133話.始まりの妖精の国(3)
妖精達の国作りが始まります。とはいえ、妖精達なのでゆる~い国になるのかな。
妖精からラピリアの木を植えて欲しいという依頼を受け、領主の大切?な仕事を放り投げて向かった先は、精霊の森の入り口にある作業場でした。
作業場に入ると壁に立て掛けられた小さな扉が置いてあり、妖精と共にその扉をくぐり抜けたカル、カルロス、メリル、ライラの4人。
扉の先には、天井の高い広い部屋といくつもの大小の扉が置かれていた。
「凄い数の扉が置いてあるけど・・・、これって精霊の森で見た精霊界への扉と同じもの?」
”ちょっとちがう。ここに置いてある扉は、この世界のあちこちに置いてある扉と繋がっている”。
妖精がカルに何枚ものメモ書きを見せる。
カルが部屋に並ぶ大小の扉を眺めていると、扉の前にプレートが張ってありそこには、いくつかの文字らしきものが書いてある。
だが、カルが読める文字のひとつだけ。
”城塞都市ラプラス・領主の館・食堂(仮)”。
「へえ、ラプラスの領主の館の食堂って、もしかして領主の館の食堂に繋がってるの」
妖精は、メモに走り書きをしてカルにそれを見せる。
”そう。でも、食堂のおばちゃんがいつも扉の場所を動かしてしまうから扉が開かない事が多くて困ってる”。
「ははは。食堂のおばちゃんは、領主の館で最も強いから仕方ないよ」
妖精もカルの言葉に賛同したのか、首を縦に振りながら笑顔で笑っていた。
領主の館の食堂でご飯を作るおばちゃん達は、毎日美味しいごはんを作ってくれる。
そんな食堂のおばちゃん達を怒らせると美味しいごはんが食べられなくなる。その事を皆が知っているせいか領主の館の食堂で働くおばちゃんに文句を言う職員は皆無であった。
大きな部屋に置かれたいくつもの扉を見ていくとプレートには、異なる行き先が記されていた。
「城塞都市アグニⅡ・領主の館・食堂。別な扉には、城塞都市アグニⅠ・領主の館・食堂。なんだか食堂ばかりだね」
すると妖精は、とある扉の前へと飛んで行きと扉の前でカルを待った。
「この扉は、氷の塔・最上階・・・まさか国境の精霊の森」
妖精は、静かに扉を開けてそっと扉の向こう側を覗き込む。カルも扉の隙間から向かう側を覗き込んでみると・・・そこには、雲ひとつない晴れ渡る青い空と塔の上にいっぱいの酒樽といびきをかいて腹を晒して寝ている氷龍の姿。
「起こしちゃ悪いね」
妖精は、扉をそっと閉じた。まさか国境の精霊の森にある氷の塔の上にまで扉が置いてあるなんて想像もしていなかった。
ここに置いてある扉は、この世界のどこかに繋がっていて妖精達は、そこに自由に行き来ができるという。
カルは、盾のダンジョンの最奥に住む精霊ホワイトローズに頼んでラドリア王国のリガの街の倉庫に似たものを設置していた。
それは、サラブ村とを結ぶ”ゲート空間移送システム”。恐らくこの扉は、それと同等かそれ以上の代物だ。
カルは、精霊ホワイトローズにこの装置が悪用されない様に注意を促された。
「まかさ妖精さんがこの扉を悪用されたり、逆に悪い事に使う・・・なんてないよね」
カルは、誰にも聞こえない様な小声でそう言ってみた。カルが頭に浮かんだ悪い事とはつまり戦・・・。カルは、そこで考えるのをやめた。妖精達がそんな事をするとは到底思えなかったからだ。
それにこの扉を使うのは、カルではなく妖精達だ。彼らがどう使おうがカルが口を挟む話ではない。
「妖精さん、ラピリアの苗木を植える場所に案内して」
カルは、ここに来た本来の目的を確認するべく妖精にその場所への案内を促した。
城から出ると妖精は、カル達を城壁の上へと案内した。城壁の規模は、城塞都市ラプラスを遥かに凌駕する程の広さである。
しかも城壁内に豊富な水をたたえる大きな池まで備えていてラピリアの苗木は、城壁の内部の日当たりの良い水辺の近くに植えて欲しいという話だ。
「これだと苗木が数百本は必要になるかな」
妖精が示した場所は広大で数日かかっても植えきれる広さではない。それを妖精に伝えて少しずつ苗木を植えていく事を承諾してもらう。
恐らく妖精達は、精霊の森に匹敵する森をこの城壁の内外に作る気でいる。精霊の森の精霊がいれば数日で森を作る事は出来る。でも、それをあえて精霊の森の精霊抜きでやろうというのだからどれくらいの日数がかかるか検討もつかない。
元々、カルも城塞都市ラプラスの隣りに広がる荒地に数十年の時をかけて森を作るつもりでいた。それを妖精達がこの地でやろうというのだからカルとしても力が入るというもの。
その日以来カル達は、仕事の合間を見ては妖精の国へと通う様になり、ラピリアの苗木を植えてはライラの精霊治癒魔法で苗木を育て土壌改良を繰り返していた。
