136話.新しい命(2)
地龍が卵から孵りましたが、茫漠の地に捨てられた浮遊城でも・・・。
茫漠の地に落ち破棄された浮遊城。
何もない荒地に無残な姿を晒し廃墟となった城。だが、以外にも城の中庭に作られた小さな池はいまだに健在で淡々と水が湧きだし中庭の木々に水を供給し続けていた。
浮遊城が茫漠の地に墜落したのは、浮遊城を飛ばすための複数の魔石が破壊されたためで、中庭の維持用に設置されたいくつもの小さな魔石は、いまだに十分な仕事を続けている。
小さな池から供給される水で土は潤い、水の無い茫漠の地に立つ廃墟となった城に青々とした木々を育み続けていた。
さらに浮遊城のいたるところにできた亀裂の隙間へ流れ込んだ水は、茫漠の地を少しずつ潤し始めていた。
どんな場所にでも草木の種は存在するもので、何ひとつ生えていない茫漠の地も例外ではない。
少しずつ流れ出た水により何もないはずの荒地から何かが芽吹き、廃墟となった城の周囲を少しずつ緑が覆い始めていた。
そんな廃墟の城で生まれた生命は、黒い卵から生まれた黒い龍である。
卵から孵った龍は、亀裂だらけのいびつな魔石から供給される魔力を糧にして生きていた。
廃墟となった城の中庭の小さな池の水を飲み、その池で日に何度も水浴びをする。
砂漠の厳しい日中の日差しも廃墟となった城と木々が作り出す日陰により快適に過ごす事ができた。
稀に中庭に植えられたラピリアの木に成る実を黒い龍が遊び半分に食べる。
黒い龍にとっては、魔石から漏れ出す魔力が食事そのものであり他のものを食する必要はない。
だが、このラピリアの木に成る黄色い実を食べると、なぜか体が軽く感じられるため毎日の様に黄色い実を食べていた。
とある日。
黒い龍は、いつもの様に亀裂だらけのいびつな魔石から漏れ出す魔力を吸収しそれを糧としていた。ところがその魔力とは異なる強力な魔力を廃墟の城の外から感じた。
廃墟の城から茫漠の地を眺める黒い龍。
すると遥か彼方にキラキラと輝く白く透明な塔が立っていた。それは、昨日までは無かったものだ。
黒い龍は、廃墟の城を飛び立つとキラキラと輝く白く透明な塔へと向かう。
白い塔は、太陽の熱で少しずつ融け出して周囲にうっすらとした霧を生み、茫漠の地に水を供給していた。
ここでも廃墟となった城と同様に何かの種が芽吹き、白い塔の周囲に緑の園を生み出していた。
黒い龍は、キラキラと輝く白い塔から微かに感じられる魔力を吸収していく。それは、亀裂だらけのいびつな魔石から漏れ出る魔力とは、また違った”味”が感じられた。
黒い龍は、白い塔の上へと飛んでいくとそこから周囲を見渡す。
すると茫漠の遥か彼方に木々が生い茂る森が目に入る。その地を注意深く観察してみると沢山の美味しそうな魔力が充満していることに気がつく。
黒い龍は、あの魔力はきっと美味しいに違いないと思い、自然と羽が動き木々が生い茂る森へと飛び立っていた。
木々の生い茂る地、そこは精霊と妖精達が暮らす精霊の森であった。
黒い龍は、精霊の森へと降り立った。
羽をたたみ小さな足でテクテクと森の中を歩き始める。するとさっそく妖精達が集まって来て黒い龍を取り囲む。見た子もない黒い小さな龍に興味深々の妖精達。
ところが黒い龍の周りに集まった妖精達は、次々に倒れていく。
それを見た妖精達が一斉に黒い龍から離れてようとするが、飛ぶ暇もなく妖精は倒れていく。
妖精は、慌てて手の平から魔法蔦を出して黒龍を捕らえようと試みる。だが魔法蔦が黒い龍に絡まると同時に妖精達は倒れていく。
まだ倒れていない妖精達は、一斉に飛び立つと精霊の元へ、或いは仲間の妖精達の元へ飛び立っていく。
残った妖精達は、黒い龍を遠巻きに見ているだけで、早くこの精霊の森から出て行って欲しいと願うばかりである。
そうこうしているうちに黒い龍は、精霊の森を抜けて城壁の前へとやって来た。
黒い龍は、城壁の中には森とは異なる美味しそうな魔力がいっぱいある事を感じ取ると、小さな羽を広げげてパタパタと羽ばたかせながら城壁の中へと飛んで行いく。
その光景を見ていた妖精は、急いで城壁の中にあるとある場所へと向かう。妖精が向かったのは、領主の館。そう、妖精はカルの元へ黒い龍の存在を知らせるために飛び立ったのだ。
「カル様。その腕輪は、なんですか」
「これ、ドワーフのバレルさんに作ってもらったんだ。魔力を使わない様にしたり、魔力を取られない様にできる腕輪。この前、魔法蔦を使った時に魔力を全部吸われて魔力切れを起こして倒れたからね、あれの予防なんだ」
「へえ、魔力量が少ないと別の苦労もあるんですね」
「そうなんだ。バレルさんに幾つか作ってもらったからライラさんも・・・魔力量が多い人には、必要なかったね」
「すみません。なんだか気を使ってしまわせて」
領主の館の中庭で、妖精の国に持っていくラピリアの苗木の選定を行っているカル、メリル、ライラの3人。
そこに妖精達が慌てた様子で飛び込んで来た。
”妖精が倒れた!”。
”魔力を吸ってる”。
”黒い龍が出た!”。
妖精達は、メモに必死でなぐり書きを始めるとそれをカルに見せる。ところが何の事か理解できないカルは、ただ首を傾げるばかりである。
