124話.鬼人族の里帰りと新しいスキル(5)
砂漠の空に浮遊城を浮かせたまま一夜を過ごした鬼人族3人娘。
さて、何事もなく故郷の城塞都市へ向かう事ができるのでしょうか。
砂漠の空に浮遊城を浮かせたまま一夜を過ごし、浮遊城の見張りを鵂に任せて寝入ったルル、リオ、レオ。
だがなかなか寝付けなかったルルは、夜明け前にようやくベットで寝息を立て始めていた。
逆にレオは、ルルが寝入った頃にベットから起きだした。
城の中には、レオのホムンクルスである鯰が鎮座し、いつでも空を泳げるとレオに示していた。
城の塔の上にたたずむ大きな鵂を横目にレオは、鯰の頭に乗ると浮遊城の周囲を一周する。
浮遊城の周りを大きく周回しながら大きな魔獣がいないかを確認。その後には浮遊城の柱状の岩すれすれを飛んで小さな魔獣が岩に取り付いていないかを確認する。
本来であれば、部下を同行させて浮遊城の警備をさせるのだが、今回の目的は、実家への帰省である。
しかも初の浮遊城の試験運行も兼ねているため、使用人を連れて来ると何かあった場合に命の保証ができない。
昨日も巨大なサンドワームに襲われたばかりだ。あの状況で使用人がいたらどうなっていたことか。
リオは、鯰の頭の上に乗りながら城の見回りを終えると、城の中庭に降り立った。
ここは、小さいながらも土を入れて草木を植えた小さな庭になっている。
空に浮く浮遊城といえども緑があるとほっとできる場所だ。
さらに小さな池も作られていたが、レオの鯰には少々小さかったようで、鯰が池に入ると池から水が溢れて池が干上がってしまう。
その度にレオが魔法剣から水を出して池に水を溜めていた。
魔法剣の使い方としては、かなり無駄な使い方ではあるが、自らの従魔を得たレオにとって空を泳げる鯰は、既になくてはならない存在である。
寝始めたばかりのルル。そして起き出したリオに浮遊城の状況を話すレオ。
もうすぐ太陽が山の稜線から顔を出すという時間である。
いつの間にか、城の塔の上にいたルルの鵂もいなくなっていた。鵂も夜通しの番で眠たかったのだろうと思いながらレオは、朝ご飯の準備を始めるべく調理場へと向かう。
調理場に出向いたレオは、ハムと卵を焼くと皿の上に置いたパンの上に乗せ、テラスに用意されたテーブルに皿を置く。
リオとふたりでパンと卵とハムを頬張りながら浮遊城から朝日を眺める。
ところが、朝日がいつになっても山の稜線から上がってこない。
「あれ、いつまでも太陽が見えないけど・・・」
レオが何かを感じたのか、食べかけのパンを皿に置くと、テラスから体を乗り出して浮遊城の下を覗き込んだ。
「なんだか昨日と同じで砂漠が近い様に見える。また砂漠に向かって落ちてるんじゃないか」
レオが焼いたハムと卵が乗ったパンをかじっていたリオは、慌ててパンを皿に戻した。
「ちょっと魔石をみて来る。やはりこれだけの城を浮かせるとなると、以外と魔力を消費するのかも」
慌てて城の下層へと走り出したリオ。
椅子に座り直したレオがカップに注いだお茶に手をかけた時、ある違和感を感じていた。
それは、カップに注いだお茶が少し傾いていたのだ。
「あれ、浮遊城が傾いているのか。昨日の事もあるし城の周囲をもう一度見てくるか」
鯰がいる中庭に向かうレオとすれ違う様に城の下層にある魔石に魔力を注いで戻って来たリオ。
「魔石に魔力を注いで浮遊城を高く浮き上がらせる様にしたから」
リオの言葉にレオが答える。
「なんだか城が微妙に傾いている様に感じる。もしかしたらまたワームかもしれないからちょっと見て来る」
レオの慌てた態度がリオにも伝わる。
「もし昨日と同じ様にワームが城に取り付いていたら私は、城の下層で防壁を張って魔石を守る。最悪、サンドワームが城内に入って来たら魔法で城ごと吹き飛ばして。こんな城なんていくらでも作れるから」
レオは、コクリと頷くと鯰が待つ中庭へと向かう。
「城を吹き飛ばす・・・か。自分からああ言ったけど流石にそれは嫌だな。この城を作るために一週間もかかったんだから」
誰もいない城の中でひとりそうつぶやいたリオであるが、ここに来てリオも城に異変が起きている事にようやく気が付いた。
城の通路を歩くだけで傾いているのが分かるほどになっていた。
「何かが変だ」
リオは、慌ててルルが寝ている寝室へと向かい、ルルの寝室の扉をノックもせずに開けると、大きな声でルルに向かって叫んだ。
「ルル様。何か問題が起きているようです。またサンドワームの襲撃かもしれません」
まだ、寝始めたばかりのルルであったが、リオの言葉にすぐに起き出した。
「またサンドワームか」
