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ガンボは今日も木登りをする


ガンボは床でゴロリと横になる。

板を張った床はあまり寝心地の良いものではないのだが、頭の下にある太ももは柔らかくガンボの横顔を受け止めてくれる。


「どうですか? ガンボさん」

「あぁ……すごい……気持ちいいな」


蕩けるような声でガンボは答える。

その耳の中には木で出来た細い棒が出入りしていた。


「くぅ……ぉっ」


木の棒の先には綿が巻き付けられており、それが動くたびにガンボの喉から小さく声が漏れる。

ミリアの耳掘りでガンボが悲鳴を上げていたのは今は昔。

この4年の間に身につけた技術はガンボを満足させるに足る水準に達している。

彼女が指先に軽く力を入れて捻りを加えれば、ガンボの柔らかい部分が浅くえぐられ、痛み交じりの快感が走るのだ。


「今日は一段と効いてる気がするなぁ」

ぐったりと全身の力が抜けたままガンボは言う。

こうして月に一度ほどの頻度で耳の掃除をしてもらっているのだが、今日の耳掘りは一段と効く。

そんな気がした。


「そうですか?」

「ああ、耳の中がジワジワ温かくなってる気がする」

「いつもと同じですよ」


言いながら、ミリアは汚れた綿を取りかえる。

最初はたどたどしかった手つきだが、今はもたつくこともなく素早く行える。

新しく付け直した綿はゆっくりと耳穴に侵入すると、毛先の先端が薄くなった皮膚の部分をくすぐっていく。

耳の奥でザザザッという音が反響した。

その一本一本に耳垢が絡まり、そのまま汚れた耳壁の垢をごっそりとふき取っているのだ。


「やっぱりいつもと違うな」


ガンボの耳垢は粘着質な飴耳だ。

それがフワフワとした綿の塊でぬぐわれることで、脳にまで響くほどの酩酊感を味わうことが出来るのだ。


「ぅっ……ぁぁ」


白い綿がグリグリと耳壁に押しつけられると薄い茶色に染まっていく。

最初はミリアの前で声を出すのも恥ずかしかったが、最近はそんなこともなく思うままに喘ぎ声を出していた。

しかもここはいつもの薬師のババアのいおりではない。

ガンボの自宅。

付け加えるなら2日前からガンボとミリアの自宅となっている。

ここではどれだけ情けない声を出そうともお互い以外に聞いているものはいないのだ。

そこでミリアは気づいた。


「ああ、そうか、そう言えば初めてでしたね。夫婦になってから耳を掃除するの」

「あ……ああ、そうだな」

「そうですね」


対照的にガンボは視線をそらす。

その様子が微笑ましかったのか、頬を緩ませて言った。


「そういえばジャックさんからもらった耳掘り棒使ってみますか?」

「ああ、東の国から買ってきたってヤツだな」


耳の孔に棒を突っ込むなど普通では考えられない行為だが、どうやら同じことを考える人間というのはいるらしい。

それを知っているジャックからの贈り物だった。


「べっこう?……って言ってたな」

「はい、海にいる亀の甲羅らしいですね」

「海か……ジャックさんの話だと塩水で出来た大きな池なんよな」

「不思議ですね。そんなところにいて、亀はしょっぱくないのかしら?」

「うん、不思議だな」


ミリアの膝に頭をゆだねながらガンボは首を捻る。

取り出した鼈甲べっこうの耳掘り棒は透明感のある黄色に赤褐色のまだら模様が浮かんでいる。

触れば柔らかな感触で軽い。

明かりに翳してみると薄っすらと光りを通して光沢を放つ。

それはまるで宝石のようで、海亀を知らないガンボにもそれが高価なものだということが想像出来た。


「綺麗ですね」

「うん、綺麗だ」


海という途方もない世界を知り、こんな高価なものをポンとプレゼント出来るジャックという男はやはりすごい人間なんだろう。


「駄目ですよ、ガンボさん」

「な……何がだ」

「今、ジャックさんと自分のことを比べたでしょ」

「いや、それは……」

「もう、ジャックさんも言ってたでしょ?」

「そうだけど……」


言われてガンボは思い出す。

それは数日前、結婚式に現れたジャックが言った言葉だ。

ジャックは「だったら、そこに並んでいるパンを食わせてくれ。それがお前が勇者である証だよ」と言い、その言葉通りに焼きたてのパンを頬張っていた。

ガンボにその意味は解らなかったのだ、ジャックが真剣に言っているのだけは理解出来た。


「私もよく分からないけどジャックさんはガンボさんのことを褒めてたんだと思うわ」

「俺もそうは思うけど……」


そうは言われても煮え切らない。

そんな伴侶の顔に苦笑しながら鼈甲の棒を構えた。


「何度も言ってますが、私の勇者はガンボさんなんですから」


そう言って透明感のある赤黄色の棒をそっと耳に穴に差し込んだ。





王国の南に広がる広大な大森林。

そこには天まで届くほどの巨大な一本の木がある。

森の民たちからは『神の木』と呼ばれている。

その凄まじいほどの巨木のふもとで一人の青年が佇んでいた。

腰に縄を巻き、食料と水とナイフの入った袋を下げている。

彼は折り重なる枝を通して『神の木』の頭頂を見据えた。


「さぁ、今日も木に登ろうか」


こうして今日もガンボは木に登るのだ。

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