胆試し
6
小さな赤い玉が、これまたパチパチと小さな音を立てる。じっくり見ると火花が枝状になっているのが分かった。
いつか終わりが来るから。それを知っているから美しく感じるのだろうか。
終わりが近づく毎に激しくなる。最期に向かって着実に進んでいるのに尚一層、輝きが増す。
大きく熟れた玉が震える。それに気づいた途端、光源は儚く地に墜ちた。
残っているのは目に焼き付いた煌めきと、灰色の残骸と煙の匂いだけだった。
「終わっちゃったね」
茜が残念そうに言葉を洩らす。
「そうじゃな。あとは寝るだけじゃ」
謎の脱力感が場を覆っていた。
「みなさん、寝る前に胆試しはいかがですか?」
振り向くとおばさんがいた。いつの間に来たのだろうか。
「胆試しじゃと?」
「ええ、最初に紹介した墓地での胆試しです」
「別に構わないが誰がおどかす側なんだ?」
「さて、誰でしょうね。そもそもいないかもしれませんよ?」
おばさんがニヤリと笑う。今までにもこういうことがあったのか、慣れたように返した。
「いや、何だかんだ言って疲れましたし、もう眠くて眠くて。という訳で胆試しは出来ませんね」
いやー、残念。本当に残念だ。
「えー、やろうよ陽介ー」
「いや待て茜。寝る前に胆試しとか寝れなくなるだけだから。それに健康にも良くないんだぞ」
「怖いの?」
「いや怖いとかそういうんじゃなくて純粋に眠いだけだから。ホント、さっきから欠伸が止まらなくて。決して怖い訳じゃなくて、いや、ホント、マジで」
「よし、こんくらい早口で理由をでっち上げられるなら眠くないよね。おばさん、胆試しやります! みんなもいいよね?」
茜の言葉に一堂が頷く。
「ちょっと茜? 俺の話聞いてる? 聞いてないよね? 聞けよ」
「往生際が悪いぞ陽介」
草太郎が俺に近づいて耳打ちしてきた。
「陽介、胆試しといえば?」
「人間がおどかす」
「違う違う。胆試しをやると男女の関係に進展があるだろ?」
「あぁ、女を置いて男が逃げて関係に亀裂が入るやつな」
「それも違う。分かってないなー陽介は。胆試しっていったらドラップラー効果だろ!」
「……。草太郎、もう一回言ってくれ。何効果だって?」
「ドラップラー効果!」
なぜかサムズアップして自信満々に言い切った。
……草太郎が言いたいのは吊り橋効果、プラシーボ効果だろう。きっとドップラーとグラップラーが混ざったんだろうな。
まさか本気で言っている訳ではあるまい。きっと最近グラップラーの漫画を読んだだけだ。ドップラー効果とプラシーボ効果についてのテレビを見てこんがらがっただけだよね。……よね?
俺はさっきと同じような脱力感に包まれて、胆試しに反対する気も無くなってしまった。
「陽介……」
不安そうな声が聞こえる。
「怖いから……手……」
「断る」
胆試しのペアはじゃんけんで決めた。
草太郎がドラップラーもといプラシーボ効果とか言うから、アニメやラノベの様に男女で……みたいなのを少しだけ期待した。
「えー……」
「なんで胆試しで男子高校生が手を繋がなきゃいけないんだよ!」
「だって怖いんだもん……」
「うるせぇ! きめぇ! 変にしおらしくなるな!」
うぅ……期待した俺がバカだった。けれど男女のペアになる確率は高いはずだ。男が二人で女が四人なんだから。
にもかかわらず男同士になった。ラブコメなんてこの世には無いんだ。ラブコメの作品の作者は俺に謝れ! そんでもって作品には『これはフィクションであり、現実に起こることは一切ありません』とか書くべきだと思う。
「まぁ冗談はこのくらいにして、さっさとやっちまおうぜ」
草太郎がケロッとして言う。
胆試しのルールは簡単。おばさんから渡された懐中電灯を頼りに、墓地を回ってスタート地点に戻るだけ。
俺たちの前は千代さんと石蕗で何事もなかった様だった。
特にこれといったこともなく進む。サワサワと音を立てる木々が昼間より大きく見えた。
どれくらい歩いただろうか。ゴールの気配は無いが、夜の涼風を気持ちいいと感じる位の余裕は出てきた。
草太郎も慣れてきたのか懐中電灯を忙しなく動かしている。
と、突然手に冷たいものが触れた。それは俺の手を確かめるように触ってからギュッと握ってくる。
「なんだ草太郎、俺の手を握るな。ていうかビビりすぎだろ。手が冷てぇよ」
「それはこっちの台詞だ。いきなり握られてビックリしたじゃねぇか」
ん? なんだか噛み合ってないような。草太郎も不思議に思ったのか俺たちの手の辺りを照らす。
「……」
「……」
そこには眩しそうに目を細める小さな女の子がいた。よくよく見れば、その子の手が俺と草太郎の手を握っている。
「お兄ちゃん、連れてって?」
「マジかよ……」
「……」
草太郎は目を見開いて固まってしまった。
「おい草太郎、大丈――」
「……妹キターーーー!」
お巡りさん、この人を捕まえてください。
草太郎が固まっていたのは、少女が突然手を握ってきた事ではなく『お兄ちゃん』と呼ばれたのが原因だったみたいだ。
誰か助けて……。
「お嬢ちゃん、連れてくって何処に?」
「みんなのいるとこ」
俄然やる気になったのか、草太郎がしゃがんで少女の応対をしている。
「お嬢ちゃんはこの宿に泊まってたの?」
草太郎の問いに少女はコクンと頷いた。
「てことはゴールまで連れてけばいいのか?」
「そうするか」
今後の方針が決まり、草太郎が立ち上がって少女に手を差し出した。少女も不安なのか、その手を握る。
……草太郎の対応に淀みが無くて少し怖いです。
今回もお読みくださり、ありがとうございます。
感想、指摘などお待ちしてます。
……グラップラーって通じますかね?




