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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
31/40

最後の夜

5

 仏のように寛容な俺といえど、さすがに腹が立った。

 しかし、石蕗つわぶきにやり返そうにも水着を持ってきてない。川の中に入るのは無理だ。かといって何かしなくては腹の虫が治まらない。


「石蕗、牛乳に浸して三日放置した古雑巾をお前の家のポストに入れとくからな」


 よし、これであいこだな。なんなら賞味期限切れの牛乳でもいい。


「さ、さすがにそれは困るのじゃ……」

「陽介、さすがにそれは陰湿……」


 石蕗と茜にドン引きされた。


「とにかく俺は水着がないから遊べん。悪いな」


 俺はそう言って川辺から離れて木陰に腰を降ろす。

 石蕗も諦めたのか、茜と遊び始めた。そういえば草太郎はと思い視線を巡らすと、一人で川に潜って魚を捕まえようとしていた。

 ホント、男子ってバカなんだから……。



 キャッキャウフフと水着の女の子たちが水を掛け合う。

 実に楽しそうだ。水着、持ってくれば良かったな……。

 だからと言って彼女たちを観察することは出来ない。水着の女性をまじまじと見るだけの精神力を俺は持ち合わせてないからだ。

 そこで俺は暇を潰す方法をいくつか考える。


 案一、近くにある石でオブジェを作る。

 幸い河原なので石はたくさんある。それを感性のおもむくままに積んで遊ぶ。ひたすら無心になれるが、俺何やってんだろ……と気づくと辛い。


 案二、石を打ち付けて石器を作る。

 歴史の教科書に出てくるような武器が理想。

 思いのほか石が固くて挫折する。俺の意志が軟らかすぎるのかな。……ちょっとうまくない?


「茜! 勝負じゃ!」


 石蕗の元気な声が俺の意識を現実に引き戻す。

 さっきまでは水を掛け合っていたのに、いつの間にかウォーターバトルが始まっていた。

 構図としては茜・竜胆ペア、石蕗・花葱ペアってところか。

 茜が大波を立てれば、石蕗も波を立てて相殺そうさいする。

 そこに千代さんが加勢して茜は押され気味だ。

 それを見た竜胆先生は反対に回り込んで二人を挟み撃ちしようとする。

 が、千代さんはクルリと回りながら水面に両手を滑らせて水の壁を作って防ぐ。なんだあれ……レベル高過ぎだろ……。

 先生たちが怯んだ隙に石蕗が茜に接近。そして体を広げて倒れ込んだ。

 バッシャーンと水柱が立つ。それが直撃した茜はアプアプしてる。


「勝負あり、かしらね」

「そうだな」


 その様子を見ていた千代さんと竜胆先生が判定を下した。


「やったのじゃー!」

「むぅぅ。悔しい……」

「それじゃあそろそろ上がりましょうか」

「そうだな。まだ明るいが夜の準備もあるだろうし」


 俺は彼女たちの会話を聴いて立ち上がる。一足先に宿に帰ろう。

 視界の隅で草太郎が狙っていた魚をカワセミが横取りしていくのが見えた。



 蝉の大合唱もいつの間にか物淋しげな声に変わっている。


「明日には帰るが、いい思い出になったかな?」


 隣を歩く千代さんに聞かれる。俺と千代さんは今、おばさんに頼まれて薪を取りに行った帰りだ。薪は墓地の奥に積んであった。


「どうですかね。きっと歳を取ってもこの事を覚えていたら、いい思い出になると思います」


 道も木々も茜色に染まっていく中、俺たちの前を子供が走って通り過ぎる。宿に止まっている子だろう。

 涼しくなってきたからか、お年寄りの人たちもそこかしこで会話をしていた。


「では学んだ事は?」

「学んだ事……何でしょうね?」

「ならこれは課題だな。明日、帰りに聞くからそのつもりで。それとこの後は夕ごはんの手伝いだ。それが最後の仕事になる。またよろしく頼む」

「了解です」


  歩きながら空を仰ぐ。黄昏の空は朱と群青がけて混ざり始めていた。



 夕ごはんはカレー。大きな鍋で具とルーをじっくりコトコト煮込むだけで終わった。

 俺たちも夕食を食べ終えると先生が懐から花火セットを取り出した。


「みんな~花火やりましょ~」

「やったー!」

「夏と言えば花火じゃ!」

「よし陽介、線香花火で勝負しようぜ」


 皆が一斉に盛り上る。

 外に出てバケツに水を入れ、ろうそくを灯せば準備完了。

 思い思いの花火を手に取り火を着ける。シュウシュウと勢いよく燃え始めた。

 草太郎は両手に花火を持ってぐるぐる回っている。茜と石蕗と先生は輪になって花火を楽しんでいた。

 闇夜に赤や緑の軌跡が浮かぶ。素直に綺麗だと思った。

 俺はこの時間を楽しいと思う。けれど笑う事は出来ない。

 花火から出た煙と暗闇のせいで顔は良く見えないが、彼女も笑っていないのだろうと思った。

今回もお読みくださりありがとうございます。


今後もよろしくお願いします。

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