100話.迷い込んだ妖精達。そして・・・。
国境の精霊の森の妖精達は、お酒が飲みたい一心である事を始めます。
カル達が去った国境に跨る精霊の森。
森の精霊の力が弱い事に落胆した守護妖精は、妖精達を連れて遠くの山へと移り住みそこに妖精のための新たな森を作ろうとした。
だが、妖精達を率いた守護妖精は、あまり物事を深く考えない性格が災いしてかその日その日を楽しく暮らせればよいと考えていた。
妖精達もそれに従いただ毎日を楽しく送っていた。
だが、ある時に事件が起こった。妖精達が新しい住処にした山に1台の馬車が通りかかる。
いつもの様に守護妖精は、その馬車を襲う様にと妖精達に命令をする。妖精達も守護妖精の命令には従うものだと信じて疑う事はなかった。
そして山中の峠道を走る馬車を襲おうとした時である。馬車の中から今までに嗅いだ事のない得も言われぬ匂いが漂って来たのだ。
妖精達は、守護妖精の命令そっちのけで場所の中を覗き込む。そこには、笑顔でたたずむ人族の子供と手元には大きな器。その器には、黄色い何かの液体が並々を注がれていた。
人族の子供に促されるままに、器に並々と注がれた黄色い液体を飲む妖精達。
その瞬間、妖精達の体に衝撃が走る。それはお酒であった。妖精達は、精霊の森の外れに住むエルフ族の村でお酒を飲んだ事はある。だが、そのお酒を美味しいと思った事は1度もない。ただ、お酒を飲んでほろ酔い気分に浸れる事が楽しかったのだ。
だが、目の前の黄色い液体。いや、このお酒は美味い。こんな美味い酒など飲んだ事が無かった妖精達は、浴びる様にお酒を飲んで酔潰れてしまう。
もう守護妖精の命令など頭の片隅にもない。気が付けば、守護妖精と守護妖精が可愛がっている黒い大きなワイバーンが、お酒を振舞ってくれた人族の子供が持つ大盾に食べられている?光景が目の前に広がっていた。
妖精達ですら目を疑う光景であった。だがお酒を飲んでいたせいなのかそれも有りなんだと妙に納得してしまう。既にその時点で妖精達が飲んたお酒が何かを変えていたのかもしれない。
妖精達は、人族の子供が乗る馬車に便乗したまま行先も分からない旅をする事になる。
そして馬車が到着した先は、昔住んでいた精霊の森である事に驚き、その森が火事で焼け野原になっていた事でさらに驚いてしまう。
ところが、精霊の森に火を放った大勢の人族に向かって、馬車に乗っていた人族の子供とその仲間達が果敢に戦いを挑んでいく。
その姿を見た妖精達も故郷である精霊の森を守るべく奮闘を始める。
そして精霊の森を守った人族の少年は、弱り果てた精霊を治療しさらに精霊としての能力を何百倍にも高めてしまう。
さらに、人族の子供が持つ大盾に食べられてしまったはずの守護妖精と黒い大きなワイバーンが、生きたまま大盾から吐き出される様は妖精から見ても実に滑稽であった。
しかもこの人族の少年の仲間には、精霊神様がいたり、精霊がいたり、魔人メデューサがいたり、精霊治癒魔法使いがいたり。
なぜこんな連中が精霊の森を救いに来たのか。この事で妖精達の考え方がガラッと変わってしまう。
そう自分達の長は、守護妖精でもなく精霊の森の精霊でもなくこの人族の少年ではないのかと。
しかも美味しいお酒まで飲ませてくれるのだ。
さらに精霊の森に巨大な氷の塔が落ちて来るかと思えば、その氷の塔に氷龍が住みはじめて精霊の森へ侵入する冒険者達を次々と狩っていく。
氷龍は、人族の子供と普通に話をしていた。その光景を見た妖精達は、自分達の長はやはりあの人族の子供だと確信する。
ある日、精霊の森の外れにあるエルフの村にあの人族の子供が何かを運び込んでいるのを目撃する。運び込んだ物から漂う匂いからそれがお酒である事に気が付いた妖精達。
早速、エルフ達の目を盗んで樽からお酒を拝借する。だが、拝借する程度ではおさまるはずもなく樽の酒を全て飲んでしまう。
酔いからさめた妖精達は、驚愕する。あのお酒を飲ませてくれる人族の子供が精霊の森から出て行ってしまったというのだ。
これは一大事と考えた妖精達は、あの人族の子供が住んでいるという城塞都市とやらに行く手段を考え始める。
そこで出たのは、妖精の秘術によって精霊の森と精霊の森を繋げればよいのではとう意見だった。
あの人族の子供は、この森に黄色い実の成る木々をいくつも植えていった。そこには、微かにだがあの子供の残留思念が残っている。
さらにあの人族の子供の話では、住んでいる城塞都市のすぐ隣りには精霊の森が広がっていて同じ木々をいくつも植えてあるという。
こんな好都合な事はない。妖精達は、ここの精霊の森とあちらの精霊の森を繋がるように様にひたすらに祈りを続けた。
