にでも倒したんだろ。なら、第3軍より強えよ」
「・・・・・・」
父親の本心を聞いてしまったルルは、思わず言葉が出なかった。自身の手の届かない強さを誇った父親が娘のルルに向かって敵わないと公言する迄になったのだ。内心は、穏やかではいられないルルであった。
「それで、わざわざここに寄ったという事は、魔王城にいる宰相を撃つ前に俺に用があるんだろ」
「はい。実は、我々がいきなり魔王城にいる宰相を撃つと宣言したところで、ただの地方領主の反乱と思われるだけです。それを避けるために父上の後ろ盾が欲しいのです」
「・・・俺を巻き込む訳だな」
「はい」
ルルは、父親であるガハの顔を睨みつける様に見据える。それは、ルルの決意でもある。
「まあ、子供戻ったとはいえ魔王様がこっちにいるんだ。宰相の側につく必要もないわな。それに俺は、宰相が大嫌いだからな」
「それでは!」
「おう、娘の頼みでもあるしな。この魔王国に仕えたという事は、魔王様に仕えたという事だ。俺は、あのくそ宰相に仕えた訳じゃねえからな」
ガハは、拳を握り締めると天を仰ぐ様に高く拳を掲げた。これでルル達は、ただの地方領主の反乱だという汚名を着せられずに済む。
「俺の第3軍を魔王城に向かって進軍させる。恐らく第1軍は、今回の件については最初から静観を決め込んでいるから奴らは動かんだろ」
「残るは、第2軍と第4軍だが・・・」
そう言い放ったガハの冴えない。だがその言葉を聞いたルルの表情は穏やかだ。
「第2軍と第4軍は、妖精の国の城壁の迷宮で迷子になっています。進軍を諦めて魔王城に戻ると決断しない限りあの迷宮から出られないと妖精達は、言っていました」
「ほう。妖精ってのは、随分とまた面白い事ができるんだな」
「ははは。妖精達は、我らよりかなり魔法も文明も進んでいるようです」
「そうか、そんなのが味方にいるなら心強えや」
と、そこでガハが腕組をすると部屋の天井を仰ぎ見るとぼそっとつぶやいた。
「ただなあ、魔王城を攻めるという事は、ミアと戦う事になるが・・・その覚悟は、あるのか」
「・・・母上」
「あいつは、昔っから融通が利かねえ女だからな。魔王様を守るはずが今じゃ魔王城を守るに変わっちまったくらいだ。まあ、守る魔王城がなくなれば考えも変わるんだろうがな」
「母上を倒します。それに魔王城がなくなれば母上も考えを変えるはずです」
「魔王城がなくなれば・・・か。あの城の防壁を破るのは、並大抵じゃできねえぞ」
「私の仲間には、頭のおかしなのが大勢おります。魔王城のひとつくらい落としてみせます」
「わっははは。大口をほざいたな。それでこそわが娘だ。よし、その言葉を信じるぞ!」
ガハは、早速配下の魔王軍第3軍に命令を下した。魔王国第3軍は、魔王様の命により魔王城を奪還し宰相を撃つという”錦の御旗”を掲げ、魔王城に進軍を開始する。
それに共鳴する様に地方領主達もガハの元へと集まり出す。元々宰相に不満を持つ貴族も相当数に上っていたのだ。
ルル達の乗る浮遊城、カル達の乗る浮遊城、妖精達の乗る浮遊城は、先行して魔王城を目指す。
数日後。
魔王城を目前に控え3つの浮遊城は、魔王城の手前に点在する城や砦を次々を攻略していた。
後続のガハ率いる魔王軍第3軍の進路の露払いである。突如として城の上空に現れる3つの浮遊城。それを見て恐怖のあまり逃げ惑う兵士達。
統制の取れない部隊が勝手に動き勝手に自滅していく様を浮遊城から見つめるルル達。
「なんだか拍子抜けだな。魔王国軍は、もっと強いと思っていた。まさかこの浮遊城を見ただけで腰を抜かして逃げ惑うとはな。実に嘆かわしい」
「ルル様。それは、以前の我らでも同じだと思います。今は、浮遊城を使う側ですからそんな悠長にしていられるのです」
「そうだな。この世界では、龍や飛竜以外が空から攻撃されるなど考えもしないからな。それに対する備えも無きに等しい」
「眼下の城の城主に降伏勧告を行います」
「ああ、頼む」
魔王国の主要な街道や要衝となる城にさしかかると、リオが浮遊城の上から城塞都市ガンドロワで放った特大の気象魔法を発動する。荒れ狂う雨と雷、それに大粒の雹により戦わずして兵士達の心を折っていく。
巨大な雷雲と強風と大雨にさらされる城。それにより城主は、ことごとく白旗を振ってくる。そこを魔王国軍第3軍と地方領主達の連合軍が通過していく。
そしていくつもの山を越えた時、浮遊城の前に魔王城が姿を現した。
