101話.大空にあこがれる妖精達と酔っ払いの龍達?
お酒を飲みたい一心で酒造りを成し遂げた妖精達。
妖精達が精霊の森に戻ると匂いを嗅ぎつけた氷龍が早速やってきます。
国境の精霊の森の妖精達は、お酒が飲みたいという一心から、酒蔵で酒を完成させた。
他の精霊の森の妖精達は、お酒を飲むだけで酒造りを行う者などいない。
精霊の森としては、国境の精霊の森が1番古く妖精の年齢としても最古参にあたる。やはり経験の差というのか考え方の違いから来るものなのか。
さて、国境の精霊の森の妖精達は、酒蔵に赴き交代で酒造りを始める事になった。
妖精達は、ドワーフのバレルの酒造りの工程を見て酒の造り方を見て覚え、僅か3日で酒を完成させた強者だ。
今では、バレルが酒造りの注意点や醗酵の調整、温度管理、酒のブレンド方法などを妖精から教えられていた。
当然、バレルの方が長年の経験から知っている事も多いが、困ったのが妖精の秘術による醗酵の調整や温度管理などで、ほぼ魔法でも対応できないような調整を妖精達が難なく行っている。
さすがにこれは、バレルでは全く手が出せない。そこは、住み分けというか分担して作業を行う事になった。
さて、自分達で作った酒樽を持って国境の精霊の森に戻った妖精達。だが、大きな樽は重すぎて持って帰る事はできないので小さな樽に小分けにして何度も運ぶ妖精達。
それをただ指をくわえて見ているだけの他の森の妖精達。まあ、ただお酒を飲むだけしかできない妖精達に飲ませる量は造って無いので仕方のない事ではあるのだが。
精霊の森に帰り、精霊の森の精霊に酒の事を報告し、その酒を精霊に奉納する妖精達。
しかも自信の配下の妖精達が自ら造った酒だというのだから精霊は大喜びであった。
それを木々の陰から苦々しく見ていた者がいた。そう、この森の守護妖精である。
最初に妖精達に声をかけるのは、守護妖精だと思っていた妖精達であったが、実際に声をかけて来たのは、氷の塔に住む氷龍であった。
「酒の良い匂いがすると思って来てみたが、お前達どこからその酒を持って来た」
妖精達が身振り手振りで事の経緯を氷龍に説明すると。
「なんと、酒を造ったのか。なになに・・・酒蔵を1棟まかされただと」
妖精達が身振り手振りは続く。
「3日もあれば酒ができるだと。頼む。わしにもその酒を飲ませてくれ!」
さらに妖精達が身振り手振りは続く。
「樽が重いから運べない?なら、わしが運ぶ」
延々と妖精達が身振り手振りは続く。
「ちゃんと代金を払え。”世の中銭や”だと。妖精の分際で龍であるわしに金を払えと言うのか!」
だが妖精達は、1歩も引かない。
「何々、酒造りには材料もいるし設備もいる。時間もかけているし酒造りの知識と経験は財産だ。だから対価は当然・・・まあ確かにな。分かったそれ相応の物をやろう」
この時、氷龍と妖精達の立場が対等となった瞬間である。酒を材料にこの世界で最強と言われる生物に対等に商売を持ちかけた妖精達。
実は、この時妖精と氷龍との間には、言葉のやり取りは無い。そう妖精の身振り手振りとおまけに足まで使って意志の疎通を図り、それがなぜか氷龍に通じてしまう。
だが、氷龍の言葉は妖精に伝わっているらしく、実に不思議な意志の疎通が出来ていた。妖精達の身振り手振りが凄いのか。はたまた氷龍の想像力が凄いのか。以外と馬が合う妖精と氷龍なのかもしれない。
それはさておき、氷龍の前に差し出された小さな樽。その樽の栓を抜き、口の中に酒を流し込む氷龍。
「おおっ、美味いではないか。以前飲んだ酒よりも美味い。これをお前達が造ったのか」
妖精達は、氷龍の前に並び得意げな顔で胸を張っている。
「まさかお前達に酒造りの才能があったとはな」
そんなやり取りを苦々しく見ていた守護妖精は、とうとう居たたまれなくなり、木の陰から姿を現す。
