135話.新しい命(1)
カルが盾のダンジョンでドロップしたふたつの卵。あれがどうなったのかというと・・・。
カルが妖精達の依頼でラピリアの苗木を植えに妖精達が作る国へと足しげく通っている頃、カルの部屋である異変が起きていた。
以前、カルの大盾のダンジョンでドロップしたふたつの卵。
それを麦わらを敷き詰めた大きなバスケットに入れて大切に保管していた。
とある日。
領主の館の食堂で夕食を食べた後に部屋に戻るとふたつの卵が同時に少しづつ割れ始めた。
「あっ、もしかして卵がかえるのかな」
椅子に座わり机の上の卵をじっと見つめるカル。すると徐々に卵が割れていく。
やがてふたつの卵から小さなトカゲの様な生き物が生まれた。
「これって地龍なのかな。鑑定魔法で調べてもらえば分かるかな」
しばらくすると麦わらを敷き詰めたバスケットの中でトカゲの様なふたつの生き物は、ぐっすりと寝り始める。
「この子達って何を食べるのかな。国境の精霊の森で見た地龍は、魔石を食べていたけどこんなに小さくても魔石を食べるのかな」
カルは、鞄から盾のダンジョンでドロップした魔石をひとつ取り出すと地龍達が眠るバスケットへそっとと入れてみる。
「そういえば、村のエルフさんがミスリルも食べるような事を言ってた」
カルは、ミスリルの特品を布袋から取り出し、小皿に入れてバスケットの中に置いてみる。
「明日、このトカゲの様な生き物が何を食べるのかホワイトローズさんに聞いて・・・」
その時、カルの目の前にバスケットの中のトカゲの様な生き物を覗き込む精霊ホワイトローズの姿があった。
「わっ、びっとくりした。いつからそこにいたんですか」
「今なの。やっと生まれたの。ダンジョンでドロップした地龍の卵が本当に生まれるか不安だったの」
「ホワイトローズさん。これって地龍なんですか」
「そう、地龍なの。それも珍しい地龍なの。大きくならないから飼いやすいの」
「へえ、そういえば地龍は何を食べるんですか」
「魔石、それに鉱石なら何でも食べる。でも食べた鉱石で個体差が出るの」
「個体差ですか?」
「そう、ミスリルを多く食べれば、ミスリルの特性を持った地龍になるの。アダマントを多く食べた地龍は、アダマントの特性を持つ地龍になるの」
「そうなんだ」
「魔石とミスリルを両方食べさせると面白い特性を持つの。だから地龍のうんちは、捨てないで集めるの」
「う・・・うんちですか」
「そうなの。この地龍が魔石とミスリルを食べたら、その両方の特性を持つうんちをするの。それはとても貴重なの。この世界には存在しない物質が誕生するの」
「なんだか面白そうです。地龍のうんちかあ・・・早く見てみたいな」
カルと精霊ホワイトローズは、夜遅くまでバスケットの中ですやすやと寝る地龍の幼体を見ながら、いろいろ話に花を咲かせた。
朝、カルが目覚めると地龍はバスケットの中に置いた魔石とミスリルを食べていた。
カルも地龍がどうやって固い魔石やミスリルを食べるのかと思い、地龍達の食事風景をじっとみつめる。
そこである事に気が付いた。それは、地龍達は、口の中の粘液で魔石やミスリルを熔かして食べているようなのだ。
熔けた魔石やミスリルがどうやって体の中で消化されて栄養になるのかは分からな。
それについては、詮索はしないでおいて欲しい。ファンタジー万歳!
