宿の手伝い (二日目)
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「お兄さんたち、ここらには面白い言い伝えがあってね」
釣糸を垂らして、目を水面にやりながらおじいさんはそう言った。
「彼岸と此岸の境界が曖昧だって言われてるんだ」
彼岸と此岸――あの世とこの世のことだ。
「詳しく聞かせてください!」
草太郎が食いつく。俺も少しだけ興味が湧いた。
「この山に入る時、鳥居をくぐっただろう? 本来、鳥居の中は聖域とされているんだ。つまり鳥居の中と外じゃ世界が違うって考えられているんだな」
おじいさんが言っているのは、あの石の鳥居だろう。
「へぇー面白いっすね」
「それで、だ。境界が曖昧ってことは……まぁ言わなくても分かるな。だから少し気を付けた方がいいかも……なんてな」
おじいさんは口角を吊り上げて俺らを見る。
「そんなこともあってか、神隠しが多いとか、黄昏時には気を付けろとも言われているんだ」
「おじいさん怖いっすよー」
「お! そんなこと言ってる間にかかったぞ」
そう言っておじいさんは魚を釣り上げた。
「よし、そんじゃわしは帰るとするか。これはやるよ。それじゃあな」
おじいさんは俺に魚を渡すと颯爽と帰っていく。
「陽介、お前の竿かかってるぞ!」
「あ、やべっ」
草太郎に言われて急いで竿を上げる。釣り針には活きのいい魚が食いついていた。
おじいさんのお陰か、そんなに時間がかからずに人数分を釣ることが出来た。
「ただいま帰りましたー」
釣り道具を戻して宿に入る。
「あっ! 陽介。いいところに来た。ちょっとこっち手伝って!」
「ちょ、分かったから引っ張るな」
エプロンをした茜に引っ張られ、狭い台所に連れて行かれた。
「お帰り、紫花。帰って来たばかりで悪いが手伝ってくれ」
こちらもエプロンをして、腕捲りをしている千代さんに話しかけられる。
千代さんの手元には皮が剥かれた野菜が転がっていた。
「あぁ、分かりました。えっと、釣ってきた魚は……」
「それは私が捌きますね」
割烹着を身に付けたおばさんが魚を受け取ってくれる。
「で、俺は何をすれば……」
「陽介はこの野菜を炒めて。あと、お肉も」
「りょーかい。でも、俺以外にも料理できる人いないのか?」
「あれを見てごらん」
千代さんが指さした先には石蕗と竜胆先生がいる。
「先生、リンゴの皮剥きが終わったのじゃ」
「あら~とってもグラマーなリンゴね」
「ふふん、こんなの朝飯前なのじゃ」
「私も玉ねぎを剥き終わったわよ~。食べるところがないくらい」
「おぉー先生も頑張ったのぅ」
石蕗の近くにはかなり厚いリンゴの皮。先生の近くには玉ねぎと思しき残骸があった。
「……あれは戦力外ですね」
「という訳だ。恵たちには料理を運んでもらおう」
それじゃあやりますか。
俺はチャーハンを炒めるようなフライパンに油を敷き、キャベツ、ニラ、モヤシを入れる。
それらがしんなりしたら肉と調味料を投入。
すると茜が隣に並び、別の料理を作り始める。
「陽介も案外上手いね」
「そりゃ一人で作ったりするからな」
腕力に物を言わせてフライパンを動かす。かなり疲れるな……。
だがコツでもあるのか、茜は鼻歌混じりでやっている。
「おし、いっちょ上がり」
大皿に盛って出来上がりだ。はぁー腕つりそう……
「それをあと二セット頼む」
「マジですか……」
千代さんから唐突に告げられる。頭を支える力が無くなったのは言うまでもなかった。
「やっと終わった……」
「づかれだー」
なんとか料理を作りきり、俺と茜は縁側で背中合わせに座り込んでぐったりしている。これは明日の筋肉痛が確定したな。
