145話.鉱山都市デルタ(2)
デルタ鉱山で金を掘り始めたカル達。
「命を助けてくれて感謝以外の言葉が見つからない」
ゴールドスノーのリーダーであるニールがテーブルに頭を擦り付けている。同じテーブルに座るベリーとサンドラもリーダーのニールと同様だ。
話を聞くと何週間も仕事がなく数日間何も食べていないという。そんな体力の落ちた彼らを他のパーティは、下働きにすら雇ってはくれないという。
「えーと、歩けるかな。早速だけど887鉱区を借りたんで金の採掘に行こうと思うんだけど」
カルの発した言葉に顔色が青ざめていくゴールドスノーの面々。
「今、何と言った。887鉱区と言わなかったか?」
「うん。887鉱区を99年間の永久使用権を買ったんだ。だから金が取り放題だよ」
ゴールドスノーのリーダーの面々は、お互いの顔を見合うとガックリと項垂れながらこう言い出した。
「悪い事は言わん。887鉱区は止めておいた方がいい」
「受付のドワーフのおじさんにもそんな事を言われた」
「あそこは、鉱区の半分以上が水没しているんだ。しかも・・・サンドワームが出る危険地帯だ」
「サンドワームですか」
「だから受付に行って別の鉱区を借りた方がいい。それに800番以降の鉱区は殆ど何も出ないんだ」
ニールは、何も知らないカルを諭す様に優しく言い聞かせる。
「大丈夫ですよ。サンドワームなら何体も倒した事あります。それに僕の鉱山でミスリルを何度も採掘していますから」
カルは、ニールの話に耳を貸さない。それは、自身のミスリル鉱山で何度もミスリルを採掘し精錬して来たという自負があるからだ。
「僕は、鉱山ギルドでゴールドスノーと1年間の契約を結びました。もし僕との契約に不満があるなら違約金を払ってもらう事になります」
カルのその言葉に思わず座る椅子から転げ落ちるゴールドスノーの面々。
「まてまて。俺達は、Fランクのパーティだぞ。自分で言うのも何だけど経験が乏しすぎて鉱石の採掘も精錬も殆ど下働きレベルだぞ」
「はい。それも聞いています。ゴールドスノーの方々には、鉱区への案内とかこの鉱山のお作法を教えてもらおうと考えています」
「つまりあれか。俺達に採掘とか精錬とかを期待していないと・・・」
カルは、腰にぶら下げた鞄から3枚の書類を取り出すと、それをゴールドスノーの面々の前へと置いた。
「これは、僕との契約書です。ここに名前を書いてください。書いてある事の殆どは守秘義務についてです」
目の前に置かれた書類を読んでいくゴールドスノーの面々。書類に書かれた内容としてはよくある守秘義務について書かれていた。そして最後に書かれた雇用主の記載のところで目が止まる。
「あの・・・雇用主に城塞都市ラプラス領主と書いてあるが・・・」
「うん。僕が城塞都市ラプラスの領主。名前はカル」
ゴールドスノーの面々は、お互いの顔を見合いながら書類に書かれた内容の真意を探ろうとする。
「えーと、これは本当ですか。いきなり城塞都市の領主だと言われても信じられない」
「あっ、そうですよね」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中からあるメダルを取り出す。それは、魔王国が発行した金貨で魔王国の貴族しか持つ事を許されない貴族の証明となる物である。
「このメダルの事は知ってるかな。魔王国の貴族しか持てないやつ。この金貨には魔法がかかっていて盗まれると割れてしまうんだ」
カルがテーブルに置いた金貨には、魔王国の紋章が刻まれている。そして金貨には、子爵の称号とカル・ヒューイの名前が刻まれている。
「すまん。その貴族様を証明する金貨を見た事がないのだ。だが、魔王国の紋章が刻まれている事は確認した」
魔王国の紋章は、この国の中では絶対である。もしこの紋章を偽造した事が発覚すれば物理的に首と胴体が分かれる事になる。
「では、その書類にサインしたらこれから何があっても何を見てもそれを口外できなくなります。それを踏まえてサインしてください」
「もし、これにサインしなかったら・・・」
