108話.精霊界と妖精(1)
精霊界からまたまた精霊達やってきました。
ですが、精霊達はこの世界の妖精さんの行動力を理解していませんでした。
カル達が城塞都市ラプラスに戻り守護妖精との騒動の後、国境の精霊の森からついて来たエルフの少女エレン。
ライラがエルフ族の王族の末裔かもしれないという期待から、族長命令によりエルフ王国の復活をかけてやって来たのはいいが、やはり森に住む種族は城塞都市を生活の拠点にするのは辛いらしい。
やはり以前の様に精霊の森に住みたいと言うので、精霊の森の精霊が許せばカルも精霊の森に住むのは構わないという認識でいた。
エレンは、カル達と共に精霊の森の精霊に会い、精霊の森に住む許可を願い出るとあっさりと承諾された。
後から数人のエルフがこの城塞都市ラプラスにやって来るという話もあるので小さな集落を作りたいという話であった。
城塞都市ラプラスとその周辺の村が増える事で人口が増えれば領主であるカルとしても願ったりである。
ただし、エルフ王国の復活という話は別にして。
エレンと出会った事で国境の精霊の森の精霊や妖精達、それに氷龍に出会う事が出来たカルは、エルフの集落作りの資材等の提供も約束した。
いろいろあったが氷龍との友好を結べた形になったので、集落を作るくらいの資金や資材の提供程度は必要経費と考えていた。
さて城塞都市ラプラスに戻って来たカルだが当面は、城塞都市ラプラスで領主らしい仕事に専念?するつもりでいる。
カルが不在の時は、ルルやリオが時折ラプラスにやって来ては領主の仕事をこなしていたが、それにいつまでも甘える事もできないという思いからであった。
城塞都市は、カルが植えたラピリアの木から獲れる果実で造られたラピリア酒(薬)の販売による税収で辛うじて運営できている状態である。
それでも全ての城塞都市の税収を賄うには程遠いため、酒倉を他の城塞都市に建ててラピリア酒(薬)の生産量を増やす計画が進行中であった。
そうとなれば、ラピリア酒(薬)の原料となるラピリアの実を増やすため、カルとライラは妖精達が食べたラピリアの種から芽吹いた苗木を持って精霊の森や村々に苗木を植え続ける作業が待っていた。
さてカル達は、精霊界への扉にお猫サマと神獣なめくじ精霊を残して城塞都市へと戻った。
その理由はいくつかある。
(1).精霊界への扉の周辺環境整備と検問所の建設。
(2).セスタール湖に放した水龍を狩ろうとする冒険者を監視するための監視塔の建設。
(3).ラドリア王国のポラリスの街からの流入者を管理するための検問所の建設。
というものを関係部署と調整するというものだが(3)の検問所については、以前から計画が進行していてほぼ完成していた。さらに検問所を守る兵士達の宿舎も建設途中であった。
検問所は、セスタールの湖畔近くに建てられたが本来の予定では、ラドリア王国のポラリスの街とを隔てる山の麓に建てられる予定であった。
だがそこに検問所を建ててしまうと城塞都市ランドルへの物資の輸送を妨げてしまう。
実は、城塞都市ラプラスとサラブ村を結ぶ街道からさらに山奥へと向かうとカルが生まれ育ったペルム村を配下に持つ城塞都市ランドルが存在する。
城塞都市ランドルは、小規模都市国家であり領民の殆どは自給自足の生活を送っていた。だが物資を他の都市から全く受けずに領民の生活が成り立つ訳ではなかった。
この城塞都市への物資輸送は、城塞都市ラプラスの領内の街道を通る必要があり、それに関しては都市国家間で条約を結んでいたため、以前は何の問題もなかった。
ところが、カルが城塞都市ラプラスの領主となり、城塞都市アグニⅡ、アグニⅠの領主おも兼務し、さらにサラブ村が出来たことでそこを経由してラドリア王国のリガの街との物資輸送が頻繁に行われる様になると、城塞都市ランドルがほぼ孤立状態になってしまった。
既に2つもの城塞都市を従える迄になった城塞都市ラプラスは、城塞都市ランドルの兵力など取るに足りないものであり、あえて相手にする必要などない状況であったため、城塞都市ランドルの存在そのものを無視していた。
カルも、生まれ育った村を傘下に持つ城塞都市と戦う事を無意識に避けていたため、結果として無視され放置していた。
