132話.始まりの妖精の国(2)
さて、妖精達が示す場所にやって来たルル、リオ、レオの3人です。
浮遊城は、砂漠の淵に広がる茫漠の地の上をゆっくりと浮上しながら進んで行く。
城塞都市ガンドロワを出てから半日程進んだ頃だろうか、山の稜線に夕日がまもなく沈もうとする頃に妖精が指定した場所へと到着した。
リオは、浮遊城を茫漠の地へと着地させると、ルル、リオ、レオは、城のテラスから周囲を見渡す。
「本当にこの地でいいのか。見渡す限り茫漠が広がるだけで何もないぞ」
ルルの隣りで茫漠の地を見つめる妖精達が頭を何度も縦に振っていく。
瓦礫だらけの茫漠の地に辛うじて馬車が通った後に出来るわだちが残っていた。何もないこの地を馬車で行く者がいるのも驚きである。
「ここに城と城壁を作るのは問題ないですが、地面に穴を掘っても水脈がなければ水は出ません」
リオの言葉に妖精は、硝子の板の様なものを持ち出すと、硝子に示された地図に何かの道の様なもの絵を重ねて見せた。
"これが水脈。ここを掘れば水が出る"。
妖精が見せたメモには、そう書いてあった。
「ほう、水脈の場所も分かるのだな。さすが妖精だな」
妖精は、小さな体のさらに小さな胸を張り虚勢を張ってみせた。だが水脈を見つけたのは妖精ではない。
水脈は、精霊が衛星軌道上で運用を開始した新しい探査機のデータにハッキングした情報から入手したにすぎない。
妖精は、城壁と城の場所、さらに水脈の位置と穴を掘る場所をメモに書きなぐりリオに手渡す。
さらにメモには、城や塔の配置や形、城の間取りまで書かれていた。
「以外と細かい注文ですね。さすがにこれから作るのは無理ですから、今日は城壁だけ作っておきますね」
妖精は、リオの言葉に頭を縦に振りながらリオの肩を何度も叩いてみせた。恐らく妖精は”頼むよ”とでも言いたかったのだろう。
リオは、浮遊城の城壁の上に移動すると魔法杖を構えて魔力を送り込んでいく。そして徐々に魔法を放っていくと瓦礫だらけの茫漠の地に次々と城壁が形作られていく。
着地した浮遊城を囲む様に城壁が完成した頃には、既に夕日が山の稜線へ沈んでいて辺りはだいぶ暗くなっていた。
城門などを作るのは、明日になるので今夜は浮遊城の中で休む事になるが、浮遊城が城壁に囲まれているため魔獣に襲われる心配もなくゆっくりと休む事ができると安心する3人であった。
浮遊城の城のテラスに置いてある小さなテーブルにスープと焼いた肉、それに少し固いパンが並び、椅子に腰かけて茫漠の夜景を見ながら食事をとる3人。
さらにテーブルの上では、焼いた肉を大きなナイフで小さく切り分けながら口に運ぶ妖精達の姿ある。
「妖精達が勝手に料理を切り分けて食べる光景には慣れたが、この光景は城塞都市の住民の家でも同じなんだろうか」
ルルは目の前で肉を口いっぱいに頬張る妖精達の姿を見てそんな疑問を思い浮かべた。
「住民によっては、妖精は家族だと考える者達もいるようです。食事も妖精達の分まで出すところもかなりあるそうです」
「妖精が家族か・・・」
「カル様が植えたラピリアの木から獲れた実で、まさか妖精が認識できる様になるなんで夢にも思いませんでした」
「そうだな。我らがカルに出会わずに城塞都市ラプラスの領主をやっていたら、妖精の存在すら知らなかったろうな」
「妖精達がここに自分達の国を作ったら、この世界はどうなっていくんでしょう」
「分からんが、以外とすぐに馴染んでいく気がするな」
「そうですね。今では、妖精を見ても何とも感じませんからね」
目の前で少し固くなったパンを小さくちぎり、スープに浸して美味しそうに食べる妖精の姿を黙って見つめる3人。
この世界にこれだけの数の妖精がいる事など誰も想像すらできなかった世界。それが今では妖精と共存し家族となって生活するまでに変わった世界。
