男前な伯爵令嬢と別嬪な侯爵令息
「というわけで、あなたは今日から私の下僕になるのよ」
妖精の女王を思わせる美しい金髪に菫色の瞳の青年へ人差し指をつきつけながら、一メートルにも満たない愛くるしい顔つきの少女は、青い瞳をキッと吊り上げ、肩につきそうな長さが波打つストロベリーブロンドのふわふわな髪を揺らし、宣言した。
「えっと、ミルレイン? 今日は、何ごっこをしているのかな」
十代後半に入ったばかりの青年は柔和な面に困惑の色を浮かべ、気弱な声を発する。
「下僕は馴れ馴れしく名前を呼んじゃダメなのよ!」
「なんて呼べばいいんだい?」
「ミミって呼んで」
そのほうが馴れ馴れしいんじゃないのかと青年が心の中で、叫んだことは秘密だ。
リサスティック伯爵家の次女・ミルレインと下僕になれと言われた青年バーマクレイン侯爵家の嫡男であるユリウスの関係は、互いの父親が無二の親友であるため、家族ぐるみの付き合いである。
ユリウスにとって、いつも無邪気に纏わりついてくるミルレインはよちよち歩きを始める前から、その成長を見守ってきた存在だ。何をやっても言ってきても、かわいく見えてしまう。彼は一人っ子なので、きっと妹がいたら、こんな感じかなという認識だった。
「ミミ、伯爵は父上のところかい?」
「そうよ。大事なお話をしているから、ユリウスのところに行ってきなさいって言われたの。ねぇ、お馬に乗って、ヘレナ湖に行きたいの、ダメ?」
先程の威勢のよい姿から、急にもじもじとした様子になり、上目遣いで訊ねてきた。
ユリウスが忙しそうに見えたのだろう。菫色の瞳を細め、ミルレインを見つめる。もしここに他の人がいたら、彼が少女へ蕩けそうな表情を浮かべているさまに胸焼けを起こしていただろう。
「ヘレナ湖かい? ちょうど、アレキサンダーを走らせたいと思っていたんだ。いいよ、じゃあ、お出掛けの準備をしておいで」
トコトコとユリウスの部屋をあとにしたミルレインの後ろ姿を見送り、彼は立ち上がる。
机の上に散らばった領地に関する書類を片付け、従僕を呼び、乗馬服へと着替えた。
***
澄みわたるヘレナ湖が映し出す天の空色と木々の葉の緑。時おり揺れる水面は風の妖精が通りすぎているからだと。
その景色は神秘と幻想を想像させ、著名な画家たちが、こぞって描くと言われている。
「いつ来ても、いい風が吹いてるわね」
湖面に目線を向けて、軽く両手をあげ、気持ち良さそうに伸びをするミルレインを横目に、ユリウスは乗ってきた馬を木に繋いだ。その背をひと撫でする。
「そうだね。屋敷から適度な距離にあるから、アレキサンダーを一走りさせるにも、君と風景を楽しむのにもよい場所だよ」
愛しさを滲ませる菫色が見つめる先、ふわふわなストロベリーブロンドの髪で隠すように下を向き、青い瞳を忙しなくパチパチさせるミルレインの姿があった。
透き通る白い肌が、色付いた林檎のように染まった頬に触れたいと思ったユリウスは、その思考を遮るため、頭を振り、気持ちを切り替えようと軽く息をつく。
艶やかな黒毛を風に撫でられながら、アレキサンダーは茶色のつぶらな瞳を向け、主人たちの様子を楽しげに見守っていた。