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終わり

 そうして三日目が訪れましたが、鐘の音と共に動き出す筈の屋敷はその多くが息を潜めていました。

 主なき今、命令通りに動いているのは少年に付いている数人の召使だけなのです。

 事前に言い含められた通り、幾人かの召使たちは巧みな手練手管でもって、少年を堕落させることに尽くしていました。たとえそれは、主が既にいなくとも遂行すべき勅命なのです。


「私と彼の救世主の違いは、この愉悦を知っていたかどうかに違いない。この悦びを知ってしまえば、神の子といえども、たとえ神であっても抗うことなどできぬに決まっている」


 あらゆる快楽を堪能し、あらゆる命令を成しえる召使の前に、すっかり少年は王にでもなった心地でした。召使の一挙一投足だとか、部屋に漂う香りだとか、全てが少年の心を鷲掴みにするだけの効力を持っていました。

 もしも少女に語る口が残っていたのなら、この光景を見れなかったことを心の底から後悔したことでしょう。

 それほどまでに少年の心は醜く、信仰心の欠片さえも残らぬほどに愉悦に溺れていました。

 召使たちがどのようにして、美徳を説いていた少年を篭絡したかは皆さんの想像にお任せしますが、少なくともその想像より遥かに心地よいものだと思います。

 おそらく、善良な皆様では味わったこともなく、生涯味わうこともないであろう女王の抱擁が、少年の心を襤褸にしたのです。それさえなければ、慈悲深い神は少年をお許しになったかもしれませんし、少なくとも人として終わることができたでしょう。

 誘惑に負けたために、未来を失ったのです。


 いつの間にやら少女や、他の召使たちが消えてしまったことに気付かないほど、少年は酩酊していました。

 本来ならば見ず知らずの女性と肌を重ね合わせることなどありはしなかったのに、もはや少年の(たが)は外れてしまったのです。後に待つ地獄など考えも及ばず、ただ快楽を貪るだけの悪鬼と成り果てたのです。

 口にするもの全てが、貧困の底で味わった極上の肉に比類するほどで、少年の心からは信仰心だけでなく、今までに歩んだ過去全てが抜け落ちてしまいました。

 忌々しい思い出とともに、自身が忌むべき人間であることも忘れてしまったのです。


 どんづまりから味わう快楽は、少女が痛みとともに味わった幸福に等しいものでした。即ちそれは死を呼ぶ魔性なのでございます。

 全ての快楽が、肉体を構成する物質を刺激します。絶頂などという言葉では足りないほどの狂喜が、脳を死滅させるのです。美徳だとか悪徳だとか考えることすらも出来なくなるほどに、腑抜けさせるのです。

 何もかもは手遅れで、少年は約束された安堵に身を任せるしかありません。


「幸福とは此処にあった! 神などどこにもいない。幸福とは此処にある!」


 誰に言うでもなく、獣の叫ぶように声を上げます。

 そうしている最中も絶えず交尾は続き、湧き上がる情欲を端から召使にぶつけていくのです。

 ただ生物として当然の本能のままに、動き続ける獣。

 肉を喰らい、精を吐き、やがて眠る。


 過去も未来も捨てて、少年は幸福(いま)を享受しました。


 しかし幸福は永遠ではありません。

 夜。それが夢の終わりでした。


 その日の零時を告げる鐘の音とともに、屋敷の一切は活動を止めました。

 主もなく、その命令すら残っていない。

 ただ少年は幻に連れられて、屋敷の外に出たのです。もしかすると幻ではなかったのかもしれませんが、少年は判別する術を持ちません。

 劇的に始まったと思われた三日間は呆気なく幕を閉じたのです。


 少女はあまりに生き過ぎました。

 少年はあまりに行き過ぎました。

 それぞれが幸福に溺れて死んでいきました。


 真の幸福とは、常に隣にあるものなのでしょう。


 少女は飢餓と苦痛を味わって終わりましたが、最期は幸福でした。

 少年は飽食と快楽を味わって終わりましたが、最期は不幸でした。


 不相応に夢を見るだけなら人の糧ですが、叶えてしまえば毒なのです。

 

 二人が交わったのはほんの一時でしたが、狂気の伝播に時間はかかりませんでした。

 毒は急速に回り、人を壊していくのです。


 死性愛タナトフィリアとか聖依性愛(ヒエロフィリア)とかいった性的倒錯は、少なからず誰しもが抱いているものなのです。

 どういった切欠(きっかけ)で肥大化するとも限らない、大きな腫瘍を抱えているのです。

 その結果、死に走るも罪を犯すもご勝手にございますが、やはり人道を逸れるよりかは、身の丈にあった生き方をする方がよろしいでしょう。


 ナルキッソスや詩仙がどうやって死んだかをお考え下さい。

 手の届かぬ幸福は夢でしかありません。想像も及ばぬ幸福など夢ですらありません。

 夢を夢見るときにしか真の幸福はありません。


 少女と少年のどちらが幸福であったか。

 人生とは死に至る過程に過ぎませんが、その中で自分にとって幸福がどういうものなのかを理解することこそ寛容と言えるでしょう。


 道徳とは何も社会的建前としてのみ意味を持つわけでなく、自然を生きながら悪徳を好み、自らの退廃と放蕩ばかりを追い求めるあまり不自然な歪みを生じさせてしまう人々を律するためにあるのです。

 誰しもに赦されている幸福追求の権利でもって、他者の幸福を阻害してはならぬのです。


 どうせ死んでしまえばさんざんっぱら迷惑をかけ放題なのですから、塵芥と化すその日まで善く生きればよいのです。

 けだし我慢できぬのならば、いっそ死んでしまえばよいのです。


 意識のなくなった死体は見事に悪意を振り撒いて、想像と寸分違わぬ役目を全うしてくれるに違いありません。

 ほんの数分時間が遅れただけで大慌ての彼らや、ある集合住宅の家主などは、苦悶に顔を歪めてくださるでしょう。


 もっとも、死んでしまえば誰彼に迷惑をかけたなどと誇ることすらできませんが。

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