プロファイリング
「私も一緒って言ってたけどなんでだろうね」
ショッピングから帰ってきた次の日の昼前、俺は千代さんに言われた通り茜と自転車で千代さんの屋敷に向かっている。
「さあな。考えてもわかんねぇよ」
いつもの並木通りを通って丘を登っていく。今日はどんよりと曇っているので、丘の上に立つあの屋敷が暗く沈んでいるように見えた。
曇りでこれだもんな……そりゃ変な噂も立つわ。
今更のように納得しながら目的地に向かってペダルを踏み込んだ。
「うわぁ……」
来る途中にあんなことを考えていたからか、開いた鉄の門と分厚い木造の扉がとても雰囲気のある物の様に見える。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。入ろう」
扉を開けるとふてぶてしい表情をした猫――ポチが出迎えてくれた。
「ポチちゃん久しぶりー」
茜が近づいても寄ることはなく、スタスタと奥に入り階段を上っていく。
階段の中ほどで止まるとこちらを振り返った。生意気に案内しているつもりだろうか。
思わず苦笑いが漏れる。
階段を上りきると部屋の扉はちょうどポチが通れるくらいに開いていた。
「おじゃまします」
扉を押し開けて中に入る。ポチは一直線に千代さんの元へ行き、彼女の膝の上に落ち着いた。
……あれでも結構懐いているのだろうか。
「いらっしゃい」
その長い脚をいつものように組み、ポチを撫でながら挨拶を返す。
俺たちもいつものようにソファーに座る。テーブルには茶菓子と紅茶の入ったティーカップが二つ置いてあった。カップに水滴はついていないのでさっき淹れたのだろう。
「千代さん、なんで今日はあたしも一緒なんですか?」
「今回は天雄にも参加してもらうからだ」
千代さんの答えに茜は首をかしげる。
「今回のテーマはプロファイリングだ」
「ぷろ……?」
聞きなれない言葉に困惑する茜。『ぷ』と発音するときの唇が存外艶めかしいことに気づいた。
プロファイリングとは主に犯罪心理学の言葉だ。過去の事件や行動から犯罪者のパターンを類推することを意味し、基本的には統計学になる。
そこから派生して企業などで客層を分析することを指すこともある。
そして俺は前回見た公園のチケットと今の言葉から、今回の依頼についておおよそ見当がついた。
が、一つ問題がある。……茜がここにいてはまずいんじゃ。
「えっと……千代さん?」
「…………」
見ると千代さんは不自然な状態で動きを止め、ダラダラと汗をかいている。
千代さんも俺と同じ考えに至ったのだろう。珍しいこともあるもんだ。
「天雄、悪いがポチに餌をやってきてくれないか? 下のキッチンに行けば分かるはずだ」
「了解です。さ、ポチちゃん行こ」
かなり苦しい気もするが茜は素直に了承する。一人と一匹はそのまま部屋を出ていった。
「千代さんにしては珍しいですね」
「依頼内容については理解したのか」
「ザックリとは」
「そうか。いや、私としたことがうっかりしていた。とりあえず今のうちに説明しよう」
千代さんは深呼吸して息を整える。案外おちゃめなとこもあるんだな。
「まず依頼者は高原公園の広報部に属する男だ」
「すごいところからの依頼ですね」
「恵が持ってきたんだ。面白そうだからという理由で勝手に受けたみたいだ」
またあの人が絡んでるのか……。俺が苦笑いすると千代さんも諦観の念が滲み出た顔で笑った。
「話を戻すが依頼内容は遊園地を男女ペアで回った際の行動パターンの観察だ。そこから推察される内容から新しい企画の参考にするとのことだ」
「それで茜も参加ってのは……」
「実際に君にも回ってもらうということだ」
「やっぱり……」
「それを私が観察させてもらうぞ」
「つまり俺は茜と回りながら他のペアの観察と……」
「まずはそうだな。推論するにしてもデータを集めなければならない」
話がひと段落したところで茜とポチが帰ってきた。
「餌付けしてきましたよー」
「餌付け言うな」
「ありがとう天雄」
ポチは腹がいっぱいになったのか窓際で呑気にあくびをしている。
「それで天雄、君にも参加してもらうと言ったが紫花と高原公園で遊んできてくれ」
茜に観察のことを言ったら意味がないからな。まぁ嘘は言ってないしね。
「え? それでいいんですか?」
「あぁ。この前見せたチケットは知り合いから貰ったものだからいいんだ」
「ありがとうございます」
茜はパァッと笑顔を咲かせた。
「やったね陽介。さっそく明日行こうよ」
「なんで俺の予定を聞かないんだよ」
「だってどうせ予定なんかないでしょ」
さすが幼馴染み、よくわかってらっしゃる。
「ハハハ。楽しんでおいで」
そう言って千代さんは俺にウインクした。ですから千代さんやめてください。いつもは大人っぽいのにそういうことをされるとギャップが云々……。
そのあとは千代さんが知人から貰ったお菓子と紅茶をご馳走になった。思えば茜もだいぶ打ち解けたよな……。
そんなことを思いながら紅茶を口に運んだ。
◆◇◆◇
ザァァアと無情にも雨が車窓を叩く。
高原公園までは千代さんが車で送ってくれることになったが、ご覧の通りの天気である。
昨日から曇り空だったがなんとか今日は降らない予報だった。
しかし場所は高原だ。山の天気は変わりやすい。案の定雨に降られた。
「ねぇ陽介、この雨どうにかならない?」
「どうにかなるならとっくにそうしてる」
「まぁ雨が止むのを祈るしかないな」
どうにか止まないか考えても無駄なので目的地に着くまで俺は寝ることにした。
今回もお読みくださりありがとうございます。
話の起伏が少ないですが、なんとか盛り上げていきたいと思います。
それでは失礼します。