魔王城は、山の中腹に佇む。山の麓に街が広がるもののその規模は、さほど大きくはなく城塞都市ラプラスと同程度である。
魔王城が立つ山の正面には、広大な森林と草原がパズルの様に入り組んで広がっていた。
この草原と森林の先には、川が流れておりそこが王国連合との国境となっている。
本来は、この国境となっている川の遥か先まで魔王国の国土であったが、数百年の時を経てもなお続く戦いにより魔王国の国土は徐々に削られ、今では目の前に広がる広大な土地の殆どを王国連合に奪われていた。
魔王は、王国連合に稀に現れる強力な魔術師や、異世界から召喚された歴代の勇者により魔王としての能力の殆どを封じられていた。魔王という名前は、今や有名無実と化していた。
王国連合としてももう一押しで魔王を倒し魔王城を陥落させ、魔王国を滅亡の淵へと追いやる事ができると意気込んでいた。だがそこからが長い戦いの始まりであった。魔王城の目前で戦いは停滞し数百年の時が流れていた。
その後、異世界から召喚された勇者達も思う様な活躍を見せる事はなく、魔王を倒すには至らなかった。
王国連合も長い戦いに各国の国内事情は疲弊し、思う様に戦争を継続できなくなり長い長い停滞の時期が訪れた。
戦場となった地には、草や木々が生え今ではここが戦場であった事さえうかがい知ることもできない。
一見平和を取り戻した魔王国と王国連合に見えたが小競り合いは絶えなかった。毎年、数百人程度の犠牲者を出す戦いは散発的に続いていた。
だが、歴代の魔王城を守る魔術師達の貢献により魔王城とその領土は、辛うじて守られてきた。
その魔王城を守る魔術師として他の追従を許さない魔力を誇っているのがルルの母親である。
3つの浮遊城が山間部を抜けて魔王城が立つ山へと近づいた時、ルル達の乗る浮遊城が急に減速を始めた。
「皆さん止まってください。魔王城が建つ山全体に巨大な防壁が展開されています。このまま進むと浮遊城が防壁と衝突します」
浮遊城の制御室にリオの声が響き渡る。妖精達が浮遊城の制御室に取り付けた硝子の板には、
各浮遊城の制御室内の絵が映し出され、お互いの声も聞こえる様になっていた。
妖精達は、それがどういった仕組みなのかを事細かく説明してくれたのだが、カル達にはさっぱりであった。
「妖精さん達のやる事だから僕達の知らない事が沢山あるんだよ」
カルの呑気な言葉に皆納得し、原理も分からずそれを使い重宝していた。元々どの浮遊城にも相当数の妖精達が住み着いていて、妖精達が浮遊城の制御室に置いた何か?を操っているのでカル達も浮遊城を動かす事について特に困った事はない。
しかもただ浮遊城を動かすだけなら、動かしたい方向や高さを想像し魔石に魔力を送るだけで浮遊城は思い通りに動くため、妖精達に頼る必要はないのだ。
リオの指示の元、魔王城が建つ山の麓に着陸した3つの浮遊城。その前には、ルルの母親である
ミアが立っていた。
ミアの手には、身長を超える程の大きな杖が握られている。その杖には大小いくつもの魔石が埋め込まれ、全ての属性の魔法を操る事ができる。
「よく来たわね、わが娘よ。この日を待っていました」
不敵な笑顔を浮かべたミアがたったひとりで3つの浮遊城を出迎えた。
「しかし、よくもこの様なものを作りましたね。しかも3つも作るとなると相当の魔力が必要だったでしょうに」
「4つです。もうひとつは、父上にお譲りしました」
ルルのその言葉にミアの眉毛がぴくんと跳ね上がる。
「ほう、それで私にも作ってくれるのでしょう」
「母上も父上と同じで浮遊城が欲しいのですか」
「私も若い時に何度も挑戦しました。ですが消費される魔力が多すぎて断念しました」
「さすが母上です。ですがこれを作ったのはリオです。もし浮遊城が欲しければ、私に勝ってください。そうすればリオにお願いしてみます」
数年ぶりに合ったはずの親子ではあったが、その親子がする会話とは思えない話がしばしの間続いた。
「貴方達がここに来た理由ですが、魔王城が欲しいのではないのですか。魔王様を亡き者にし、魔王城の新しい主となってこの魔王国の新しい魔王になるのが目的なのでしょう」
ルルは”はて?”といった表情を浮かべ首を傾げる仕草を見せた。さらにその場にいるリオやレオ、さらにカルやメリル、ライラと円陣を組みなにやら相談を始めた。
