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春の徒花  作者: たい
第一章 一学期編
3/40

石蕗は鮮やかに咲く

3

 木がきしむ音を立てながら、あの扉が開く。が、誰も入ってこない。扉から顔だけ出してこちらを見ている。


「入っていいよ」


 千代さんがそう言うと依頼主クライアントはおずおずと部屋に入って来た。


「そこの椅子に座ってくれ。紅茶はいるかい?」

「あ、ありがと」


 まるで緊張を感じさせない態度と口調。純真無垢な笑顔。依頼主クライアントは女の子だった。

 「女性」と呼ぶにはまだ幼いと思う。

 身長は一四○センチもないだろう。彼女が私服だったら小学生でも通ると思う。

 けれど彼女は今、制服を着ている。しかも俺が通う高校の制服を。

 髪は茶色のボブカット。どこか小動物チックな彼女は両手でカップを持って紅茶をチビチビと飲んでいた。


「さて、少しは落ち着いたかな? 私は花葱はなねぎ千代ちよだ。名前で呼んでくれ。それで君は石蕗つわぶきさきさんだね?」


 事前に竜胆りんどう先生から聞いたんだろう。


「あ、うん、そう」

「何やら困っているそうじゃないか。私達で良ければ力になるよ。まず、何に困っているのか教えてくれ。本人から聞いた方が良いからな」

「ありがとー。でも、……あの……」


 そう言うと、彼女はこちらを見る。まぁ同じ高校の奴がいたら戸惑うよな。

 軽く自己紹介しようとすると


「あぁ。彼は一応、私の助手だ。彼の事は信用してくれていい。口も固いからな」


  千代さんはそう言ってと、こちらを振り返り笑った。えぇ、そうですよ。話す相手がいないから口固いですよ。


「そうなんだ。……えーと、咲は新聞部の部長をやってて、それで……簡単に言うと、もう新聞の記事を書きたくないの」


 うちの高校に新聞部なんてあったっけ? そう思っていると


「あ、部って言っても部員は咲だけだけどねー」


 彼女は笑いながら補足した。


「新聞部なのに、記事を書きたくないとはどういうことだ?」

「うーん……新聞部は部員が咲しかいないから、みんな全然知らないの。だから記事のネタにも困ってて。それで先週、クラスの男子から、面白いネタがあるから記事にしてくれって頼まれまたの。咲もそれを聞いて、飛びついたんだ」

「なるほど。それで?」


 彼女――石蕗は説明に熱が入ってきたのか、頬が少し紅くなっている。目の動きから、少なくとも嘘はついていないようだ。


「それで、咲も初めは書いていたんだけど、その記事が誰かの悪口になってるって、だんだん気付いたの。だから書くのは止めるって言ったら、脅されて……」


 石蕗はしゅんとなって、そう言った。にしても、悪口を書かせるくらいで、そこまでやるだろうか?


「それでは少し質問させてくれ。君のクラスは?」

「咲は二年六組だよ」


 ……この人、二年なの? てっきり一年かと思ってた。


「それと、君はなんて脅されたんだ?」

「えっとねー。記事を書いてくれたら、きな粉棒を沢山あげるけど、書かないならもうあげないよって……」

「う、うん?」


 …………。

 珍しく千代さんも動揺している。俺だってそうだ。

 え? きな粉棒? あの駄菓子の? いや、美味いけどさ。

 それに沢山って言っても、そんなに金かからないんだけど……。


「きな粉棒……。ぐすん。きな…粉……棒」


 え? 泣くほど? いやいや、きな粉棒どんだけ好きなんだよ。君のソウルフードか何か?


「こ、今度私が買ってやるから、な?」


 おぉ。千代さんがオロオロしてて面白い。と思ってたら、助けろという目で見られたけれど俺はそれをスルー。


「んんっ。最後にこれだけ聞かせてくれ。――その口調は無理をしているのか?」


 ん? どういうことだ? 口調を無理してる?


