137話.新しい命(3)
街中の住民から魔力を吸収していく黒龍。
黒龍の放った黒い光を浴びて黒い炎に包まれる地龍。
その姿を見て途方に暮れるカル。そしてカルが戦いに参戦しない様にと体を必死に押さえるメリルとライラ。
ところが黒い炎を纏った地龍は、何事もなかったかのように起き上がり黒龍に向かって走り出した。
その姿を見て驚く黒龍。だが黒龍も口から黒い光を何度も放ち地龍の体にことごとく命中する。
地龍は、それを魔石が魔力を吸収するかの様に体内へと取り込んでいく。
「まさか地龍は、魔石とミスリルを食べているから黒龍のあの黒い光を取り込めるのでしょうか。でも、そんな事は魔導書には書いてませんでした」
首を傾げながらいまいち状況を飲み込めないメリル。さらにメリル以上に状況が飲み込めないカルとライラ。
「でも、地龍には黒龍の攻撃が通じないって事なんだよね」
「・・・そうみたいです。理由はさっぱり分かりませんが」
ほっとするカル。
だが黒龍にとってそれは大問題である。自身の攻撃が全く効かない者が目の前にいるのだ。
黒龍は、怖気ずいたのかじりじりと後ずさりを始める。それに反応する様に地龍達は、ゆっくりと黒龍に向かっていく。
攻撃の効かない地龍に恐怖を覚えた黒龍は、小さな羽を広げると空へと逃げ場を求め建物の屋根の上へと飛んで行き姿をくらませてしまう。
地龍達も、黒龍のあとを追う様に街の路地へと走り出す。
「あっ、待って僕の地龍達・・・」
空を飛ぶ黒龍。そしてすばしっこく路地裏を走り抜ける地龍達。人の足の早さではとても追いつけるはずもなくあっという間に姿を見失ってしまう。
カル達は、黒龍が飛んで行ったであろう方向へと必死に走る。すると、先程とは打って変わって街の住民は、誰ひとりとして倒れていない。
街の路地を少し行くだけで何の被害も出ていないのだ。
「あれ、誰も倒れていない」
「まさか黒龍は、ドレインを使うのをやめたんでしょうか」
「とにかく黒龍の居場所だけでも把握しておかないと」
街中を必死に探すカル、メリル、ライラの3人。護衛の兵士達は、魔力の枯渇で倒れた街の住民の救助をするために戦いのあった場所に残ってもらった。
街の住民にも黒龍が飛んで来なかったか聞いてみるも誰も見ていないという。
そんな時、とある街の住民が黒龍を見たという。
「見たよ。小さくて羽のある黒い龍だろ。パイ屋の前で妖精達とパイを食ってるよ。他にも羽の無い小さな龍もいたよ」
「あっ、ありがとうございます」
ひとりの住民が黒龍を見たという。しかも妖精と地龍も一緒らしい。
「でも、さっきまで戦っていたはずの黒龍と地龍がなぜパイを食べてるんしょう」
「黒龍は、本来魔力を糧に生きる生物です。そういった食べ物を食するといった記述は、魔導書に無かったと記憶しています」
「そういえば、メリルさんは元々メデューサなのに魔導書にやけに詳しいね」
「はい。実は、書の魔人さんが大盾の書庫にある蔵書を貸してくれるんです。それを読んでいるうちに覚えました」
「書の魔人さんは、私にも魔導書を貸してくれます。精霊魔法の書籍は、なかなか無いので重宝しています」
意外や意外。大盾の持ち主であるカルは、魔力を殆ど持ち合わせていないため書の魔人との接点があまりない。それが魔術師と治癒士であるメリルとライラは、書の魔人と以外な接点を持っていた。
自分だけ置いてけぼりをくらった感のあるカルは、ちょっとばかりメリルとライラがうらやましく感じてしまう。
さて、精霊神お猫サマを神として祀る小さな教会。その教会の一角に極楽芋のパイを売る売店が立っている。
最近は、売店の前にテーブルと椅子を置き、その場でパイが食べられる様になっていた。
カル達は、売店の前へとやって来るといくつも並ぶテーブルに黒龍と地龍達がいないか周囲を見渡してみる。
するとテーブルに極楽芋のパイをホール毎買ってそれに群がる妖精達と共にパイを食べる龍の姿を見つけた。
