中津ルート
「先生って髪長いねー」
「おう」
「さらさらしてるー」
「はあ…さわんなって」
「願かけでもしてんの?」
クラス内はいつも騒がしい。
原因は若手の教師中津風のせいである。
花の世話を妨害、やたらはなしかけてくる等、なにかにつけて私に絡んでくる気がしてならない。
今日も私の花達はイキイキしている。
私の特性の肥料で、開花してから二ヶ月前と変わらないまま咲いている。
「おーいオマエ、オレの髪触るか?」
なぜだ今日も話しかけてきた。
しかも髪を触るかなど普通は聞かないだろう。
無視して花を眺めているとピシリと何かがあたった。
地味に痛いようなくすぐったいような不思議な感覚がある。
「おしおきだ」
どうやら中津先生の髪で叩かれたよう。
「いいなー私にもやってー」
ぞくぞくと挙手する女子達に引いた。
「オマエ今日残れ」
なぜいきなりそんな話に?
「この前のテスト赤点になるギリギリだったろ」
「う…」
赤点じゃないならいいんではないだろうか。
「試験に受かればいいとか、甘いこと言ってると花屋になれないぞ」
なぜ私が花屋になると決めつけているんだろう?
「花屋にはなりません」
「…花屋以外でもだ」
私の将来設計はまず花を人間に変えて、旦那、働き要員、家事要員を花にすること。
それにはパーツが後一つあれば可能だ。
「オマエ…なんか恐ろしいこと考えてたな?」
「そうですか?」
「まったく…オマエはなんでそう無気力なんだ」
「花の世話に気力を吸われてますから」
「…ああそう」
私は花の為に花は私の為にあるようなものだ。
もし世界から花がなくなれば、私も同じように消える覚悟がある。
「おい、なんか落ちたぞ…名刺?」
「あ…」
鞄を取りにいこうとしたらライトシェイドから貰った名刺が落ちた。
「バラッド榊ってあの大起業家じゃねぇかお前その秘書とどういう関係だ…」
これ以上誤解されるまえに経緯を詳しく話した。
「あれだよ、恋愛映画でよくある町で歩いていたとき見かけた少女に一目惚れ~じゃねえの?」
「まさか」
学校と家と花屋の往復しかしていないのに、榊が私を見かけるはずがない。
「お前の無気力パワーでアタックして貢がせてポイ捨てしてやれ」
この教師、なにを言っているんだ。
普通は止めるところではないだろうか。
「じゃあな~」
ひらひらと手を揺らして去る。
私はなんのために残ったんだ。
取り合えず榊に協力すると言うだけ言っておき、互いに用事があるのですぐにオフィスを出た。
次の日、クラスでは変な話がが流行っている。
「最近、怪盗鬱金っていうのが出てるらしいよ!」
怪盗といえばもっとおしゃれなイメージがあるが、鬱金、変な名前。
「ウコンってカレーのターメリックだろ?」
悔しい、笑ってしまった。
「なんでも忍び込んだらチューリップの花を現場に残して何も盗らずに帰るんだって」
ああ、なるほどチューリップだから鬱金香が由来しているのか。
「待てよそれ怪盗じゃなくてただの不法侵入だろ」
「先生も興味ある?」
「ねーよ盗まなくても不法侵入はただの犯罪だろ」
「だよねー先生だもんねー」
「園崎、オマエも怪盗に興味あるのか?」
「いいえ」
怪盗よりなぜチューリップの花を現場に残すのか、知りたくなった。
「そうだ…オマエ放課後残れ」
「え!?」
なぜまた残らされなくちゃいけないのだろう。
「榊と会ったか?」
