134話.帰路での出来事
妖精の国を後にルル達を乗せた浮遊城。ですが、すんなり帰れるはずもなく。
城塞都市ガンドロワからの帰路の途中、新しい妖精の国に2日ほど滞在したのち一路城塞都市ラプラスを目指す浮遊城。
砂漠の淵に広がる茫漠の地の上をゆっくりと浮遊しながら進む。
妖精達も姿を隠す必要がなくなったため、浮遊城のいたるところに姿を現し、のんびりと空中散歩を楽しんでいる。
テラスに置いてある椅子に腰かけて優雅にお茶を飲み・・・。
ルルは、そこで椅子から立ち上がるとテーブルにカップを置いてテラスから周囲を見渡す。
「何か問題でもありそうですか」
テラスから周囲をしきりに警戒するルルの姿に、思わず声をかけるリオ。
「いやな。前もこうやってお茶を飲んでいたら何かが起こったなと思って」
「ははは。ルル様も心配性ですね。この世界で空を飛ぶ輩なんて妖精か龍族くらいしかいませんよ」
レオは、城塞都市ガンドロワで仕入れたクッキーをボリボリと食べながらそんな言葉を発する。
「まあ、確かにそうだな。そんなに問題ばかり起こる訳ないな」
ルルは、周囲に何もない事を確認すると、椅子に腰かけ再びお茶を飲み始めた。その後、3人で世間話に花を咲かせていた。
だがその時ルルが心配していた事が、既に起きていた。
城塞都市が浮遊する高さよりもさらに高く雲が点々を姿を見せているところに普通ならあり得ないものが空に浮いていた。それは、浮遊城と同じ速度で浮遊城の後を追っていた。
裁定の木とその精霊である。
カルと共に国境の精霊の森へと赴き、国境を接するふたつの国の国王と貴族の半分の命を奪った精霊だ。
あの件以来、何事もなくこの平和な世界に飽き飽きしていた裁定の木の精霊は、たまたま見かけた浮遊城に胸をときめかせていた。
精霊界には、魔力の関係で浮遊島は多数存在する。だがこの世界には、そんなものは存在しないはずであった。
ところが、それを作りし者が眼下に存在したのだ。それを作れる者ともなればかなりの魔力の持ち主のはず。
ならば、その者の力量を見てみたいと思ったのだ。とはいえ、所詮はこの世界の住人。全力で挑んでがっかりさせられてしまっては、元も子もないない。
ならば、暗くなってから脅かせてやろうと精霊は、いらない思案を巡らせていた。
日が落ち辺りもだいぶ暗くなった頃、遥か遠くに城塞都市ラプラスの街の灯りが点々を見えて来た。
本来なら暗くなれば浮遊城を止めて宿営の準備をするのだが、もう少しで帰れるという思いから浮遊城を進める事になった。
だが、それが裁定の木の精霊にとっては好都合であった。
精霊は、裁定の木を先行させると城塞都市ラプラス側から浮遊城に向かう進路を取る。
それを知らないルル達は、城塞都市ラプラスの街灯りを目指して進んでいく。
「こうやって夜景を見ながら空を飛ぶのもいいですね」
テラスから夜景を見つめるルル、リオ、レオ。それに多数の妖精達。
「今回の帰省で思ったのだが、我らの故郷はあそこなのかもな」
目の前の城塞都市を見つめながらそんな言葉を発するルル。
「そうかも知れませんね。親は親、子は子ですからね。我らの故郷は・・・」
ふと話を途中で止めるとテラスから身を乗り出すリオ。
「どうした。急に話を止めて」
「いえ、城塞都市ラプラスの街の灯りが急に見えなくなりました。何か変です」
リオの言葉に思わずテラスから実を乗り出すルルとレオ。
「そんなはずは・・・」
だがルルが目を凝らして夜空の先を見つめると、そこには城塞都市ラプラスの灯りは全く見えない。さらに目を凝らすと何か黒い影が浮遊城に向かって進んで来るのが見える。
「リ・・・リオ。何かが此方に向かって来る。退避、退避だ!」
リオは、走り出すと魔石が設置してある石作りの台の前へと移動し、魔法杖から魔石へと魔力を送り込む。
浮遊城は、急激に右に舵を切ると城が斜めに傾き始める。それによりテラスに設置したテーブルや椅子が転がりテラスの脇へと滑っていく。
