151話.魔王(2)
新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
投降を初めて1年が経ちました。準備期間を入れると1.5年になります。
体は、相変わらずボロボロです。それでもあと少し、あと少しと思いながら書いておりますので、もう少しだけお付き合いくださいませ。
魔王は、何もない広い草原に立っていた。体をぐるぐる巻きにされて引きちぎってもすぐに再生する蔦は、どこにも見当たらない。
草原は、濃い霧に覆われていて視界が思わしくなく、ほんの先までしか見渡せない。
魔王は、魔力により周囲を探索してみるも何かに邪魔されているらしく探知が思う様にできない。
そんな時、ふいに風が吹き目の前の濃い霧がわずかだが晴れていく。
そこには、ピンクの何かの作業服の様なものを着た髪の長い少女が立っていた。手には、硝子で出来た様な大きな筒を持ち、先端には鋭い金属製の針の様なものが付いている。
あの少女が持っているものは、何かの武器なのか。
目の前に立つ少女を警戒しつつ周囲の警戒も怠らない。だが、魔力による探索ができない以上、目と耳と鼻から得られる情報のみが魔王が得られる情報の全てであった。
ふいに魔王の目の前に立つ少女が口を開いた。
「ようこそ魔王なの。私は、精霊ホワイトローズなの。ここは、私のダンジョンで私の世界なの」
澄んだ美しい美声が濃い霧に覆われた草原に響き渡る。
「あなたと遊んでみたかったの。それがやっと実現できたの。とても嬉しいの」
ふいに少女の後方にも風が吹いた。さっきまで見る事のできなかった草原の風景が視線いっぱいに広がる。
そこには、無数の龍の姿があった。それも視線の広がる先から先まで。
「でも、あなたと遊ぶのは私ではないの。私の後ろにいるこの子達なの。カルの鞄の中にあった氷龍と風龍の鱗をちょろまかしたの。その龍の鱗の遺伝子から氷龍と風龍を作ったの。そして少しだけ遺伝子を操作して私の思う能力も加味したの」
魔王は、少女の言葉にいら立ちを覚えた。目の前には、数える事すらできない程の龍が存在する。これ程の数の龍を魔王ですら見た事はない。それを用意できる存在とはいったい何者なのか。
「ひとつだけ言っておくの。この世界は、私が創造した世界なの。私は、この世界の神に匹敵する力を持っているの。私が作った龍達。魔王と遊んでくるの」
少女の後ろに列を成している龍達がゆっくりと前進を開始する。向かう先は魔王ただひとり。
魔王は、身構える。そして両手にはいつでも放てる暗黒の炎塊。
それを目の前に列を成す龍達に向かって放とうとした瞬間、後ろからも何かの気配を察した魔王。慌てて後ろを振り返るとそこにも先ほどと同じ龍達が視界の遥か先にまで列を作っていた。
一斉に飛び立つ龍達。魔王は、最も龍達の密度の濃い部分へ暗黒の炎塊を次々と放っていく。
だが龍達の前まで飛んだ暗黒の炎塊は、ことごとく消えていく。
「その魔法は、龍達には効かないの。龍達には暗黒属性無効化の防壁を張れる様に能力を改造してあるの。やっぱりチートは面白いの」
魔王は、草原を走ると飛び回る龍達が放つブレスを避けながら暗黒の炎塊を次々と放っていく。だがいくら放っても龍達には全く効果がない。
必死に草原を走る魔王。
「いくら走っても無駄なの。この草原はメビウスの輪なの。どこに向かっても必ず同じ場所に戻ってくるの」
先程、魔王は少女前を横切ったはずであった。だがその少女が先程と同じ姿で目の前に現れた。
魔王は、その少女に向かって暗黒の炎塊を連続で放つ。暗黒の炎塊は、少女に向かって突き進んで・・・行くはずであった。ところが暗黒の炎塊は、少女の目の前で制止すると魔王に向かって飛び始めた。
魔王は、自らが放った暗黒の炎塊を暗黒の炎塊を再度放つ事で相殺して見せた。
その間も龍達のブレスは、容赦なく魔王に襲いかかる。避けきれない龍のブレスが魔王の体に次々と命中していく。
だが龍のブレスを受けた魔王の体にダメージは殆どない。それは、魔王の指にはめられた魔法具による防御力と回復能力の賜物であった。