「昨日」
中津先生が榊と私をそんなに会わせたがったのはなぜだろう。
「そうか…オレも会いたかったなバラッド榊に」
「ファンなんですか?」
「見た目が俺様の理想の女なんだよ」
「榊は男ですけど」
「は!?」
あの中津先生が意気消沈した。
「一昨日惚れてるから貢がせて捨てろって言ってましたよね?」
一昨日私と榊を会わせたがったり、榊をおとして貢がせろといっていたのに。
「あれは榊の秘書のことだ。
秘書がお前に惚れてるかはともかく、お前が花以外に興味を持つとは思えねえし
手玉に取って弄べなんて冗談だっての。」
「…はあ」
「榊は女だと思ってたからな…知ってたら会いに行けなんて言わなかった」
「それってどういう…」
「用事は済んだから帰れ」
また言いたいことだけ言って帰った。
茎ノ葉君が来たと思ったら先生がその後ろで爽やかに手を降っている。
「先生が来るなら私こなくてよかったのに」
帰って花粉を顔につけて蜜蜂ごっこをしたい。
「生徒と二人きりなんて怪しまれるっての。だいたい
それに男と二人なんてむさっくるしいだろうが」
ならなぜ来たんだ。
「それで、どこに行くんだ」
「お前が決めろ」
「…花屋と私の家と学校のどれがいいですか」
彼等の答えなどわかりきっている。
これは疑問ではなく愚問なのだ。
「よし、お前ら俺様についてこい!」
「わかりました先生」
「はあ…」
遊園地、や映画館など行ったことのない場所だ。
まるで若いカップルのベタな初デートのようだ。
「なんだ疲れた顔して、オレのラインナップが不服かよ」
「植物園を教えてください」
「花畑を教えてください」
「なんだそんな場所に行きたいとか…つまんねーな」
2対1で私達の勝ちである。
まず植物園に行った。
こんなに近場にあるなんて、知らなかった。
「俺は向こうの多年草を見てくる」
「じゃあ私は花を」
中津先生がなぜか後ろからついてくる。
「先生は花や植物に興味深ないですよね」
「まあな、木だったら家になるから好きだけどな」
植物全般に興味なさそうなのに、木から葉を落とすかのような“風”の名前に似合わず木は好き、なんて言われるとはまさかとも思っていなかった。
言われたのは私ではなく、木だが少し嬉しい。
「ほら、花びらついてんぞ」
「…」
前髪の花をとるだけなのに顔が近い。
まるで映画のワンシーンのようだ。
だが私も先生もお上品なそれは似合わない。
せいぜい生クリームやごはんつぶが似合いだ。
「さっきからずっと言いたかったんだが…」
「はい?」
らしくないほど煮えきらない。
さっさと言えばいいのになんなんだろう?
「それ私服か?」
「そうです」
どう見ても制服ではないし、私服でしかないだろう。
この人はクラス担任の教師、一番私の制服を見ているといっても過言ではないのに何を言っているんだ。
「そういう意味じゃねーよ」
「ならはっきり言ってください
花で作られたこの完璧な服が気に入らないんですね」
否定されて、自分でも驚くほど感情が入り、息切れしそうだ。
「いやだから、この先お前とデートする相手が困るっての」
「先生が困らないならいいんじゃないですか
そういう相手とは付き合う、なんてありえませんし」
元より、花を人間にして結婚する計画なのだから否定する人間とデートなんてしないのである。
「はいはい、いいから、オレが悪かったよもう黙れ」
