142話.魔王軍の侵攻(3)
城塞都市ラプラスを目指す魔王国軍の本体が妖精の国へとやって来ました。
城塞都市ラプラスへの侵攻するために魔王国軍は、南の辺境に広がる砂漠の淵に2500人の兵士が布陣していた。
補給部隊が先行して城塞都市ラプラスの手前に補給基地を作り、そこから示威行為を行って戦う事なく城塞都市群を制圧。
本来の目的である浮遊城の奪取と気象魔法を操る魔魔術師を手中に収めるという筋書きを描いた魔王国。
魔王国軍の部隊は、妖精の国の5kmほど手前に宿営地を設けると、偵察部隊が近くの小高い山の上から望遠鏡を使い妖精の国の城壁内部を観察する。
さらに魔術師が探査魔法により敵の兵士の配置を調べていた。
だが、敵兵士の気配はすれど姿は全く見えない。
城壁の内部では、何かの建物が建設され捕虜となった魔王国軍の兵士達がそこで働かされている。
「城と城壁の配置は、よくある形です。城門は開け放たれたままですね。我々がすぐそこに布陣しているというのに実に不用心です」
「我々を甘く見ているのでは」
「あれがあるから勝てると踏んでるのだろう」
偵察部隊は、小高い山の上から妖精の国の城壁を望んでいる。そこには、50mを超える高さの歩く巨大な木3体が城門の前に立ちはだかる。
「実際、あの巨木に攻撃魔法を放ったところで効果あるでしょうか」
「巨大というだけで相手は”木”だ。炎魔法で一気に燃やせば問題なかろう」
「我々の本来の目的は、城塞都市群の制圧のはずだったがな」
「まさか、こんな城があるとは想像もしていませんでした」
「あれだけの規模の城と城壁を建設するとなると数年は有するはずだが、それを魔王国に悟られずに行えるものなのか」
「とにかく我々としては、捕虜となった補給部隊を救出する。まずはそれが最優先・・・」
偵察部隊の兵士がそう言いかけた時、目の前を大きな岩が空を音もなく浮遊していた。
見た事もない浮遊城を目の当たりにした魔王国軍の兵士達。
「これが・・・城塞都市ラプラスの浮遊城なのか」
「本当に城が空に浮いている」
「だが、報告にあったものより小さいな」
「まさか、浮遊城はいくつもあるのか」
魔王国の兵士達の前をゆっくりと浮遊しながら進む浮遊城。やがて妖精の国の城壁内へと降下していく。
「あそこから魔法を放たれたらひとたまりもないぞ」
「いや、あれがひとつなら何とかなる。そのために魔法防壁が得意な魔術師の部隊を連れて来たんだ」
魔王国軍の兵士は、念話により本隊の兵士に城壁内の配置や歩く巨大な木の位置を伝える。
そして突然の浮遊城の出現により作戦を一部変更した。
第1目標は、捕虜となった補給部隊の兵士の救出。第2目標に浮遊城の奪取である。
魔王国軍の偵察部隊の兵士が話しているすぐ後ろでは、妖精達があいずちを打ちながら兵士の会話をメモ書きしている。
そのメモ書きを次々と妖精の国の城の内部で待機する妖精達に伝えていく。魔王国軍の作戦内容は、全て妖精達に筒抜けであった。
魔王国軍の兵士達には、未だに妖精達の姿は見えない。気配はすれど姿は見えないため魔術師達も探査魔法による敵の把握に苦慮していた。
そして戦いは始まった。
魔王国軍の魔術師達が一斉に歩く巨木に向かって炎魔法による遠距離魔法攻撃を開始する。
複数の魔術が魔法を詠唱し魔力を共有し一気に放つ。炎の塊が弧を描く様に空を飛び城門の前に並ぶ3体の歩く巨木へと向かって行く。
だが、歩く巨木の前で炎魔法は、何かに弾かれる様に横方向へと飛んで行き四散する。
