150話.魔王(1)
妖精の国を攻撃した魔王。さらに妖精の国の3万の軍勢が迫ります。
カル達は、浮遊城で国境の砦を飛び立つと妖精の国へと向かう。
妖精の国への到着までは、約1時間程である。速度を速めればすぐにでも到着できるのだが、あまり速く飛び過ぎると妖精の国を通り越してしまい返って時間を浪費する危険があった。
妖精達は、浮遊城の制御室の窓に集まり外の景色を眺めている。それは、やっと作った自分達の国がどうなったのか不安に思っているからだとカルは考えていた。
だが、妖精達の思いは違っていた。妖精達の羽では浮遊城の様に速く飛べないのだ。だから目の前を速く流れていく景色が面白くて見ていただけであった。
それを知らないカルは、妖精達はきっと不安に苛まれているだろうと目を潤ませていた。
カル達の乗った浮遊城が妖精の国の上空にさしかかった時には、既に魔王の姿はなかった。妖精の国の城は、破壊され跡形もなく・・・跡形が全くないのだ。なぜか破壊されたはずの城の瓦礫すら存在しない。
何か違和感を感じたカルは、妖精達に問いかける。
「魔王は、本当に妖精の国に来たんだよね」
”僕達の城に魔法を放って城を破壊したんだよ”。
「でも、城の瓦礫が全くないのなぜ?」
カルの問いかけにそっぽを向いて口笛を吹く妖精達。
だが、妖精の国の城壁や城壁内には、いたる所に攻撃を受けた様な穴や黒焦げになった木々が立ち並んでいた。
しかも魔王国の捕虜達は、我先にと城壁の外へと逃げ出している。
「捕虜の皆さん逃げてますね」
”いいの。だってただ飯食らいでお金がかかるからわざと逃がした”。
魔王が攻めて来たとはいえ、カルは今までに捕虜達の住む場所や食料の供給にかなりの資金を投じていた。それも全て水の泡である。
捕虜達が逃げる先には、リオの魔法で作った城壁のダンジョンが待ち構えている。だが、捕虜達が城壁のダンジョンに入ると城壁は壁を取り払い捕虜達が逃げやすい道を築いていく。
この城壁のダンジョンは、逃げる者には逃げ道を作ってくれる安心設計である。ただし、妖精の国へ敵意を持って進もうとする者には、容赦なく襲ってくるのだ。
魔王国から派遣された3万の兵は、妖精の国へと進軍していた。そして妖精の国の前に立ちはだかる城壁のダンジョンへと突入し迷子になっていた。
3万の軍勢は、徐々に分断され方角を見失い何処へ向かって進んでいるかさえも分からなくなっていた。
最初、進路を塞ぐ城壁を破壊すべく魔王が城壁に向かって何度も攻撃魔法を放った。確かにそれにより城壁は、次々と破壊された。ところが城壁は、壊れたそばからすぐに復活してしまう。
何度破壊しても何度でも復活する城壁。さすがに面倒になった魔王は、後続の魔王国軍の進軍を諦めて城塞都市ラプラスへと向かってしまった。
そして取り残された魔王国軍3万の将兵達は、城壁のダンジョンで迷子となっていた。いつまでて迷子を続けるつもりなのか。毎度毎度何も学ばない魔王国軍である。
カル達の浮遊城は、妖精の国を後にすると城塞都市ラプラスへと向かう。遥か彼方では、空の上で誰かが戦っているのか眩い閃光が見えていた。
その閃光に近づくカル達の浮遊城。
カル達の前の前で繰り広げられていた閃光の正体は、魔王と戦う裁定の木とその精霊であった。
だが、カル達の浮遊城が魔王と裁定の木の精霊との戦いの場の近づいた時には、その戦いに終止符が打たれていた。
裁定の木が火だるまとなり空から地上へと落下していく様をカル達は目撃する。
「あっ、裁定の木さんやられちゃったみたい」
