11話.精霊の依頼と冒険者ギルド
盾に封印されている魔人。実は、その魔人を作ったのが。
カルは、城塞都市ラプラスの領主の館にいた。とある部屋のフカフカのベットでひとり熟睡していた。領主の館に来てから数日間寝ていたベットは、あくまで簡易ベットだと言われて、特注の新しいベットに入れ替えられた。
今までこんなフカフカのベットで寝たことなどなく、ドキドキしてなかなか寝付く事ができなかったのだが、先ほどからやっと寝息を立てはじめた。
ベットの近くのテーブルの上には、短剣と鞄と鎧が置かれ、壁に大盾が立てかけられていた。夜更けの城塞都市ラプラスの領主の館は、静かで稀に警備兵が巡回する足音だけが微かに響く。
カルは夢の中にいた。その夢の中に・・・・・いや、真夜中のカルが寝ている部屋にどこからともなく少女が現れた。
「・・・ル」
「起きて・・・」
「カル起きて・・・」
「・・・・・・・」
少女は、カルの耳元に話しかけた。だが、寝入ったばかりのカルの耳に少女の声は届かない。
いくら呼んでも起きないカルに少女は腹を立て、入れ替えたばかりの新品のベットを両手で持ち上げ、寝ているカルごとベットをてひっくり返した。
ベットから投げ出されたカルは、何が起きたのがもわからず床に投げだされ、そこでようやく目が覚めた。
「えっ、何、何が起きたの」
辺りを見回すとひっくり返ったベットの脇に10才ほどの少女が立っていて、暗い部屋に差し込めた月明かりでも少女がとても美しい顔立ちであることがうかがえた。
少女は、見下すかのような冷たい目線でカルを見ていたが、少し引きつった様な作り笑顔になると。
「おっほん、初めまして・・・私は、あなたの盾に封印されている精霊なの。名前は、ホワイトローズなの」
あれ、盾に封印されているのは魔人のはずだよね。今、精霊って言ったみたいだけど。
「えーと、ぼくの盾に封印されているのは魔人だって聞いてるけど」
「その呼び名は嫌いなの。私は精霊なの」
「はあ・・・・」
「カルにお願いがあるの。私のダンジョン。盾のダンジョンを強く大きくしたいの。そこで、ダンジョンに放つ魔獣を集めてほしいの」
あれっ、魔獣はダンジョンで生まれるって聞いたけど違うのかな。
「魔獣ってダンジョンで生まれるって聞いたような・・・」
「普通はそうなの。でも盾のダンジョンは普通のダンジョンとは少し違うの。魔獣を集めて改造してもっと強い魔獣を生み出すの。それが盾のダンジョンなの。そして他のダンジョン主にその魔獣を売るの」
「でも、いきなり強い魔獣を集めろと無理を言うつもりはないの。最初は、弱い魔獣からお願いしたいの。テーブルの上に”注文書”を置いておくからよろしくなの」
「納期厳守なの。絶対厳守なの」
そう言うと少女は、カルの前から姿を消した。テーブルの上に置いた短剣と、テーブルに立てかけた大盾をに変わった様子はない。
カルは、テーブルの上に目線を移してみると確かに紙が1枚置いてあり何かが書かれていた。
注文書
下記の通り御注文申し上げます。
納期:本日より3日後の23:59まで
納品名
スライム 10体 金貨1枚
オーク 10体 金貨5枚
※共に個体差は不問とします。
上記記載の品物納品後に発注者から発注先へ金貨6枚を支払うものとする。
納品先:盾内
※納期を守れない場合は、以後、盾の使用を禁止いたします。
発注者:盾に封印されし精霊ホワイトローズ。
発注先:城塞都市ラプラス領主カル・ヒューズ殿。
注文書の最後に可愛い妖精の絵が描かれていた。
納品書に書かれた”※納期を守れない場合は、以後、盾の使用を禁止いたします。”の記述に目を疑った。
「そんなあ」
ひっくり返されたベットの脇で、思わず途方に暮れてしまうカルだった。
次の日、カルはルルに相談を持ちかけた。
「ほう、カルの大盾に封印された魔人からの依頼か」
「正確には、魔人を作った精霊?っていうなかな」
「われらを負かした魔人?精霊なのか、そいつは盾の中でダンジョンを運営しておると。確かに盾の中にダンジョンがあった。魔獣はミミックくらだったか」
「ならば、魔獣退治にいくか。えっ違う?魔獣集め?しかもカルは、魔獣と戦ったことがないと」
ルルは衝撃を受けた。あまりの衝撃にしゃがみ込んで床に”の”の字を指で書いてしまった。
「わしは、魔獣と戦った事もない子供に負けたのか」
しゃがみ込んで床に”の”の字を書きながら何か独り言を口走るルル。
だが、すぐに立ち上がった。復活するのも早い。
「すまん、気分がちと暗くなってしまった」
「ならば、ここはお約束の冒険者ギルドで魔獣の情報でも仕入れるとしよう」
