141話.魔王軍の侵攻(2)
妖精の国の城から逃げ出した魔王国軍の兵士達。
魔王国軍が城塞都市ラプラスへの侵攻を開始した頃、ルルとリオは完成した浮遊城をルルの父親であるガハへ引き渡すべく砂漠の端を浮遊しながら進んでいた。
ふたつの浮遊城で城塞都市ガンドロワへと向かい、浮遊城の引き渡しが終了したらリオの浮遊城で戻る計画である。
城塞都市アグニⅡには、レオを留守番に残し副領主としての手腕を遺憾なく発揮してもらう手筈になっている。
「私に頭脳労働をさせるなんて酷いです」
そう宣うレオに対してルルはさらっと返す。
「大丈夫だ。基本的に秘書官が全てやってくれる。レオは、書類に目を通してサインするだけだ」
「でもサインする書類って山積みじゃないですか」
「なんなら他の職員に代筆させてもいいが何かあったらレオの責任になる」
「わっ、分かりました。お早いお帰りを」
レオは、がっかりした顔で執務室の椅子に座り山積みの書類にサインを始めた。
「ただサインをするのはダメだぞ。ちゃっと書類の内容を確認してくれ」
「ひえーーー」
泣きそうになりながらレオは、山積みの書類1枚1枚に目を通しながら了承のサインを書いていく。
ガハに引き渡す浮遊城は、以前よりも小さくなり身軽になっとはいえ、思ったほど飛行速度は上がらなかった。
対してリオの浮遊城は、魔石を配置した制御卓から地龍の魔石を6個から2個に減らし、さらに魔法杖から送り込む魔力も極力抑える事にした。
それでも魔力量を微量でも増やそうものなら凄まじい速さで飛んでいく扱い辛い浮遊城と化してしまった。
リオは、そんな浮遊城をひたすら遅く飛ばす訓練を続けながら行きは、砂漠の端に一泊しただけで城塞都市ガンドロワに到着した。
「父上、浮遊城の引き渡しに来ました」
「そうかそうか。ありがとう。これでわしも子供の時からの夢であった浮遊城の城主になったという訳だな」
ルルの父親であるガハは、柱状の岩の上に建つ城を眺めながら、土台となっている岩を両手でペシペシと叩いたり頬ずりをしながら満面の笑みで感触を味わっている。
まさか父親がそこまで浮遊城に憧れをいだいていると思っていなかったルルは、父親であるガハの行動に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「父上、早速ですが浮遊城の操作を教えますので・・・」
「時にお前達は、城塞都市ラプラスにいなくても問題ないのか」
「えっ、何の話でしょうか」
「魔王国から手紙が届いていると思うのだが」
そしてガハから魔王国で何が起こっているかを聞かされたルルとリオ。
「魔王様は、宰相の手に落ちたと思っていいだろう。この城塞都市ガンドロワに反乱部隊を送ったのも宰相だと考えている」
「そして例の件により矛先を城塞都市ラプラスへと向けたという訳ですか」
「あれ程の気象魔法の使い手がいれば、誰でも配下に欲しくなるのは通りだ。さらに浮遊城まで作れるとなればなおさらだ」
「分かりました。ですが城塞都市ラプラスには、領主であるカルがいます。カルなら魔王国軍など問題にならないでしょう」
「ほう、言ってくれるな。わしも魔王国・第2軍を預かる将だ。その言葉には、いささか問題があるぞ」
「カルのところには、氷龍と風龍が”ただ酒”を飲みに毎日の様に来ています。私もその光景を見て卒倒しかけました」
「なっ、何。今何と言った。龍がいるのか」
「はい、どうやったのかは知りませんが2体の龍と話をつけて城塞都市に何かあった場合には、助力を求めるという契約を結んだそうです」
「龍か・・・。わしも子供の頃に読んだ御伽噺に出て来る龍に憧れて・・・」
「父上、その手には乗りませんよ。さすがに私でも龍は無理です。龍が出て来る魔法の壺など持ってはいません」
「そうか、龍は無理か・・・」
自身の娘であるルルの言葉に思いっきり落胆するガハ。
