115話.蔦の精霊と芋の精霊
旅の途中に手に入れた極楽芋。それと守護妖精が城塞都市を覆った蔦。
それを畑に植えるカル。当然の様に問題が起こります。
カルが国境にある精霊の森へと向かった時、旅の途中で食べたポテトパイが美味しかったのでその種イモを茶屋のおばちゃんから分けてもらった。
だが、城塞都市ラプラスへと戻ると精霊の森で誕生した守護妖精が出現させた蔦で塞都市は占拠されるという騒動が起きていた。
結局、守護妖精はカルに呆気なく倒され手元には妖精達がくれた蔦の種がいくつか残された。
カルは、城塞都市ラプラスに隣接する精霊の森の入り口へと来ていた。この先には、森に木々を植林するための作業場を建てあり、ラピリア酒(薬)の運搬作業もここを経由して行っている。
城塞都市ラプラスの城壁沿いを通る街道から分かれた小さな道を精霊の森へと入る場所は、草地であり木々も植えられていない。
カルは、この場所に持ち帰った種芋と蔦の種を植えようとやって来たのだ。
畑にするには少々手狭ではあるが、とりあえず植えるには十分すぎる広さの土地だが、まずは生い茂った草を何とかする必要がある。
「この土地を畑にするなら草を焼いてしまいましょう」
カルと行動を共にしているメリルがいきなりそんな事を言い出す。
「焼き畑という方法がありますからね。焼けた草は肥料になります」
「でも森の木々に火が燃え移らないかな」
「ご安心を」
メリルさんは、魔法杖を高く掲げると炎の玉、そして水の玉を交互に出現させると両方を空の上でぶつけて水蒸気に変えて見せた。
「すっ、すごい。メリルさんいつの間にそんな魔法を覚えたんですか」
「大した事ではございません。このカル様より頂いた魔法杖は、想像力さえあれば具現化できる”おかしな”魔法杖なんです」
「実は、私も練習して出来る様になりました」
メリルに続いてそう言い出したライラは、メリルと同じ様に杖を高く掲げると空に大きな炎の玉と水の玉を出現させ、両方の玉をぶつけて水蒸気を発生させて見せた。
「ふっ、ふたりとも凄いです。僕は、魔力がないから出来ないけど」
「でもカル様には、他の者達では出来ない事がいろいろお出来になります。人には、適材適所というものがあります」
メイルとライラは、精霊の森へと向かう道の両脇に広がる草の生い茂る荒地に火を放つと、畑に出来る土地にしていく。
だが、元々が荒地であるため、土に石が混じり肥沃な土地ではない。ここにただ種芋と蔦の種を植えても育ちそうには見えない。
荒地の一部をカルが耕すと、精霊の森へと向かう道を挟んで向かって左側に種芋、右側に蔦の種を植える。
「では、次は私の出番ですね」
ライラは、そう言うといつもの精霊治癒魔法を植えた種芋と蔦の種に向かって放つ。
「我の力の源たる精霊に願う、癒しの風を吹け、命の泉を湧け、守りの光よ導け、守護の力を貸し与えたまえ、精霊の癒しの力よ、かの者を守りたまへ」
耕したばかりの種芋からは、根と弦が伸び出し畑が芋の弦で覆われていく。蔦の種からは、蔦が飛び出すと畑の半分近くを覆いつくす程に成長した。
メリルさんとライラさんが魔法で畑の上に水の玉を出現させては、次々と畑に水を撒いていく。
さすがに手作業で井戸からみずをくんで撒いていたら日が暮れてしまう作業だ。ただ、便利に使ってしまうには少々勿体ない魔法ではある。
「ただ、今後の水やりを魔法でというのは少々問題があると思います。魔法で生成した水には栄養分がありませんが井戸からくみ上げた水には、植物によい栄養分が入っていると聞いた事があります」
「そうですね。作業場の裏の井戸の水をこっちにも引いてこれないか考えてみる」
次の日。蔦の種と種芋を植えた畑へとやって来たカル達。
そこには、畑一面に広がった蔦と芋の弦が生い茂っていた。ただ、困った事に街道や精霊の森の入り口に入る道の上にも蔦や芋の弦が生い茂り、馬車はおろか人も入れない状態になっていた。
「うわー、凄い事になってる」
「これでは畑に入る事もできませんね」
芋の弦は、太く葉も人の身長を優に超える大きさにまで成長していた。それは、蔦の種を植えた畑でも同様であった。
さらに芋の弦と蔦は、うねうねと動き食中植物の様にも見える不気味な姿を晒している。
カル達がその芋の大きな葉が生い茂る畑を覗き込んでいると、その中から小さな子供が何人も現れると皆が揃って言葉を発した。
「「「「「カルだ。カル様が来た。妖精の頭だ。領主様だ」」」」」
「あれ、精霊さんですか」
「「「「「そうなの。芋の精霊なの」」」」」
「へえ、芋の精霊さんは初めて見ました」
「何事なの」