「はい、契約不履行という事で違約金を払ってもらいます」
結局のところゴールドスノーの面々は、カルが出した書類にサインするしかなかった。だが、ゴールドスノーの面々にとってこの書類こそが彼らの命を救うものとなる。
デルタ鉱山の坑道を歩く面々。坑道は入り組んでいてどこをどう歩いているのか分からない。そこをゴールドスノーの面々が先導していく。
坑道は、魔法ランタンがあちこちに設置されていて、足元が暗くて見えないと言った事はない。さらに坑道には、魔法により新鮮な空気が絶えず送り込まれているため弱い風が坑道の中を吹き抜けていく。
「そういえば、俺達ゴールドスノーの自己紹介がまだだったな。俺がリーダーのニール18歳だ。採掘担当な。こっちがベリー16歳。精錬担当。そしてサンドラ16歳。採掘担当と鉱石屑を外に運び出すアイテムバック持ちだ。言っておくけどみんな女だからな」
ゴールドスノーの面々は、鉱山という場所で働くため作業着に鞄を背負っている。しかも殆ど同じ作業着を着ているためか男女の区別がつかない。
「僕は、カル。こっちが魔術師のメリル。こっちがライラ。そして黒いローブを着ていて殆ど顔が見えないのがゴーレムのカルロスⅡ世」
カルの紹介に頭を少しだけ下げて挨拶をする面々。
「メリルさんは、土魔法が使えるから坑道の落盤対策とか得意だよね。ライラさんは、治癒魔法と回復魔法が得意だから怪我とか病気になっても安心だよ」
「そういえば、先ほどミスリル鉱山がどうとか・・・」
ゴールドスノーのリーダーであるニールは、カルが言ったその言がずっと引っかかっていた。
「ミスリル鉱山はね。僕が持ってる唯一の鉱山なんだ」
カルは、腰にぶら下げた鞄の中から小さな革製の袋を取り出すと、それをニールに手渡す。
「これが僕が採掘して精錬したミスリル。そんなに量は取れないけど城塞都市ラプラスの運営資金は、それを売ってなんとか賄ってるんだ」
小さな革製の袋を縛る紐を外して袋の中を覗き込むと、鈍く灰色に光る小さな金属の塊が現れる。
ニールは、カルに黙っってその金属に対して鑑定魔法を発動する。その結果・・・。
「特品。ミスリルの特品だと。どっ、どうやって特品にまで精錬したのだ」
思わず腰を抜かしそうになりミスリルが入った小袋を落としかけるニール。
「ははは。みんな最初にそれを見ると同じ反応をするね。でも言っておくけど僕は魔術師じゃないから採掘の魔法も精錬の魔法も使えないよ」
「・・・・・・」
カルの言葉を聞いた途端、ゴールドスノーの面々が黙り込んでしまい何も話さなくなってしまう。
「ここが887鉱区の入り口です」
ニールがそう言った先には、鉄格子に守られた暗い坑道が伸びていて、冷たい風が僅かに吹いている。
「渡された鍵で鉄格子の扉を開けてください。ただこの鉱区は、この先で水没しているので採掘は殆どできないはずです」
「そういえば、今までの坑道の中って暑かったけどこの辺りの坑道って寒いよね」
「はい。先程も言いましたがこの先は水没しています。しかも冷たい地下水が流れ込んでいるので1年中寒いんです」
ゴールドスノーの面々は、背負った鞄から厚手のローブを取り出し着込んでいく。カル達も事前に用意したローブを着込むと鉄格子の扉を開けて坑道へと入っていく。
「注意事項です。必ず坑道への出入りには扉の鍵をかけてください。できれば見張りをおいた方がいいです。ここでは自身の身を守る事が最優先です」
カルは、ゴーレムのカルロスⅡ世にこの場に残る様に言うと坑道の奥へと進んで行く。
魔法ランタンの灯りに照らされた薄暗い坑道を進んで行くと、程なくして足元に水溜まりが増えていき徐々にその深さが増していく。
「この先はもう水没しています。進もうとすれば魔法で水をかき出さないと進めません」
ニールの言葉にメリルが反応する。
「ならば、坑道の壁を石化しながら水を坑道の奥へと押し出します」
ライラは、坑道の壁を石化で補強しながら壁と同じ大きさの石の厚い壁を作り、それを水鉄砲の栓を押し込む様に坑道の奥へと力任せに押し込んでいく。
「凄い。でもこんな魔法なんて見た事ないです」