さて、カルが領主の館の食堂で朝食を食べて部屋に戻ってみると、今度は、バスケットの中の地龍達とはしゃぐ剣爺の姿があった。
「あっ、剣爺」
「地龍の幼体、実に可愛いのじゃ。こやつら魔石とミスリルを実に美味そうに食べるのじゃ。やはり鉱石の神であるわしが与えるミスリルが美味いようじゃ」
剣爺は、ミスリルの粒を地龍の幼体に食べさせては、とろけた様な笑顔を見せている。
カルも剣爺の楽しそうな姿を見て思わず微笑んでいると、バスケットの中に小さな粒がいくつも転がっている事に気が付いた。
「もしかして、この小さな粒って地龍のうんちかな」
「そうじゃ。それは魔石とミスリルの特性を持つ物質じゃ。この世界にな存在せん物じゃ」
「ホワイトローズさんもそう言ってた」
「この地龍のうんちで武具を作れば、どんな武具が作れるかお察しという所じゃ」
「へえ、なんだか凄そうなうんちだね」
”コンコン”。
「領主様。お目覚めですか。そろそろお仕事のお時間です」
カルの部屋の扉をノックしたのは、カルの秘書官となったアリッサだ。
若い秘書官だがとても有能でカルの仕事を絶えず補佐するのが彼女の仕事で・・・というのは建前である。実際のところは、カルを絶えず監視し仕事をサボらない様に見張るのが彼女の仕事である。
「では、わしは短剣に戻るとするのじゃ。たまに地龍達をあやしに来るのじゃ」
「うん。お願い」
剣爺は、テーブルの上に置いてある短剣の中へと戻っていった。
カルは、地龍の揺り籠となっているバスケットを持ち、執務室へと向かうとバスケットの中の地龍達をあやしながら仕事にとりかかる。
「あの、そのバスケットの中の生き物はトカゲですか」
「地龍だよ。可愛いでしょう」
「ちっ、地龍ですか。地龍って・・・まさか龍ですよ」
「でもこの地龍は、大きくならないんだって」
「そうなんですか。でも地龍って何を食べるんですか」
「今は、ダンジョンでドロップした魔石とミスリルを食べさせてる。そのお皿に入れてあるのがミスリルの特品だよ」
「ミスリルの特品・・・ええっ、そんな高価な物を食べさせてるんですか」
「そうかな。その小皿に入れたミスリルの特品の量だと、だいいたい金貨10枚くらいの価値だよ」
「まさか机の上に置いてある布袋の中身も」
「そう、ミスリルの特品。地龍の大切なごはん」
「この量だと金貨・・・」
「その袋のミスリルの量だと、アリッサさんの給料の数十年分になるかな」
「・・・・・・」
その時、アリッサの頭の中で打算が働いた。
「領主様。私と結婚してください。私が領主様の生涯の秘書になります」
「嫌です。だってお金目当てって分かってるもん」
カルは、考える時間すら置かずに即答した。
「そっ、そんなあ。私、真剣に考えてるんですよ」
「だって、ミスリルの袋を見るまで結婚なんて一言も言わなかったもん」
「ちっ、失敗したか」
「いま、なんて言ったの」
「いえ、何でもありません」
それ以来アリッサは、ことある毎にカルに言い寄る様になった。だがカルもアリッサがお金目当てで言い寄っている事くらい分かっているので適当にあしらい続けた。
カルは、仕事の合間に息抜きを称して地龍達を連れて精霊の森へと散歩に出かける。
地龍達を連れて精霊の森に入ると妖精達が集まって来て地龍達をあやしてくれるのだ。その光景を見ているだけで実に微笑ましく感じる。
地龍達との散歩の時にカルには、ある仕事が待っていた。それは、地龍のうんちを拾って帰ること。精霊ホワイトローズと剣爺にも言われた事をカルは、忘れていなかった。
数日もすると地龍も少し大きくなり、うんちも大きくなっていた。カルは、それを丹念に丹念に拾って歩く。