「敵は、魔法防壁を張っている。魔術師は対防壁魔法の準備を」
魔王国軍の魔術師の別部隊は、歩く巨木の前に張られた魔法防壁を破壊すべ対防壁魔法の詠唱に入る。
その間も魔王国軍の魔術師が放つ遠距離攻撃魔法は途切れる事なく放たれる。
そして魔術師が放った対防壁魔法により硝子が割れる様な音と共に歩く巨木の前に展開されていた魔法防壁が崩壊した。
「よし、あの巨木を守っていた魔法防壁は破壊した。一斉に遠距離魔法で巨木を攻撃・・・」
魔術師を指揮する兵士がそう言い放とうとした時、さっきまで城門の前にいたはずの歩く巨木の姿がどこにも見当たらない。
魔術師の放った遠距離攻撃魔法は、魔法防壁に遮られる事もなく城壁の内部に植えられた木々をなぎ倒し炎をばら撒いていく。
城壁内部で木々は燃え盛り炎と煙を上げていく。
「第1隊、第2隊は前進。第3隊は、城門を死守せよ」
兵士の号令と共に少数の精鋭部隊が馬に跨り失踪し妖精の国の城門をくぐっていく。
その頃、妖精の国の城へと入ったルルとリオは、妖精達からある相談を受けていた。当初妖精達は、歩く巨大な木やラピリアトレントの群れにより魔王国軍と戦い、黒龍によるドレインで徐々に魔王国軍の兵力を削る作戦だったらしい。
ところが都合よく土魔法の得意なリオが浮遊城で現れたため、急遽方針を変更しようというのだ。
妖精達の指示のもとに掘や城壁を次々と構築していくリオ。
そして妖精達の悪だくみを何も知らない魔王国軍の兵士達は、馬に跨り妖精の国の城壁内を疾走する。
目標は、捕虜となった仲間の兵士達の救出である。100騎余りの精鋭が偵察部隊の情報を元に建物の建設現場へと急行する。両側に木々が植えられた林の道を進み木々が途切れる。
捕らわれた魔王国軍の兵士達が作業をする場所へと出た精鋭達は、剣を抜き仲間の兵士達も元へと突き進む。
”リーン”。
どこからか清らかな金の音が聞こえる。
だが、そんな事に気を取られている場合ではない。精鋭達は、馬に跨り失踪する。
その時、体が宙に浮いた感覚に見舞われた。次の瞬間、顔にかかる水しぶき。気が付けば、馬に跨った精鋭達はなぜか水の中にいた。
馬は、慌てた様子で必死に水の中を泳ぎ始める。精鋭達も必死に泳ごうとするが足が付かない。さらに装備している甲冑が重すぎて水に浮くことすらできない。
必死にもがく精鋭達。
その様子を見て腹を抱えて笑い転げる妖精達。
実は、リオが妖精達の指示で作った掘の深さは1m程である。その堀に膝くらいまで水が貯められていた。
水は、城壁内に作られた池から引いたもので魔王国軍の兵士の突入の直前に作られたものだから、それ程の大規模のものは作れない。
では、なぜ魔王国軍の精鋭達が溺れかけているのかというと、それは妖精達の幻影魔法によるものだった。
妖精の手には、小さなハンドベルが握られていて、それをひと振りしただけで100騎もの精鋭達は、幻影魔法の手中に落ちてしまった。
このハンドベルは、以前にドワーフのバレルに特注で作らせたもののひとつである。
そう、妖精達がドワーフのバレルに作らせたハンドベルはひとつではない。用途に合わせていくつものハンドベルを特注した妖精達。
今、そのハンドベルの能力を試す時だという事で使い始めたのだ。
1m程の深さの堀の中でもがき苦しむ精鋭達。乗って来た馬達は、既に堀から抜け出て城壁内のどこかへ逃げ出していた。
精鋭達は、必死に武具を外し浅い水の中で泳ぐしぐさを続けている。幻影魔法にかかったとも知らずに。
