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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
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お化け屋敷

「いやぁぁああ」


 これは俺の声でもお化けの声でもない。――茜の声だ。


「怖い怖い怖い怖い怖」

「うるせぇ! お前のほうが怖いわ!」


 さっきまでの威勢はどこえやら。今では俺の腕にしがみついて、お化けにいちいち驚かされている。

 俺はと言えば、入る前は超ビビッていたものの入ってしまったら案外平気だった。


「ねぇ陽介、早く出ようよぉ」


 右腕に柔らかいものが当たっている。薄闇に目も慣れて、ぼんやりと茜の顔も見えるようになった。本気で怖がっているのか眉尻は下がり、目は潤んで、頬が朱に染まっている。

 ……もう少しこのままでもいいかな。いやだって可愛すぎるだろ! はっきり言ってそそられます。うわぁ……。

 茜の可愛さに悶絶し、下衆なことを考えた自分に自分でドン引く。


「わかったから落ち着け。俺に掴まって目でもつぶってろ」


 俺がそういうと茜は小さくうなずいてさらに強く腕にしがみついてきた。うわぁぁぁ……やっちまったぁぁぁ……。

 普通なら恥ずかしがって服の裾をちょこんと掴んだりするものだが、茜には俺に対する恥じらいなんてものはないらしい。

 腕を下手に動かすこともできず、俺は身を固くしたままお化け屋敷の中を進む。


「陽介……あとどのくらい?」

「もうそろそろ……っと出口が見えたぞ」

「え? ほんとだ!」


 茜は俺の言葉を聞くと出口に向かって駆け出した。


「おい茜! 待て!」


 馬鹿、大概のお化け屋敷は出口周辺が一番怖いんだぞ。出口だって思って安心したところを脅かすからだ。


「やだよー。ほら早く出……」

「茜!?」


 俺の方を向いて返事をし、出口に向かうために振り返ったところでお化けが登場した。お化け側の策略にまんまと嵌まった茜は声すら出さずに固まっている。


「おーい、茜ー。大丈夫かー?」


 茜に駆け寄って目の前で手を振ると微かな返事が聞こえた。

 まったく……。

 お化け側も驚いたのかペコペコ頭を下げてくる。大丈夫ですとだけ言って茜をおぶって外に出た。

 茜が復活するまでは近くのベンチで休むか……。

 そう思って近くのベンチに茜を座らせて、俺も隣に座る。


「おい大丈夫か?」

「う、うん……」

「次はどうする?」


 日もだいぶ暮れ、時計で確認すると時刻は四時。大きな乗り物は乗ったし、これからどうするか茜に聞いてみる。


「もうちょっとだけここにいようか」


 さすがに疲れたのか、茜は俺の肩に頭を預けてそんなことを言ってくる。


「そうか」


 返事をする前にそんなことされたらじっとしてるしかないじゃないか……。

 まぁいい。この時間を利用していろいろ観察するか。


 ……いや無理だ。この状況に緊張しない方がおかしい。心臓がバクバクいってるよ。

 心音がばれないことを祈りながら、俺は行き交う人を眺めることにした。


◆◇◆◇


「そろそろ行こっか」


 一時間ほど経ったあたりで茜が言った。


「そうだな」


 茜はパッとベンチから立ち上がる。元気な奴だ。このままゆっくり出口に戻ればいい時間になるだろう。


「いやー今日は楽しかったー。陽介はどうだった?」

「まぁ……それなりにな……」

「んふふ、素直じゃないですねー」


 ここは山の上なので日が落ちるのも早い。周りは徐々に夕闇に包まれ始め、街灯の素朴な光とアトラクションの煌びやかな光が公園を彩る。

 茜と並んで歩く。ちらりと横目で見ると茜とバッチリ目が合ってしまった。

 俺も茜も揃って顔をそらす。なんで茜はこっち見てたんだ? いや、そもそもなんで俺は茜のことを盗むように見たのか……。


「ね、ねぇ陽介。あたしって陽介の幼馴染みだよね?」

「ん? あぁそうだな」

「じゃ、じゃあ……幼馴染みよりも……」

「あ、千代さんだ」


 俺は茜をさえぎって言葉を発する。なぜさえぎったのか、自分でもよく分からない。茜が何を言おうとしていたのかも分からない。けれど茜にその先を言わせるのだけは駄目だと分かった。いや、――感じたの方が正しいか。


「え?」

「ほら行くぞ」

「あ、うん……」


 こちらに手を振っている千代さんの元へ行く。歩幅が大きくなっていたのか、茜が小走りでついてきた。


「やぁ二人とも。楽しめたかい?」

「おかげさまで」

「はい! 連れてきてくれてありがとうございました」

「なに、依頼の一環だ。気にしなくていい。少し早いが集まったことだし帰るか」

「そうしますか。茜は?」

「あたしもそれでいいよ」


 一同の意見が一致したので、三人そろって出口を目指す。


「紫花、どうだい? 観察できたかな?」


 千代さんが含み笑いをしながら話しかけてくる。


「まぁそこそこですかね……」


 笑みを浮かべているのは彼女が俺たちのことを観察していたからだろう。

 実際、茜に引き回されて観察どころではないように見えたかもしれないが、これでも観察はしていた。主にアトラクションの待ち時間を使って。

 観察でも今回はその人物像は見なくてもいい。多くの情報を集めることが大事なのだ。


「そうか、それはよかった。結果報告はあとで聞こう。私も面白いものが見れたしな」


 千代さんの言う「面白いもの」は俺たちのことだとしか思えないんですが……。

 まぁでも今日の茜はいつになく元気だったなと思い返しながら公園を出る。振り返ってみると、まだまだこれからだと言わんばかりに照明がついていた。


「いやぁー楽しかったけど疲れたー。もう足パンパン」


 そんなことを言いながら茜が車に乗り込む。運転席にはもちろん千代さん。後部座席には茜が。さて俺はどうするかと一瞬の逡巡の後、助手席に座ることにした。


「君たちは安心して寝てくれ。私が責任を持って家まで送り届けるから」

「「ありがとうございます」」


 エンジンがかかり、クーラーから噴き出た生暖かい風が顔に当たる。俺はたまらず窓を開けた。

 それに続くようにすべての窓が開く。千代さんが操作したのだろう。

 夏と言っても山の上だ。夕方、夜は涼しい。

 車が静かに動き出す。涼しい風が車内に流れ込んでくる。

 その風が心地よく、睡魔がしつこく勧誘してきた。寝ていいとは言われたものの、さすがに気が引けるのでなんとかこらえようと窓の外に目を向ける。

 近くの景色はどんどん変わっていくのに、遠くの山はじっとして動かない。その山を見ながら俺は、少しだけ目を瞑ることにした。

久しぶりの更新です!


今回もお読みくださりありがとうございます。


まただいぶ空いてしまった。いや、ファンタジーの方が楽しくてですね(言い訳)


……さて、陽介たちの夏休みも終盤です。次回もお読みいただけたら幸いです。


それでは。

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