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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
33/40

月の光と夜香木

7

 少女の肌は病的なまでに白く、腰まで伸びた髪は周囲の闇を吸った様な色だ。時折当たる懐中電灯の光がそう見せているのかもしれない。

 服装は紫のワンピース。随分と大人びた色の服だが、所々についているフリルが子供らしい。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「名前? みんなにはカンナって呼ばれてるよ」

「カンナちゃんか。いい名前だね」

「お兄ちゃんの名前は?」

「俺? 俺は草太郎っていうんだ」


 草太郎、嬉しいのは分かる――いや分からないが、下心が丸出しだ。鼻の下を伸ばすな鼻の下を。

 俺は草太郎が何をやらかすか分からないので、一歩下がった所から草太郎を監視することにした。



 全行程の半分ほど歩いただろうか。と考えていると、視界が段々と明るくなっていく。懐中電灯なしでも周りが見えるほどだ。

 見上げれば、雲の切れ目から月がこちらを覗いていた。

 光が当たった墓石や木々、道脇の草花が静かに色を帯びていく。

 青白い光と墓石に当たって出来た薄い影。静寂を守るこの場所にはふさわしい光景だと感じた。

 そんな事を考えながら辺りを見回していると人影が見えた。徐々に近づいてくる。


「おい草太郎、あれ」

「うおっ! いよいよ胆試しの始まりか?」


 俺と草太郎が息を潜めて立ち止まっていると、その人影は真っ直ぐこちらに向かってくる。

 だが、もう少しで顔が見えるというところで月が隠れてしまった。辺りは再び闇に包まれる。


「草太郎、懐中電灯をつけろ!」


 暗闇じゃらちが開かない。せめて明かりがあれば――。

 草太郎が懐中電灯をつける。一筋の光が闇を切り裂く。そしてその先には――人の顔が。


「ぴゃーーーーー!!」

「キャァアアアア!!」

「カンナちゃんに抱きつかれたぁああ!!」


 俺は変な声を出し、女の子も目をつぶって悲鳴をあげる。草太郎も叫ぶ。……草太郎だけなんか違くない?


「うおぉビックリした。老いぼれをおどかすんじゃない」


 そう言って目を丸くしているのは、釣りを教えてもらったおじいさんだ。昼と変わらず釣り用の服を着ている。


「あ、おじいちゃん!」

「カンナちゃん、探したぞ」


 女の子は草太郎から離れておじいさんの元に行く。


「昼ぶりだねお兄さんたち。カンナちゃんを連れてきてくれてありがとな」

「ありがとー」


 俺は首だけで会釈して返事にする。


「カンナちゃん、お帰り」

「もうカンナちゃん、どこ行ってたの?」

「カンナー! おどかす側に助けられてどうすんのさ?」


 聞いたことのない声が周りから聴こえる。気づけばおじさんやおばさん、小さい子どもが集まっていた。

 『おどかす側』ってことは、この近くに隠れてたのだろうか。全然分からなかったぞ。気配消すの上手すぎだろ。


「それじゃ、わしらはここらでおいとまするよ。宿の手伝い、ありがとね」

「お兄ちゃんたちバイバーイ!」


 おじさんがそう言うと周りの人もぞろぞろと付いていく。おそらく持ち場に戻るのだろう。

 まばたきをしたら、人影は闇に溶けていた。



「やっとゴールか。なんか長かったな」

「そうか? 俺はもう少し長くても良かったかな」


 俺がげんなりした顔で草太郎に声をかけると草太郎はツヤツヤした顔で返す。


「随分遅かったね。怖くて動けなかった?」

「もうビビりまくりだね。茜もさっさと行ってこいよ」

「それじゃ茜ちゃん、行きましょうか~」


 茜を少しでも怖がらせようとしたが駄目だった。そして最後の組となった茜と竜胆先生が出発する。

 意外にも、茜たちが戻ってくるのに十分もかかってなかった。



「ふぅ……」


 ため息が湯気と共に消える。

 俺は昨日と同じ事を繰り返さないように夜中に風呂に入ることにしたのだ。

 大きな露天風呂には俺一人だけ。岩に頭を預けてゴツゴツとした感触を心地いいと感じながら空を見上げる。

 今は晴れているのか、名も知らない数々の星座が夜空を彩っていた。

 目を閉じて耳を澄ませば虫の鳴き声も微かに聴こえてくる。

 そのまま目を閉じていると寝てしまいそうだったので、ザバッと湯から上がり水気を取って脱衣室でササッと着替えた。

 汗が引くまで涼もうかな。



 俺は一旦部屋に戻りって草太郎を起こさないように、着替えた服とタオルを置いていく。

 ……なんで俺は悪いことをする訳でもないのに、軋む廊下の音にビクビクしてんだ?

 そんな疑問を抱きながら外に出るため玄関に向かう。

 するとその途中、外に人影があるのを縁側から見つけた。今日の昼に俺と茜がだれていた縁側だ。

 気づかれないように忍び足で近づく。

 ――千代さんだ。

 風になぶられる髪を押さえながら夜空を見上げている。小さな声で、なにか口ずさんでいるみたいだ。

 それは歌なのか、それとも独白なのか。どちらにせよ、凛とした声は心地よい。

 ここで俺が出ていくのは野暮ってもんだ。

 絵になりすぎている光景を壊さないためにも、俺はこの場をそっと離れることにする。

 ギィ。俺が足を踏み出すと廊下が音を立てる。


「誰かそこにいるのか?」


 ――壊れました。



 少し迷った末、俺は出ていくことにした。


「こんばんは」

「誰だ?」

「さては寝ぼけてます?」


 千代さんのボケに俺が突っ込む。ボケだよね? 本気で分からない訳じゃないよね?


「紫花か。なんだ? 覗き見か? やるなら事前に言ってほしかったな」

「言ってどうするんですか。予告覗き見とか斬新すぎるでしょ」

「いや、覗かれるのなら身だしなみは整えておかないと……」

「千代さん、さてはバカですね?」


 千代さんのテンションがいつもより高い気がする。これが深夜のテンションというやつだろうか。


「それより、紫花はなんでここにいたんだ?」

「いや、風呂上がりに少し涼もうと思いまして。千代さんは?」

「私は昼にここで夜香木やこうぼくを見つけたから匂いが気になってな」

「夜香木?」

「あぁ。あの花が夜香木だ」


 千代さんがそう言って指差した先には小さな白い花がたくさん咲いていた。

 普通の花と違い、元の木から枝分かれして咲いている。


「なんていうか地味な花ですね。花らしくないというか」

「確かにそうだな。だが夜香木の魅力はなんと言っても香りだ」

「え、もしかして今匂ってるのはこの花の匂いですか?」


 てっきり千代さんの香水かなんかだと思ってた。


「夜香木。別名ナイト・ジャスミン。初夏の頃に咲いて、夜の間だけ花が開いて香る。匂いはきつめだが、今は風が吹いているからちょうどいいな」


 千代さんは流暢に説明を続ける。


「花言葉は『高貴な心』。花は地味だが匂いで相手に気づいてもらおうとする。それも夜だけ。いじらしいと思わないかい?」


 千代さんの言葉を聞いて、もう一度夜香木を見る。彼女に感化されたのか、僅かに愛着が湧いて来たような来ないような……。


「紫花、少し話そうか」


 辺りは気品のある甘い香りに包まれていた。


間が空いてしまい申し訳ありません。


亀更新ですが、どうかよろしくお願いいたします。


読んでくださり、ありがとうございました。

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