「今、レオが調べに行っています。浮遊城が傾いています。もしかすると岩を登って来ているかもしれません。それで浮遊城の重量がおかしくなって傾いているのかも」
「またサンドワームが襲って来たらどうする」
「最悪の場合、浮遊城を破壊しても構いません。私は、城の下層で魔石に防壁を張って守っています。魔石さえ無事なら浮遊城は何度で作り直せます」
「分かっ・・・」
そこに窓の外を鯰の頭の上に乗ったレオが通りかかる。
ルルとリオは、窓を開け放つと、レオの放った言葉に耳を疑った。
「・・・ワームです。大量・・・です。数百の大群です」
風の影響なのかレオの言葉はよく聞き取れない。だが、それだけで十分である。
「恐らく大量のワームが岩の壁面を登っているのだろう」
遠くで魔法がさく裂する爆発音が何度も響き渡る。
「レオが攻撃を始めたようだ。最悪の場合は、城を破壊する。いいな」
「はい」
浮遊城は、リオが作ったものだ。だがこのチームのリーダーはルルである。ルルがそう判断したのなら、リオはそれに従うまでである。
リオは、城の下層に向かって走り出した。
ルルも服を着替えると城の城壁へと向かった。
ルルが城壁へと到着した時には、既にサンドワームの群れが浮遊城の外壁をよじ登り城壁の上へと到達しようとしていた。
その数は数えることが出来ない程であり、城壁の上から溢れ落ちて城内へとなだれ込むサンドワーム。
ルルは、城壁の上で魔法槍を構えると絶え間なく炎魔法を放っていく。
「ええい、サンドワームの数が多すぎて手が付けられん」
だが既に愚痴を言う暇させない程、サンドワームが場内に溢れ、中には城から砂漠へ落ちていくサンドワームすらいた。
これだけの数のサンドワームがこの砂漠にいるという事すら驚きだが、なぜ空に浮いていた浮遊城にめがけてサンドワームが集まったのか謎は深まるばかりである。
リオは、鯰の頭に乗り城の外を飛びながらサンドワームに対して魔法を放っている。
だが、ルルと同じで数に勝るサンドワームに手が付けられない。
ルルのすぐ側を鯰が通り過ぎる。その鯰の頭の上に乗ったレオが叫ぶ。
「ルル様。サンドワームが多すぎます。浮遊城を放棄するか強力な魔法で城ごと一掃するしかありません。ご決断を!」
鯰の頭の上でそう叫んだレオの表情は既に決まっている様に見えた。
城壁の上のルルの目前にもサンドワームが迫っている。もう猶予などない。
ルルの鵂は、夜明けまで起きていたため城のどこかで寝ていて出て来る気配すらない。
リオは、恐らく城の最下層で魔石に魔法防壁を張っている。
幸いにして浮遊城は徐々に砂漠から高さを増しつつあり、これ以上のサンドワームの侵入はないと・・・そう信じるしかなかった。
「ならば、炎魔法発動と同時に浮遊城から退去する。レオ、私を回収してくれ!」
「分かりました。ご武運を!」
ルルは、城壁の上で魔法槍に魔力を流し込む。そして放つ炎魔法の姿を想像する。
炎魔法に使う魔力は少しで十分足りる。恐らくこの浮遊城のも半分以上は吹き飛ぶだろう。
だが、それでサンドワームの群れを倒せれば十分である。浮遊城は、リオの土魔法でいくらでも作りなおせるのだ。
浮遊城の外縁部を円を描く様に作られた城壁の上にいる無数のサンドワームがルルの目前に迫る。
ルルは、魔法槍に溜め込んだ魔力を一気に解放し想像し妄想した炎魔法を解き放つ。
両手で構えた魔法槍の先端から小さな赤い玉が現れると、それは浮遊城の建物の内部へと放出される。
その瞬間、ルルは浮遊城に背を向けると城壁の上から全力で走り出し砂漠の空へと飛び出した。
城壁から足が離れ体の感覚がなくなる。目の前には、青い空と茶色い砂漠が半分づつ広がり、徐々に砂漠へと体が落ちていく。
背後から光と熱と爆音が広がりその後に爆風が広がる。
砂漠へと落下していくルルには、その爆風も熱も届かない。
不思議と落ちていくという感覚はなく、何か不思議な感覚に包まれながら砂漠が迫る。
そこへリオを頭の上に乗せた鯰が空を泳ぎながら砂漠へと落ちていくルルの下へと滑り込んで来る。
「ルル様!」
鯰の頭の上でレオが両手を広げてルルを抱きかかえる様に迎え入れる。
「ルル様。無茶をしすぎです」
「ははは。私もそう思う」
ふたりは、空を泳ぐ鯰の頭の上に立ち燃え盛る浮遊城を見上げる。城の上では、炎を纏ったきのこ雲が猛威を振るっている。
「リオは大丈夫でしょうか」
「リオなら防壁を張っているから大丈夫だろう。それより声をかけられなかった私の鵂が心配だ」
「あっ、そうでした。城のどこかで寝てるはずですね」
「まあ、あの鵂がやすやすと殺られるとは思えないが・・・」