芋の精霊とカルとの会話に芋の弦と葉が生い茂る畑の奥から別の精霊が現れる。頭には小さなティアラをちょこんと乗っけていて、そのティアラが女王様を主張するアイテムになっていた。
「あら、妖精の頭であるカル様。これはこれはようこそおいで下さいました」
「あっ、これはご丁寧に」
おもわず芋の精霊に頭を下げるカル。
「女王様、女王様。カル様に蔦の女王の横暴をお伝えしないと」
「そうでした。カル様。道の向こう側にいる蔦の連中が私達を攻撃するのです」
「えっ、道の向こう側ですか・・・」
すると芋の弦や葉が”バシ、バシ”という音を立てて地面に落ちて行く。
「蔦のやつらが手狭だからとこの場所を差し出せと言うんです」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと行って・・・」
「お待ちください。せっかくおいでになったのですから私達の芋をお持ちください」
芋の精霊情報にそう言われた瞬間、カルはある事を思い出した。
生の芋の汁が口から僅かに入っただけで地獄の様な腹痛を覚えてトイレから出られなくなったあの事を。
「いっ、いえ、芋は遠慮しておきます」
「大丈夫です。この芋にはあの白い液体は含まれていません」
カルは、手招きする芋の精霊に招かれる様に後をついていくとそこには、紫色をしたいくつもの膨らんだ実の様なものが目に入った。
「あの白い液体は、この中に溜めてあります。ただ、この液体を浴びるとほんの1滴でも死に至らしめる程濃縮された猛毒になっています」
「えっ、そんなに危険なものだったの」
「でも、これがあれば例え龍族であっても倒すことができます」
「りゅ、龍を倒せる猛毒・・・」
「カル様は、龍族と仲がよいようですが、何かあった時のためにこれをお持ちください」
「あれ、なんで龍の事を知っているの?」
「それは、親切な妖精達が教えてくれました」
芋の精霊女王は、どこから用意したのか白い液体の入った小瓶を数本取り出すとカルに手渡す。
「くれぐれもカル様がお飲みになってはいけませんよ。飲んだら即死しますから」
「そっ、即死・・・」
「はい!」
芋の精霊女王は、笑顔でそう答える。だが、手渡された白い液体の入った小瓶には、龍族おも殺せる猛毒が入っている。
実に恐ろしい芋の精霊女王だと心の奥底でそう思わずにはいられなかった。
その後、両手に持ちきれない程の多くの芋を渡たされたカルは、芋の山を街道に置くと道を挟んだ向かい側の蔦の畑へと向かった。
そういえば、村に住んでいた時も近隣の家に行くと、持ちきれない程の野菜を持って行けというおばちゃんがいた事を思い出したカルであった。
さて、今度は蔦の畑の前へとやって来たカルである。
「「「「「カルだ。カル様が来た。妖精の頭だ。領主様だ」」」」」
多数の小さな精霊が現れると、カル達を珍しいそうに見ている。
なんだかさっきと同じような展開だと思うカル。
「ようこそお越しくださいましたカル様」
やはり芋の精霊女王と同じ様に頭に小さなティアラを乗せた精霊が現れた。
「聞いてください。隣の芋の連中が私達を攻撃してくるんです」
”ドサ、ドサ”と何かが空から落ちて来る音がびき渡る。
蔦の絡まる林となった場所になぜか芋があちこちにころがっている。
”ドサ、ドサ”。
確かに蔦の隙間からいくつもの芋が落ちて来る。
「もう、昨日からずっとこうなんです。仕方なくこちらも芋の連中に対して対抗措置を取っているんです」
「分かった。僕がむこうにも話してみる。でも蔦の精霊女王様も自制して欲しいな」
「わかりました。あっ、そうでしたカル様にこれを」
蔦の精霊女王が差し出したのは、布にくるまれた多数の小さな種であった。
「これを妖精達に配ってあげてください。妖精達がこの種を使えば、王国のひとつやふたつくらい簡単に手に入れる事ができますから」
蔦の精霊女王は、笑顔でとんでもない事を口走った。
そういえば、守護精霊が城塞都市ラプラスを占拠した時に、妖精達が手に持った蔦の種で遊んでいた。この種は、魔力を吸い取る事で大きく成長する蔦のようだ。
あの時カルは、この蔦の種に魔力を吸い取られて魔力の枯渇状態となって意識を失うという苦い経験をしていた。
芋の精霊女王と蔦の精霊女王に自制を求めるとその場を後にしたが、これでこのいざこざが収まるとは考えられなかったカルは、明日もこの場所に来て様子を伺う事にした。
そして次の日。
カルが芋と蔦の畑に来てみると、道を挟んで畑との境界には、双方を守るように木製の塀が出来ていた。そこでは、沢山の妖精達が塀を作るための木材を運び込み、次々と塀の増設を行っていた。