さらに極楽芋を植える畑を作り種芋をいくつも植えていく。極楽芋は、ラピリアの実と共に妖精達の大切な食料なのだ。
城壁のあちこちに蔦の種も植えた。城壁に蔦を植えるとそれを梯子のかわりにされて城壁を登られてしまう心配がありそうだが、植えた蔦は精霊の力が宿る魔法蔦である。
蔦に妖精達の意志を伝えれば、蔦が侵入者を捕らえてくれるので警備兵の役割を担ってくれる頼りになる蔦なのだ。
そしてラピリアの苗木を植えるカル達の横を巨木が歩いていく。
この世界と精霊界が繋がった時に精霊界からやって来た精霊が持ち込んだ苗木を妖精が拝借したものや妖精達が精霊界へと赴き、どこからか苗木をちょろまかしてきたものらしい。
巨木の大きさは、ひとつの小城に匹敵しそれが自らの根を足の様にして歩くのだから、その光景は異様だ。
だが、城塞都市ラプラスの隣りに広がる精霊の森の周囲には、この歩く巨木が既に10体程に増えていた。
カル達にとって歩く巨木は、もう見慣れた日常の光景なのだ。
とある日。
妖精達は、カルにある相談を持ちかけた。それは・・・。
「ミスリルですか。僕も手持ちがあまり無くて困っているんです」
妖精達がミスリルが欲しいと言い出したのだ。だが、ミスリル鉱山は傭兵達の手により爆破され坑道に入る事ができない。
いや、厳密にはミスリル鉱山の坑道に入る事はできる。元々ミスリル鉱山の坑道は、メリルが魔人メデューサだった頃に住処にしていた廃鉱で、坑道が落盤で埋まってしまった時の事を考えて別の出入り口を作っていた。
だが、メリルが作った坑道はとても狭くメデューサの姿なら出入りも容易だが、人が出入りする様な広い坑道ではなかった。
「埋まってしまったミスリル鉱山の坑道に入る事ができれば、すぐにでもミスリルが採掘できるんだけどね」
”15番の扉から入れるよ”。
妖精は、さらっとメモにそう書き記した。
妖精達に詳しく話を聞くと、メリルが作ったという狭い坑道を通ってミスリル鉱山の坑道にも扉を設置したという。
妖精達の要求は実に単純であった。妖精達が欲しいという量のミスリルを採掘さえすれば、ミスリル鉱山の坑道に設置した扉は、自由に使って構わないという。
元々ミスリル鉱山は、城塞都市ラプラスの所有資産ではなくカルの個人資産なのだが、坑道に入る手段を断たれた事で宝の持ち腐れ状態と化していた。
そのミスリル鉱山も鉱山技師の見積もりでは、採算割れが確実で鉱山としての価値は無いと断言されたいわくつきの鉱山である。
カルの持つ大盾は、その能力によりミスリルを純度99.99%に精錬した状態で採掘する事ができる。当然そんな事ができるのは、この世界でカルただひとりである。
その事をどこで知ったのかは不明だが、妖精は双方に利益のある話として持ちかけた。
城塞都市ラプラスは、税収不足で赤字運営を続けていた。それでも運営を続ける事ができたのは、カルの個人資産であるミスリル鉱山から採掘したミスリルを売却して得た資金で城塞都市を運営し、領民に食べさせる穀物を買い与える事ができたからこそである。
数日後。
妖精達は、カルから貰い受けたミスリルを持ち、鍛冶師であるドワーフのバレルの元を訪れていた。
「ほう。わしの腕を見込んで注文をしたいというのだな」
妖精が書いたメモ書きを読みながら手櫛で顎髭をなでるバレル。
「じゃがわしの手間賃はちと高いぞい」
”お金を持ってないから現物支給でお願い”。
妖精は、メモに走り書きをしながら布袋に入ったミスリルを差し出す。
「ほう、ミスリルの・・・特品か。出処はカルじゃな」
小さな頭を縦に振る妖精達。
”作って欲しいのはハンドベル。そのハンドベルにこの魔法陣を刻んで”。
妖精は、メモに書いたハンドベルの絵と、いくつかの詳細な魔法陣の図柄を差し出した。
「ほう、見た事のない魔法陣じゃな。この魔法陣は、かなり細かい細工が必要じゃわい」
”いくらでも待つ。ドワーフの力量をこれでもかと見せつける納得のいく仕事をして”。
「ふん。妖精のくせに偉そうな物言いじゃわい。ならば好きに作らせてもらうぞい」
バレルは、他の仕事をほっぽり投げると、自らの工房にこもりハンドベルの製作にとりかかる。
妖精達が注文したハンドベルがいった何物であるかも知らずに。
今日もカルは、妖精の国で畑仕事に精を出していた。その畑仕事の合間に領主の館に戻り領主の仕事を片手間にこなすという領主の風上にも置けないダメダメな領主に成り下がっていた。
さらに妖精の国の守りの担い手としていくつものラピリアトレントの苗木を持ち込み、ラピリアトレントと共に畑仕事に精を出す始末。
そして城の中では、妖精達が今日も収穫したラピリアの実で酒を造る。半分は自らが飲むお酒として。もう半分はお金儲けのために。
いろんな形で妖精の国に手を貸すカル。これからどんな事が起こるやら。