カルのその言葉が全てを物語っていた。炎に包まれた裁定の木は、茫漠の地に落下すると盛大に火の粉をまき散らし炎と煙を吹き出していた。
裁定の木は、どうあがいても手遅れである事が誰の目にも明らかである。その光景を横目に見ながらカル達の乗る浮遊城は、魔王の後を追う。
魔王は、城塞都市ラプラスと精霊の森の上空に到達すると、城塞都市と森に向かって暗黒の炎塊を放つ。
だがその暗黒の炎塊は、城塞都市と森に到達する前に消滅してしまう。魔王は、何度も暗黒の炎塊を放つがその度に暗黒の炎塊は消滅する。
魔王は、城塞都市と森の上を目を凝らして見つめる。そこには、植物の蔦が無数に網の目の様に張り巡らされていた。
そう、城塞都市ラプラスと精霊の森の上空には、妖精達が作った魔法蔦により魔法防壁が張りめぐらされていた。
さらに魔王が暗黒の炎塊を放つ度に、妖精達が幾重にも絡めた極太の魔法蔦を出現させると魔王の放つ魔法を魔法蔦で受けて被害を最小に食い止めていたのだ。
それを知った魔王は、城塞都市の周辺に広がる村々に向かって暗黒の炎塊を放とうとする。
その時、魔王に向かって氷のブレスと風のブレスが放たれる。魔王の前には、氷龍と風龍の2体の龍が姿を見せる。
「我らの酒を燃やそうとする輩は許さん」
「そうだ。あの酒は、全て我らのものだ」
少し論点がズレているが氷龍と風龍は、城塞都市ラプラスを守るべくやって来たのだ。まあ、飲み過ぎて顔が赤いのはご愛敬である。
氷龍と風龍は、城塞都市ラプラスとその周辺に広がる精霊の森に何かあった場合、それらを守るとカルと約束をしていた。
毎日の様にただ酒をたらふく飲んでいた2体の龍。さすがに働かずに毎日の様に酒を飲む事に引け目を感じていた矢先、魔王の襲来に目を輝かせて戦いに挑んだ2体の龍であった。
魔王は、空を縦横無尽に飛び回り暗黒の炎塊を龍達に放っていく。
だが氷龍も風龍も空の戦いには魔王以上に長けている。魔王が放つ暗黒の炎塊を紙一重の距離で避けて行く。
魔王が放つ暗黒の炎塊を避けると同時に氷龍と風龍がタイミングを計って共にブレスを放つ。
氷龍が放つブレスを魔王が避けると風龍の放つブレスが魔王に命中し、風龍のブレスを避けると氷龍のブレスが魔王に命中する。
だが、魔法防壁も物理防壁も張っていない魔王は、氷龍と風龍のブレスの直撃を受けても殆どダメージを受けていない。
「我らの攻撃が殆ど通じないとは何事だ」
「何か特別な魔法具でも持っておるのか」
氷龍と風龍のブレスが殆ど効かない魔王に対して2体の龍は、いら立ちを覚えていた。だがそれは魔王も同じである。いくら暗黒の炎塊を放っても龍達は、あざ笑うかの様に避けて当たらないのだ。
双方のいら立ちが募る戦いがつづいていく。
その戦いを浮遊城の制御室の窓から眺めるカル達。
「氷龍さんと風龍さんのブレスが効かないみたいだけど魔王は、魔法か何かで防御しているの?」
「いえ、魔法防壁や物理防壁の魔法を使っている様に見えません。恐らくですが魔王様は、魔法攻撃と物理攻撃をほぼ無効化できる魔法具を装備している様に見えます」
カルの質問に横に立つリオが答える。
「へえ、それってリオさんの様な魔術師だと魔法か何かで分かるの?」
「いえ、魔法障壁や物理障壁を使うと特有の透明な壁の様なものが生成されます。ですがこの戦いでは、それが全く見えないんです」
「魔法障壁と物理障壁か。僕も使えたらいいのにな」
「カル様の大盾は、魔法攻撃も物理攻撃も殆ど効きませんよね。ある意味、既にお持ちになっている様なものです。それにその大盾には、いくつもの魔人が住んでおいでです」