精霊も妖精も、もともとはこの世界とは異なる別の世界からやって来た者達である。つまりこの世界の理とは全く異なる理により支配され存在するのだ。
そんな妖精達の祈りは、祈ればそれを具現化できるというある意味”神”に近い領域の技を駆使できるのだ。ただし、1体の妖精では力が弱いため、多数の妖精が同じ思いを共有する必要がある。
今、妖精達は精霊の森に植えられた1本のラピリアの木の前でその祈りを捧げている。祈りを捧げられたラピリアの木は、徐々に金色に光だすと枝に成る実に別の精霊の森の姿を映し出した。
1体の妖精がその実に手を振れてみる。するとスッと妖精の体が消えていく。しばらくすると消えたはずの妖精がその実の前に姿を現した。
妖精は、多数の妖精達の前でこう宣言した。
”成功だ!別の精霊の森に繋がった。恐らく向こう側が目的の精霊の森だ”。
妖精達は、歓喜した。これであのお酒が飲めると。
だが、全ての妖精が一斉にこの森からいなくなるといろいろ問題になる。まずは、1/4づつ交代で移動するというルールを決めて行動することを皆で約束した。
つまり、抜け駆けをして自分勝手にあちらの精霊の森に行ってはいけないということだ。
まずは、先遣隊が向こうの精霊の森を調べて、どこに行ってどうすれば酒が飲めるのかを調査する。
次の部隊が酒の入手方法を具体的に調べて来る。人族の世界は、お金という概念がある。ならば、そのお金の入手方法も調べなければならない。
妖精達は、持てる知識を総動員して皆が求める”お酒”の入手に全力を注ぎ始めた。
城塞都市ラプラスと精霊の森の間を通る街道をほろ酔い気分でプヨプヨと飛んでいる妖精。
その妖精に声をかける妖精がいた。
”ねえ。その匂いってラピリアのお酒の匂いだよね。どこに行ったら飲めるの”。
”お酒~。それならこの街道をずっと行くと、酒蔵がいくつか見えるから~。そこにいるどわーふのばれるさんの家に行くといいよ~”。
”ありがとう”。
ほろ酔い気分の妖精は、精霊の森と城塞都市ラプラスの間を通る街道をプヨプヨと飛んでいく。
まずは、先遣隊としてこの精霊の森にやって来た妖精達は、森と隣接する城塞都市というものの規模や配置を調べることになった。
精霊の森は自分達の森よりも大きくはないが、この森の精霊の力が強力である事はすぐに感じとることができた。これもあの人族の少年・・・カルと言ったか。そのカルがやったのならもの凄い力を秘めた人族の少年であると悟った。
妖精達は、いくつもの小グループに分かれて行動を開始した。そのひとつがお酒を造る酒蔵という場所を見つけ出すことにあった。
街道を進んで行くと、先ほどほろ酔い気分の妖精が教えてくれた酒蔵らしきものが見えて来た。周囲からは酒の匂いが漂っていてそれが酒蔵だと誰が見ても分かるほどだ。
妖精達が、酒蔵に近づけば近づくほど酔った妖精があちこちで酔いつぶれている。以前行った事のある人族の街の繁華街ですら見た事のない光景が広がっていた。
さすがにこの光景を見てしまうと心の中で波が引いていく様な感覚を覚える妖精達であった。
酒蔵へと到着した妖精達は、そこで働く多数のドワーフ族や人族がせわしなく酒造りに精を出す光景を目撃する。
その光景を見たある妖精はふと考える。もし、ここにある酒を人の目を盗んで飲むのは簡単だ。だが、飲んだら終わりである。しかし、自分達で酒を造ったらどうなんだろうかと。
量も味も自分達好みにできるのなら、その方が良いのではないか。
妖精達は、その事を相談しながら酒造りの方法を逐一確認する事にした。
幸いにして酒造りをしている場所には、妖精達も自由に出入り入る事ができた。妖精達は、手分けをして酒造りの工程をくまなく見てその方法をひたすら覚えていく。
こういった時の妖精は、精霊と比べても比較にならない異常な力を発揮する。
妖精達は、酒の製造工程をひたすら観察を続けた。別の妖精達は、城塞都市ラプラスに隣接する精霊の森からセスタール湖近くの精霊の森へと探索を続け、さらには城塞都市アグニⅡとアグニⅠに隣接する精霊の森へと探索範囲を広げていった。
各精霊の森を探索した妖精達は、酒蔵に集合するとある情報と証拠となる物を持ち込む。
”隊長。3つの精霊の森の探索を終了しました”。
そう言った妖精は、警備隊の兵士の様に直立不動の姿勢で敬礼をしている。これは、城塞都市を探索中に城壁の上で兵士達が行っている行動を見て真似をしているのだ。
”セスタール湖近くの精霊の森で取れるラピリアの実は、若干ですが酸味があります”。
”城塞都市アグニⅡの精霊の森で取れるラピリアの実は、セスタール湖のものよりも酸味があります”。