メリルの魔法に驚きの声を上げるゴールドスノーの面々。そんな彼らを横目に見ながら坑道の奥へと進むカル達。
「カルよ。そろそろこの辺りでよいのじゃ」
カルに声をかけて来たのは剣爺である。剣爺は、金属の神様で鉱石の採掘や精錬。さらに金属系の武具の生産に長けた存在である。
カルは、大盾を坑道の壁の近くに立てるとそこから金の糸を出して岩壁の中へと進める。
カル以外には、メリルやライラでも大盾から出る金の糸は見えない。だがそこは慣れたものでメリルとライラは、金の採掘を始めたカルの前に大きな布を広げていく。
メリルとライラが広げた布の上には、少しずつ精錬された金の粒が小山を作っていく。
”カル、キンハアマリスキジャナイ。アダマントヲヨコセ”。
カルの大盾には、大きな口が現れるとカルに向かってそう言い出した。
「しょうがないですね。剣爺、アダマントもこの鉱山にあるの」
「そうじゃな。こことここにあるのじゃ。じゃが量は少な目じゃな。それに銀も取れるのじゃ」
剣爺が示した場所は、カルの頭の中に浮かんでいく。それを参考に大盾から金の糸を伸ばしていく。
大盾の前に広げられた布には、金、銀、アダマントの小山が作られていく。しかも全て精錬されたものだ。
その光景を見て開いた口が塞がらないゴールドスノーの面々。とはいえ、何もする事もない面々は、カルが用意した小樽の中へ精錬した金、銀、アダマントを入れていく。
市場で売れば相当の価格で取引されるであろう金、銀、アダマントを黙々と採掘し精錬していくカル。
メリルとライラはというと、ゴールドスノーの面々が小樽へ精錬した金を入れる作業を行っているため、彼らに作業を任せると坑道に魔法でテーブルと椅子を作りそこでお茶を入れクッキーを頬張っていた。
「暇ねー。サンドワームが出るって言ってたけど影も形もないわね」
「平和なのが一番ですよ」
呑気な会話に花を咲かせるふたりの目の前では、カルが大盾から金の糸を出して金の採掘と精錬を行っている。
「うーん。今日はこんな感じかな。一旦、地上に戻ろうか」
そう言い出すカルに思わず反論をするゴールドスノーの面々。
「待ってください。普通は、坑道に入ったら3日は地上には帰りません。そもそもここに来る迄に4時間も歩いてるんですよ。毎日地上へ往復していたら時間ばかりかかってしまいます」
「でも、今日だけで金100kgも採取できたよ。銀は50kg。アダマントは4kg程かな。あまり取り過ぎると持ち返るのも大変になるから」
「えっ、1日で金を100kg。それに銀50kg・・・」
ゴールドスノーの面々は、カルが精錬した金、銀、アダマントを黙々と小樽に入れていた。黙々と作業を行っていたため、金や銀がどれくらい採取できたのか分かっていなかったのだ。
「これなら3日もあれば、かりの量が採掘できるから明日と明後日はここに泊まり込んで採掘しようか。食料とかの買い出しもあるしね」
そそくさと後かたずけを始めるカル。メリルとライラもお茶の道具をしまい込んでいく。
「ねえニール。あの採掘と精錬の技を教えてもらう事できないかな」
精錬担当のベリーがニールにそんな話を持ちかける。
「カルさんが持ってる大盾が魔法具って事は分かったけど、あれを私達がどうこう出来るのか」
「でも、あの大盾があれば私達・・・」
ニールは、手の平でベリーの口を塞ぐ。
「黙れ。それ以上話すな。この鉱山で仕事をする以上、絶対に口にしてはいけない話だ・・・分かったな」
ニールは、ベリーに口を塞がれたまま黙ってうなずく。ゴールドスノーが背後で小声で話していた会話は、カルの耳にも届いていた。だが、それは聞かなかった事にした。
こういった場所では、仲間がいつ裏切るか分からない。それは、カルも短い期間ではあるが領主をやって来て経験した事でもある。
カル達が887鉱区から撤収を始めて坑道の入り口に戻って来たところで鉱区の入り口を守るゴーレムのカルロスⅡ世が身振り手振りでカルに何かを訴え始めた。
「ふむふむ。近くに剣を持った男達が5人隠れているんですね。向こうに3人。こっちに2人ですか」