「でも、城塞都市ラプラスに来れば龍と酒を酌み交わす事くらいは出来ます」
「本当か。ならばすぐにでも行くぞ」
喜んだと思えば落胆しそしてまた喜ぶガハ。喜怒哀楽の激しい父親である。
「そういえば、魔王国の将である父上が王都にいなくても良いのですか」
「ははは。大丈夫だ。どうせ宰相の野郎とは、いつか戦う事になるのだ。魔王様を操り人形にした野郎を守るためにわしの力を使う気などさらさらないわ」
ガハは、そんな事を言いながら大声で笑ってみせた。
ルルとリオは、ガハに浮遊城の使い方を教えたらすぐに城塞都市ラプラスへと向かう事になった。
その頃、妖精の国では・・・。
「くそ、なんでトレントの群れがいるんだ」
「あの歩く巨木は何だ。あんなもの見た事も聞いた事もないぞ」
重装備の甲冑と大盾、それに長剣を装備した魔王国の兵士達は、妖精の国の城壁の中でラピリアトレントの群れに追われて必死に逃げ回っていた。
さらに50mを超える巨木が根を足の様に動かしながら追って来る様は、恐怖以外の何物でもない。
しかもラピリアトレントの群れも巨木もつかず離れずといった微妙な匙加減で追って来る。
そう、これも妖精達が仕向けた事のひとつであった。ラピリアトレント族と仲がよい妖精達は、カルが植えたラピリアトレントにこの城の守備をお願いした。
ラピリアトレント族もライラの精霊治癒魔法により豊になったこの土地を痛く気に入り、数を徐々に増やしながら新しい妖精の国を担う一員となっていた。
汗だくになりながらなんとか城門へとたどり着いた魔王国軍の兵士達。そこから少し離れた場所で待機していた兵士達は、その光景を見て一斉に防御陣形を整える。
「何があったのです」
「あの擁壁の中は、トレントの群れで溢れている。もし城門からトレントが出て来たら手が付けられん」
城壁の内部から逃げ戻って来た兵士は、汗だくで息を切らせながらも城壁内で起こった事を他の兵士達に聞かせた。
「後退の準備をしろ。トレントの群れが来るぞ。魔法攻撃の準備だ!」
隊長は、部下達に命令を伝えながら補給部隊に後退の命を下す。
山深い森に生息するはずのトレントが、砂漠で群れを成しているなど有り得ない光景である。だが、それが目の前に群れを成しているのだから。とのかく部隊の損害を極力出さない様に後退させる事が最優先事項である。
ゆっくりと後退する補給部隊。ところがいくら待ってもトレントの群れは、城門から出て来る気配すらない。
兵士達は、防御陣形を取りつつ大盾を構えてトレントの群れの出現を待ち、補給部隊の馬車は、護衛の部隊に守られながらゆっくりと後退を続ける。
周囲は風と馬の蹄の音だけが響き渡る。
兵士達の顔から流れ出た汗が武具に流れ落ちる。息を飲み込み喉を通る音が微かに聞こえる。
”ズン、ズン、ズン”。
その時、地面から地響きの様な揺れと共に何かの歩く音が何処からともなく響いてくる。耳をそばだて音のする方向を注意深く探る魔王国軍の兵士達。
その時、ひとりの兵士が防御陣形を取る護衛部隊へと走り込んで来た。
「隊長、後方に巨大な・・・そっ、その巨大な歩く木が出現しました。その数3体。進路を阻まれ補給部隊は身動きが取れません」
報告を受けた魔王国軍の隊長は、少しばかり瞼を閉じると兵士に命令を伝える。
「補給部隊の馬車を戻せ。ここで全部隊を以って敵を迎え撃つ」
兵士は、補給部隊に命令を伝達すべく走り去る。
「隊長。まさかあの巨木が城壁の外にもいるとは思いませんでした」
「ここに来た時は、あんな巨木の陰すらなかったのにな。皆には、割に合わない仕事をさせた」
「そんな事言わんでください。まだ死ぬって決まった訳ではないです」
「そうだな」
程なくして20台の馬車が戻ると、馬車を円形に配置し敵の攻撃の盾ととる陣形を整える。
「いいか、敵は巨大な木の魔獣とトレントの群れだ。強さは分からんが侮るな。だが、我らは最強の魔王国軍の兵士だ。それを忘れるな!