その瞬間。浮遊城のあちこちに設置した魔法ランタンの灯りに照らされたのは、宙を浮く巨木が通り過ぎていく姿であった。
思わずその光景に呆気に取られるルルとレオ。
宙を浮く巨木は、浮遊城の後ろにピタリとついて来ると徐々に速さを増して浮遊城を追い抜いていく。
「巨木が浮いているぞ」
「そういえば、カル様が言っていました。城塞都市ラプラスの裏山には、空を飛ぶ巨木を操る精霊がいると」
「つまり・・・これがそれと言う訳か」
浮遊城は、急激に右旋回をしたために徐々に城塞都市ラプラスから遠ざかっていく。
「リオ。ラプラスから遠ざかっている。速度を落として進路をラプラスに・・・」
ルルがそう言いかけた時、ルル、リオ、レオの頭の中に誰かの声が聞こえて来た。
「僕の事を知っているんだね。なら僕と遊んでよ。その世界に来たのはいいけど戦争も起きないから暇を持て余していたところなんだ」
「なっ、なんだ。頭の中に直接話かけてくるのか」
「ルル様。精霊が直接話しかけて来ているようです。ですが、精霊の話に乗ってはいけません」
「そんな事を言わずに僕と遊んで」
その瞬間、宙を浮く巨木が浮遊城との間合いを狭めると、巨木が浮遊城の側面に接触して浮遊城が大きく揺れ始める。
「くそ、精霊は遊んでいるつもりなのか。こっちは死ぬ程の恐怖だぞ」
魔石に必死に魔力を送り込み巨木の追跡から逃れようとする浮遊城。だが、宙を浮く裁定の木の移動速度は、浮遊城を遥かに凌駕し、リオがいくら魔力を魔石に注ぎ込んでも突き放す事ができない。
浮遊城は、右周りに大きく旋回しながら茫漠の地を離れて砂漠の上空へと出ていた。
「まずい。砂漠に出るとワームに襲われる。リオ、もっと高く飛んでくれ」
「むっ、無理です。この浮遊城を速く飛ばすだけでせいいっぱいです」
「ならば私もやる。レオも魔石に魔力を送ってくれ」
「はい」
ルル、リオ、レオの3人は、手に持つ魔法槍、魔法杖、魔法剣から己の持つありったけの魔力を浮遊城の魔石へと送り込む。
制定の木の精霊は、玩具を与えられた子供の様に浮遊城に向かって度の過ぎるいたずらを始める。
精霊は、浮遊城の下に回り込むと氷魔法による連続族撃を始めた。精霊の氷魔法により作られら巨大な氷塊が浮遊城に当たる度に激しく揺れる。
浮遊城は、下からの氷攻撃により徐々に上空へと追い立てられていき、やがて空の雲よりも高く飛んでいた。
「ルル様。こんな攻撃を受けていては浮遊城が持ちません」
浮遊城は、どんどん高度を上げていく。夜空に浮かぶ美しい月など見る余裕すらない3人は、必死に浮遊城の魔石に魔力を送り込む。
そんな時、浮遊城の魔石に異変が起きた。
”ピシッ”。
「まっ、魔石に亀裂が!」
”ピシッ”。
”ピシッ”。
「他の魔石にも!」
浮遊城は、これほどの速い速度でこれ程の高度を飛ぶ事など想定していなかった。
ましてルル、リオ、レオの3人の最大魔力を短時間のうちに送り込まれる事も想定されていない。
浮遊城の魔石は、城塞都市ガンドロワの上空に出現させた巨大積乱雲や、山体崩壊を起こした街の住民の避難などによりかなりの負荷をかけられていた。
それが、裁定の木の精霊のお遊びにより最後の時を迎えつつあった。
「ルル様。複数の魔石に亀裂が入っています。もう魔石が持ちません」
リオの悲鳴にも似た叫びが状況の悲惨さを物語る。
”ピシッ”。
”ピシッ”。
浮遊城の魔石に亀裂が無数に走り、亀裂の入っていない魔石は残りひとつ。
「リオ。・・・すまないが浮遊城を捨てる。このままでは浮遊城は地上に落下する」
「・・・はい」
ルルの決断に悲しげな声で答えるリオ。
「だが、このままでは終わらせない。一矢報いてやる。浮遊城をあの巨木にぶつける」
「はい!」
「妖精達、この浮遊城は終わりだ。悪いが避難してくれ」
ルルの言葉に残念そうな顔をする妖精達。そして妖精達は、次々と浮遊城から飛び立ちはじめる。
徐々に高度も速度も落ちていく浮遊城。だが、精霊の攻撃の手は全く緩まない。
浮遊城の土台となっている柱状の巨大な岩は、精霊の氷魔法の攻撃により徐々に砕け、地上へと落下していく。
