新たな依頼
俺は家に帰れない呪いにでもかかっているのだろうか……。
「陽介、ちょっと二人の所に行ってくるね」
「好きにしろ」
無視して帰る気力も無くなった。
にしても竜胆先生、あの人いつから見てた? 俺が見つけた時は隠れてこっちを見てたし、たまたま見つけたって訳じゃあるまい。
茜は千代さんもいると言っていたが二人で何をしていたのだろうか。普通ならただのショッピングと思えるが、あの二人の場合はそうは思えないんだよなぁ……。
そして俺は気づいた。この状況だと俺が一人で女性服の店にいる様に見られることに。それもそれで嫌なので茜の元に行くことにする。
すると談笑している三人がいた。
「あら~陽介君、こんな所で奇遇ね~」
艶やかな髪をサイドテールにして、見た目だけでなく声までおっとりした女性――竜胆恵がさも驚いた様に言ってきた。
今日の服装は上がグレー、下が淡い青のスウェットタイプのワンピース。腰にシャツを巻いている。いかにも夏らしい出で立ちだ。
「えぇまったくです」
俺も笑顔を張り付けて返事をする。
「挨拶だけでお互いがこんなに笑顔になるなんて素敵ですね」
「えぇ本当に」
ニコニコニコニコ……。そんな異様な時間を終わらせたのは耳に心地いい凛とした声だった。
「久しぶりだね紫花」
「お久しぶりです」
その声の持ち主――花葱千代もとい千代さんと簡単な挨拶をする。
長い黒髪は今日もサラサラしている。ノースリーブのグレーのブラウスに白のデニムといった服装。こちらも涼しそうな装いだ。
それにしても茜にしても竜胆先生にしても千代さんにしてもおしゃれだよなぁ……。他の客がさっきからチラチラとこちらを見ている。
毎回思うがこの三人はとにかく目立つ。華があるから仕方ないといえば仕方ないのだが……。
「最近の調子はどうだい?」
「どうだいと言われても変わらずですが」
「千代さんたちは二人でショッピングだったんですか?」
「あぁそうだ。私から誘ったんだよ」
「電話がかかってきたと思ったらいきなり買い物に行こうだなんてびっくりしたわよ~。ちーちゃんから誘ってくるなんて珍しいから」
確かにそれは珍しそうだ。千代さんなら一人で買い物に行きそうな気もするが……。
気になって千代さんとアイコンタクトを試みる。俺の視線の意味に気づいたのかパチッとウィンクしてきた。これは訳ありですねぇ……。
「そうだ茜ちゃん。せっかく三人一緒なんだからお互いをコーディネートしましょうよ」
「いいですねー。張り切って二人ともかわいくしちゃいますよー」
「いや恵、私はそろそろ帰りたいんだが……」
「ちょっとちーちゃん、せっかく協力してあげたんだから最後くらい付き合ってよ~」
どうやら竜胆先生は看破していたらしい。さすが昔からの仲だ。
「ばれてたのか……」
「そりゃそうよ~。ちーちゃんが訳もなく私を誘うなんてありえないもの」
「恵は私をなんだと思っているんだ」
「大親友~」
竜胆先生に抱き着かれた千代さんが嫌そうに先生をぐいぐい引き離そうとしているのを横目に俺はこっそりおいとましようとする。
「は~い陽介君も捕まえた~」
「後ろから抱き着かないでくださ……って極まってる。先生、頸が極まってますって」
「陽介君には審査員になってもらうんだから帰っちゃだ~め」
「分かりましたから、は……離して」
的確に頸動脈を絞められギブした俺は先生の言った通りにするしかなかった。
◆◇◆◇
ここからは大変だった……。目まぐるしく変わる三人のファッションショーにつき合わされ、服が変わる度にコメントを求められる。
ファッションにとんと疎い俺は「可愛い」だの「似合ってる」だのしか言えず、主に茜と先生を怒らせることになってしまった。
だって似合ってるし可愛いんだもん。そうとしか言いようがないじゃん。
「まったく陽介君ったら、私たちが着替える度に顔赤くして」
「俺はそんな初心な少年じゃないですよ」
「こちらも恥ずかしいのに紫花が真顔でコメントするものだから余計に恥ずかしかったんだからな?」
「す、すみません」
「違いますよ千代さん。あれは陽介なりの照れ隠しですって」
先生にからかわれ、千代さんには文句を言われ、茜には本当のことを言われながら、やっと帰路についた。千代さんたちもバスで来たらしく、流れで一緒のバスで帰ることになる。
車内は空いていたので四人でバス後方の大きなイスに座る。
「やっと帰れる……」
「なんで疲れてるのよ」
「いや疲れるだろ」
「そういえば茜ちゃんたちはなにしに来てたの~? まさかデート?」
「はいそうです」
「おい」
先生の問いに間髪入れず間違った答えを言う茜。
「事実を曲解して問いに答えるな」
「いいじゃん。今日のはデートなの。いいね?」
「男子と女子が日時と場所を決めて会うんだもの。これはデートよ」
「クリスマスを一人もしくは家族と過ごすような冴えない男子高校生にアンケートを取った結果、男子と女子が一緒に遊びに行くのはデートだと答えたのは十割だ」
「なんだか調査対象が厳しくないですか? それにクリスマスを一人で過ごすのは悪いことじゃないですからね? その随分タイムリーなアンケートはどこの情報ですか」
「私だ」
貴女でしたか……。順調に外堀が埋まっていく……。
「時に紫花、次の依頼についてだが」
そう言って千代さんは懐から紙切れを取り出した。
「何ですかこの紙切れ」
「あ、これって高原公園のチケットじゃん」
「その通り。今度の依頼はここで行う」
高原公園とはその名の通り、県内の高原にある遊園地のことだ。依頼内容が見えてこないな……。
「陽介君にはここでデートしてもらいます」
「はぇ?」
先生の言葉が理解できず変な声が出た。
バスが着き、俺は訳の分からないままバスを降りるとむわっとした熱気が体にまとわりつく。
ここは住宅街だが道路に俺達以外の人影はない。炎天下に惑わされたように、遠くには陽炎が揺らめいている。
「詳しい説明は明日、私の家でする。昼前に天雄と一緒に来てくれ」
そう言うと千代さんは竜胆先生と共に陽炎の中に溶けていった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
正確には次から新しい依頼ですが勘弁を。
楽しみに待っていただけたら幸いです。
それでは失礼します。




