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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
34/40

境界

8

 ――少し話そうか。

 千代さんは星空を見ながらそう言った。


「話し……ですか」

「時に紫花。私が出した課題のことは覚えているかい?」

「あー……なんとなく」

「この宿の手伝いを通して学んだことは何だった?」


 学んだことねぇ……。ここ数日を振り返ってみても、これといった事は……


「彼岸と此岸……」


 不意に口をついて出た。


「あの世とこの世のことか?」

「それもありますけど、俺が思ったのは自分と相手――彼我の距離って意味です」

「それを学んだというのか?」

「学んだってよりは再認識したってかんじですかね」


 この三泊四日の間、茜にしても石蕗つわぶきにしても、草太郎にしても普段より多く会話を重ねた。

 ここで改めて言う。俺は精神的にボッチだ。

 それは宿に泊まるという非日常的なイベントが起こっても変わらない。

 彼岸と此岸は決して縮むことはない。いくら境界が曖昧になろうが溶けて混じることはない。

 向こうがどれだけ距離を詰めてきても、磁石のS極とM極のように一定の距離を保ち続ける。

 これが俺の信条だ。


「ふむ。紫花の言わんとすることは、なんとなくだが分かるよ。その上でアドバイスだ」


 千代さんが一拍置く。


「考えろ。考えて考えて――悩め」


 力強く、けれどどこか何かを慈しむように言った。


「世間一般に言われる『青春』の期間だからこそ分かる事も、分からない事もある。だから考えるんだ。……でなければ後悔するだろうな」

「……そんなもんですかね」

「そんなもんだ。悩んで出した答えなら、どんな答えでも納得できる」

 

 まぁそれが合っているか分からないが、と小さな声で付け足しした。

 一人の時間が多い俺にとっては『考える』という行為はとても身近なものだ。今までもたくさん考えてきたし、これからも考えるだろう。

 その結果が俺の過去であり、今の俺を形作っているのだと思う。


「紫花が何に悩んでいるのか私には分からない。聞いても分からないだろうし、聞くつもりもない。だが少なくとも私は君より長く生きている。だから――悩め。これが人生の先輩としてのアドバイスだ」