対して浮遊城へと向かった精鋭達は、半数を浮遊城へと上る階段の入り口の守りを固め、残りの精鋭達は、浮遊城を上る階段を駆け上がっていく。
浮遊城の城が建つ巨大な柱状の岩は、円柱の形をしていて階段には外壁と屋根も付けられているため、階段の先がどうなっているのかが余り見通せない。
そして階段がもうすぐ上部へと到達するという所まで来た時、その先へと続く階段はなかった。
勢いよく階段を上って来た精鋭達は、思わず階段の手すりにつかまり階段の外を覗き込む。
そこから見えた景色は、階段の入り口を守る精鋭達を取り囲む多数のケルベロスと多数の首を持つヒドュラの姿であった。
上り階段がなくなった通路の先には、体長が3mもある鵂が翼を広げて精鋭達を睨みつけていた。
狭い上り階段の通路に多数の精鋭達が並び身動きすらできない。その階段の下では、ケルベロスの群れとヒドュラに囲まれ投降する仲間の精鋭達の姿があった。
妖精の国の城壁内へと遠距離魔法攻撃を行っている魔術師達。ふと気が付くと辺りには霧が立ち込め、さっきまで無かったはずの城壁が出現していた。
魔術師達は、遠距離攻撃魔法を放つのを止めるとフライの魔法により城壁の上へと上り周囲を見渡す。
そして魔術師の目に入った光景は、信じられないものであった。
見渡す限りの周囲には、入り組んだ城壁が無数に張り巡らされ、あたかも迷宮の様なものが形作られていた。
その城壁の迷宮を退路を求めて歩き回る魔王国軍の兵士達。魔術師がフライの魔法で城壁を飛び越えても先が見えない濃い霧に阻まれ、どこに向かって進んでいるかさえも分からない。
魔王国軍の兵士達は、その後3日間も迷宮の中をさまよう羽目となり水も食料も尽きた兵士達は、身動きも出来ずにバタバタと倒れていく。
その迷宮を出て魔王国へと戻れた者は、ほんの数名であった。
その様子を妖精の国の城の中で見ていたルル、リオ、それにカル達。城の中には、浮遊城の制御室と同様に板状の硝子に妖精の国の周囲の景色がいくつも映し出されている。
迷宮の中を逃げ惑う兵士達、それを付かず離れず追いまわずケルベロスの群れ。その頭には、黄色い華憐な花が咲き乱れている。
そして魔王国軍の兵士達の動きを分析する妖精達。彼らは、魔王国軍の兵士がどんな行動をするのか、どんな攻撃を行うのか、どんな反撃に出るのかを記録していた。
3日後、力尽きた魔王国軍の兵士達は、妖精の国の城壁内に集められ宿舎の建設に携わっていた。
その横で青い顔をするカル。3000人近くの捕虜となった魔王国軍の兵士達が住む宿舎を建てる費用も彼らを食べさせる食料の調達も全てカル任せである。
城塞都市ラプラスは、最近になってやっと税収が上向き城塞都市の運営に明るい兆しが見えてきたところであった。
ところが、そのギリギリの収支をぶち壊したのが、妖精の国に捕らわれ捕虜となった魔法国軍の兵士達である。
カルは、ルルに頼み込んでルルの父親であるガハに魔王国軍の捕虜の返還交渉を頼む事にした。
それも早急に。そうしないと城塞都市ラプラスの運営資金が底をついてしまうのだ。
城塞都市ラプラスに戻り、領主の館の職員と捕虜にかかわる費用の見積もりとそれに充てる資金をどやって工面するかを必死に模索するカルと職員達。
戦争とは、戦っても戦わなくても金がかかるものだと理解したカル。
妖精の国の妖精達により戦わずして戦いに勝った城塞都市ラプラスであったが、剣すら抜かなかった城塞都市ラプラスが資金力では全負であったとカルの心に刻み込まれた出来事であった。
ああっ、精霊神お猫サマの話まで進めなかった。