「ちょっとあんた達。私に黙ってなに勝手なことやってんのよ。妖精の頭は、私よ!」
黒い大きなワイバーンを後ろに従えて守護妖精のフランソワが現れると、妖精達に自身の命令を聞かせようと威勢を張る。だが・・・。
”精霊の森を守る事を辞めた貴方に従うつもりはないよ”。
「いっ、今なんていったの」
思わず妖精から帰ってきた言葉が信じられずに動揺するフランソワ。
”何度でも言うけど僕達は、あなたの命令に従わないよ”。
「そっ、そんな」
”この森を救ってくれたのは人族のカルだ。それにカルはこの森を守るようにって龍にまで話を付けてくれた。それにあんな美味しいお酒まで飲ませてくれたしね”。
「私だって森の守護者に戻ったじゃない」
”ならば僕達と立場は対等だよ。守護者に復帰したからといって、あなたが妖精の頭に復帰できた訳じゃないから”。
「わっ、私の命令を聞かないって言うの」
”聞かない。精霊の森の精霊の命令なら聞く。カルの命令も聞く。だけど力の無い守護妖精の命令は聞かないよ。あなたは、力の弱った精霊の森の精霊を見捨てた。僕達も森を見捨てたけど・・・だから僕達もあなたを見捨てる”。
衝撃的な言葉が妖精から発せられた。
”あなたの話は、一介の妖精としてなら聞く。だけど守護妖精としては、この場限りで終わり”。
「・・・・・・」
”言い残す事はある?”
「分かったわ。最後に言わせてもらうわ。・・・お酒を飲ませて。あなたが造ったというお酒を飲ませて」
”分かった”。
妖精は、小さな樽を差し出すと、器に並々と酒を注ぐ。
守護妖精は、その器につがれた酒をゆっくりと飲み干す。
「おっ、美味しい。これ本当にあなたが造ったの」
”そう。僕達みんなで造った”。
「そう・・・先生。私にも酒の造り方を教えてください。先生!お願いします」
守護妖精は、頭と地面に擦り付けて格下の妖精に酒造りを教えて欲しいと頼み始める。なんと腰の軽い守護妖精なのだろう。そこに居並ぶ妖精達も氷龍でさえそう思ってしまう。
だが、守護妖精はいたって真剣である。
仕方なく妖精は、守護妖精に試練を課した。それは、座学から始めるというものだ。座学の何が試練なのかと思うかもしれない。それは、すぐに答えが出てしまう。
妖精達は、精霊の森の中に机と椅子、それに大きな黒板をどこからともなく運び入れた。そして椅子には守護妖精が座らされていた。
黒板の前には、妖精がチョークを持ち黒板に文字を書いていく。”醗酵とは何か。菌がもたらす奇跡”と書かれていた。
妖精は、菌とは何かを延々を話し続ける。だが、守護妖精は、5分もしないうちに舟をこぎ出すと寝息を立ててすやすやと眠り始めてしまった。先ほど飲んだお酒が効いたのか、元々の性格なのか。
そう、守護妖精の性格を知っている妖精は、こうなる事を最初から知っていたのだ。つまり妖精は、初めから酒造りを教える気などなかったのだ。
精霊の森の中に机と椅子、それに黒板。椅子には、この森の守護妖精が座り寝息を立てて寝ている。だが、黒板の前にいたはずの妖精の姿はない。妖精は、話を聞かない生徒を見限りどこかに行ってしまったのだ。
ひとり残された守護精霊は、いつまでも精霊の森の中でぐっすりと、ぐっすりと寝息を立てていた。
妖精達は、机の上で寝ている守護妖精をほったらかして氷龍にあるお願いをした。
「何、あの塔の上に行ってみたいだと。ほう、その背中の羽では空高く飛べない・・・そいういうことなら連れて行ってやる」
妖精達は、歓喜した。いつも見上げるだけの氷の塔。その上に行くことができるのだ。
「では、わしの鱗につかるのだ。振り落とされぬ様にしっかりとつかまるのだぞ」
氷龍は、妖精達が持って来た小さな樽をいくつも腕に抱え込み、背中には無数の妖精達を背負うと、大きな羽を羽ばたかせて氷の塔へ向かって飛び始める。