だが、双方が蔦や芋で攻撃を行うので木製の塀は、作るそばから壊れていく。
「あー、妖精さんまで巻き込んだんだ。これだと簡単に終わらないかな~」
妖精達は、こういった事に首を突っ込むのが大好きで、決着がつくまで事を終わらせない性分であった。
芋の精霊女王と蔦の精霊女王には、喧嘩をやめるようにとカルも説得を行った。双方ともその場では、納得するのだがいつの間にか戦いは再開されてしまう。
そしてその次の日。
カルが芋と蔦の畑に来てみると、道を挟んで畑との境界には、石を積み上げた城壁ができていた。妖精達は、無駄に労力を使いどこまでもこの件に首を突っ込む気でいるらしい。
さすがに妖精達の造った城壁ともなると蔦や芋で壊れるものではないため、戦いも膠着状態となっていた。
カルは、ここである提案を行った。もし停戦協定を結んだらラピリア酒(薬)を樽で提供する。停戦協定を結ばなければ、ラピリア酒(薬)を提供しないと。
「もし喧嘩をしないならお酒をあげるんだけど。妖精さんからいろいろ教えてもらっているならお酒の事も知ってるよね」
「「お酒!お酒欲しいの。喧嘩はもうしないの」」
その提案に衝撃を受けた蔦の精霊女王と芋の精霊女王は、すぐに停戦協定が結ばれることになった。
実は、ラピリア酒を馬車で運ぶ人達からから苦情が出ていた。危なくて仕事にならないと。
ただ妖精達だけは、実に嫌そうな顔でカルの顔を睨んでいた。せっかく楽しい騒動が起こりそうだったのにと・・・、仕方なく妖精達にもお酒を配ってなだめるカルであった。
そんな折、カルの袖をひっぱる者がいた。それは蔦の精霊と芋の精霊であった。
「カル、この畑が狭いからこんないざこざが起こるの。もっとひろい場所に行きたいの」
「そうなの、もっと広い場所がいいの」
まさかカルも種芋と蔦の種を植えたらこんなに成長するとは思っていなかった。まして精霊が生まれるなどと考えもしていなかったのだ。
カルは、蔦の精霊女王と芋の精霊女王に許可を取ると、蔦の精霊達と芋の精霊達を馬車に満載して畑を後にした。乗り切れない精霊達は、馬車の幌の上に乗せての移動だ。
馬車がセスタール湖の湖畔辺りに来ると精霊達が指をさしてあの場所がいいとしきりに言い出したので、湖畔に馬車を止めその場所を確認する。
「ここがいいんですか」
「「ここ。ここにする」」
そう言うと蔦の精霊と芋の精霊は、湖畔にほど近い土地に手を置く。すると蔦が伸び、芋の弦が徐々に伸びていく。
いつしかセスタール湖の湖畔の一部が蔦と芋の弦で覆われていく。
カルは、そこである事に気が付いた。蔦の精霊と芋の精霊が手を繋いで話をしているのだ。双方の女王はいがみあっていたが、実は精霊同士の仲は良かったのだ。
こうして蔦の精霊と芋の精霊の新天地も決まり、双方のいざこざも無事解決となった。
とある日。
芋の精霊女王がくれた白い液体の入った小瓶を持ち、オークが出没する地域へと足を踏み入れたカル達。
以前に比べるとオークの出現頻度は、かなり減ったもの今も少ないながらもオークが出現する危険な地域である。
カルは、芋の精霊女王から貰った白い液体の入った小瓶を持ち、オークの出現を待つ。すると地鳴りの様な足音を響かせながら1体のオークが現われた。
カル、メリル、ライラに向かって走り出すオーク。
カルは、そのオークにめがけて蓋を開けた例の小瓶を投げて様子を伺う。
するとほんの少しだけオークの顔にかかった白い液体。オークは、顔にかかった白い液体を舌なめずりした瞬間、顔色が青くなるといきなり地面へと倒れ込み、それ以後は微動だにしないオーク。
「すっ、凄い。オークが即死した」
「凄いです。芋の精霊女王が言った事は本当かもしれません」
カルは、とんでもない物を手に入れた。だが、使い方、使う場所を誤ると大惨事になりかねない代物である。
カルは、即死したオークの巨体を見ながら白い液体の入った小瓶を、腰にぶら下げた鞄の奥底にしまい込むのであった。こんな危険なものを使う時が来るのだろうかと考えながら。
ちなみに芋の精霊女王に貰った芋。名前を極楽芋というのだが、以前よりも扱いが楽になっていた。
加熱調理は必須であるが食べると相変わらず美味しい芋であった。
芋の精霊女王から貰った芋は、領主の館の食堂で芋のパイへと姿をかえ、職員達のデザートとして定期的に食される事になった。
蔦の種は、妖精達に配られ城塞都市の守り手である妖精達の心強い武器となっていく。
極楽芋と蔦の種が城塞都市に広がる元になったお話でした。
こんな猛毒のお話が出て来るということは、次のお話はお察しで・・・。