他人から見ればくだらない、という理由で怒った私に、傲慢な先生が謝るなんて、普段無茶苦茶なことを言うのになぜ変な所で大人なんだ。
「とにかく、もう今日みたいに集まるなんて、御免ですから」
花屋に行く道は人通りが少なく、私を笑う人はいない。
ただ私服を見ている花屋の紫倉さんが内心どう思っているかは知らない。
「オレがどう思うとかは関係ない、もしオレが好きになった奴が変な格好でも関係ねーけど、世間ってのは厳しいからな」
他人が見たらこれがおかしいなんて認めたくなかった。
「はあ…じゃあ、次の時は誰も見てないところに行こうぜ」
またもや言うだけ言って、先生は茎ノ葉君の元へ去った。
「じゃあ解散な」
「はい」
「花園に行けなくて残念でした」
今日は先生がついてきたせいでまともに花を見られなかった。
はやく家に帰って寝たい。
中津先生とはなんとなく気まずくなり、向こうも同じような感覚なのか、放課後に残されることがなくなった。
というより雑談をしなくなっている。
ありがたいけど、なんだか調子が狂う。
いつもの中津先生なら私が花の手入れをしているとやたら構ってくるのに。
「先生ってどこ住んでんの?」
「学校の近所がよかったけどな、けっこう遠くから電車で通勤してんだよ」
「えー!?」
なぜわざわざ電車で通勤しているのだろう。
家族や奥さんのためだとか、そういう理由だろうか。
近くにアパートを借りればいいのに。
私は花の世話を終えて何事もなく帰宅した。
今日は冷奴を食べようと思い、台所で支度をしていた。
しかし、冷蔵庫には豆腐がない。
正確にはあることにはあるが、使いたいタイプの豆腐がない。
「木綿ならあるよ」
葉陽斗が言った。
「それは麻婆用。冷奴には絹豆腐」
型崩れしない木綿豆腐は加熱には便利だが冷奴には向かないと思う。
「買ってくる」
「行ってらっしゃい」
久しぶりにコンビニへ行った。
目当ての豆腐を買った帰り道、中津先生らしき背格好の男が横切った。
どうせ学校で会えるのだしわざわざ今会う必要もない。
しかし、遠方から通勤しているという中津先生の家はこの近辺にはないらしい。
どうしても気になって、追いかけた。
丁度男が大きな屋敷に入っていく姿が見える。
鉄製の繊細そうな門、つまり一軒家なら平たい塀。
その表札を貼る位置に、洋風の邸宅にはそぐわない看板のようなものが下げられている。
読んでみると手書きのようで、ローマ字。
キャルフェと書いてあるようだ。
ローマ字にするあたり書いた人は英語が得意ではないのだろうと思った。
さすがに人の敷地内に勝手に入るのはよくない。
しかし、あれは誰だったのだろう。
このまま去るべきか、いや出てくるまで待ってみたほうが良いだろう。
「なにしてんだ園崎」
家からではなく別の方向から中津先生が現れた。
「先生…双子の兄弟でもいるんですか?」
「は?ない馬鹿ぬかしてんだ生まれて24年間ずっと一人っ子だぞ」
「先生がこの屋敷に入るのが見えて…」
「俺はいま、学校から出てきて家に帰ってる途中だっつーの」
先生は今帰宅しようとしていた。
つまりあれは、単なる見間違いだったらしい。
「先生、駅ってこっちなんですか?」
「お前…駅も行ったことねーのか」
「この町を出たことがないので」
「ここらに駅はねーよ」
「え?帰宅には電車だって…」
まさかタクシーで帰る?