氷龍の背中には、100体近くの妖精達が振り落とされないようにと氷龍の鱗に必死にしがみつく。
数回の羽ばたきの後、雲の中へと入りあっという間に雲海を越えて雲ひとつない青い空へと舞い上がる。それは、妖精達が見た事のない世界だった。
雲海は、眼下の遥か下に広がり冷たい風だけが吹き抜けていく。やがて氷の塔の上へと到着した氷龍は、ゆっくりと塔の上へと降り立つ。
「どうだ。ここが氷の塔の頂上だ」
妖精達は、氷龍の背中から降りると氷の塔の頂上へと降り立つ。そこから見える景色は、見渡す限り何もない青いだけの空。
風は冷たいが、それがかえって心地よく感じる。
妖精達は、ただ青いだけの空を目をキラキラさせながらじっと見つめる。
氷龍はというと、いつもの様に酒樽を置くと栓を抜いて酒を大きな口へと流し込んでいく。
「美味い。この景色を見ながら飲む酒は何度飲んでも格別だ」
氷龍が酒をあおっている最中、氷の塔の遥か彼方でそれを見ている者がいた。それは、氷龍が飲んでいる酒樽めがけて一気に加速を始めた。
空を飛ぶ速さだけを競えば、氷龍よりもはるかに早い風龍。その風龍が今まさに氷龍の酒樽をかすめ取ろうと最速で空を飛んでいた。
氷龍が酒をあおりほろ酔い気分になった頃に風龍は、氷龍の目の前にあった小さな樽をふたつばかりかすめ取ると氷の塔の遥か上空へと舞い上がる。
「おっ、樽が減ったぞ。わしの樽は・・・どこへ行った。まさか塔から落ちたか」
ほろ酔い気分の氷龍は、自身が酔っていると思い込み樽がどこに行ったのかも分からない様子。
「はははっ、バカな氷龍だ。私が樽を横取りした事に気が付きもしない」
風龍は、飛びながらひとつめの樽の栓を開けて酒を口の中へと流し込む。
「ほう。この酒は美味いな。人族の村や街を襲った時に飲んだ酒とは比べ物にならん」
風龍は、ふたつめの樽の栓を開けて口の中へと流し込んだ時、突然目の前の景色がぐにゃりと歪みまっすぐ飛ぶことが出来なくなっていた。
「おいおい。いきなり酔ったのか。いくら酒が弱いわしでも、小樽ふたつで酔いが・・・回る・・・目も回る。空が回る。世界が回る。いったいどう・・・なっている」
風龍は、ふらふらになりながら氷の塔の上に降り立つ。だが、既に足で立っている事もできないほど酔いが回り飛び立つ事もできずにもうろうとなり塔の上に倒れ込んでしまう。
実は、風龍は酒にめっぽう弱いのだが、それでも酒は大好きなのだ。
氷龍のすぐ側に倒れ込んだ風龍。だが、それにすら気付かない氷龍。
「この酒は以前の酒よりも酔いが早く回るぞ。目の前がグルグルだ」
酒に強いはずの氷龍もなぜか簡単に酔いが回り塔の上で寝息を立て始める。
そう、妖精達が造った酒は口当たりがめっぽう良い代りにアルコール度数が遥かに高く、以前の酒と比べてもアルコール度数が3倍近くもあった。
酔い潰れる2体の龍など我感ぜずと100体近い妖精達は、氷の塔の淵に腰掛けると足をパタパタさせながら遥か遠くまで雲ひとつない真っ青な空を仲良くいつまでも眺めていた。
その頃、ドワーフのバレルの家でも同じ様な光景が繰り広げられていた。
「ドワーフが酒に酔い潰れるなど・・・あってはならんのだ。妖精達よ。いったいどうやたら・・・こんな酒が造れるのだ」
バレルは、妖精達が造った酒を器に注いで味見と称して飲み始めたが、ほんの数杯飲んだだけで立てなくなり、そのまま家の床で寝入ってしまった。
昼間から酒を飲んで酔いつぶれてしまったバレル。だが、バレルこの酒を大絶賛する。ただ、人族には強すぎて1杯飲むだけで酔いつぶれてしまうので、この酒は龍殺しの酒と呼ばれるようになる。
背中の羽では、空高く飛べない妖精達。だから高い空にあこがれていました。
その妖精達は、氷龍のおかげで高い空を眺める事ができました。けれどその隣りで酔い潰れる龍達。全てが台無しです。