しかし城塞都市ランドル側からすれば、無視され続けた挙句に物資の輸送路に検問所を建てられては、抗議の声を上げるほかなかった。だがそれは、いつか城塞都市ラプラスと戦うか或いはその傘下に入るかの選択を迫られる事になる。城塞都市ランドルの領主はずっとその事を悩み続けていた。
そんな微妙な都市国家の事情を配慮して検問所は、セスタール湖の湖畔近くに建てられた。
そこに(1)~(2)の施設の建設が追加されたため、当初予定していた警備隊の兵士の数が大幅に足りなくなる事が分かった。
そうなると検問所の宿舎の規模を大きくするか、或いは根本的な計画の見直しをするかだ。
つまり検問所を作った場所に砦を作り、この地域の守りの要としてしまうという案が浮上した。
セスタール湖の近くに砦を作れば、湖周辺の村々を素早く守る事ができ、対立関係にあるポラリスの街を治めるルーデンベルグ伯爵への対処が容易になるのだ。
次の日カル達は、関係部署の担当官と共に精霊界への扉がある精霊の森へと向かった。
昼頃に精霊の森の中にある精霊界への扉へとやって来たカル達。
なぜか精霊界への扉の上には、立派な屋根が建てられ扉を守るお猫サマと神獣なめくじ精霊のための家おも建てられていた。
「おや。既にどなたかが必要とされる施設を建て終えたようですね。しかし木造とはいえ、しっかりしたものを建てられたようです」
土木部門の担当官は、扉の上に建てられた大きな屋根と不随する2棟の建物を見てまわり関心しきりであった。
普通なら大きななめくじに腰を抜かすのだが、木製の建物に興味を持った担当官は、巨大なめくじの事など目には入っていないようである。
「でも、昨日は何も無かったのに今日になったら出来てるなんて、いったい誰が建てたんでしょう」
精霊界の扉の前には、大きな神獣なめくじ精霊がいるだけでカルの質問に誰も答えてくれない。さらに精霊界への扉の守護となった精霊神であるお猫サマの姿もない。
すると妖精達がカルにメモ書きを渡した。そのメモ書きににはこう書かれていた。
”お猫サマは、精霊神に呼ばれて扉の向こうにある精霊界へ行ったよ”。
さらに扉の屋根や建物について妖精達に聞いてみると、メモ書きにはこう書かれていた。
”知らな~い”。
だが妖精達の目線は踊っていた。つまり誰がこの建物を立てたのか妖精達は知っていた。
まあ、そこはおいおい分かればよいと考えたカルは、検問所をどこに作るかを担当官と協議すべく精霊界への扉を後にした。
その日の午後、精霊界への扉から15霊の精霊がカル達の世界へとやって来た。
その中には、前回この世界に護衛としてやって来た精霊が同行していた。それは、1度でもこの世界を知っている精霊がいた方が問題に対処し易いという判断からだ。
さらに精霊界への扉には、中級精霊神と神獣なめくじ精霊が守護についたという話が既に伝わっていたため、危険度は以前に比べてはるかに低い。
とはいえまずは護衛達から扉を開けてカル達の住む世界を確認する。すると扉から少し離れた場所に大きななめくじが背中を向けて鎮座していた。
さらにその周囲には、数十体の妖精達が昼寝の最中なのか舟を漕ぐ仕草を見せていた。
「あれが神獣なめくじ精霊様か。やはりでかいな」
しかも前回この扉を開けた時は、扉だけが立っていたが今は木製の屋根が建てられ、その両隣りには別棟がふたつ建てられていた。
「ほう、この建物は原住民が建てたのか。以外といい建物じゃないか」
護衛の精霊達が扉の周囲に展開すると周囲に脅威となる生物や魔獣がいないか確認を進めていく。
次に扉をくぐったのは、探査機の技術者達であった。その後ろには探査機が浮遊しながら後を追って来る。
探査機は、直径1mで長さは2m程の円筒形。重力制御システムにより地上から1m程度の高さを浮遊しており、全部で13機がこの世界に持ち込まれた。
技術者は、目の前に硝子の様な透明なプレートを展開すると、この世界に持ち込んだ探査機の探査システムとリンクを開始し、探査機を次々と空へ解き放っていく。
探査機は、青い空を徐々に駆け上がっていくと空の色にとけて見えなくなっていく。
いつの間にか眠りから覚めた妖精達は、探査機が空の遥か彼方へと飛んで行く姿を見で思わず目をキラキラと輝かせていた。