「カルは、冒険者証は・・・持っていないのだったな。ならば、冒険者証を作っておくか」
カルとルルは、街の冒険者ギルドへと向かった。リオとレオは、城塞都市ラプラスの役人達と都市の運営について会合を開いているので同行しなかった。
「ルルさんは、会合に出なくてよいのですか」
「なに、リオとレオがいれば全て解決だ。心配ない。所詮、領主など飾りだからな」
「おっと、領主はカル殿だったな。まああれだ。領主は、決断と最後の尻ぬぐいをすればよいのだ」
「そうなんだ」
僕は、盾を構えていただけで、戦ったのは盾の魔人さんだし。今の僕に責任なんてとれないけど。
今度、ルルさんにいろいろ教えてもらおう。
程なくして冒険者ギルドの建物に到着した。
冒険者ギルドの建物に入ると、受付に座る女性が立ち上がった。
「あっ、ルル様」
「今、応接室を準備・・・・・・」
ルルは、右手を挙げてやんわりと断った。まずは、掲示板の前へと移動し、ランク別の依頼票を確認する。
「カルよ、自身の領地内でどんな依頼が出されているのか、この掲示板で確認ができる。この中には、領民からの陳情によりわれらが依頼したものも含まれる。われらは、冒険者ではない。冒険者に仕事を発注する側の依頼者だという事を忘れないように。だが緊急の場合は、その限りではない。われらで魔獣狩りに出向く事もある」
掲示板には、いろんな依頼票が張ってあった。
薬草採取。
畑の補助作業。
廃屋の解体作業。
宿屋の店員補助。
街道のスライム退治。
ゴブリン退治。
荷馬車の護衛。
盗賊調査。
木材の運搬作業。
石材の採掘補助作業。
山間部のオーク退治。
砂漠のワーム退治。
石化事件の調査。
依頼票の内容は、多岐に渡っていた。
「へえ、作業内容も報酬も種類がいっぱいあるね」
「だろう」
「一定の期間毎に冒険者ギルドとは、会合を開いて依頼の達成状況も確認している」
「領主って、ただ偉そうにしているだけじゃないんだね」
「偉そうか、はははっ、そうだな、そんな領主も多いな」
ルルは、笑いながらカルと受付へと向かった。
受付窓口に座る女性は、軽く会釈をするといつものといった感じの会話が始まった。
「領主様。今日は、どのようなご依頼でしょうか」
「通達は行っていると思うが、私は領主から副領主になったのでな。紹介する。この城塞都市ラプラスの新領主のカル殿だ」
カルを紹介された冒険者ギルドの受付窓口の女性と、さらに奥で仕事をしているギルド職員も一斉に椅子から立ちあがると会釈をした。
カルも思わず深々と頭を下げてしまった。本来ならばカルは領主であり、貴族がいない城塞都市ラプラスでは、最高位に位置するため頭を下げる者もおらずその必要もないのだが、まだ領主という立場に慣れていないため、紹介されるたびに頭をペコペコ下げまくるカルであった。
「今日は、このカル殿の冒険者証を作成して欲しいのだ」
「分かりました。では、こちらの水晶に両手をかざしてください。今までに犯罪を犯した事がないか履歴を確認します」
カルは、カウンターの上にある水晶球に両手をかざしたが、特に何の反応もなかった。
「では、書類を作成しますので、その間にこの用紙に名前や必要事項の記載をお願いします」
”冒険者証作成依頼書”という用紙とペンが用意された。
「字が読み書きできない場合は、書類の記載内容のご説明と代筆もいたします」
「ぼくは、お爺さんに字の読み書きを教わりましたでので大丈夫です」
”冒険者証作成依頼書”に丁寧に記載していく。
しばらくカウンターで待っていると、カルの冒険者証が完成した。
「カル様の冒険者証は、こちらになります。内容の確認をお願いし・・・・・・」
冒険者:カル・ヒューズ
ランク:F
HP:F
MP:F
知力:B
器用:B
速さ:A
筋力:E
幸運:A
信仰:A
職業:神官、城塞都市ラプラス領主。
スキル:御神託を授かりし者。
神器使い。
盾の魔人オーナー。
盾のダンジョンオーナー。
精霊と仲良しさん。
受付窓口の女性職員がカルの冒険者証を見て戸惑いを隠せなかった。冒険者証には、今まで見た事もないスキルが多数記載されていたからだ。
何度もカルの顔を見るが、それで何かが分かるわけでないのだが。
「盾の魔人オーナー。盾のダンジョンオーナー。これはいったい」
受付窓口の女性職員の言葉に対してルルが自身の口に一指し指を立てた。
女性職員は、慌てて話を変えた。
「でっ、では、カル様の職業は、領主・・・・・・様と神官ですね」
「「えっ?」」
ルルとカルが思わず悲鳴に近い声を上げた。