浮遊城からは、ルルの炎魔法により破壊された城や城壁の破片が次々と炎を纏ったまま砂漠へと落下していく。
さらにおびただしい数のサンドワームが炎に焼かれ、暴れながら砂漠へと落ちていく。
まだ、浮遊城の柱状の岩の壁面には、無数のサンドワームが張り付いていた。
鯰の頭の上に乗ったルルとレオが何度も魔法を放って倒していく。
浮遊城は、徐々に高度を上げていく。
破壊された城と城壁の上に降り立ったルルとレオは、焼けただれてもなおも動くサンドワームに魔法を放ちとどめを刺していく。
崩れた城の壁や落ちた床に潰されたサンドワームもかなり多い。
だが、以外にも城壁も城も半分以上は、ルルの炎魔法の爆炎を以ってしても破壊されることもなく耐えて見せた。
「リオの土魔法で造った城もかなり強いな。これなら地上に造る城でも使えそうだ」
壊れた城の瓦礫の山の中を警戒しながら歩くルルとレオ。
そこにケガもなく元気な姿でリオが現れた。
「リオ大丈夫だったか」
「はい。なんとか。それよりもあそこに真っ黒に焦げて煙を吐いている鵂さんがいます」
「本当か」
破壊された城の瓦礫の中を走る鬼人族3人娘。
城の柱の陰で真っ黒になり羽を燃やされて火傷を負った鵂が息も絶え絶えに倒れていた。
「すまん。今すぐ薬をかけてやる」
そう言うとルルは、服の中からラピリア酒(薬)の入った瓶を出すと鵂の焼け焦げた体にふりかけていく。
鵂の体は、徐々に回復していき元の綺麗な羽も生えそろっていく。
「お前は、燃えてしまうのはこれで二度目だな」
鵂は、ルルが持っていたラピリア酒(薬)を羽で器用につかむと"ゴクゴク"と勢いよく喉に流し込んでいく。
ラピリア酒(薬)を飲んでほろ酔い気分になった鵂は、自身を炎魔法で焼いたルルに文句も言わずに瓦礫の散乱する城の柱の陰で眠りにはいってしまう。
リオは、破壊された浮遊城を砂漠から砂漠の縁に広がる茫漠の地へと移動させるとそこへ降ろした。
破壊された城と城壁をなおす事に専念するため、魔石に魔力を送り続けることができないからだ。
さらに柱状の岩の壁面に作った階段も巨大なサンドワームに破壊されたため、修復するヶ所は浮遊城のいたるところに広がっていた。
リオが忙しなく城の修復をしている中、ルルとレオは、散乱した瓦礫を魔法を使って集める事になった。
瓦礫も城の修復のために使われる重要な材料なのだ。
ただ、浮遊城に持ち込んだ家具や寝具などは、殆ど燃えてしまった。唯一の救いは、城の最下層の貯蔵庫に運び込んだ食料と水に被害がなかった事だろうか。
いくら空を浮遊できる浮遊城とはいえ、水や食料が無ければ城の中で生きていけない。
結局、茫漠の地に浮遊城を下ろしてから城と城壁の修復には、3日を要してしまう。
ルルは、修復中の浮遊城を眺めながらひとりつぶやく。
「浮遊城というものは、何者にも勝るもっと強力なものだと思っていた。だが案外そういったものではないのかもしれない。現にサンドワームの襲撃を二度も受けてしまったしな。浮遊城の運用というものを考え直す必要があるか」
ルル達は、砂漠の上を飛べば最短で移動ができると思っていた。空を浮きながら進むのだから魔獣の攻撃なども受ける事などないと高を括っていた。だが、サンドワームの襲撃を二度も受けて浮遊城の運用そのもの考えを改めることになった。
今後は、砂漠の外縁部の茫漠の地の上空を進む事になった。
さらに、城壁を空に浮かべていて地上に描かれる浮遊城の陰を見てリオがある事に気が付いた。
「城塞都市アグニⅡの住民達は、この浮遊城を見ても誰も驚きませんでした」
「そうだな。あの地では、この浮遊城と同じくらいの巨大な木が歩いたり空を飛んでいるからな」
「ですが、他の城塞都市の上にこの浮遊城で向かったら・・・」
「城塞都市の警備隊ともめるな。住民も不安を覚えるだろうな」
「城塞都市の近くに向かう時は、浮遊城の周囲に雲をまとらせて見えないようにしようかと」
「そんな事もできるのか」
「この杖は、想像力がものをいいますから。思い込みが全てです」
「ははは。そうであったな。では、それでいこう」
城と城壁の補修を終えた浮遊城は、空へと舞い上がる。
浮遊城には、リオが出現させた雲をうっすらと纏わせながらゆっくりと空を進んでいく。
その日の夕刻に、茫漠の地を抜けると城塞都市ガンドロワ近郊にある貴族の屋敷が広がる屋敷街の上空へと到着した。
ルル達、鬼人族3人娘は、やっと故郷に戻って来る事ができた。
二度もワームの攻撃にさらされた浮遊城。せっかくリオが作った城も城壁もサンドワームを倒すために破壊してしまいました。
ルルの炎魔法で燃えてしまった家具もまた買い替えです。