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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
30/40

宿の手伝い (二日目)

4

「お兄さんたち、ここらには面白い言い伝えがあってね」


 釣糸を垂らして、目を水面にやりながらおじいさんはそう言った。


「彼岸と此岸の境界が曖昧だって言われてるんだ」


 彼岸と此岸――あの世とこの世のことだ。


「詳しく聞かせてください!」


 草太郎が食いつく。俺も少しだけ興味が湧いた。


「この山に入る時、鳥居をくぐっただろう? 本来、鳥居の中は聖域とされているんだ。つまり鳥居の中と外じゃ世界が違うって考えられているんだな」


 おじいさんが言っているのは、あの石の鳥居だろう。


「へぇー面白いっすね」

「それで、だ。境界が曖昧ってことは……まぁ言わなくても分かるな。だから少し気を付けた方がいいかも……なんてな」


 おじいさんは口角を吊り上げて俺らを見る。


「そんなこともあってか、神隠しが多いとか、黄昏時たそがれどきには気を付けろとも言われているんだ」

「おじいさん怖いっすよー」

「お! そんなこと言ってる間にかかったぞ」


 そう言っておじいさんは魚を釣り上げた。


「よし、そんじゃわしは帰るとするか。これはやるよ。それじゃあな」


 おじいさんは俺に魚を渡すと颯爽と帰っていく。


「陽介、お前の竿かかってるぞ!」

「あ、やべっ」


 草太郎に言われて急いで竿を上げる。釣り針には活きのいい魚が食いついていた。



 おじいさんのお陰か、そんなに時間がかからずに人数分を釣ることが出来た。


「ただいま帰りましたー」


 釣り道具を戻して宿に入る。


「あっ! 陽介。いいところに来た。ちょっとこっち手伝って!」

「ちょ、分かったから引っ張るな」


 エプロンをした茜に引っ張られ、狭い台所に連れて行かれた。


「お帰り、紫花しばな。帰って来たばかりで悪いが手伝ってくれ」


 こちらもエプロンをして、腕捲りをしている千代さんに話しかけられる。

千代さんの手元には皮が剥かれた野菜が転がっていた。


「あぁ、分かりました。えっと、釣ってきた魚は……」

「それは私がさばきますね」


 割烹着を身に付けたおばさんが魚を受け取ってくれる。


「で、俺は何をすれば……」

「陽介はこの野菜を炒めて。あと、お肉も」

「りょーかい。でも、俺以外にも料理できる人いないのか?」

「あれを見てごらん」


 千代さんが指さした先には石蕗つわぶき竜胆りんどう先生がいる。


「先生、リンゴの皮剥きが終わったのじゃ」

「あら~とってもグラマーなリンゴね」

「ふふん、こんなの朝飯前なのじゃ」

「私も玉ねぎを剥き終わったわよ~。食べるところがないくらい」

「おぉー先生も頑張ったのぅ」


 石蕗の近くにはかなり厚いリンゴの皮。先生の近くには玉ねぎと思しき残骸があった。


「……あれは戦力外ですね」

「という訳だ。恵たちには料理を運んでもらおう」


 それじゃあやりますか。

 俺はチャーハンを炒めるようなフライパンに油を敷き、キャベツ、ニラ、モヤシを入れる。

 それらがしんなりしたら肉と調味料を投入。

 すると茜が隣に並び、別の料理を作り始める。


「陽介も案外上手いね」

「そりゃ一人で作ったりするからな」


 腕力に物を言わせてフライパンを動かす。かなり疲れるな……。

 だがコツでもあるのか、茜は鼻歌混じりでやっている。


「おし、いっちょ上がり」


 大皿に盛って出来上がりだ。はぁー腕つりそう……


「それをあと二セット頼む」

「マジですか……」


 千代さんから唐突に告げられる。頭を支える力が無くなったのは言うまでもなかった。



「やっと終わった……」

「づかれだー」


 なんとか料理を作りきり、俺と茜は縁側で背中合わせに座り込んでぐったりしている。これは明日の筋肉痛が確定したな。