魔王国軍の隊長の激が飛ぶ。だがそれに答える兵士は誰もいない。目の前に出現するであろう敵に集中するだけで手一杯であった。
兵士達は、大盾を構え長剣を抜き敵の出現に備える。魔術師は、いつでも魔法詠唱に入れる様に準備を行い、敵の居場所を探るべく探査魔法を発動する。
「何か来ます。小さいですが恐らく空を飛ぶ魔獣と思われます」
魔術師が一斉に空に目線を向ける。弓を持つ兵士が魔獣の襲撃に備え矢を射る体制に入る。
”パタパタパタ”。
何かが羽ばたく音がする。馬車を円形に組んだ補給部隊の上を何かが飛んで行き、その陰が兵士のすぐ横を通過する。
だが、羽音はすれど姿は見えない。兵士達が周囲を注意深く探ると部隊の前に巨大な黒い龍が忽然と現れた。
黒い龍は、10mを超える大きさで魔王国軍の兵士達を睨みつけると、その大きな口から叫びの様な怒号を発した。
その瞬間、魔王国の兵士達がバタバタと地面へと倒れていく。
「まっ、まさかドレインを使える龍なのか。魔力がどんどん奪われてい・・・」
魔王国軍の魔術師は、そう言い残しながら地面へと倒れていく。そして兵士達は、反撃もできないまま沈黙した。
魔王国軍の兵士達の前で叫び声を発した巨大な龍は、やがて小さくなり可愛らしい声を発しながら飛び去っていく。
そう、兵士達の前で怒号を発した龍は、城塞都市ラプラスで住民の魔力を吸い尽くしたあの黒龍である。
黒龍は、妖精の教えを受けて僅かの時間で体を巨大化させて見せる幻影の術を会得していた。ただ、それが使えるのは、まだほんの数秒でしかない。
ドレインにより魔力を吸収できる黒龍は、体を巨大化させて見せる幻影の術など使う必要もないのだが、妖精に言わせると”演出はとても大切”という事らしい。
面白い事に労力を費やすことの大好きな妖精達に教育を施される黒龍。果たして立派な龍へと成長できるのか・・・。
魔力を吸われ倒れた兵達の屍?を回収すべくトレントの群れが城門から現れる。そして魔王国軍の兵士達を引きづり城壁の中へと連れ連れ去っていく。
そして馬車と馬もトレントに手綱を握られてゆっくりと城門をくぐって行く。
妖精の国は、また静かな時を迎えた。
その頃カルは、城塞都市ラプラスの城壁の上で魔王国軍の出現をずっと待っていた。だが、いくら待てども魔王国軍は現れない。
城塞都市の警備隊も臨戦態勢で警備を行っているのだが、城壁の内側では、氷龍と風龍がラピリア酒をたらふく飲んで酔いつぶれている。しかも2体の龍は腹を晒していびきまでかいていた。
「領主様。言ってはなんですがあの酔い潰れた龍達は、本当に使い物になるんでしょうか」
「だっ、大丈夫ですよ。腐っても龍ですから・・・ははは、はぁ」
カルは、一抹の不安を覚えていた。秘書官であるアリッサや領主の館の職員達にも龍が守るから安心だと豪語して見せたのだ。カル自身もそれを信じるしかない。
ただ、やはりというか腹を晒して酔い潰れている龍の姿は如何ともし難い。そんな情けない姿を晒す龍を城壁の上から見守るカルの元へ妖精が現れた。
妖精は、カルにメモ書きを見せると小さな扉をその場に置く。
”魔王国軍の兵士達が妖精の国にやってきたよ。それで500人の兵士を捕虜にしちゃた”。
妖精は、満面の笑みを浮かべながら小さな体で胸を張ってみせている。
考えてみれば実に簡単な事であった。魔王国の中央から派遣される魔王軍は、城塞都市ラプラスを最短で目指す場合、かならず妖精の国の前を通るのだ。
面白そうな事が大好きな妖精達がそれを黙って見過ごすはずがない。
”カルにお願いがあるの。捕虜の面倒を見る人を貸して欲しい。僕達妖精だけでは彼らの面倒は見きれない”。
妖精の書いたメモ書きを読んだカルは、当然の結果が当然の様にやって来た事に落胆した。結局のところ魔王国軍との戦いは回避されたが、捕虜の面倒を見る羽目になるのだから厄介事に変わりないのだ。
カルは、何人かの警備隊員を引き連れて妖精が用意した小さな扉をくぐり妖精の国へと向かう。
恐らくだが捕虜となった魔王国軍の兵士達を収容する宿舎を建て、日々兵士達に食べさせる食事を用意する必要がある。カルは、いくら金がかかるのかそれだけで頭が一杯になっていた。
そして妖精の国へとやって来たカルが目にした光景は、黒龍に魔力を吸い取られ顔を青くして身動きすらできない魔王国軍の兵士500人が道端に寝かされている姿であった。
魔王国軍は、まだ先遣隊がやって来ただけであり本隊の到着はこれからである。
魔王国、妖精の国、城塞都市ラプラスの戦いは始まったばかりである。だが、剣と剣を交える戦いは始まりすらしていなかった。
妖精達は、あっけなく魔王国軍の500人の兵士達を捕虜にしました。
さらに補給物資を満載した馬車20台を手に入れた妖精達は、次にどんな行動に出るのやら。