それが幸いしたのか、浮遊城は若干ではあるが軽くなり先ほどよりも動きが軽くなっていた。
浮遊城から飛び立った妖精達。だが、ただ浮遊城から逃げた訳ではなかった。
妖精達は、精霊の魔法攻撃を避けつつ裁定の木へと飛び移り、浮遊城に置いてあった小さな扉を設置すると、との扉から小さな酒樽をいくつも運び入れる。
妖精達は、酒樽の栓を全て抜くとラピリア酒を裁定の木の表面へとぶちまけていく。
裁定の木は、杉の様な木ではなく、バオバブの木の様に木の頂点で四方に枝を広げた形をしている。
そのため裁定の木の頂上は、屋敷が建てられるほどの平坦な広さがあった。
妖精達は、そこにラピリア酒を何樽もぶちまけたのだ。ラピリア酒は、あっという間に木の表面から吸収されていく。
実は、精霊の木はお酒が大好きで妖精達が精霊界の木を大きく育てる時に、カルの鞄から酒樽を勝手に取り出して飲んでしまう程であった。
そして何樽ものラピリア酒を煽った裁定の木には、酔いが回り始めるとそれが精霊へと伝播していく。
「あれれ・・・なんだか目が回る。どうしたんだろう」
精霊は、浮遊城とのお遊びに夢中となり妖精達が背後でラピリア酒をぶちまけている事に全く気がついていない。
精霊は、徐々に酔いが回ると立っている事もできなくなり、裁定の木に座り込むとそのまま寝息を立てて寝てしまった。
そうとは知らないルル達は、崩れ落ちかけそうな浮遊城の魔石に最後の魔力を注ぎ込むと、一気に方向転換を果たし宙に浮かぶ裁定の木へと進路を向けた。
「これで浮遊城の最後だ。だが浮遊城はまた作ればいい。私達にちょっかいを出した精霊に後悔させてやる」
浮遊城は、点々と雲が浮かぶ空の上で裁定の木へと速度を上げて落下を始めた。
体が浮きそうになりながらルル、リオ、レオは、魔石に最後の魔力を送り込む。
”ピシッ”。
最後の魔石に亀裂が入る。
そして裁定の木の直上に来たところでルルはホムンクルスの鵂に。リオとレオは、レオのホムンクルスの鯰へと乗り込み浮遊城から飛び立つ。
裁定の木からは、妖精達が一斉に飛び立ったその瞬間。
夜空に点々と浮かぶ雲の合間に浮かぶ裁定の木へ浮遊城が落下した。閃光が夜空を明るく照らし大音響と共に裁定の木と砕けた浮遊城が地上へと落下していく。
その光景を鵂の背中に乗ったルルと、鯰の頭の上に乗ったリオとレオが見つめる。
リオが浮遊城を築城してからまだ1ヵ月も経っていない。それが目の前で地上へと落下していくさまは、見るに耐えない光景である。
裁定の木と砕けた浮遊城は、砂漠から少し離れた茫漠の地へと落ち、土煙を上げながら瓦礫の中に埋もれていく。
「浮遊城は、また作ればいい。でも魔石をカル様からどうやって貰おうかな」
築城して1ヵ月もしないのに魔石を全て壊してしまい、鯰の頭の上でどんな言い訳をすればよいのか途方に暮れるリオであった。
ルル、リオ、レオは、ホムンクルスの背に乗り城塞都市ラプラスへと向かう。美しい星空が広がる空の上で起こった事など当事者以外は誰も知らない出来事であった。
地上に落下した浮遊城は、柱状の岩が3割程に減りいくつもの亀裂が走り、城も半分以上が崩壊していた。
もう浮遊城として使う事はできない。魔石も全て砕けてしまい、魔石の破片が崩壊した城の床一面に散乱している。
ところが、そこで物語は終わらなかった。ルル、リオ、レオが魔石に送り込んだ大量の魔力により、魔石はまだ死んではいなかったのだ。
床に散乱した魔石は、黒い霧の様なものを噴き上げながら徐々にひとつに集まり始める。
やがて魔石の破片は、ひとつの魔石へと結合すると別の世界からある物を手繰り寄せた。
”ポトッ”。
無数の亀裂が入った魔石は、大きく成長し黒い霧を吐き出しながら別の世界から来たある物に魔力を送りはじめる。
それは拳よりも大きな黒い卵であった。
浮遊城は破壊されてしまいましたが、砕けた魔石が集まり何かを別の世界から呼び寄せました。さて、それはいったい・・・。