「私の造った魔法具は、やっぱり優秀なの。鼻の魔人はとても良い仕事をしているの」
少女は、魔王が指にはめている指輪を見て満面の笑みを浮かべている。
「でも、それだとこの戦いが終わらないの。だからこの世界の創造主である精霊ホワイトローズが命ずるの。創造主特権命令発動なの」
少女は、ガラス製の筒を天高く掲げると次々と特権命令を発動していく。
「特権命令。創造主より鼻の魔人に命ずるの。機能を停止し我に従うの」
精霊ホワイトローズが発した言葉により、魔王の指にはめられた指輪が光り出すと指輪の金属が石の様な姿へと変わる。
そして魔王は、今までに感じた事のない痛みを全身に感じていく。それは、全て龍のブレスが命中した事による痛みであった。
精霊ホワイトローズの特権命令により防御力と回復能力を失った魔王は、龍達のブレス攻撃の直撃を受け徐々にダメージが蓄積されていく。
精霊ホワイトローズが構築したこのダンジョンは、次元の狭間に精霊ホワイトローズ自らが構築した異世界である。それは、神々が創造した世界の”ことわり”を受けない特別な世界であった。
ただ、神々が創造した世界との繋がりを持っているため、その世界の”ことわり”を全く受け入れないという訳にはいかなかった。
それでも精霊ホワイトローズは、この次元の狭間に存在する異世界では、神に匹敵する力を有していた。
そして精霊ホワイトローズは、この異世界の創造主として更なる特権命令を発動していく。
「このダンジョンが存在する異世界の創造主として命ずるの。ダンジョン内にいる魔王の物理攻撃力と魔法攻撃力を半分に低下させるの。対して龍の攻撃力と行動力を倍にするの」
さらに精霊ホワイトローズの特権命令は続く。
「この異世界の創造主として命ずるの。ダンジョン内にいる魔王の物理防御力と魔法防御力を半分に低下させるの。対して龍の防御力と行動力を倍にするの」
このダンジョンが存在する異世界の創造主たる精霊ホワイトローズは、魔王の能力ですら制御できた。それは、この異世界の創造主という特権を最大限に発揮しているためである。
精霊ホワイトローズの特権命令は、次々に発動され魔王の能力は徐々に奪われていき、対する龍の攻撃力は徐々に増していく。
魔王は、もてる魔力を振り絞りこの世界の”ことわり”を暗黒界の”ことわり”で上書きできる特殊魔法を放つ。それにより魔王の能力は元に戻り対する龍達の能力は低下するはずである。
”暗黒の断罪・・・”。
魔王は、そこで草原に膝を付いてしまう。なぜか体が震えて手足が動かない。
「魔王。もうお前に魔法が使える魔力は残っていないの。この世界の創造主たる精霊ホワイトローズがそんな魔法を使わせると思う方が間違ってるの」
魔王は、精霊ホワイトローズの声が微かに聞こえた様に思えた。だが、自由の利かない体と共に思考も徐々に薄らいでいく。
魔王は、他の世界では類を見ない程の力を発揮する。それが、この異世界では創造主たる精霊ホワイトローズの手によりあっけなく倒されてしまった。
「これからは、お楽しみの時間なの。魔王の血液を採取するの。わざわざそのために特大の注射器と看護師の服を用意したの。この服は、異世界の情報を見ていて見つけたの。ピンク色でミニスカートで腿のところまでのストッキングがすごく可愛いの」
精霊ホワイトローズは、いったい異世界のどんな情報を見て特大の注射器とピンクの看護師の服を用意したのか。
特大の注射器を魔王に突き刺すとゆっくりと血液を採取していく。注射器の中には、魔王の血液が大量に満たされていく。
やがて特大の注射器は、魔王の血液で満たされた。それを見つめて満面の笑みを浮かべる精霊ホワイトローズ。
大量の血液を採取された魔王の体は、やせほそりまるでミイラの様な姿になっていた。そして痩せ細った魔王の指から指輪を外すと魔王の体の上に投げ捨てる。
「この指輪は、カルに贈るの。これで魔人の武具が4つ揃うの。私の魔人が復活するの」
意味ありげな言葉を放つ精霊ホワイトローズ。そして目の前から魔王は、徐々に姿を消していった。
”ペッ、ベチャ”。