「今のルル様の母上様の言葉ですが、恐らく宰相がそう教えたんだと思います。きっとそれを鵜呑みにしていらっしゃるのかと」
リオがミアの言葉から推測した事を円陣を組む皆に伝える。
「そうだな。私の足にしがみついている子供が魔王様だと言っても信じるとは思えないが、一応言ってみるか。ただ、母上は頑固なので信じてはもらえんだろうな」
ルルの言葉に頷く一同、そしてルル達は、円陣を解くとミアと向き合う。
「母上。一応言っておきます。魔王様は死んでなどおりません。私の足に抱きついている子供が魔王様です」
ルルの言葉にミアの眉毛がまたぴくんと跳ねあがる。
「ははは。面白い冗談ですね。私ですら時間時魔法など使えないというのに、お前達は、時間魔法すら操れるというのですか」
「いえ、時間魔法を操れるのは、精霊神様です」
ルルの言葉にミアの眉毛がまたまたぴくんと跳ねあがる。
「ほう、ルルの仲間には、精霊神様までいるのですか。それは見てみたいですね。いったい誰がその精霊神なのですか」
ミアは、リオとレオの事は、生まれた時から知っている。ならばと初見のカルとメリルとライラの顔を凝視する。
「私は、魔人メデューサです。以後、お見知りおきを」
メリルは、深々とかぶる帽子を取ると頭の髪の毛を無数の蛇へと変化させ目を赤く光らせる。その行動に思わず石化防御の魔法を発動するミア。
「私は、精霊治癒魔法を操るライラと申します。人族とエルフのハーフです。でも耳は長くないですよ」
ライラは、そう言うと髪の毛で隠れた耳を出して見せた。
ミアはその時、一瞬だが冷や汗を流しそうになった。なぜなら精霊魔法についてミアは無知であった。この世界で精霊魔法を操れる者など聞いた事がない。魔導書には遥か昔に途絶えた魔術だと書かれているくらいだ。
「ほう、ではそこにいる少年が精霊神様ですか」
「ぼっ、僕ですか。僕は、カルと言います。城塞都市ラプラスの領主をやっています。僕は、精霊神ではないですが、こんな魔人達を従えています」
カルは、背中に背負っていた大盾を構えると大楯を数回ノックして見せる。すると盾の表面に大きな口が現れるとその口から赤く長い舌が伸びていく。
その異様な光景をまじかで見たミアの眉毛は、面白い様に上下に動きっぱなしである。
「分かりました。私の娘のお仲間には、愉快な仲間達で溢れているのですね。その者達と結託して魔王様を亡き者にしたという訳ですか」
「母上、先程も言ったはずです。私の足に抱きついている子供が魔王様だと。この子供の顔を見れば、何となく魔王様を幼くした感じに見えませんか」
「はあ?魔王様は、数百年も生きていらっしゃったのです。子供の時の魔王様の顔など知りません」
母親のミアの融通の利かない言葉に思わず項垂れるルル。
ルルの母親の性格を子供の頃から知っているリオとレオも、話をする前からこうなる事を知っていた。だから思わずリオとレオは、ルルの肩をポンポンと叩いて慰めていた。
「母上は、宰相に騙されているのです。宰相は、魔王様を精神干渉魔法で操りこの国を自身の思うがままに乗っとるつもりなのです」
「そんな事は、最初から知っています。ですが私にあの様な精神干渉魔法など効きません。それでも私は、魔王様を守り魔王城を守るのが使命なのです」
「ですから、その魔王様は私の足に抱きついている子供・・・」
「もうよいです。その様な世迷言など聞きたくありません。私は、その様な嘘を付く子に育てた覚えはありません」
自身の母親であるミアの言葉に一瞬にして表情が強張るルル。
「母上。母上は、私を産んだ後、直に魔王様と魔王城の防衛にまい進しておられたと伺っています。一切の子育などしていない事くらい知っています。私は、乳母と執事とメイド達に育てられたのです。母上より父上の方が遥かに子育てをしていました」
実際、ルルの父親であるガハは、何かと理由を付けては自身の領地に戻りルルとの時間を大切にして屋敷の庭でよく遊んでいた。
さらに小さい時からルルの槍術を教えたのも父親のガハであった。
「そうですか。私をそんな目で見ていたのですね。ならば仕方ありません。娘と母親という立場を捨て敵同士として戦いましょう」
ルルとルルの母親であるミアは、魔王城の前で長々と話を続けたが結局戦う事に変わりは無かった。
そして母と娘の戦いは、魔王と魔王城をかけた戦いというよりも親子喧嘩として始まった。
あー、ひっぱるなー。ひっぱりすぎだよー。もっと尺を短くしようよ。