「あっ、黒龍が極楽芋のパイを食べてる」
「しかも周囲の人は、誰も倒れてません。いったい何かあったのでしょう」
いまいち状況を飲み込めないカル達。
すると妖精達がカルに何枚ものメモ書きを見せ、それを読んで状況を飲み込んだカル。
妖精達の話では、空を飛んで来た黒龍がパイの匂いに誘われてこの場所に降り立った時、妖精達はここで極楽芋のパイを食べていたとのこと。
どこからか飛んできた黒龍が極楽芋のパイを食べたそうにしていたので、パイを差し出すと美味しそうに食べ始めたので何があったのか黒龍に聞いていたとのこと。
その後に地龍達もやって来たので一緒に極楽芋のパイを食べていたらしい。
「さっきまで戦っていた黒龍と地龍がなぜか極楽芋のパイを仲良く食べてるのも不思議だけど、妖精さんは黒龍と話ができることの方がもっと不思議」
カルの言葉に得意げな表情で胸を張って答える妖精達。
妖精達は、黒龍にこの城塞都市で暮らす時の注意をいくつか話し、それを聞きながら極楽芋のパイを頬張り何度も頷いている。
妖精達は、全ての魔力を勝手に奪う事は、いけない事だと黒龍に諭す様に話してきかせた。だが、ほんの少しだけ魔力を拝借するなら許してもらえると黒龍に優しく話している。
妖精達は、黒龍との話をメモ書きにしてカルに見せてくれる。それにより会話の内容を理解するカル。
地龍達も妖精の言葉を聞きながら極楽芋のパイを食べている。つまり妖精達は、黒龍はもとより地龍とも話ができるらしい。
妖精達の能力に驚くカル達。
妖精は、住んでいる場所により考え方から生活習慣まで多種多用である。
城塞都市内で生活する妖精達は、他種族との共同生活を強いられるため狡猾さを求められるのだ。だから城塞都市の妖精は、精霊の森に住む妖精達よりもずる賢い。
そんな妖精達に気分良く黒龍との通訳をお願いするには、金を惜しんではいけないと考えたカルは、売店から極楽芋のパイをいくつもホールごと買うと、妖精達と黒龍に次々にふるまっていく。
妖精達がこれからも極楽芋のパイで気分良く通訳をしてくれれば儲けものだ。
カルがふるまうパイを皆で食べながら妖精達が黒龍から聞いた話をメモ書きしてもらい、それにより黒龍がどこで生まれてどこで育ったのかも判明した。
それは、精霊の森の先に広がる茫漠の地。あと少し行けばサンドワームの生息地である砂漠が広がるという場所であった。
その話をメモ書きで見た瞬間。カルは、全てを察してしまった。
実家に帰省し、城塞都市ラプラスを経由して戻る途中。裁定の木の精霊が浮遊城にちょっかいを出した事は、ルルさん達から聞いていたし、裁定の木の精霊さんからも謝罪を受けていた。
その時に全ての魔石を失った浮遊城は、茫漠の地に落下したため打ち捨てられたという。
黒龍は、そこで生まれたらしい。
ただ、ルルさん達の話では、全ての魔石は砕け散ったと聞いていた。
ならば、その場所に行ってみようという事になった。
次の日。
ドレインを自重する様になった黒龍を伴い、カル、メリル、ライラ、それにゴーレムのカルロスⅡ世。さらに護衛の兵士達と共に廃墟となった浮遊城に向かうカル達。
メリルとライラ、それに護衛の兵士達は、カルの大盾の裏扉から盾のダンジョンの安全地帯に入ってもらい現地に到着するまで待機してもらう。
カルはというと、ゴーレムであるカルロスⅡ世の肩に乗っている。そして黒龍は、カルの頭の上に乗ってくつろいでいる。
カルロスⅡ世は、初代カルロスと同様に茫漠の地の上を氷の上を滑る様に進んでいく。太陽の熱が容赦なく照り付ける茫漠の地ではあるが、カルは、数日前にメリルやライラ達とこの地には来たばかりだ。
妖精達の話では、黒龍は美味しそうな魔力があるのを見つけてキラキラ光る塔にやって来たらしく、そこでさらに遠くにある精霊の森を見つけたらしい。
その話を聞いたカルは、身に覚えがありすぎて困り果てていた。