何の前触れもなくカルが持つ大盾に住む盾の魔人の大きな口から魔王を吐き出された。
見れば魔王の体は、ミイラの様に干からびて見る影もない。それでも少しばかり手足を動かしているので生きているのが分かる。
「うわー、精霊ホワイトローズさん。ダンジョンの中でいったい何をやったんだろう」
「あれだけ攻撃を受けても殆ど傷すら負わなかった魔王がまるで干物のようです」
「まさか精霊ホワイトローズさんて魔王よりも強いって事ですか」
干からびた魔王の周りに集まったカルやリオがそんな言葉を投げかける。
「じゃが、魔王は魔王じゃでな。まもなく元の姿に復活する。その前にあの宰相とやらの呪いを解く必要があるでな」
「宰相にかけられた呪いを解く?」
「そうじゃ。魔王を操り人形にできる精神干渉魔法じゃな。じゃが、魔王に普通の魔法は効かん。いったいどんな魔法を使えば魔王に精神干渉などという呪いをかけられるんかいの」
「でも、その呪い?魔法?を解く方法っていったいどんな方法なの?」
「そうじゃな。魔王が宰相にかけられた魔法は、100年の歳月を経なければ解呪できん。じゃが時を操作する魔法を操れる者はそうおらんでな」
老人の話を聞くカルは、ふと何かを忘れている様な気がした。時を操る事のできる者?実は、カルのすぐそばに時を操れる者がひとり?だけ存在した。
「その願い、この精霊神お猫サマが聞き入れるにゃ」
誰かがそう叫ぶと同時に妖精達が乗って来た浮遊城から勢いよく飛び降りる者がいた。
「精霊神お猫サマにゃ。誰かが呼んだらかっこよく参上するにゃ。誰かが呼ばなくても勝手に参上するにゃ」
何だか訳の分からない決めセリフを吐きながら決めポーズを決める精霊神お猫サマ。
「話は聞いたにゃ。時を100年進るか戻すかするかでよいにゃ」
「おおっ。小僧の仲間には、精霊神までおったか。お主を小僧などと呼んではいかんな」
「時を進めると自命を縮める事になるにゃ。ならば若返らせるにゃ」
お猫サマは、身動きのできない干からびた魔王の前で決めポーズをとると、お猫サマの陰から総勢100人のお猫サマダンサーズが姿を現した。
突然、どこからともなく軽快なお音楽が鳴り出すとその音楽に合わせて100人の獣人が一斉に踊り出す。
音楽がある節目を迎えて一瞬だけ止まる。すると別の音楽が響き渡り更なる盛り上がりを見せ、お猫サマがが歌い始める。
~~~ Music ~~~
ハッピーキャットお猫サマ。
ラッキーキャットお猫サマ。
夢見るにゃんこ。
今日もやらかす夢を見る。
夢見るにゃんこ。
明日もやらかす夢を見る。
夢見るにゃんこ。夢ごごち。
にゃ。
ミラクルキャットお猫サマ。
ラブリーキャットお猫サマ。
夢見るにゃんこ。
皆を救う夢を見る。
夢見るにゃんこ。
世界を救う夢を見る。
夢見るにゃんこ。夢ごごち。
にゃ。
爪研いでやる!
~~~ Music ~~~
満面の笑みを浮かべるお猫サマ。
「次いくにゃ~~~」
お猫サマのステージは、2曲目に突入する。
そんなお猫サマのステージから少し離れた場所に立つカルに近づく者がいた。
「小僧、いや人族の少年よ。少しばかり老人の話につき合ってくれんかの」
カルの隣りにやって来た老人は、カルにそう話しかける。カルも黙って頷き老人の話に耳を傾ける。
「わしは、先々代の魔王なのだが死んで一度は魔界に戻ったのだ。じゃが孫の事が気になっての、ずっと孫のそばにいて見守っておったのだ。そしたらあの宰相とかいうやつが現れてな、孫に変な精神干渉魔法をかけおった。その時、わしは荷もできんかった」
カルは、老人の話を黙って聞き続ける。
「孫の精神体からは、精神干渉魔法と戦う声が聞こえてくるのじゃが、わしにはどうるす事もでんでな。そんな時、お前さんのお仲間のルルという娘がホムンクルスを作ったのだ。そのホムンクルスは、わしの精神体を具現化するのに丁度良い波長を放っておってな。そのホムンクルスの中で時を待っておったのだ」
老人の話を聞きながら黙ってうなずくカル。
「死んだ魔王でも孫は可愛いのもんでな。こうやってまたこの世界に舞い戻って来てしもうた」