 千代さんは俺の方を見て静かに微笑むと、背を向けて宿に帰っていく。

 俺よりは多くの事を経験してきた『大人』からの言葉だった。

 けれど、まるで自省のようにも思える。

 千代さんがいなくなると、思いだしたように夜香木が甘く香ってきた。



 「んんっー」


 朝露で濡れた草木に目を細めながら宿の外で伸びをする。

 俺より早く起きていたのは竜胆先生と千代さんの大人組。聞いたところ、朝食は皆揃ってかららしい。

 それまで暇なので取り合えず外に出ることにしたが、なかなかどうして気持ちがいい。

 ちなみに一番早く起きた竜胆先生曰く、お客さんたちは既に帰ったみたいだ。いつ帰ったのだろうか。

 そういや、お客さんってかなりの大人数って聞いたけどあまり見てないよな……。

 見たのは釣りのおじさんとカンナっていう女の子くらいか。


「おはようなのじゃ陽介」


 声をかけられて振り返ると、パジャマ姿のまま目をクシクシさせた石蕗つわぶきがいた。寝癖なのか、茶色の髪の毛がピョンピョンはねている。


「あぁ、おはよう。髪の毛ひどいぞ」

「大丈夫じゃ」


 そう言って懐から取り出したのはきな粉棒。それをどうやったのか片手で開けながら口に運ぶ。

 まだ眠いのか、ポーっとしながらも口はしっかり動いている。


「……何が大丈夫なんだ?」

「大丈夫じゃ」


 ダメだ会話にならん……。


「二人とも~朝ごはんよ~」


 俺がうなだれていると宿から竜胆先生に呼ばれる。どうやら残りの二人も起きたらしい。


「ほら石蕗、行くぞ」

「うむ」


 そうは言ったものの動かない石蕗。仕方なく手を引いて連れていくことにした。



「この度は本当にありがとうございました」


 朝食を食べ少し休憩した後、いよいよ宿を発つことになった。


「お客も喜んでましたよ。楽しかったってね」


 うん? 楽しかったって俺たちとそんなに関わってないような。


「いえ、こちらもいい経験ができた。つかぬことを聞くが、来年はどうするんだ?」

「それが来年からは手伝ってくれる人が見つかったので大丈夫そうです」


 おばさんは嬉しそうに言った。きっとお客さんの誰かが手伝ってくれるのだろう。


「それは良かった。なら心配はないな」

「えぇ、きっと主人も喜んでますよ」

「では私たちはこれで失礼しますね~」

「はい、道中お気を付けて」


 宿を出ると朝の涼しさは失せ、しっかり夏らしくなっていた。ここから鳥居まで歩いて車に乗って帰ることになる。

 おばさんも外に出て見送ってくれていた。


「どぉ? みんな楽しかった?」

「楽しかったのじゃ!」

「私も楽しかったです。陽介とたくさん喋れたし……」

「俺も楽しかったっすよ。まさか『お兄ちゃん』と呼ばれる日がくるとは……」


 みんなしてキャイキャイしながら歩く。


「そう言えば千代さん、ちょっと疑問に思ったこと聞いてもいいですか?」


 不思議に思っていたことを聞くために千代さんの隣に並ぶ。


「なんだい?」

「千代さんは何でこの依頼を受けたんですか? 千代さんが受けるのは好奇心がくすぐられた時だけですよね?」


 千代さんは以前、依頼を受ける際の判断基準を話していた。けれど今回は何が千代さんの好奇心をくすぐったのか。


「実はね、ここの宿に誰が泊まるのか気になったんだ」

「はい?」

「依頼の連絡を受けた時、今回の宿のことを軽く調べたんだが何一つ情報が得られなかった。情報社会の現代でも、だ」


 いまいち話が見えてこない。


「そんな無名の宿に泊まるなんて、余程の物好きくらいだろう。しかし客は大人数というじゃないか。どこかの自治会が利用するのかとも考えたが、こんな山奥にわざわざ来ないだろう」

「それで千代さんはどんな客が泊まるのか気になって依頼を受けたって訳ですか」


 まぁ千代さんらしいと言えばらしいな。


「で、その客について分かったんですか?」

「それなんだが、何も分からなかったんだ」


 千代さんが顔を曇らせながら言った。


「続きは車の中で話そう」


 いつの間にか鳥居の前に来ていた。

 三日前にも見たこの石造りの鳥居。この鳥居の内と外で世界が違うような気がしてならないと改めて感じる。

 その鳥居をくぐり、道脇に停めてあった車に乗り込む。運転席には千代さん。助手席に俺。後ろには残りの四人が乗る。

 俺は窓から顔を出して深い緑の匂いを吸い込む。この匂いとも今日でおさらばだ。

 朝日で空気中の埃が光っているのか、鳥居の向こうは見えない。

 段々と遠ざかる鳥居を見ながら、二泊三日の非日常に心の中で別れを告げた。



「じゃあ千代さんも客の顔は見てないんですか?」


 車の中でさっきの話の続きをする。後ろでは四人でトランプをやってるみたいだ。


「『も』と言うのは、紫花も見てないのか?」

「そうですね。あ、でも石蕗と先生は見たんじゃないですか? 昼ごはんを持ってったはずですから」

「あ~残念だけど私たちも見てないわ。運んだ時には誰もいなかったわよ?」


 後ろの四人が会話に入ってくる。


「何だと? ではこの三日間で客を見た者は一人もいないのか?」

「あーでも陽介、俺たち見ただろ。釣りのおじさんとカンナちゃん」

「そういえばそうだな」

「ちょ、ちょっと待って二人とも。釣りのおじさんってどんな人?」


 竜胆先生がそんなことを聞いてきた。


「どんな人って俺たちに釣りを教えてくれたおじさんですよ。胆試しの時にも釣りの格好してるくらい釣りが好きなおじさんです」


 俺がそう説明すると、なぜか先生の顔色が青くなった。


「か、カンナ……か。綺麗な花だ。花言葉は『幻』。希少な花だからそんな花言葉なのかもな」


 千代さんが花のカンナについて説明すると、先生はさらに青くなった。


「ち、ちーちゃん。考えすぎよね。まさかね」

「そうだな。考えすぎだ」

「って千代さん、そういえば俺たち見たじゃないですか。ほら、薪を運んでるときに。お年寄りとか子供とか」

「ん? 確かに紫花と薪は運んだが、そんな人は見て……ない……ぞ?」


 あれ? え、じゃあアレは何だったんだ?


「そもそも客は何で来たのじゃ? 来るなら車だと思うのじゃけど、咲たちの車以外の跡はなかったぞ?」

「そういや陽介、あのおじさん面白いこと言ってたよな。彼岸と此岸が曖昧――だっけ? 帰ったら調べてみるかな」

「じ、実はね、私とちーちゃんでおばさんの話を聞いたんだけど、おばさんの旦那さんは釣りをしてる時に足を滑らせて滝壺に落ちて亡くなったそうなんだけど……」


 場の空気が凍る。ま、まさかね。


「よ、陽介。クーラー止めてもらってもいい?」


 茜がそう言うのも仕方ないと思った。

更新が遅れてすみませんでした。


そして今回も読んでくださり、ありがとうございます。


また私事ですが、次回の更新は来年の三月以降になると思います。


というのも、今年は大学受験なのです……。


ちょくちょく改稿などはするかもしれませんが、更新はできなさそうです。


恐縮ですが、ご理解頂けたら幸いです。

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