これから妖精達が自らの国を作った時、この世界がどんな風になっていくのか想像すらできない3人であった。
次の日。
朝からリオは、妖精達の書いたメモを見ながら土魔法で城を作っていく。妖精達が注文した城は、今までリオが作った砦の様な城ではなく塔がやたらと多く、ことの他時間を要していた。
ただ妖精達は、城の内装に関してのこだわりは無いらしく、質素な作りであっが何一つ文句を言うこともなく城は、徐々に完成していく。
妖精とリオの城作りは、2日程かかり最後に水脈に向かって穴を掘るという作業が待っていた。
最初に池となる場所を魔法で広く浅く掘り、水が溜まる地表を押し固めていく。
その後、水脈に向かって地表から魔法で穴を掘って行くと、穴から徐々に水が湧きだし始めた。
水脈に向かって穴を掘り水を溜める池は、城壁内と城壁外に各ひとつづつ。
リオ達は、徐々に水が溜まっていく池を後に城へと戻ってみると、いつの間にか金属製の複数のゴーレムが荷物の運搬を行っていた。
だが、浮遊城の壁面に作られた階段を使ってゴーレム達が荷物の運搬をしてる訳でもなく、ゴーレム達は、完成した城の部屋の間を荷物を担いで行きかうだけである。
「部屋に運び込んでる荷物の数を見ると、浮遊城の部屋に置いてある荷物を遥かに超えてますね」
「妖精達は、いったいどうやってこれだけの数の荷物を運び込んだのだ」
妖精とゴーレムの行動を不思議そうに見守るルル達。
気が付けば、既に辺りは日が落ちて暗くなっていて、城のあちこちに魔法ランタンが置かれ淡い光を発しながら周囲を優しく照らしていた。
「妖精達よ。私達は明日の朝にここを出るが、必要な食料を浮遊城で運んで来なくてもよいのだな」
ルルの気遣いを理解した妖精達は、ルル達の前に並ぶと一斉に敬礼をして見せた。
”ありがとう。きっといい国を作ります”。
そう書かれたメモをルル達に見せる妖精。
「そうか。これからが大変だと思うがまあ、何かあったら我らでもカルでもよいので相談に来てくれ」
ルルの言葉に頭を縦に振る妖精達。
そして夜の浮遊城に戻るルル、リオ、レオに向かってずっと手を振り続ける妖精達。
浮遊城の目の前には、完成した城の窓から無数の魔法ランタンの灯りが漏れ、幻想的な夜景が広がっていた。
次の日の朝。
浮遊城は、完成した城に妖精達を残して、地上を離れた。
浮遊城のテラスから地上に残された妖精達の事を思い、少し感傷に浸っているルル達の目の前を酔った妖精が飛んでいく。
「えっ、妖精がいますね」
「妖精は、全てあの城に移り住んだのではないのか」
ルル達は、城の下層にある妖精達がねぐらにしていた部屋へと向かい、その部屋の扉を勢いよく開け放った。すると数えきれない程の妖精達がその部屋の中で生活を続けていた。
「おっ、お前達。あの城で新しい国を作るのではなかったのか」
そう言ったルルの目の前に小さな扉が壁に立て掛けたられていて、開け放たれた扉の先には、完成した城の通路が見えていた。
「こっ、これは何なのだ。なぜあの城の通路が見えるのだ」
ルルの言葉に妖精がメモ書きを見せる。
”この扉は、あの城と繋がっている。だから城には自由に行き来できる”。
「もしや城塞都市ラプラスからでもあの城に行けるのか」
”せいかい”。
ルルは、衝撃を受けていた。さっきまで茫漠の地に残した妖精達の事を思い少しばかり感傷に浸っていた自分がまるでバカみたいではないかと。
衝撃の事実を知り、思わず床に膝をついてしまったルルに対して妖精は、メモの走り書きを見せる。
”僕達をあの地に連れて行ってくれた事に感謝します。これからもよろしくです”。
妖精が見せたメモの走り書きを見て顔を上げたルルの前には、笑顔で微笑む妖精の姿があった。
その頃カルは、領主の館でひたすら書類に署名をする仕事に飽きていた。
ルル達が実家に戻れる様にと仕事を引き受けたのはいいが、秘書官が絶えずカルに付き添い仕事が終わるまで開放しないのだ。