「えっ、僕って盾しか使えないから”盾役”、タンクっていうの。それかと思ってた」
「そうだ。カル殿は、タンクだ。神官などではない。盾ひとつでわれら鬼人族を倒したのだ。カル殿は、決して神官などではないぞ」
「いえ、ここに”神官”と記載されております」
「しかも、スキルに”御神託を授かりし者”とあります。このスキルは、教会の大神官様でも所持している方はごく少数だと聞いております」
思わず見つめあうカルとルル。
「僕はとんでもないスキル持ちなの?」
「わしは、とんでもない者と関わりを持ったというのか?」
「こほん。おふたりともどうさました」
女性職員の声で思わずわれに返り、思わず目線を逸らすふたり。
カルは、腰にぶら下げた短剣に封印されている剣爺の事を思い出した。”自称神様”に直接聞けばすむ話じゃないか。
「起きて、起きて剣爺。僕って神官なの」
「そうじゃな。わしと会話ができる時点で疑問に思わなかったか」
「短剣に封印されて神の力も殆ど封印されておるが、わしはれっきとした神じゃ。わしの声が聞こえ尚且つ会話ができるなど、大神官でもできぬ事なのじゃぞ」
カルは、思わず。冒険者ギルドの天井を見入ってしまった。実際は、どこか遠くを見ていた。
何か短剣とひとりごとを話したかと思ったら、呆けてしまったカルをよそに。ルルは、女性職員に話しかけた。
「ひとつ相談がある。カル殿をわしのチームのメンバにしたいのだ。既にカル殿の了承も得ておる」
「分かりました。では、チーム登録を行います」
しばらくしてカルのチーム登録も完了した。
チーム名:百合の花束
チームメンバ:
名前:ルル・ベルベット・ガーディ(チームリーダー)
職種:槍士
ランク:A
名前:リオ・グランデ
職種:魔術師
ランク:B
名前:レオ・アルザス
職種:魔法剣士
ランク:A
名前:カル・ヒューズ
職種:神官
ランク:F
「カル、カル。いつまで呆けている」
ルルがカルの両肩を揺さぶったことで、カルはやっと正気に戻った。
「では、カル殿は、今日からチーム”百合の花束”のメンバだ。よろしく頼む」
「はっ、はい。こちらこそ」
カルの返事には、力が抜けていた。その事は、ルルも感じ取れたが今は自身の事でせいいっぱいだ。だが、ルルは、心の中で両手の拳を握り締めた。
よし、よし、今日から魔人を使役する人族の少年が仲間だ。ステータスはかなり低いし、職種がタンクだと思っていたのがまさかの神官だったりと、いろいろある。
だが、我らで訓練すればどうとでもなる。きっとそうに違いない。われらを負かした盾の魔人だ。これで兄上や父上を超えられる可能性が出てきた!
思わず右手のこぶしを握り締めて、心に闘志を燃やすルルであった。
冒険者ギルドの建物を出たカルとルルは、領主の館へと戻った。
数日後には、城塞都市ラプラスの庇護下にある村々を周り、作物の生育状況、治水対策、魔獣対策などの視察を行う予定になっていた。
だが、カルの顔は暗く落ち込んでいた。やはり職種が神官というのが相当こたえていた。
「ぼく、剣は下手だけど、いつか剣が上手く使えるようになると思ってた」
「でも神官なんだ。いくら剣の練習をしても上手くならない。神官じゃ剣が使えなくて当然だよね」
しばらく黙っていたカルだが、まだ言い足りなかったらしくルルに向かって話し始めた。
「神官って魔法が使えるんだよね、でも、ぼくは魔法なんて使えない」
「神官って普通回復魔法とか、光魔法が使えるんでしょう。死んだお爺さんがそう言ってた」
「魔法も使えない神官ってどうしたらいいの」
「そうだな、アンデット系に対する光魔法を使える者が多いな」
カル殿、だいぶ落ち込んでいるな。ここで自信を無くされは、後々に響くか・・・少々大げさに言って励ますか。
「まあ、あれだ。これからいろいろ勉強をして覚えればよいではないか。われら鬼人族が3人もいるのだ。剣にたけた者、魔法にたけた者、知識にたけた者がおる」
「城塞都市ラプラスを奪った実力をあなどってもらっては困る。そんなわれらがカル殿に教えると言っているのだ、その落ち込み様は少々失礼だぞ」
「そっ、そうだね。ごめんなさい」
「ならばよい。では、準備をして数日後、村々の視察と盾の魔人殿の依頼とやらを達成しようでないか」
「はい!」
数日後にカルとルルは、馬車に乗り城塞都市ラプラスの庇護下にある村々の視察に向かう予定である。
カルの領主としての最初の仕事は、周辺地域の視察から始まった。
カルのジョブが”神官”だったという衝撃の事実。しかも魔法も使えない。
さてこの後、どるなるのでしょう。