そう、カルが茫漠の地で地龍の”うんち”を使ってメリルとライラに魔力を殆ど使わない魔法杖を使って見せたのが黒龍が城塞都市にやって来る発端だったのだ。
さて、カルロスⅡ世の肩に乗り打ち捨てられた浮遊城にやって来たカル達。
城の周囲は、僅かだが流れ出る水により草が生え小さな草原と化していた。
カルは、大盾の裏扉を開き出てきたメリル、ライラと護衛の兵士達と共に浮遊城の階段を上り城へと入っていく。
城は、墜落した衝撃で破壊され廃墟と化していたが、中庭には水をたたえる小さな池があり、中庭に植えられた木々も青々と茂っている。
「城は、かなり壊れているようですが、水も草木もありますね」
「ラピリアの木に実が成ってます。黒龍だけならなんとか生きていけそうです」
護衛の兵士達が、瓦礫が散乱する城の中を見て周る。
すると廃墟の城の中に黒い瘴気の様なものを発する亀裂だらけの魔石を発見した。
「これが魔石ですか。何か黒い瘴気の様な魔力を発してますね。これが黒龍を生んだ原因ですか」
魔術師の兵士が亀裂だらけの魔石を遠くから観察する。
「これ以上魔石に近寄ると何か影響を受けそうですね」
兵士の話では、魔石は誰も住んでいないこの地にあるなら問題ないというので、そのまま放置する事になった。
この城は、今では黒龍の住処となっている。それを取り上げる気もないし、黒龍に城塞都市ラプラスに住めとも言えない。
結局、黒龍にはここに静かに住んでもらうしかないのだ。
カル達は、黒龍を残して廃墟と化した浮遊城を後にした。少し可哀そうな気もするが、今はまだ共存できるか不安があるため、黒龍には我慢してもらうしかない。
廃墟となった浮遊城を後にしたカルは、ゴーレムのカルロスⅡ世の肩に乗り茫漠の地を滑る様に進む。
今後、黒龍とどう接していくかを考えるカル。
ところが、いきなりゴーレムのカルロスⅡ世が転んでしまい、それによりカルの茫漠の地に投げ出され顔から地面に激突するカル。
「痛~い。痛いよ~」
地面に投げ出され顔面傷だらけのカル。痛みに耐えながらも腰の鞄からラピリア酒(薬)の入った小瓶を取り出しそれを飲み、痛みが引いていくのを必死に待つ。
「うーむ。魔法が解けてしまったようじゃ」
剣爺の話では、ゴーレムのカルロスⅡ世に施した魔法が解けてしまい、茫漠の地の上を滑る様に進めなくなったらしい。
仕方なく茫漠の地を歩くカルとゴーレムのカルロスⅡ世。
実は、黒龍が城塞都市ラプラスにやって来た時も剣爺がカルロスⅡ世を修理していた。
盾のダンジョンで液体金属のスライムを倒した時に取り込んだ液体金属が剣爺の魔法と相性が良くないらしく何度となく調整を繰り返していた。
茫漠の地をゴーレムのカルロスⅡ世と歩くカル。すると目の前に数日前にカルが作った氷の塔が現れた。
日の光が照りつける灼熱の地でありながら氷の塔は、未だに溶ける事もなく立っていた。
氷の塔の根本には、溶けた水を糧に小さな草原が誕生していた。一見何もない様に見える茫漠の地でも命は生まれる。その事を改めて感じ取るカルであった。
カル達が去り、黒龍だけが残った廃墟の浮遊城。
その廃墟の中をなぜか妖精が飛び、残された黒龍を取り囲み話をしている。
実は、この廃墟となった城の下層には、妖精達が残した扉が残されていた。その扉は、妖精の国と繋がっていて妖精達はそこから自由に出入りが出来たのだ。
妖精達は、黒龍を見て使える存在だと知った。そして妖精達で黒龍に教育を施す事を考えた。
この世界で黒龍と話ができるのは、妖精達だけでありそれを存分に生かす道を選んだのだ。
カルは、妖精達と話し合いこっそりと資金面での支援を約束した。領主になって何に対して投資をするべきか。カルなりに学んだ結果である。
果たして黒龍は、どうなっていくのか・・・妖精に育てられる黒龍。何か危なっかしい気もする。
妖精達は、黒龍をどう育てていくのか。
まさか極楽芋のパイで釣ったりとか・・・。