そんな日々が続いたある日、魔法が使えるメリルとライラに鑑定魔法でとある小さな粒の鑑定を依頼した。
そう、地龍のうんちの鑑定である。だが、その小さな粒が何であるかは伏せて鑑定してもらった。
「メリルさん。ライラさん。おふたりとも鑑定魔法を使えますよね。この小さな粒を鑑定してもらえませんか」
「いいですけど。見た事もない粒ですね。何の粒でしょうか」
「へへへ。鑑定してのお楽しみです」
「あら。もしかして私達を試しているのですか。受けて立ちますよ」
「いじわるなカルさんに、お姉さんたちの魔法の力を見せつけてあげます」
メリルとライラが揃って地龍のうんちに鑑定魔法を放つ。
その結果は・・・。
”物質名・・・不明”。
”元々は、魔石とミスリルであった物が地龍の腹の中で融合した物質”。
”この世界には存在しない金属である”。
”魔力を送り込むと物質内で魔力を循環して蓄え増幅する性質がある”。
”同じ大きさの魔石の数百倍の魔力を蓄え増幅する事ができる”。
「・・・なっ、何ですかこれは?」
「あの、地龍の腹の中で融合した物質って・・・」
「そう、地龍のうんち!」
「ちょっ、何て物を鑑定させるんですか」
「ははは。でもこのうんち・・・じゃなかったこの物質は、凄い魔法特性を持っているんだって」
カルは、メリル、ライラ、それにゴーレムのカルロスⅡ世を連れて精霊の森の向こう側に広がる荒地へと向かい、腰にぶら下げた鞄から小さな魔法杖を取り出す。
「実は、ドワーフのバレルさんにこの魔法杖を作ってもらったんだ。ふたりは知っていると思うけど、僕は、殆ど魔力を持っていないから魔力を必要とする魔法具を持っていないんだけど・・・」
カルは、手に持った小さな魔法杖になけなしの魔法を送り込むと、それを開放してみせた。
カル達の目の前には、国境の精霊の森で見た氷の塔の様なものがそびえ立っていた。
「ええっ、何ですかこの氷の塔は」
「へへへ。凄いでしょう。魔力のない僕でもこんな事ができるんだ。では、この魔法杖の種明かしをしますね」
ドワーフのバレルの話では、いくら地龍のうんちでも、ひと粒でこれ程の魔力増幅はできないらしく、いろいろ試してもらった結果、この小さな粒20個を魔法回路で直列に繋ぐ事でこれだけの魔法出力を可能したらしい。
もし普通の魔石を直列に並べても途中で魔石が増幅した魔力に耐えきれずに壊れてしまうそうだ。
「地龍のうんちは、普通の魔石よりもかなり丈夫らしくて、魔石の様に魔力を送り込みすぎて壊れる事が無いんじゃないかって。でも使ってみないと限界点は不明だってバレルさんが言ってた」
「「もし、私達がその魔法杖を使ったら・・・」」
メリルとライラが同時に同じ言葉を発した。
「僕ですらこんな魔法が簡単に使えるからね。メリルさんやライラさんが使ったら・・・だからこの魔法杖を使わない事に決めたんだ。こんな物を使ったらこの世界が壊れてしまうんじゃないかって」
カルは、そう口にすると小さな魔法杖から地龍のうんちの粒をひとつ、またひとつと取り外して腰にぶら下げた鞄の奥そこへしまい込んだ。
「せっかく作った魔法杖を封印するなんて勿体ない気がします」
「僕は、この世界で戦争をしたい訳でもないし、ましてや世界征服がしたい訳でもないから」
「そうですね。カル様らしいです」
カルの肩に乗る小さなふたつの地龍をメリルとライラがあやしながら城塞都市ラプラスへと戻る。
その時、茫漠の果てで捨てられた小さな古城である異変が起きていた。
茫漠の果ての小さな古城・・・それは、リオが作った浮遊城の成れの果てである。
その古城の中で黒い霧を吹きだす魔石。その隣りに転がる黒い卵に割れ目が入る。