そこで妖精は、メモ書きに別のメモ書きを足して順番を変えると再度、カルにメモ書きを見せる。
”精霊の森に・・・”
”黒い龍が出た!”。
”その龍が・・・”
”魔力を吸ってる”。
”みたいで、沢山の・・・”
”妖精が倒れた!”。
”その黒い龍が城壁の中に入って行った”。
妖精達が並べたメモ書きを順番に読み、初めて妖精達が何を伝えたいのか理解できたカル。
「まさか魔力吸収。ドレインを使う龍が現れたのですか」
メリルが妖精達のメモ書きを見て慌てた様子だ。
「カル様。魔力を吸収する龍がこの街に来ているようです。魔力吸収、つまりドレインを行う龍となると恐らく黒龍です。本来ならこの世界にはいない龍です。魔導書には、魔界に生息していて何等かの方法でこの世界に召喚される事があると書いてありました」
「黒龍。その龍って強いの?」
「はい。常時ドレインを発動しているはずですので、近寄るだけで魔力の枯渇を起こして動けなくなります。魔力量の多い魔術師ほどより多くの魔力を吸収されるので、かなり厄介な相手です」
「そんな龍がこの城塞都市に来たっていう事は・・・」
そこに息を荒げた兵士が走り込んで来た。
「大変です。街の住民が次々と倒れています。何かの伝染病でしょうか」
カル、メリル、ライラは、お互いの顔を見合うと妖精達が言っていた事が本当に起こったのだと理解した。
「分かった。僕達もその黒龍?とやらを探して街から追い出さないと!」
「でも、どうやって?近づくだけでドレインで動けなくなります」
「そっか、どうしたら・・・あっ」
カルは、自身の腕に付けている腕輪を見て思い出した。この腕輪を身に着けていれば、ドレインから逃れられるのではないかと。
「この腕輪をメリルさんとライラさんも身に着けて。効果があるか分からないけど」
「これは、さっき見せてくれた腕輪ですね」
「うん、その魔力を吸収されるドレインというやつに対抗できるかは分からないけど、無いよりかはましだと思う」
「分かりました」
メリルとライラは、カルが手渡した腕輪を身に着けると、カルと共に街中へ黒龍の捜索へと乗り出した。
数人の兵士の護衛と共に領主の館から出たカル達。そこで目に入にした光景は、魔力の枯渇で身動きできなくなった街の住人が道端に溢れていた。
魔力の枯渇で倒れている住民には、少しばかりのラピリア酒を飲ませて魔力の回復を促す。
兵士達には、気休めではあるが住民を領主の館へと非難させる様に指示を出して誘導してもらう事にした。
今回の件に関しては黒龍からの逃げ場はどこにもない。例え城塞都市の外に逃げたとしても、そこに黒龍が来ないとは断言できないからだ。
恐らく黒龍がいるのは、住民が多く倒れている先。カル達は、急いで黒龍の後を追う。
すると街の路上を小さく羽が生えた黒龍が歩いていた。そしてその黒龍の前には、なぜかカルの地龍達がいる。
「カル様の地龍がなぜか黒龍と戦っている様に見えます」
「僕にもそう見える」
目の前では、黒い龍の周囲を走り周る2体の地龍が次々と黒龍に向かって体当たりを行っている。
対する黒龍は、2体の地龍に対して口から何か黒い光の様なものを放っている。だが、地龍達は器用にその黒い光を避けていく。
黒い光は、背後の建物をことごとく破壊し、見た事もない黒い炎を吹きあがらせていく。
カルは、背中に背負った大盾を構えると、地龍達の援護に入ろうとする。だが、メリルがカルの両肩を掴んで止めに入る。
「カル様。カル様では、あの戦いに割って入ったところで何もできません」
「そっ、そんなはずないよ。僕の地龍達が戦ってるんだよ。あの黒龍の攻撃から地龍達を守ってやる事くらい・・・」
「いえ、あの黒い炎。あれは、恐らく暗黒炎です。魔導書にあった暗黒炎であれば、私達の武具など全く歯が立ちません。カル様の大盾に魔人が宿っていてもどうにかなるものではありません」
「そっ、そんなあ・・・でも何か・・・何か出来ないの」
カルの肩を必死に掴んで戦いに向かわない様に押さえつけるメリル。
ライラもどうする事もできずに黒龍と地龍の戦いを見守る。
そこで、ふと気が付くカル。
「あれ、そういえばなんで地龍達は、黒龍の魔力吸収・・・ドレインに対して何ともないのかな」
「あっ、そうですね。例え地龍でもドレインで魔力を吸収されれば、動けなくなるはずです」
目の前で黒龍と戦う地龍は、黒龍に対してキレッキレの動きを見せていて、黒龍の黒い光を全く受けていない。
そんな時、黒龍は戦いを傍観しているカル達の存在に気が付くとカル達に向かって黒い光を放つ。
それを察した地龍達は、地上から勢いよく飛び立つとカル達の前に立ちはだかった。
「あっ、地龍が・・・」
カルの目の前で地龍の体に黒龍が放った黒い光が命中する。
黒い炎に包まれ地面に転げ落ちる地龍。
それを抱きかかえようと走りそうになるカル。そしてそれを必死に押さえつけて建物の陰に引きずっていくメリルとライラ。
黒龍と地龍達の戦いの行方は、果たして・・・。
地龍とは別の命が誕生しました。それは、別な世界からやって来た黒龍でした。