カルは、後ろで控えているメリルとライラにその事を伝えると、坑道の入り口近くを石の壁で塞ぐ様に指示を出す。
「採掘魔法でも時間がかかるくらい厚い壁を願いします。それと坑道の入り口から左右に広がる坑道にも石の壁を作ってください。さらにここに上の階層に抜けられる階段の通路も作ってもらえますか」
メリルは、魔法で石の壁を作り新たに上層に抜ける通路を短時間で完成させていく。その新しい通路を通り上層へと抜けていくカル達。メリルは、次々と新しい通路を作り続け、たった1時間で地上へと抜けられる通路を作ってしまう。
「カル様。私、リオさんから借りた魔導書を読んで新しい魔法を覚えたんです。もっとカル様の役に立ちます」
その言葉に思わずメリルを抱きしめてしまうカル。その姿を見て頬を膨らませるライラ。
メリルは、地上近くの坑道に新しい通路の出入り口を繋げると、そこにカル達にしか分からない扉を設けて塞いでおく。
「それじゃ。宿屋を探して夕ご飯を食べましょう。それとゴールドスノーの方々にも今日の分の手間賃をさしあげますから期待していてくださいね」
カルの言葉に思わず表情が綻ぶゴールドスノーの面々。
その頃、メリルの魔法により塞がれた坑道で待ち伏せをして男達はというと。
「くそ。なんで坑道に壁なんか出来てんだよ」
「あいつら、俺達の事を知ってやがったな。一旦地上に戻って応援を呼んで来い。あいつらただのガキじゃねえぞ」
ショートソードと短剣で武装した男達は、お約束の様にカルが採掘した金を狙っていた。
カル達は、宿屋を探すと言って鉱山へと続く狭い路地を歩き出した。だが、カル達を襲おうとした連中は果たしてただの強盗だったのか。
そんな疑問がカルの頭をよぎる。それは、城塞都市デルタに来る前にルルに言われた事を思い出したからだ。
”大金を手にした者がその鉱山都市から出て来た話は少ないのだ”。
「ちょっと待って。宿屋を探す前に鉱山ギルドに寄って税金を納めて来る」
カルが突然立ち止まる。
「税金の支払いは、明日の朝でもよろしいのではないですか」
「そうなんだけどね。ちょっとひっかかる事があるんだ」
「まさかさっきの武装した男達の件ですか」
カルは、静かに頷く。その少し曇った表情を見たメリルは、カルが何を考えているのかを察した。
「もしかして、鉱山ギルドもグルではないかと疑っていますか」
「・・・・・・」
メリルの言葉に何も返答せず黙ったままのカル。
「ライラ、恐らく戦いになります。覚悟してください」
メリルは、ライラに向かってそう宣言する。
「そうですよね。さっきの件があったのに何事もなく宿屋で休めるなんてそんな呑気な事は考えてません」
だが、カル達の後ろを歩くゴールドスノーの面々は、何の事だかさっぱりと言った顔をしている。
「あの、何か始まるんですか」
「これから鉱山ギルドに行って税金を収めるけど、その時に戦いになるかも知れないから」
カルの言葉に思わず後ずさるゴールドスノーの面々。
「言っておくけど、君達だけで逃げてももう手遅れだからね」
カルは、背中に背負っていた大盾を体の全面に構える。メリルもライラも魔法杖を握り直す。ゴールドスノーの面々は、その姿を見て思わず生唾を飲み込みながらカル達の後をついて行くしかなかった。
カル達は、鉱山ギルドの館へと入る。その瞬間、鉱山ギルドの館に並べられた多数のテーブルを囲んでいた魔術師達からどよめきが湧き上がる。
「どっ、どういう事だよ。あいつら生きてるぞ」
「殺られたんじゃないのか」
そんな言葉が微かにカルの耳元へと届く。だが、そんな言葉にいちいち反応などしない。
カルは、鉱山ギルドのカウンターに座る受付嬢の前へやって来ると、腰にぶら下げた鞄の中から金の粒が詰まった小樽を取り出しカウンターに勢いよく置いた。
「えっ、あっ、なんで生きて・・・」
「僕が生きていたらダメなんですか」
カルの想像した通りの反応をする鉱山ギルドの受付嬢。
ここで何も考えずに暴れるべきか、それとも鉱山ギルドのギルド長とやり合うべきか、そんな考えがカルの頭の中をよぎっていた。
体長が悪くてフラフラ。きっつい。