だんだんと仕事に疲れて来たカルは、目が死んだ鯖の様になりやる事全てが苦痛に感じていた。
そんな時、カルの目の前に、どこからか妖精が現れてカルにメモ書きを見せる。
”ラピリアの木を植えてほしい”。
今まで死んだ鯖の様に生気が失われた目が途端に元気になっていく。
「ラピリアの木だね。分かった今すぐやる」
カルは、執務室のすみに置いてあった軽鎧と大盾を持つと、執務室の扉を勢いよい開け放ち妖精と共に廊下を全力で走っていく。
目的の場所は、精霊の森だ。
その姿を廊下で目撃した女性の秘書官は、慌ててカルを制止しようと試みるも・・・。
「領主様お待ちください。お仕事は・・・お仕事は、終わったのですか」
「後で~!」
カルの声が徐々に小さくなっていき、その後を執務室の前で待機していたゴーレムのカルロスが追いかけていく。
秘書官は、必死になってカルを追うつもりでいた。だが履いている靴がハイヒールであったために廊下で転んでしまいカルを見失ってしまう。
「領主様を逃がすなど秘書官の一生の不覚です。明日からは、ハイヒールではなくいつでも走れる様にブーツを履いて来ます」
顔の前で右手拳を握り締める秘書官。領主を逃がさない事に情熱を燃やす秘書官とカルとの戦いはまだ始まったばかりであった。
その頃、メリルとライラは、カルの個人的なスタッフであるため領主としての仕事を手伝う訳にもいかず、暇な時間を持て余してラプラスの街で散歩を楽しんでいた。
カルはというと、精霊の森へと向かいラピリアの木々が生い茂る果樹園で、手頃な苗木の選定に目を輝かせ、次々と苗木を腰にぶら下げた鞄の中へと放り込んでいく。
さらに極楽芋の種芋や蔦の種も補充すると、先程の妖精に苗木を植える場所を聞きだしていた。
「妖精さん。準備はできたけど、どこに植えればいいの」
”精霊の森の作業場です”。
そう書かれたメモ書きを見せる妖精と共にカルは、精霊の森にある作業場へと向かう。
「はあ、はあ、はあ。カル様。おひとりで行動しないようにといつも言っているじゃないですか」
「はあ、はあ、はあ。そうです。何かあったら皆が困るんです」
息を切らせたメリルとライラが姿を現したのは、精霊の森の作業場の前であった。
「ごめんなさい。でもよくこの場所に来るって分かったね」
「そろそろ仕事に飽きて来る頃だと思ってました。もし来るならきっとここだと」
メリルもライラも、絶えずカルと行動を共にしているせいか、カルが何をしたがっているのかは、だいたい予想は付くらしい。
カルとゴーレムのカルロスⅡ世、それにメリルとライラは、妖精の案内で作業場へとやって来た。
「ここに何かあるの」
作業場の扉を開け、ラピリア酒の樽が積み上げられた作業場の中へと入ると、そこには壁に立て掛けられた小さな扉が置いてある。
「あれ、なんだか見た事のない扉・・・、まるで精霊界と繋がる扉みたいだけど」
妖精は、壁に立て掛けられた扉を開けるとその扉の先へと消えていく。
「僕達にあそこに入れって事だよね」
「恐らくそうですね」
「でもかなり小さな扉です。かがめば何とか入れると思いますけど・・・、ゴーレムのカルロスさんは、肩幅があるので大変そうです」
4人と妖精は、壁に立て掛けられた扉に入っていき、最後にライラが扉をくぐる。
”パタン”。
小さな扉は、カル達を通すと軽い音をたてて静かに閉じた。
「領主様。逃がしませんよ」
その時、カルを追って秘書官が作業場の扉を開けた。だが、そこに人の姿はなく、今まで誰もいなかったかの様に静まりかえっていた。
「あれ、領主様がここに入って行くのが見えたんですが・・・」
秘書官の追跡を逃れたカル達。その目の前には、天井の高い大きな部屋と数十を超える扉が並ぶ光景が広がっていた。
今回は、嵐の前の静けさというか設定回といったお話でした。