グランデEND・外界断つ刻こそ黒き蝶の道は開かれん
昨日雨瓦君が言っていたことは、ただ倒れた彼を見かけて救急車に連絡しただけの私に会いたいなんてよく考えたら怪しいと考えたから。
『ごめんそんなお礼してもらうほどすごいことをしたわけじゃないし』
と言って私はその場で誘いを断った。
そんなに重要なことではなかったのか雨瓦君は大して気にしていなかった。
今日は職員会議で早く帰れる日だった。
「こんにちはグランデさん」
いつもの時間なら帰り道で滅多に出会わない彼を見かけたので、挨拶しておく。
「ああ、今日は早いんだな」
「はい職員会議で」
「…?」
グランデさんは、私が言った言葉の意味がよくわからない様子だ。
なにも変な事は言っていないのだが、どうしたのだろう。
目線の先をたどると、うっすら白く丸いものが空に浮かんでいた。
「あ、月が…」
明るい時間にたまたま月が見えることがあると聞いたことはあるが、天体マニアではないので気にしたことはなかった。
やはり月というとムーンドロップを連想してしまう。
「知っているか、月にウサギはいないんだ」
「わかっていてもはっきり断言されると少し残念です」
それにしてもまるで月を見たことのあるような口ぶりをする。
「後20年程度で月は太陽に取り込まれる他の星もそれぞれ統合されるって話だ」
彼とは花好き仲間で、今まで天体の話をしたことはなかったのに、どうして突然――――――
いや、一度だけあった。
園芸大会の会場で出会った頃、彼は言っていた。
『冥王星は惑星ではなくなる』
そんなことを言っていた。
それに対して、私はこう言った。
『すでに太陽系から外れていますよ?』
彼との出会いは、花とはほとんど関係のない話から始まっていたのである。
『世の中うまくいかないよな悪人や罪人は生かされて死にたいやつは死なない
死にたくないやつは死んで、良いやつが早く死ぬ』
『グランデさん?』
彼は何も言わずにじっと、まるで愛しい者でも見ているかのように、ただ一点の白薔薇を見ていた。
枯れたその花弁を見て、グランデさんは悲しそうにしていたから。
それは植物、というより人の死に対する嘆きのようだった。
なぜだか彼が悲しむ顔を見たくない。
花を枯らせないほうほうを考えようと、書斎の薬学の本を見た。
幸い義両親は植物の研究機関の職員なので、そういう本が沢山あり、園芸に使う薬はたくさん載っていた。
でも、さすがに長い間枯れないようにすることは無理だと知り、一度は断念。
何日か経過し、私はそのことを忘れ、いつものように花壇の手入れに励んでいた。
『っ!』
薔薇の刺を処理していたところ、指を刺してしまった。
薔薇の棘で怪我をすることは少なくはないが、一本だけなので、手袋をしていなかった。
ぽたりと、落ちた赤い雫が枯れた花びらに落ちる。
干からびて変色していたのに、つい先ほど落ちたかのような花びらへよみがえっている。
植物を持たせるには人間の血液がいるのかと考えた。
他人から採取するわけにもいかないので自分の乾かない傷口から採り、顕微鏡で調べ、身近にあった薬品をそれと同じような遺伝子になるように
危険物にならないよう配慮しつつ混ぜ合わせる。
そして完成品を枯れた花に散布し、経過を見て、枯れてから一ヶ月の延長に成功した。
私はその日ほんの些細なことで花が枯れない薬を作ることができた。
植物の薬を作った切っ掛けは、グランデさん。
彼と園芸のイベントで会うことがなければ、それを作ることはなかった。
と言っても過言ではない。
だけど、この薬はグランデさんに渡せないだろう。
なぜなら一般人が薬品調合を自宅でなんて、普通に気味が悪いからだ。
無意識にやったことだけど、これは自宅で使うことにした。
休日、久しぶりにフラワーガーデンに来た、
パステルカラーの花が敷き詰められて、メルヘンチックな空間。
一際目立つ漆黒の人を見かける。
遠目でもあの人だとわかった。
「グランデさん」
後ろから声をかける。
「なんだ?」
グランデさんはいつも通り、気だるそうにこちらに振りむく。
「一人なんですね」
以前花を持った私にデートか何かと冷やかされたお返しをしてみる。
「お前のほうこそ、恋人とは来ないのか」
更に返されてしまった。
やはりこの人は一枚上手だ。
「グランデさんは恋人いるんですか?」
私は滅多に人と会話しないけど、グランデさんにはつい軽口を叩いてしまう。
「そういう相手を作る余裕もなかったからな」
「…そうなんですか」
なぜか安心してしまう。
グランデさんはあまり生活感がない。
どんな生活をしていたかとても気になる。
さすがに立ち入ったことを聞くのは失礼だ。
それに聞いても答えてはくれそうにない。
そういう自分に関する話を気軽に出来るほど仲でもない。
微妙なところで途切れて、次の話題が考えつかないので会話がもたない。
考えればいつも花屋、学校のルーティン、毎日同じことしかしていないのだから当然か。
「何か聞き出そうだな」
私はたぶん滅多に表情をよまれないタイプ。
しかし、気づかないうちに顔に出ていたようだ。
「少しグランデさんの暮らしが気になって…
つまらない話をしてすみません」
「…つまらなくはない」
と真顔でいうが少し間があったのは気のせいだろうか?