高空を飛べない妖精にとってそれは、夢の様な光景であった。
「探査機は、13機とも衛星軌道に乗りました。データリンクも正常です」
「古い探査機はどうだ」
「はい。稼働中の4機をこれから地上に降ろします」
「気を付けろよ。大気圏突入時に重力制御システムが壊れて落下でもしたら原住民の多くが死んでしまうからな」
「はい。幸いにして重力制御システムは、正常に稼働しています」
「回収した古い探査機は、精霊界で廃棄するからな。まさかとは思うがこの世界の原住民が探査機のシステムを理解できるとは思えないが念のためだ」
「技術流出を気にされているんですね。でもここの原住民は、移動手段が馬車だと聞いています。重力制御システムが理解できるとは思えませんが」
「そう言うな。ここの原住民だってあと500年もすれば宇宙くらい行ける様になるだろう」
「それから重力制御ができるまでさらに200年ですか」
「我々の様に空間転移技術を手に入れる迄にさらに300年。それ迄にここの原住民は生きていますかね」
「そうだな。核戦争や反物質戦争を起こさなければな」
探査機の技術者達は、衛星軌道上から降下させた1000年前の探査機を地上に並べると、衛星軌道上で稼働を始めた新しい探査機の稼働確認と送られてくるのデータの確認作業に追われた。
護衛と研究所から派遣された研究員の合わせて10霊は、別グループとなり研究所の設置場所を求めて精霊の森の中を砂漠に向かって歩き始めていた。
精霊の街や研究所は、裁定の木の様な巨木の生命エネルギーを用いて別次元にある施設とをリンクさせる仕組みとなっている。
精霊樹の亜種を用いて精霊が改良に改良を重ねた木であり、それに精霊魔法を放って巨木へと急成長させることで莫大な生命エネルギーを得る。
精霊魔法は、ライラが使う精霊治癒魔法とほぼ同じであり、精霊であれば別の世界に行っても使えるものであった。
精霊達は、精霊の森を砂漠方面へと向かい精霊の森と砂漠の間に広がる茫漠へ足を踏み入れた。この場所であれば精霊樹の亜種を精霊魔法で急激に巨大化させても精霊の森の木々に影響はない。
精霊は、この世界に持ち込んだ精霊樹の亜種の苗木を荒地に植えると精霊魔法を唱えた。
その頃、精霊界への扉の前では相変わらず精霊達が、衛星軌道上に上げた探査機の調整作業に追われていた。
そんな精霊のひとりが何気なく精霊界への扉を見ると、多数の妖精達が扉をくぐりカル達が住む世界へとやって来ているところであった。
「あっ、精霊界の妖精達がこちらの世界にやって来てますよ」
「それはない。よく見てみろ、妖精達が着ている服もこっちの妖精と同じものだ」
「あっ、本当だ。私の早とちりでした」
「だが、こちらの世界の妖精達が精霊界への扉を使って自由に行き来しているとなると、この世界の妖精達が大量に精霊界へ流入している事になるな」
「でも妖精ってどんなにセキュリティを強化して突破しますよね」
「そうだな。なぜセキュリティを突破できるかは、研究課題として人気があるがな」
「ははは。よしてください。妖精を相手にするなんでて面倒なだけ・・・」
そんな話をしていた技術者は、ある違和感を覚えた。さっきまで精霊界の扉の近くに古い探査機を4機並べておいたはずであったが、それがどこにも見当たらないのだ。
「古い探査機がない。どこに消えた!」
技術達は、慌てて森の中を探したり精霊界への扉の向こう側も調べた。だが、消えた古い探査機はどこにも見つからず、データリンクシステムを再稼働させても位置情報すら受信できない。
精霊界への扉の両隣りにある建物の窓から部屋の中を覗いても何も置いていない部屋があるだけであった。
精霊界への扉の前には、神獣なめくじ精霊が鎮座しており、妖精達が大勢並んで居眠りをしていた。
だが、その妖精達の顔には大量の冷や汗が流れ出ていた。
そう、精霊達の目を盗んで古い探査機を盗んだのは妖精達であった。
妖精達は、なぜ古い探査機を盗んだのか・・・。
妖精達は、1000年前に製造された古い探査機をどこかに隠してしまいました。
妖精には、古い探査機をどうこう出来る知識はありませんが、お酒を3日で造った妖精達です。果たして・・・。