「二人ともお疲れ。ほら」

「ありがとうございます」

「ぷっはーー。あぁーおいしー」


 千代さんがコップに入った麦茶を差し出す。彼女の顔にも疲労の色が浮かんでいた。


「今日の手伝いは終わりでいいそうだ。午後は自由に過ごすといい」

「はーい。あ、千代さん、咲ちゃんと先生はどこですか?」

「二人は川に涼みに行ったよ。」

「私も行こっかな。千代さんもどうですか?」

「そうだな。せっかくだし行ってみるか」

「陽介は?」

「俺はいいや」

「えー、せっかくみんなの水着姿が見れるんだよ?」

「いいから。早く行ってこい」


 俺がそう言うと茜はぶーたれながら行った。

 俺はゴロリと寝転ぶ。目を閉じれば、風に揺れる木々の音が心地良い。

 蝉の声も、今は暑苦しくなかった。



 高地でも夏は夏だ。俺は涼しさを求めて宿の周りを散策してみる。

 森の中を進んでいくと川の音がした。顔でも洗ってくか。

 音のする方へ足を運ぶと小川があった。少し下流で他の川と繋がっているに、ここは支流なのだろう。

 どうせ暇だし、上流へ向かってみよう……としたが、やっぱりやめた。

 上流では女性陣が水着で戯れているからだ。

 俺が近づくと、水着が気になって来たのだと思われかねない。いやまぁ気になるが……。

 それに茜の誘いを断った手前、易々と出ていきたくないのもあった。

 俺が葛藤を抱えていると後ろから声がかかる。


「HEY兄さん、水着が気になるんですかい?」

「お前もだろ。あとキャラがぶれてるぞ」


 下卑た笑いを浮かべた草太郎がいた。


「ただ見るんじゃつまらねぇ。ここで風呂のリベンジといこうや」


 その考えは分からんでもない。

 罪悪感を覚える行為をすることで背徳の快感に浸る事が……うん、だいたいそんな感じだ。


「隠れて観賞するってのか?」

「そういうことだ。付いてこい」


 草太郎はそう言うと木陰に隠れながら近づいていく。こんな時に頼もしく思えるのはどうなんだろうか。

 とりあえず俺も足音を潜めて付いていく。


「よし、ここらでいいだろ」


 草太郎が真剣な面持ちで言う。そして小枝でも踏んだのか、パキッと軽快な、けれど小さくはない音を立てた。……バカだなぁ。


「あら、陽介くんに瓶子へいしくん。こんなところで何してるの~?」


 紫色のビキニを艶やかにまとった竜胆りんどう先生に気づかれる。

 水滴が付いた扇情的なまでに白い肌。

 しっとり濡れているサイドテール。

 一瞬目を奪われ?。


「なんだ、結局来たじゃん。なになにー? あたしの水着が気になるの?」

「……」

「ちょっと、なにか反応してよ」


 茜が俺の顔を無理やり自分の方へ向かせる。

 目に入るのは鮮やかな水色のビキニ。自分の姿を確認するように体を捻ると下のスカートがふわりと舞った。

 彼女の柔肌にその色はとても映えている。

 至近距離なので発達の良い胸元にも目が行ってしまい、言葉がなかなか出てこなかった。


「その……似合ってると思うぞ」

「あ、ありがと……」


 頬を染めてモジモジするな。余計に恥ずかしくなるだろ。


「君たちも来たのか」

「陽介たちも一緒に遊ぶのじゃ!」


 千代さんは白のビキニの上にパーカーを羽織っていた。

 しなやかな脚線、形の良いへそ、そして立派な双丘を改めて目の当たりにする。

 石蕗つわぶきは黄色のフリルが付いた水着に、短いパンツをつけていた。

 健康的な手足が惜し気もなく晒されていて、とても彼女らしい。


「くらうのじゃ!」


 掛け声と共に俺は水を被る。前髪から水が滴たう。

 ……やってくれるじゃねぇか。石蕗を軽く睨むと、にししと笑っていた。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。


30回目の更新となりました。


感想などお待ちしてます。


それでは失礼します。

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