黒い卵は、カルが発した魔力に反応してこの世界に新しい生命を誕生させた。
地龍は、カルとの毎日の散歩に慣れてきた頃、いつしか部屋を抜け出し勝手に精霊の森へと出かけるようになった。
その度に地龍を探しに精霊の森へと向かうカル。そして妖精達に地龍達の居場所を教えてもらう羽目に。
もし、地龍達の身に何かあっては大変だと考えたカルは、街中にある看板を立てる事にした。
「おい、街中を地龍の幼体が2体も歩いてるぞ」
「幼体とはいえ地龍だ。捕まえてギルドに持っていけば高く売れるぞ!」
街中で地龍を見かけた冒険者達は、街中の道をちょろちょろと歩く地龍の幼体を捕まえようと必死に後を追う。だがすばしっこい地龍は、ちっとも捕まらない。
「ええい面倒だ。生け捕りは無しだ。殺しちまえ!」
冒険者は、そう言うと腰の鞘から剣を抜こうとしたその時。
「おい、街中で剣を抜いたら逮捕するぞ」
冒険者の後ろには、剣を帯刀し盾と鎧で身を固めた兵士が立っていた。その数ざっと6人。
「えっ、でも地龍ですよ。街中に地龍がいるんですよ」
冒険者は、顔から冷や汗を流しながら後ろに立つ兵士達に剣を抜こうとした言い訳を言ってみせた。
「そこの看板をよく見ろ」
兵士が指を差した先には、看板が立っていてそこにはこう書かれていた。
”地龍の散歩道”。
”この道を領主が飼っている地龍が精霊の森へ散歩に出かけます。生暖かく見守ってください”。
”くれぐれも捕まえて冒険者ギルドに売り飛ばしたりしないでください”。
”(注)地龍を殺したり売り飛ばしたりしたら生きたままマンドラゴラの苗床の刑に処します。領主より”。
街中の至る所にこんな看板が立っていた。
「地龍は、領主様の大切な従魔だ。くれぐれも捕まえたり殺したりするなよ」
「もっ、もし地龍を捕まえたら・・・」
「看板に書いてある通り、生きたままマンドラゴラの苗床の刑だ」
「いっ、いくらなんでもそんな!」
「言っておくがこの城塞都市の領主様は、氷龍や風龍とも仲が良いからな。マンドラゴラの農園くらい持っていても不思議ではないぞ」
兵士は、看板に書いてある事がさも本当であるかの様に言い放った。だが、いくらカルでもマンドラゴラの農園など持ってはいない。あの看板に書いてある事は、カルが思い付きで言ったデタラメなのだ。
兵士の言葉にしゅんとなる冒険者達。
「今回は、街中で剣を抜かなかったから不問に付すが、我々が見ていなくてもラピリアトレントや妖精達が絶えず地龍を見守っている事を忘れるな」
兵士に言われて冒険者が街中を見回してみると、確かに街のあちこちにラピリアトレントや妖精達がいて地龍の行動を見ていた。
しかもラピリアトレントの幹には”警護”と書かれたプレートまでぶら下げられている。
「ラピリアトレントもこの城塞都市の警備隊の一員だからな。魔獣だと思って甘くみると痛い目をみるぞ。何せあいつら俺達よりも体術が得意だからな」
「ひえーーー」
思わず兵士の言葉を聞いて街中の雑踏へ逃げていく冒険者達。
「ふん。この城塞都市を普通の街と思ってもらっては困るな」
「隊長。冒険者達を驚かさないでくだいさいよ。住んでる俺達ですらおかしいと思える街なんですから」
「そうだな。トレントや妖精達と共存し、龍が酒を飲みに来る街なんぞそこいら中に有ってもらっては困る」
「ははは、本当ですね」
兵士達は、笑いながら街の警備へと戻っていった。
カルの地龍達は、今日も精霊の森で妖精達と戯れる。街の住民も地龍が街中を歩く事など全く気にする様子もない。それが城塞都市ラプラスのおかしなありふれた日常となっていた。
カルが盾のダンジョンからドロップした地龍が生まれました。そして廃墟と化した浮遊城でも・・・。