「聞いてたのか…あれはあいつらに家を教えたくなくてついた方便だ」
「つまり遠方から通勤は嘘だった?」
「たりめーだよちなみに家は近場の45階建てマンションだ」
なぜ家を知られたくないのに自らバラしたんだろう。
「親が管理人だから最上階と屋上も貸切りでな…生まれながらにして王子の気分を…」
先生がなぜ俺様なのか、よくわかった。
「じゃあ私は帰りますから…」
「まあ待てよ。高級マンション見に来いよ乗り掛かった船だろ?」
「使い方微妙に間違って…」
「こまけぇこたぁいいんだよ」
「キャラ変わってますよ」
ズルズル連行された。
ああ、冷奴。中津先生とはなんとなく気まずくなり、向こうも同じような感覚なのか、放課後に残されることがなくなった。
というより雑談をしなくなっている。
ありがたいけど、なんだか調子が狂う。
いつもの中津先生なら私が花の手入れをしているとやたら構ってくるのに。
「先生ってどこ住んでんの?」
「学校の近所がよかったけどな、けっこう遠くから電車で通勤してんだよ」
「えー!?」
なぜわざわざ電車で通勤しているのだろう。
家族や奥さんのためだとか、そういう理由だろうか。
近くにアパートを借りればいいのに。
私は花の世話を終えて何事もなく帰宅した。
今日は冷奴を食べようと思い、台所で支度をした。
昨日は中津先生の家で食事をご馳走になり、結構楽しかった。
家族団欒、というのはああいうことなんだとしみじみそう感じた。
放課後、相変わらず女子達が中津先生にべったりだ。
いつものように私はそれを横目に花に水をあげていた。
花壇にはパンジーやクロッカスなどが咲いている。
たまに季節を関係なく好きな品種を植えることもある。
季節によって咲くもの、咲かないものがあるが、調合した薬でそれを解決した。
花に詳しい人なら気がつくことではあるが、今のところは何も言われていない。
「ねぇ先生って結婚してる~?」
「さあな」
「好きな子のタイプは~?」
なぜそんなことを聞いているんだろう。
彼女たちは先生と恋人になりたいの?
教師が生徒を好きになるわけない。
葉陽斗が映画や小説でボロボロ泣いていたのを思い出す。
暫く話が続き、女子達が中津先生から離れていく。
「お前も早く帰れよー」
「はい」
そういえば茎ノ葉君の世話を最近頼まれない。
きっと彼が慣れて来たからだろう。
ともかく支障なく花を見られてよかった。
「なあ」
安堵したのもつかの間、中津先生に声をかけられてしまう。
「はい?」
また何か面倒なことを言われるんではないか、と身構える私。
「やっぱいい」
「はっきり言ってください」
気になるのでちゃんと言うまで私はジト目で見続ける。
「俺の家と親、どうだった?」
「先生は恵まれていますね」
希なお金持ちと普通の家庭の間くらいで裕福で気楽そうだと思った。
「たしかにそうだが、俺が聞いてんのとは意味が違う」
「ああ、家が広くていいですね、
楽しそうなご両親も」
「お前…表情変わらないから見ただけで本気かわかんねぇけど、おべっかは使わないタイプだよな」
「そうですね」
…おべっかて。
「この年になるとさ、親が嫁がどうとかうるせーんだよ」
「はぁ」
だからどうしたんだろう?
「お前な…他人事じゃねぇぞ
いつかお前も親に同じこと言われんだからな」
「ないと思うんですが…」
おそらく私は偽りの弟の世話で一生が終わるだろう。
詳しくは教えてくれないのでよくわからないが、葉陽斗の存在を一般の人に知られてはいけない。
義父はそう言っていた。
研究所の人ならまだしも、一般の、ましてや公務員である教師に知られていいはずがない。
それに研究所に年の若い人はいない。
実質結婚はしないことになるだろう。
訳のわからない研究や葉陽斗はどうでもいいが、私は義理の両親に頼まれたことをやって、生活できている。
今更それは変えようにないし、これからも変えるつもりはない。
それは暗黙の了解となっていて、私は困らないのだ。
どうやら中津先生とは距離を近づけすぎたようだ。
自分から避けても話しかけられる。
なら向こうから離れてもらいたい。
なんて…なにを中津先生と距離が近い前提で話を進めているんだろう私は。
おそらく中津先生は誰にでもこんな感じだ。
前にも考えたはずで、それ以外ない。
ただあの晩、中津先生に見間違えた人を追って屋敷の近くを彷徨かなければよかったとは思う。
家にお邪魔してご両親に挨拶なんて、ただの生徒のすることではない。
「お前なあ…ぼうっとしすぎだ」
しばらく考え事をしていたら、声をかけられはっとした。
「すみません」
「やっぱ放っておけねぇっつーか」
「は?」
いきなり何をいいだすんだろう。
「まあ、なんだ、気をつけて帰れよ」
「はい」
結局なんの用だったんだろう。