生きる世界が違っても人種が違ってもその者を思う気持ちに変わりはないと、この老人の話を聞いて思い知らされるカルであった。
カルが老人の話に聞き入っている頃、お猫サマのステージが終わり干からびた魔法の体に変化が現れた。
魔王の体は、徐々に小さくなっていき人族で5歳程度の子供の姿へと変貌を遂げていた。
「あっ、やりすぎたにゃ。もう少し年齢を戻したら魔王は消滅したにゃ。危なかったにゃ」
とんでもない事を言い放ちながら額の汗をぬぐう精霊神お猫サマ。
「おおっ、精神干渉魔法が解呪されておる。さすが精霊神様だ」
「褒めるにゃ。もっと褒めるにゃ。いっぱい褒めるにゃ。褒めれば褒める程、精霊神お猫サマの格が上るにゃ」
お猫サマは、老人の誉め言葉に胸を張り過ぎて頭が地面に付きそうになるくらいのけ反った体勢で高笑いを続けていた。
そんなお猫サマの横では、子供の姿に戻った魔王がきょとんとした顔をして地面に座り込んでいた。
子供となった魔王を抱き上げるルル。
「魔王が子供に戻ったのか。もう一度魔王としての道を歩む必要があるということか」
ルルが何を言っているか理解できない子供となった魔王は、ルルの顔を見つめる。
魔王を抱き上げたルルの周りには、リオ、レオ、メリル、ライラ、それと老人が集まる。
「よいか。子供の時は、こんなに可愛いおちんちんなのだが、これが成人を迎えると女を泣かす武器になるのだ。みんなよーく見ておくんだぞ」
ルルが突然、そんなとんでもないない事を言い放った。
「きゃー、可愛いおちんちん」
「大人になったらこれで女を泣かすなんて信じられません」
「お前達もそのうち誰かの子供を宿すのだ。その時、この凶暴な武器がお前達を泣かすんだ」
「これ、小さい子供のおちんちんを若い女子がつまむでない。こら、皮をむこうとするでない。まだ時期が早いわい」
ルル達は、子供となった魔王のおちんちんの話でやたらと盛り上がっていた。対して子供となった魔王というか魔王の小さなおちんちんを必死に守ろうとする老人。
せっかく魔王にかけられた精神干渉魔法の呪いを解いたというのに、いったい何の会話で盛り上がっているのかと、思わず顔を赤らめるカルであった。
”ジャリ”。
その時、カルの足元で何かを踏んだ様な音がした。カルが足元を見てみると小さな指輪が地面にころがっている。
「剣爺、剣爺。これってまさか魔人の指輪?」
「そうじゃな。カルが持つ盾の魔人、書の魔人。鎚の魔人、そして指輪の魔人じゃ」
カルの肩に小人の老人となって姿を現した剣爺。
「カルよ。それを手にしたらもう後には引けんのじゃ」
「でも僕が引き取らないと誰かが使うんだよね」
「そうじゃな」
「なら覚悟を決めるよ」
カルは、地面に落ちている指輪を手にした。すると指輪の上に小さな小人が現れるとカルに向かってこう言い放った。
「次のわが指輪を持つ者よ。わしを楽しませるがよい。わっはっは・・・」
”ゴツン”。
とても重い衝撃音と共に指輪の上に現れた小人の頭の上には、分厚い魔導書の角が落ちていた。
「痛いではないか。誰じゃわしの頭の上に魔導書の角をぶつける輩は!」
「何かっこ付けてんのよ。魔王なんかに媚びを売るから、私達が集まるのが遅くなったじゃないの」
それは、カルの大盾に住む書の魔人であった。書の魔人は、小さな魔法使いの姿をしていてカルの大盾上に書棚を作りそこに住んでいるのだ。
「よいではないか。我らの出番はそう多くはない。こういう時くらい出番をよこせ!」
「あんた本当に面倒くさいわね」
”マジンドウシデケンカスルナヨー”。
「我ら4つの魔人が揃ったのだ。喧嘩なんぞせずに宴でも開こうではないか。そうじゃカルよ、酒を出してくれ。おぬし美味い酒をいっぱい持っておったな。祝いだ祝いの宴だ」
盾の魔人、書の魔人。鎚の魔人、指輪の魔人がカルの元に揃った。だが、その魔人達は、自分勝手に振舞ってばかりでまとまりが全くない。
こんな魔人達が本当に世界を滅ぼすとかそんな力を持つ魔人なのかと疑問を持つカルであった。
このお話。本当に終わるのかなあ。不安になってきました。