「え? そ、そんなことないよ?」


 ……これでもかというくらい目が泳いでるんですが。


「ど、どうしてそう思ったの?」

「いや、君の語尾がえらく単調だったものでな。それに、時々口元がまごついていたから、つい気になってしまった」


 この人はそんなとこも見ていたのか……。すごいな。

 でも、さすがに口調を無理するってのは無いだろ。


「……すごいね。千代ちゃんは何でも分かるんだね」


 ……え? 本当に?


「うん。この口調は外の時用だよ」


 どこか諦観の念をにじませながらそう言った。


「何でまた?」


 今まで喋ってなかったのについ聞いてしまった。


「うんとねー。咲の父ちゃんは岡山出身で、岡山弁は語尾に「のじゃ」とか付くの。それだけならいいんだけど父ちゃんが、のじゃロリ? ロリババア? が好きで咲に覚えさせたの。そしたら普通にしゃべれなくなっちゃったの。だから、外にいるときは無理してるの」


 よくやった、父ちゃん。まさかこんな人がいるとは。父ちゃん、ありがとう。


「もうバレたら意味ないからのう。ここでは普通に話すようにするのじゃ」

「そうだったのか。では、明日からの土曜、日曜を使って対策を考えるよ。月曜日には彼が君に、何かしらの報告をさせる。安心していいよ。私達に任せなさい。」


 俺は千代さんの斜め後ろにいるから表情はわからないけど、その声から彼女がどんな顔をしているのか簡単に推察出来た。


「そうけぇ。それじゃ、頼むのじゃ」


 ニパーという感じの笑顔でそう言うと、石蕗は帰っていった。


「何か疲れましたね」


 部屋が静かになると同時に、疲れが押し寄せてきた。


「そうだな。だが、あの子はとても興味深いよ」


 軽く笑いながら、俺の問いに答える。


「今日は君の初仕事だったわけだが、しっかり観察出来たかな?」

「そうですね。まず嘘はついてないと思います。鼻や口も触ってなかったし」

「そうだな。それにあの性格だ。嘘をつくのは苦手だろう。あと一ついい忘れていたが、目の動きはあくまで傾向だ。正確ではない。そこで問題だ。重要な依頼の場合、どうやって嘘を見極める?」

「そうですね……。複合的というか、他の要素と合わせ考える。ですかね?」

「はい、不正解。それではまだ、不安が拭えない。ならば、どうするか。――答えはその人の特徴をつかむことだ」

「どういうことですか?」

「人によって脳の使い方は違う。つまり、嘘をつくときの目の動きも違うんだ。だからその人を観察する。相手に何かを思い出させるような質問をして、その時の目の動きを観察するんだ」


 なるほど。例えば、昨日の夕飯は何だったと聞いて、その時の目の動きを記憶すればいいのか。


「他にこう、テクニックみたいなのはないんですか?」

「私はいつも紅茶を用意するだろ? そのカップは、その人のパーソナルエリアすなわち、どの程度心を開いているかが分かるんだ」

「へぇー。そんなことでも分かるんですか」

「それと依頼の件だが、この依頼は君に任せたい」

「俺にですか?」

「あぁ。これは学校の中で起きているから、部外者の私にはどうすることもできない。だからこの依頼は君に任せる。何かわからないことがあれば、いつでも聞きに来てくれ」

「わかりました。じゃあ今日はこの辺で失礼します」

石蕗つわぶき 咲。いい名前じゃないか。石蕗の花言葉は、『困難に負けない』だ。それに笑顔が咲く。とても彼女らしいとは思わないかい?」

「何か言いました?」


 千代さんと距離が開いたので、よく聞こえなかった。


「何でもないよ。では、また」

「はい。月曜の放課後、報告に来ます」


 そう言って俺は千代さんと別れる。土曜、日曜使って考えなきゃな。

 自転車に乗り、家に向かってゆっくりと漕ぐ。きな粉棒も買っとくか………。

どーも、「たい」です。


誤字脱字、おかしな日本語の指摘もお待ちしています。


それでは、この辺で失礼します。

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