それにしてもグランデさんが私の表情を気にしていたなんて驚いた。
「というか、俺の生活なんてただこの町を徘徊するだけで、毎日花を見て、星を見て、感傷に浸るだけの空虚なものだ」
彼は毎日同じことをしている…からっぽなんて、私と同じようなことをいう。
グランデさんは前にやたらと冥王星について話していた。
「もしかして冥王星から来た王子様、ですか?」
ほんの冗談で、言ったつもりが、グランデさんは過剰に反応し、眉を潜めた。
「王子なんて柄じゃないだろ…」
なにかあるのだろうか。
「すいませんふざけました
以前、冥王星の話をしてくれたので好きなのかと思ったので」
「あれは…冥王星が故郷に似ていただけだ」
なるほど…まてまて、なんかおかしい。
この人は冥王星の様子を見たことがあるの?
だいたい故郷が惑星と似ているなんて、どういう故郷だ。
「宇宙飛行士ですか?」
「違うな」
「星でも所有しているんですか?」
「…はぁ」
盛大にため息をつかれた。
ため息をつきたいのはこちらである。
いままで全然気がつかなかったけど、グランデさんが超絶電波だったことが判明。
違和感なく自然体で話すところがすごい。
ただ、私も人のことを言える立場ではない。
周りから見れば私は不思議ちゃんというやつに分類される。
しかし私の場合、自覚はあれど、実行にうつせないのだ。
影を守護し、その黒き闇に包まれて他の星からは死の星と怖れられた惑星プルテノ。
その星で、俺は侯爵の長男・として生まれた。
内部は悪評と違い、他の星とほぼ変わらず、あたたかい家族、笑いを誘う道化もいた。
昔から家を継ぎ、家族を守ることが出来る気質じゃないと気がついていた。
たとえ屋敷が広くて不自由のない暮らしであっても、閉ざされた狭い世界。
下に人を作ることは自分に合わなかったのだ。
なによりこの星はまだ広い。
それから俺は家を去り、王立騎士団に入る。
来る日も来る日も戦いに明け暮れる日々が続く。
屋敷を静かに歩く安らぎより、戦いに投じるスリルがたまらなく、仲間というものがいた。
たった数年で、騎士団の副団長になっていた。
そのときに爵位の他に付与される階級“グランデ”を授かる。
だが、部下を私用でこき使うのは己の意思とは反している。
そうならないよう距離を置き、戦いでは自分が率先して前線に立った。
だがそんな幸せもつかの間、美しかった城は宙から降り注いだ無慈悲な天の光で倒壊し、プルテノは滅んだ。
王位を継ぐはずだった第一王女のディアーナは、滅んだプルテノを見限り騎士団長と共に宇宙のどこかへ旅立つ。
第一王子アディールは消沈しながらも、やはりプルテノを出た。
プルテノ崩壊の最中、いなくなっていた第二王子ベルディス、第二王女アディーラの行方は今もわからないままだ。
探そうにも顔を見たこともないのだ。
等の俺は他の星は今も栄えているのに、なぜプルテノだけがこんなことになったのか。
惑星に閉じ籠り、他の星を疎むことが虚しいことや居場所が無くなったことがたえられず逃げた共に復興をしようという仲間たちや、プルテノから。
生まれたときに持っていた飾りのような名前の“ラウロス”を捨て、自分の力で手にした“グランデ”と名乗るようになった。
仲間を連れずに一人で星を発ち、いくつもの星を巡った。
俺が最後に降りた地球で最初に見たのはあたり一面に咲く花だった。
親神の作った宇宙を模造して子神が作られた冥王星のレプリカであるプルテノにも植物はあった。
しかし、流石は親神の作った正しき世界、俺のいた星とは繊細さが違う。
歩き進んでいくと視線の先に、花壇をじっと花を眺める少女がいる。
ただ見ているだけ退屈にならないのだろうか、そんなことを考えながら話しかけようとした。
だが、姿が同じといっても別の星の生き物に話しかけて、大丈夫だろうか、不安に苛まれ話し掛けるのは止めた。
それから何日か経つち、花壇のある場所に足を運ぶ。
その日は花の品評大会が開かれていた。
この前の少女が年寄りに混じって会場の客席にいる。
『あの…どこかで会いませんでした?』
今度こそ声をかけようか、迷っている間に向こうから声をかけられた。
あのとき見られていたのか。
『そうだな、誰もいない花壇で花を見ているやつがいる、と思った』
顔を近づける。
どのくらいの距離で話せばいいのか、わからない。
これまでまともに相手の顔を見たことはなく、仲間にはいつも背を向けていた。
『そうですか』
距離が近づいていくにつれ、さすがにおかしいと気がつきはなれた。
「グランデさん」
「最近よく会うな」
「はい」
「俺と話なんてしても退屈だろう」
「退屈ではないです」
なぜそんなことをきくのだろう。
「俺は、そろそろ故郷に帰ろうと思っている」
「故郷?月に帰るんですか?」
「違う…もう一つの宇宙にある小さな惑星だ」
ふざけただけなのに真面目に返されるとは思わなかった。
「グランデさんがいなくなったら話す相手もいなくなります」
そんなことを言われても困る。
そんなこと頭ではわかっていた。
「寂しいやつだな…俺も人の事は言えないが」
だけど、私にはグランデさんが必要だ。
なぜならきっと私は―――――。
「君、最近白い花ばかり買うね」
そうだろうか?
「そうですね」
紫倉さんに指摘されて気がついた。
「あ、わかった、白が似合う彼氏でもできたんだよね?」
「違います」
どちらかと言えば合わないだろう。
「花束なんて持って、誰かとデートか?」
「はい」
やっぱり彼は白が似合う。
黒い蝶のように。




