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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
29/40

宿の手伝い( 一日目)

3

 起きると知らない天井が目に入った。ここは……宿か。

 横を向くと石蕗つわぶきの寝顔がある。いつもは小さい子みたいだが、寝顔だと少し大人びて見えた。

 …………ちょっと待て。何で石蕗がここにいるの? 

 もしかして朝チュン? 朝チュンなのか? 越えちゃいけない線を越えたのか?

 俺が混乱していると石蕗が起きた。


「石蕗、昨日の夜、最後に覚えていることは何だ?」


 本人に確認するのが一番だろう。


「うぬ……陽介が襲ったのじゃ」


 ……記憶にございません。


「忘れたのか? 陽介はマウントを取って一方的に襲ったんじゃぞ?」


 それはもう激しく、と欠伸をしながら言う。

 ど、どうしよう……もうお婿に行けない……いや、この場合は責任を取って……。

 寝起きだからか、うまく思考が纏まらなかった。


「そのお陰で瓶子へいしもよく眠れたじゃろ」


 うん? 何で草太郎が出て来る……


「思い出した! よ、良かった……」

「……?」

「それで、石蕗は何でここにいるんだ?」


 胸を撫で下ろしながら尋ねる。


「いや、陽介を起こしに来たのじゃ」

「お前さっき寝てたよな」

「い、いや、あれは陽介の寝顔をじっくり見ている内に眠くなって……」


 寝顔を見られるとか恥ずかしい……。思わず首の後ろをさする。


「別に陽介の寝顔を見て楽しんだ訳ではないぞ」


 俺の寝顔で楽しまれても困る。


「分かった分かった」

「朝ごはんがまだなのは陽介だけじゃ。早く行くのじゃ!」

 


「おはよう。疲れてないかな?」


 朝食のため、昨日説明を受けた部屋に行くと千代さんに挨拶された。


「おはようございます。起きてから疲れました」

「陽介おはよ。なんで起きちゃったの?」

「なんで俺が起きるのを嫌がってるの?」


 朝なので、少し機嫌の悪い茜と会話して座布団に座る。

 生卵、鮭、味噌汁に納豆が用意されていた。どう計算しても、ご飯三杯はいくな。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 おばさんが挨拶と共にご飯を運んでくる。ホカホカの白米だ。


「いただきます」


 それだけ言うと黙々と食べ始める。鮭を食べ、白米を口に運ぶ。

 その作業を繰り返していたら、あっという間に茶碗が空になってしまった。


「おかわりいいですか?」

「もちろん。たんと食べてください」


 おかわりをもらって、また食べる。ハイテンションに『うめぇー』ではなく、しみじみと『おいしい』と思う。


「紫花は食べながら聞いてくれ。今日から本格的に手伝いを始める。女子は私と恵と一緒に宿の掃除、男子二人は川で魚を釣ってきてほしいそうだ」


 千代さんが今日の予定を説明する。今日はジーンズに半袖、その上からパーカーを羽織っていた。

 他の女性陣の服装も総じて動きやすそうなものだ。


「釣り道具は宿の物がありますから、それを使ってください」

「釣り場までは私が案内するわね~」


 俺は手を合わせてごちそうさまでしたと言う。


「魚は人数分釣ったら戻ってきてくれ」

「了解です」


 ……って、これだと釣れるまで戻れないじゃん。



「今日から忙しくなるわね~。頑張りましょ」


 釣り道具を持って坂道を下りながら竜胆先生がそんなことを言った。


「どんくらい来るんすか?」

「五十人くらいの団体客って聞いてるわよ」


 坂を下りきって、草太郎と先生の会話を聞きながら土の道を歩く。両脇には名前を知らない草花が生えていた。

 不意に耳にかすかな水音が届く。

 森の中に続く道を歩いていくと音が大きくなってきた。心なしか涼しくなったように感じる。

 道が切れる。

 大小の石で出来た土手があり、その下には清流があった。


「はい到着~。じゃ~ね~」


 ヒラヒラと手を振りながら先生はもと来た道を戻っていく。


「陽介、そんじゃ仕事するか」

「そうだな」


 そう言いながら土手を下りて川に近づく。

 川の向こうは森になっていて、その木々の枝は川の上にまで延びている。

 葉の間から差し込む太陽の光が川面をまだらに照らしていた。

 所々にある朽ちかけた大木や大きな岩に魚がいるのだろうか。


「うわっ」

「どうし……」


 振り向くと草太郎は小さな箱を持っていた。そしてそこに入っていたのは、ミミズのスモールver.だった。

 小さなそれがうごめく光景を見て、俺も言葉に詰まってしまう。


「なあ陽介、これが餌なのか?」

「だろうな。草太郎、役割分担しよう。俺が魚を釣る。草太郎は餌をつけてくれ」

「おい! 逆だろ。俺の方が釣りは上手いぞ」


 お互いに、あんな気持ち悪い物は触りたくないということは分かった。


「どうしたい、お兄さんたち」


 突然声をかけられた。俺も草太郎も声がした方を向くと、釣り竿を肩に乗せたおじいさんが立っていた。

 七十歳ほどだろうか。髪と髭は白いが、まだまだ活力が有りそうな雰囲気で服装も釣り人の格好だ。


「お? 釣りかい。私が教えてやろう」


 そう言ったかと思うと、俺たちの釣り竿に手際よく餌をつけてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いいってことよ。どうだい、一緒に釣りをしようじゃないか」


 草太郎と目配せして頷く。


「ぜひお願いします」


 教えてもらえれば、早く帰れるかもしれないし。


「そうこなくちゃ。そんじゃ、少し上に行こう」


 おじいさんはそう言うと、上流に向かって歩いていく。慣れているのか、足場が悪いのにとても速かった。



「おし、ここらだな。適当な岩に腰掛けて釣りを始めるべ」


 五分ほど歩いて着いたのは滝壺だった。

 滝は小さく頑張れば登れそうなくらいなので、滝壺も穏やかだ。

 さて、このおじいさんに付いてきたのが吉と出るか、凶と出るか……。

 

今回もお読みくださりありがとうございます。


では失礼します。

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