「そうなの。あの魔王は、魔法防御と物理防御に長けた魔法具を装備しているの」
カルの横に突然と精霊ホワイトローズが姿を現した。
「あっ、お久しぶりです。やはり魔王も魔法具を持っていたんですね」
「そうなの。それは、私が作った鼻の魔人なの」
「鼻の魔人?」
「そうなの。鼻の魔人は指輪なの。ほぼ全ての魔法攻撃と物理攻撃を無効化できるの。でも、今は指輪の能力の半分も使っていないの。魔王にかけられた呪いが指輪の能力を妨害しているの」
「そう言えば、ルルのお父さんも魔王は宰相に操られているって言っていたけどそれが呪いなのかな」
「そうなの。鼻の魔人は、私が作ったの。だから私のダンジョンの中であれば鼻の魔人を止める事が出来るの」
「本当ですか!」
カルに向かってコクっと頷く精霊ホワイトローズ。
「・・・あの。カル様。カル様はどなたとお話をされているのでしょうか」
カルの横に並んでいるリオは、誰もいない場所に向かって誰かと会話をするカルの行動を不思議に感じていた。
「あっ。僕の横には、この大盾のダンジョンを管理運営する精霊ホワイトローズさんが立っているんだけど、リオさんには見えませんか」
「はい。全く・・・」
「そっか。魔王は、精霊ホワイトローズさんが作った魔人の魔法具を装備してるから、攻撃が殆ど効かないんだって。それで僕の大盾の中だったら魔法具を無効化できるって言ってる」
「本当ですか。ならばそれを戦っている龍達に知らせないと」
カルとリオの会話は、周りにいる妖精達にも聞こえていた。妖精達は、浮遊城の制御室に置いてあるいくつもの小さな扉を開けるとその中に入り何処かへ姿を消していく。
しばらくすると扉から戻って来た妖精達がカルにメモ書きを見せる。
”その件は、龍達には伝えた。それにルルさんも浮遊城で向ってるって。それと僕達の浮遊城が魔王の動きを封じるから”。
実は、妖精達と龍達は念話が出来た。だが距離が離れると念話による会話が届かないため、魔王と龍達が戦っている茫漠の地に複数の妖精達が待機していて念話の中継を行っていた。
妖精達は、流れ玉で飛んでくる氷龍のブレスと風龍のブレス、さらに魔王が放つ暗黒の炎塊を必死に避けつつ念話の中継を行っているのだ。ある意味誰よりも命がけである。
妖精達の念話により氷龍と風龍が魔王に放つブレスの数を増やして魔王を足止めする。
そこに妖精達の浮遊城が現れると複数の光の塊が放たれた。それは、全て魔王に命中し魔王を雷撃を浴びせた時の様にプラズマが魔王の体を覆っていく。
プラズマの光で覆われた魔王は、身動きできずに空中に停止したままだ。妖精達の乗る浮遊城は、さらに魔王に近づいて行く。その間も魔王の向かって光の塊を何度も放つ妖精達の浮遊城。
すると浮遊城は中央からふたつに分裂し魔王を挟む様に進んでいき魔王を飲み込んでしまう。
「えっ、妖精さん達も浮遊城を持っているの」
カルの問いかけに対してメモ書きを見せる妖精。
”茫漠の地に捨てられた浮遊城だけど、黒龍の家になってたから僕達で修理した。さっきの光の塊は、精霊界に捨ててあった星へ渡る舟から獲って来たイオン砲だよ”。
「い・お・ん・ほ・う?」
妖精のメモ書きを見て何の事やらちんぷんかんぷんのカル。
”説明は、後でするよ。それよりイオン砲で魔王の動きが止まったからくろちゃんの出番だよ”。
「くろちゃん?」
「黒龍のくろちゃん。僕達妖精は、黒龍の事をくろちゃんて呼んでる」
「へえ、くろちゃんか」
なんだか和む雰囲気の会話をするカルと妖精達。だが妖精達の浮遊城では、黒龍が魔王から魔力を奪い続けていた。