「二人ともお疲れ。ほら」
「ありがとうございます」
「ぷっはーー。あぁーおいしー」
千代さんがコップに入った麦茶を差し出す。彼女の顔にも疲労の色が浮かんでいた。
「今日の手伝いは終わりでいいそうだ。午後は自由に過ごすといい」
「はーい。あ、千代さん、咲ちゃんと先生はどこですか?」
「二人は川に涼みに行ったよ。」
「私も行こっかな。千代さんもどうですか?」
「そうだな。せっかくだし行ってみるか」
「陽介は?」
「俺はいいや」
「えー、せっかくみんなの水着姿が見れるんだよ?」
「いいから。早く行ってこい」
俺がそう言うと茜はぶーたれながら行った。
俺はゴロリと寝転ぶ。目を閉じれば、風に揺れる木々の音が心地良い。
蝉の声も、今は暑苦しくなかった。
高地でも夏は夏だ。俺は涼しさを求めて宿の周りを散策してみる。
森の中を進んでいくと川の音がした。顔でも洗ってくか。
音のする方へ足を運ぶと小川があった。少し下流で他の川と繋がっているに、ここは支流なのだろう。
どうせ暇だし、上流へ向かってみよう……としたが、やっぱりやめた。
上流では女性陣が水着で戯れているからだ。
俺が近づくと、水着が気になって来たのだと思われかねない。いやまぁ気になるが……。
それに茜の誘いを断った手前、易々と出ていきたくないのもあった。
俺が葛藤を抱えていると後ろから声がかかる。
「HEY兄さん、水着が気になるんですかい?」
「お前もだろ。あとキャラがぶれてるぞ」
下卑た笑いを浮かべた草太郎がいた。
「ただ見るんじゃつまらねぇ。ここで風呂のリベンジといこうや」
その考えは分からんでもない。
罪悪感を覚える行為をすることで背徳の快感に浸る事が……うん、だいたいそんな感じだ。
「隠れて観賞するってのか?」
「そういうことだ。付いてこい」
草太郎はそう言うと木陰に隠れながら近づいていく。こんな時に頼もしく思えるのはどうなんだろうか。
とりあえず俺も足音を潜めて付いていく。
「よし、ここらでいいだろ」
草太郎が真剣な面持ちで言う。そして小枝でも踏んだのか、パキッと軽快な、けれど小さくはない音を立てた。……バカだなぁ。
「あら、陽介くんに瓶子くん。こんなところで何してるの~?」
紫色のビキニを艶やかに纏った竜胆先生に気づかれる。
水滴が付いた扇情的なまでに白い肌。
しっとり濡れているサイドテール。
一瞬目を奪われ?。
「なんだ、結局来たじゃん。なになにー? あたしの水着が気になるの?」
「……」
「ちょっと、なにか反応してよ」
茜が俺の顔を無理やり自分の方へ向かせる。
目に入るのは鮮やかな水色のビキニ。自分の姿を確認するように体を捻ると下のスカートがふわりと舞った。
彼女の柔肌にその色はとても映えている。
至近距離なので発達の良い胸元にも目が行ってしまい、言葉がなかなか出てこなかった。
「その……似合ってると思うぞ」
「あ、ありがと……」
頬を染めてモジモジするな。余計に恥ずかしくなるだろ。
「君たちも来たのか」
「陽介たちも一緒に遊ぶのじゃ!」
千代さんは白のビキニの上にパーカーを羽織っていた。
しなやかな脚線、形の良いへそ、そして立派な双丘を改めて目の当たりにする。
石蕗は黄色のフリルが付いた水着に、短いパンツをつけていた。
健康的な手足が惜し気もなく晒されていて、とても彼女らしい。
「くらうのじゃ!」
掛け声と共に俺は水を被る。前髪から水が滴たう。
……やってくれるじゃねぇか。石蕗を軽く睨むと、にししと笑っていた。
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