”城塞都市アグニⅠの精霊の森で取れるラピリアの実は、1番酸味が強いですが味が濃くて強さがあります”。
妖精達が各森から取ってきた実を、隊長と呼ばれた妖精が実際に食べて味を確かめる。
”森によってかなり味に個性があるんだね”。
”そうであります”。
”ならば、森毎にお酒を仕込んでみるか”。
妖精達は、酒蔵の隣りの完成直前の別の酒蔵に入り込んで、空いている樽にお酒を仕込み始める。
お酒の材料になるラピリアの実は、国境の精霊の森の妖精を総動員して集めたのだ。そう数は力なのだ。
ただ、果汁を絞って樽に詰めてもお酒になるには、醗酵という工程が必要であり、それにはかなりの時間を要する。
ラピリア酒は、この醗酵にかかる時間が他のお酒よりも短いという特徴があるが、それでもお酒になるには1ヵ月以上の時を要する。
妖精達は、そんな時を待つほどのんびり屋さんではなかった。ならば、また例の妖精の秘術により醗酵時間を早くしてしまおうという発想に行きついた。
もう妖精達は、美味しい酒を飲むために持てる全ての力を注ぎ込んでいた。
ドワーフのバレルは、まだ完成していない酒蔵に見た事のない樽が並び、その樽の中には酒が仕込まれている事に気付いてしまう。
「誰だ。こんなところで酒造りをしいるやつは」
そこには、何体もの妖精達がおり紙に走り書きをした様な字でこう書かれていた。
”僕達妖精が作ったお酒。飲んでみて”。
小さな器には、黄色いラピリア酒が注がれていた。しかも器は全部で4つ。つまり4つの器に注がれた酒は味が違うという事である。
バレルは、その器に注がれた酒を口に含むと口の中で転がし喉ごしを確認する。
「なんと、わしが作るラピリア酒より美味いではないか」
さらに別の器の酒の味も確認しみると・・・。
「全て味が違う。しかも酒毎に特徴がしっかりと出ておるでないか」
バレルは、衝撃を覚えた。妖精が酒を造れるとは思ってもみなかったのだ。しかも自身が作る酒よりも遥かに美味い酒だ。
さらに妖精は、別の器に注がれた酒を差し出すとバレルに飲む様にと促す。
その酒を飲んだバレルは、衝撃を覚えずにはいられなかった。
「なんだこの酒は。絶妙な酸味と甘み、それでいて清涼感があり雑味もない。それでいてコクもある味わい。・・・わしが作る酒よりも数段は美味いぞ」
”最後の酒は、4つの酒をブレンドしてみた。いろいろ試した中で1番の出来”。
妖精が紙に書いた走り書きには、そう書いてあった。
バレルは、茫然となった。茫然となったがこの酒を放置するには、あまりにも勿体無い。
「妖精達よ。この酒蔵で酒を作らんか。どうじゃ、作った酒の7割をわしらに売ってくれ。3割は妖精達で飲んでしまってかまわん」
バレルの言葉に思わず考え込む妖精達。
「この酒蔵をまるまる使ってもいい。樽や機材も全てだ。材料のラピリアの実の運搬もこちらでやろう。重い物の運搬も全てこっちでやる。どうだ」
妖精は、暫く考えこんだ後、首をゆっくりと立てに振った。この世界で初めて妖精が造る酒が正式に誕生した瞬間であった。
「時にお前達は、昔から酒を造っておるのか」
妖精は、紙に走り書きをする。
”3日前に、バレルが酒を作っているところを見て覚えた”。
バレルは、言葉が出なかった。この味をたった3日で作ったというのか。
「だっ、だが果汁の醗酵には1ヵ月以上はかかるぞ」
妖精は、また紙に走り書きをする。
”妖精の秘術で醗酵を促進させた。3日もあれば酒ができる”。
「なっ、なんだと。この酒をたった3日で作れるというのか」
妖精は、また紙に走り書きをする。
”そう。妖精なら出来る”。
バレルは、酒蔵の床に両手足を付いて項垂れてしまった。3日前にバレルの酒造りの工程を見て酒造りを覚えた妖精が、バレルの造る酒よりも数段も旨い酒を造るのだ。
「わしが100年以上もの歳月を費やして磨きあげて築いた酒造りの技がたった3日で覚えた妖精に負けたのか」
妖精は、また紙に走り書きをする。
”僕達が知っている事をバレルに教える。一緒に美味い酒を造ろう”。
バレルは、思わず滝の様な涙を流しながら叫んでしまった。
「師匠。ぜひお願いします!」
妖精達は、酒蔵1棟を手にいれそこでの酒造りを任される事になった。そしてバレルは、妖精達について酒造りを最初から学び直す事にした。
カルが妖精達にラピリア酒を飲ませてからというもの、美味い酒を飲みたい一心で始まった妖精達の驚異的な行動。それが実を結んだのは、妖精達がラピリア酒を初めて飲んだ日から僅か10日後の事であった。
国境の精霊の森の妖精達は、バレルよりも美味い酒を造りバレルの師匠にまでなってしまいました。妖精恐るべし。
100話突入です。相変わらずのつたない文章ですが、今後ともよろしくお願いします。