ふたつに分裂した浮遊城は、魔王を挟むと身動きが取れない状態でプラズマ攻撃を継続しつつ、黒龍による魔力吸収を行っている。
もがく魔王により上下左右に大きく揺れる浮遊城。妖精達は、魔王の動きを封じるために浮遊城を制御するだけで精一杯である。
浮遊城は、魔王を挟んだ状態で徐々に地上へと降下していく。そこに待ち受けていたのは、数千もの妖精達。
城塞都市や精霊の森に住んでいる妖精達は、魔王の動きを封じるために集まっていた。
そこにカルの浮遊城とルル達が乗る浮遊城も到着する。
「カル。状況は、妖精達から聞いている。こちらもある方の協力が得られそうだ」
ルルがそう話す傍らには、ルルの従魔である体長3もの鵂が降り立ち、その鵂の胸の羽の中からひとりの老人が姿を現した。
「すまんの。年寄りのわがままにつき合わせてしもうて」
「いえ、とんでもありません。我らであればいつでも先々代様のお力になります」
鵂の胸の羽の中から姿を現した老人に対して膝を付き頭を垂れるルルとレオ。その姿を見てはっとしてリオまでも地面に膝を付き頭を下げていく。
「みっ、皆さんどうされたんですか」
状況が飲み込めず片膝を折るリオに質問を投げかけるカル。
「あのお方は、先々代の魔王様です」
「えっ、えーーーーー」
思わず大声を上げるカル。そんなカルに目もくれずにルル達と会話を続ける老人。
「ほんじゃ孫が身動きできんようになったらわしが封印魔法で一瞬だけ動きを封じるでな、後は皆さんでよしなに頼む」
「ははっ、全力で務めさせていただきます」
驚くカルをほっぽり投げたまま、先々代と呼ばれる老人とルル達の会話は、どんどん進んで行く。
浮遊城に挟まれプラズマ攻撃を浴び、しかも黒龍による魔力吸収により身動きできない魔王。
そして浮遊城のプラズマ攻撃が止んだ瞬間。今度は、数千の妖精達が手から一斉に魔法蔦を放つと魔王の体をがんじがらめにしていく。
まるで団子の様に妖精達の魔法蔦で丸くなっていく魔王。手足をばたつかせ魔法蔦を引きちぎっていく。だが数千もの妖精達が放つ魔法蔦は、強力で切っても切っても復元していく。
徐々に魔法蔦の中に埋もれていく魔王。
「どれ、そろそろ頃合いかの」
先々代と呼ばれた老人は、魔法蔦でくるぐる巻きにされ頭だけを出している魔王の元へ歩み出ると、魔王の額に手をあてて何かの魔法詠唱を始める。
「魔王封印の外法」
そんな老人の言葉がカルの耳に届く。すると魔王は、先程とは打って変わり大暴れる事もなく静かになる。
「さて、魔王の力を封印する魔法もそんなに長くは持たん。ほれ、そこの大盾を持つ小僧。おぬしの大盾のダンジョンとやらにわしの孫を早く入れんか」
老人の言葉にはっとなり魔法蔦でがんじがらめになり身動きできない魔王の前までやって来たカルは、コンコンと大盾をノックすると盾の魔人を呼び出し、魔法蔦ごと魔王を飲み込む様に魔人に願いをする。
”シカタナイナー。デモスゴクマズソウ”。
盾の魔人は、そんな言葉を発しながら大口を開けて魔法蔦ごと魔王を飲み込んでいく。
”ゴックン。マズーイ。スゴクマズイ。ホントウニマズイ。マホウツタガアオクサイ”。
盾の魔人は、いやいやながらも魔王を魔法蔦ごと飲み込んだ。
さて、ここからは、ダンジョン主である精霊ホワイトローズの出番である。ホワイトローズは、どんな手を打ってくるのか。
そしてダンジョンの中では、巨大な注射器を持ち看護師のコスプレをした精霊ホワイトローズが待ち構えていた。
コスプレをしてまで待ち構える精霊ホワイトローズもかなりノリノリである。
次回、看護師のコスプレをした精霊ホワイトローズが魔王と戦い?ます。本当かなあ。